第51話 セイレーンは食べて美味しいの?
船代お一人様10万アメリカドル也。
本当んとこは知らんよ。豪華客船なんか(ちゃんと金払って)乗った事無いし。多分ボッタクってんだろうけどね。俺の財布は全く困らないしね。
というか、「金・女・力」。
これが無限大って言うのがワタリの「最低」能力だから。でなけりゃ、いつ抜け出せるのか?いつ死ねるのか?わからない、永久迷路のワタリ人生なんか、ストレスでおかしくなっから。
ありとあらゆる欲望を満たせる力を持たされているのがワタリ。別に嬉しくないけど。
タイタニックと言えば、当時世界最高峰のステータスを誇っている訳なのだけど。
(船員の質が悪いとか、救命ボートが足りないとか、色々問題はあった様だけど)
雲一つ無い割に日差しはそれ程強くもなく、爽やかな海風が髪を揺らす。そんな中、船尾でのんびり釣糸を垂らす(俺の背後には、お嫁さんとユカリさんが「処理」した、船員「だった」肉や、客「だった」肉が転がっている。
俺達は、突然乗船希望に現れた(一応キャンセル待ちで申し込んでみたけど、最高級客室なんか最初から埋まってなかった)得体の知れないオカネモチ一行。
頭の黒い東洋の若い男と、まだローティーンの少女3人。しかも全員、人種が違う。肌の色が違う。髪の色が違う。
なのに、俺にベタベタ。全員ベタベタ。
更には放し飼いの小鳥と小烏がペット(字が違うからね)で、俺の両肩に大人しく乗っている。
こんな怪しい一行も、そうそうおるまい。
まぁ、多少怪しくとも、海に出ちゃえば、連中からすると「美味しいご飯」に出来るつもりだったのだろう。死体は海に捨てればいいし。相手が俺達で無ければね。という訳で、何も聞かれる事なく、俺達はタイタニックの乗客となったのでしたよ。
「広いお部屋ですねぇ。慎吾様のとこに嫁入りしてから、色々な宿に泊まらせて貰って来ましたが、まさかこんな大きな船でこんな部屋に泊まれるとは、思ってもみませんでした。1人の時は、境内で野宿が当たり前でしたから。」
まあねぇ。この船室は大体20畳くらいは有るかな。前室も6畳はあるし、風呂トイレまでついてるし。床には毛足の長いふかふかの波斯絨毯まで敷かれている有り様だ。ピヨちゃんと八咫烏が、毛に埋もれて遊んでるし。
ダブルベッドが3つ並んでいたのを、ユカリさんとジェニーが2人して押してくっ付けたって事は、夜の生活は別にして、一緒に寝ましょうってアピールなんだろうね。
「わたくしはイギリス王室の人間でしたから、調度品を含めてもっと宜しきお部屋にも暮らしていましたけれど、でも、お付きの女中は別に、いつも1人でしたから。1人きりでしたから。独りぼっちでしたから。でも、だから、愛しい殿方と、愛しい家族と、こうやって、お休み出来るって言うのは、なんとも言えない幸せですよ。」
早速俺がシックスベッド(変な単語)にだらしがなく寝転がると、イギリス王女さんは、俺のお腹に頭を乗せたまま寝転がり、ニヤニヤが止まらなくなったまま、そんな事を呟いている。
「あ、ジェニー狡いですよう。」
「パパ、私もー。」
「ピヨ」
「カー」
たちまち家族に埋まる俺だった。
ちょっと重たいけど(口に出すと怒られるんだろうなぁ)、まぁこんな夜も、たまにはいいだろう。
舌鮃のムニエルとか、馬鈴薯の冷製スープとか、黒麦パンとか、一応コース料理が部屋に運ばれてくるのを、お嫁さんとユカリさんはテーブルマナーをジェニーに教わりながら片付けて、食後酒にワインを頂いて、晩飯を済ませた。最高級のコース料理を、些か下品に晩飯の一言で片付けちゃう俺達。
だって、ワインにテトロドトキシン(いわゆる河豚毒)が仕込まれてんだもん。あっさり。
んまぁ、毒くらいで死ぬほど暇じゃないし、そもそも毒物の有無は、外見でわかる俺だった。だって、その程度のスキル無かったら、ワタリなんかやってらんないじゃん。
という訳で、その酒は
どくいりきけん。のんだらしぬで。
なので、呑んではいけません。
「河豚の毒だね。私なら大丈夫だからいいよねー。」
大丈夫なの?
