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第46話 コンサート

ティンパニを軸に全楽器がトゥッティで入る。ファゴットが繋ぎを務め、軽やかな和音が場内に響き渡った。

色々な構成を指揮者によって変える出だしであるけど、俺はこれが好き。

だから、このレコードを選んだ。

俺が指揮棒で指すと、フルート奏者が軽快な主題をソロで吹き始め、第二、第三奏者とピッコロが少しずつ合わせて行く。

よっしゃ、ワクワクするパートがそろそろ来るぞ!

だから、ここは俺じゃなく、本職の音楽家に頼むとしよう。

んじゃ、後頼む。

「かしこまった。」


もじゃもじゃ頭の男に指揮棒を渡す。

もじゃもじゃ頭は、ほんの、ほんの数瞬の隙間の後、指揮棒を振り上げた。

オペラ座のステージに現れたオーケストラは、第一楽章の盛り上がりを一気に吹き上げる。


「あれれれれ?レコードを聞いていた筈なのに、いつのまにか皆んな沢山来て演奏してますよう?」

「しかも、あのもじゃもじゃさんて、もしかして…。」

サユリは、ピヨちゃんと八咫ちゃんと一緒に外を守ってくれ。

ジェニーは俺と一緒にステージ横で待機。

あ、ドレスに着替えといてや。これ。

「何処で?」

誰も見てないから大丈夫。

「そう言う問題じゃないです。」

じゃ、俺が見ててあげる。

「それなら良いです。」

「「いーんだ」」

オーボエがノリノリで演奏する音を聞きながら、いつもの俺達が始まる。


ユカリさんは念の為、お嫁さんを頼む。

くるぞ、魔王モーツァルトが。

「私が倒して良いの?」

魔王の性格が違うな。竜骨刀だと相性が悪いから倒すのは無理だ。

それに今回は、ちょっと考えている事がある。

だから、ピヨちゃん達が打ち合わせしてたんだ。サユリの仕事は、このオペラ座に侵入してくる“人外“を倒すこと。なんなら、ここ数話寝っぱなしの蛇神を解放しても構わない。

「私やだなー。」

「ってユカリが言うので出しませんよう。」


ま、今このオペラ座に迫っている人外は、サユリとユカリのタッグに敵う筈もないから、好きに暴れなさい。大いに暴れなさい。

なんなら、ユカリは竜化してもいいから。ただし、街は壊すなよ。

「お城一個大笑いしながら平地にしちゃうなんて、お姉様にしか出来ないから大丈夫。…だと思う。」

だと思う?

「だって、お姉様随分登場してないから、そろそろ出そうだし。出てきたら、パパじゃないと制御出来ないでしょ。」

んあー。じゃあ本人に聞いてみよう。

「「聞けるの?」」

そりゃ、俺の使役竜だもん。お呼びとあらば、即参上するさ。


「ぶらいがあ!」

うちのドラゴンちゃんを呼び出した第一声がそれかい。制作会社が倒産して久しいんだから、微妙なボケはしないように。

ていうか、お前まで小ボケ始めたら、話が本気で進まなくなるだろ!

「いや、アタシが出てた頃は、皆んなもう少し真面目に物語を綴っていたし、だからこそアタシの破天荒竜ぶりが目立ったのに、今じゃあの人は今?的な週刊誌の企画物になってるし。何がどうなってこうなった?」

ああ、お前さんがお城壊して遊んでいたあたりから、登場人物が人間から神様まで片っ端から壊れたんだよ。あの近辺の新規登場人物って、ジェーン・グレイか天照大神か八咫烏くらいなんだがな。

「英国女王と日本の太陽神って、普通のお話ならヒロインと善の方の黒幕だと思うんだけど?」

今やお妾さんと、ただ通りすがっただけの人だね。

「相変わらず我が主が一番破天荒だの。」

「んで、お姉様はお手伝いして頂けるのでしょうか?」

「んんー?ほら。あん時に捕まえた“ご飯“が沢山過ぎて、まだ味わい切って無いのよ。騎士は皆んなして“くっころ“だから、それを堕とすのが楽しくて楽しくて。」

あのお城さ、今になって整理してみると、あの国ロシアっぽいし、クレムリンじゃねぇかな。でもあの玉葱みたいな塔がなかったから、ロマノフ離宮か何かなのかな。

「という訳でアタシは手伝わない。ここの面子だけで充分だし、必要も無かろう。って言うか、誰だあれ?あの剣士。」

うちのお嫁さんだけど?

「こないだとは別物じゃねぇか。我が主よ、どうやってあそこまで育てた?」

実践と実戦で。

「あと夜の方も、だんだん容赦してくれなくなってますよう。私とジェニーじゃ追っ付かないから、たまには慎吾様のお相手をして下さい。」

「だから、新婚を邪魔する気は無いっちゅうの。そこのドラゴン以外ならどれ食っても構わんから。」

「お姉様怖いです。」

「あと、順番つけても、竜族で我が主に抱かれる資格が有るのはアタシだけだ。」

「うわーバレてる。」

因みに竜人は?

「竜と名が付くが、種族的にはかなりの下位生物だから、食いたきゃ好きに食うが良い。」

おや、以外と寛容。

「その時はアタシも一緒に食うから。おねーちゃんとの約束な。」

わかったわかった。さっきからベートーヴェンをほったらかしで7番を演奏させっぱなしだし、参戦しないなら帰ってくれ。

「当然だもん。今さっき“くっころ騎士“をアタシの手管で堕として失神させたとこだし。これから叩き起こして二回戦!ワクワクだよ。ワクワクさん。」

本当に女の子が好きだなぁ。あとワクワクさんは違う。眼鏡のオッさんだ。

「因みに修道女はすけべえが多くてげんなりなの。」

知らんがな。


「慎吾様、…空が…。」

背後のオーケストラは第二楽章が終わろうとしてるかな。ベートーヴェン自ら指揮のウィーン交響楽団演奏だし、じっくりと