「ドラゴンに毒は効かないもん。なんなら、毒吐けるよ。」
「河豚毒ですか。砂浜に埋まれば抜けるんでしたっけ?」
抜けません。迷信です。サユリさんの土着知識は、時折偏ってますね。
「まぁ、わたくし達はお酒なんか呑めませんけど。」
「まだ身体が育って無い上、慎吾様を胎内に受け入れてますから、あまり無理はさせられませんから。」
「旦那様の子種って、わたくし達にどの様な悪阻を起こすのでしょうかねえ?」
(んー。子供を作った事は、何度もあるけど、母子共に健康的な妊娠・出産だったけどね)
などと、絶対に言えない事を考えながら、嫁ーズの為には、ミルク・お茶・オレンジジュースなどを(何処からか)出しながら、今夜も賑やかな夜を過ごしましたとさ。
その夜、深夜天辺回った頃。
「…(しんごさま)」
おう。お前にもわかったか。
明かりを消して、一眠りした夜中。ワインに毒を入れた皆様が到着だよん。
「(ん、だんなさま?)」
ああ、ジェニーは寝てなさい。
「(はい。ムニャムニャ)」
ムニャムニャって寝言をほんとに言う人を初めてみたよ。でも直ぐにちゃんと寝息を立ててるし、これ以上起こしちゃいけないな。
腕枕からジェニーの頭を外すと、そっとベッドから離れる。パンツ一丁で得物が無いけど、まぁ船乗りくらいなら、この右手だけでいいし。
薄水色の寝巻きの胸元を直すお嫁さんは、いつもの竜骨剣を手元に引き寄せ、ピンクのパジャマ姿のユカリさんは、顔が裏返しになりそうな大欠伸をしてる。
神鳥コンビは、羽根で頑張ってと合図を送っただけで、また布団の中に潜って行った。
鍵音がゆっくりと鳴り、ノブがそっと回る。
前室にあの気配が充満する。
ここで、少しはマシなアクションものならば、扉を刀で向こうの賊ごと斬り捨てるとか、マシンガンでボロボロに銃痕を開けるとか、ルパン出来上がりな事をすんだろうけどさ。
この部屋無駄に広いんだよ。扉まであるってくのも面倒くせーから、ジェニーと鳥が2羽寝てるベッドの直ぐ脇で、3人して待機。誰だよ。20畳の部屋なんかとったの。
「(ツッコミ待ちですようユカリさん)」
「(パパがボケ出すと一層話が進まなくなるから、ここはスルーの方向で)」
妻子に渾身のボケをスルーされました。
お父さんは辛いなあ。
そこに、軍服風の衣装を身につけて、勲章っぽいモノを胸元にじゃらじゃらぶら下げた男が、黙ったままバスターソードで斬り掛かって来た。俺達が生きている事に、瞬間驚いた様だけど、直ぐに切り替えたあたり、訓練は積んでいるらしい。
ので、振り落とされたバスターソードを親指と人差し指でちょんと摘む。そのままぽきんと折ってみた。
男の目が驚愕に見開かれるけど、そのまんま首筋からの袈裟斬りチョップで斜めに二等分してみた。みたみたみた。コピーはMITA。古いね、どうも。
そのまんま男の頭と左手だけを、連中の中に蹴り込む。
勿論連中にも怯む隙など与える事なく、サユリさんとユカリさんが同時に物言わず飛び込んだ。うちの妻子は、凡そ20人ばかりいた不成者さん達を、たちまち肉塊には変えちゃったとさ。
この間、大体10秒か。まぁまぁかな。
「なるほど。これだけの人数が一度に殺気を露わにすると、壁越しにでもわかるんですね。」
言ったろ。殺気・動揺・怯え。
全ての感情をコントロール出来るようにしとけって。自分の感情も、それに他人の感情もだ。
相手の殺気を感じれば、自らを冷静にする。常在戦場って心算だな。
相手に動揺と怯えを感じさせれば、自らの生存確率が上がるだろ。
それだけの事だ。
「そして、慎吾様は女性の発情を見抜けるんでしたね。
……それだけの事だ。
つうか、お前を嫁にしてからは、ジェニー以外に浮気はしてないけどなぁ。
今回は俺が機先を制して、最初の奴を問答無用で斬り殺した。
これで、敵が乱れた。場を乱した。
それだけで、お前とユカリには充分過ぎる隙になったろ。
あとは、どんなフォーメーションでも対応出来るように、常に考え続ける事。
今、俺達の中で守られる存在は、ジェニーだけだけれど、今後、新しい家族が出来た時、お前に何が出来る?お前が何をやらなくてはならない?それが闘う力を持つ人間の義務、仲間と共に生きる理由、だからな。
「はい。」
「あの、旦那様?新しい家族ってもしかしたら、わたくし達の稚児事ですか?」
あら、起きちゃったか。騒がしくてごめんな。
まぁさ。15歳と12歳の女の子を、そうそう孕ませる下手くそな真似はしないけど、まぁいずれはね。
そんな事もあるでしょうよ。
「「楽しみですね」」
いや、多分ね…。(なんでそんなに前向きなんだよ)
さて、改めて寝っか。
とはいえ、こんな血煙卵肌の中で寝たくないので、暗殺者様御一行を片付ける事にしよう。
とりあえず、船尾にでも纏めとくかな。ほれ。
「……気のせいかな。死体が血の跡も匂いも全部消えちゃった。どうして?」
んー?俺が快適に過ごす為なら、なんでも出来ちゃうだけだよ。今回は、連中の存在を細胞分子レベルまで固定して否定しただけ。
「…龍にだってそんな事出来ないのになぁ。なんでパパはほれの一言で…」
「ユカリさん、昨日ジェニーが言ってたでしょ。お父さんはしっちゃかめっちゃかって。」
「なんでエンシェントドラゴンの私よりも、ただの人間のおかーさんの方が、こんな滅茶苦茶を易々と受け入れていれるんだろう。」
「神様のピヨちゃんや、八咫さんが気にもせずに寝たままですから。疑問に思っちゃ負けです。慎吾様は慎吾様という生き物だと、それだけ思いなさい。」
「お姉様やおかーさんって、ひょっとしてユカリなんかより、よっぽど、すごーく、途轍もなく凄いか、途轍もなくピュアか、途轍もなく馬鹿なんだなあ。」
「多分その全部ですよう。自覚はありますから。さ、寝ましょ寝ましょ。慎吾様?夜のお勤めをして下さらないのでしたら、腕枕を私にもしてよね。」
開き直った母は強いなあ。
ああそうそう、俺が真っ先に真っ二つにした男。
なんでも船長だったらしい。
翌朝、騒ぎを聞いて駆けつけた船内警察みたいな連中を、逆に締め上げたら教えてくれた。(保険の絡みがどーたらこーたら言ってたけど、お嫁さんがひと睨みしたら素直に理解してくれました。うちのお嫁さん、何気に凄くなってるな)
てな事が、ゆんべあって、今の釣りに繋がる訳だ。
「このお肉って、何かの餌になるかなぁ。」
肉食魚は沢山いるからね。なんならユカリさんも釣りするかい?鮫とか釣れるよ。
さっきヘラクレスとサムズアップを交わしたから、ここはもう大西洋だろうし。
「鮫って美味しいの?」
基本、アンモニア臭くて、調理が大変かなぁ。でも新鮮なうちならば、揚げ物にしたり、鰭を煮物・焼物にしたり。あとはミンチにして練物もいけるよ。蒲鉾とか。
「フカヒレ以外に、惹かれるもの無いなぁ。揚げ物ならば、鯵の方がいいよねー。」
飲兵衛ドラゴンが出来上がりつつあるなぁ。
まぁ、無理に食う魚じゃねえから。外洋に出たならは、鰹とか鮪とか、美味しいお魚が俺なら釣り放題だし。
「で、で、で、で。」
紳士的に素直になった船員の1人が、ディグダグのBGMみたいな事言いながら、這いずってきた。ちゃんと歩きなさいな。
「…腰抜けた…」
だらしがないなぁ。それでも海の漢か?
「そそそそそそそ。」
そそそそおそそ?
「下の毛って、ジェニーみたいに無い方が良いですか?」
うーん、ジェニーはまだお子様だからなぁ。お子様を、本人が望むがままに、すっかり大人にしちゃったけど。ま、女の子だから、毛の手入れは、愛しむこっちからすると大歓迎だよ。
「それ、おそそ。」
うむ。最近はユカリさんがツッコミに回ってくれるから、俺の負担が減って良いやね
「出たんだよ!助けてくれよ!」
なんだ、ちゃんと喋れんじゃん。
「出たって、何がですか?」
「また押し込み強盗かなぁ。そこに全部お肉にしたと思ったけどー。」
「悪魔だ。モンスターだ。ケケケケケケケケ。みんな、みんなおかしくなってんだよ。船員も、客も、みんなみんな海に飛び込んでる。あいつの、あの歌を聞いてから。」
「歌?」
海。歌。発狂。
なるほど。クラーケンを避けてみたら、セイレーンが来ましたってルートか。
「セイレーン?」
典型的な海のモンスターだね。歌曲で船員を誑し込み操り海の底に引きずり込む。お嫁さん的に分かりやすく言うなら、「悪の人魚」だ。
「人魚って美味しいのかしらね。」
いつの間にやら隣に座り込んでるジェニーが質問してきた。さっきまで、「人の死体のカケラが沢山あるから嫌ですう。」って、少し離れたところでピヨちゃん達と遊んでたのに。
「ジェニー。うちの国の言い伝えでは、とっても美味しいらしいですよ。…ただし不老不死になって800年くらい死ねなくなるけど。」
「不老不死は魅力ですけど、旦那様が居ない世界で生きていくのは辛いから、や。」
「私は多分生きてるよー。」
「ユカリさんじゃ、わたくしの夜を満たしてくれませんから。」
やたらアダルティックな12歳だった。あと、沢山悟り過ぎ。
「旦那様とこれだけ旅してれば、色々と悟ります。これだけ濃い12歳は、そうそう居ないでしょうね。」
「でも、セイレーンを食べるか食べないかで話し合いになるのも、うちだけだろうなぁ。因みにドラゴンは、悪食だけど食べませんから。」
「…あんたら、何の話してんだよ。」
セイレーンを食べるか食べないか?
「…なんでうちの船長達は、こんな連中に襲い掛かったんだろう?…」
食べる?船長だったモノなら、そこに「ある」けど。




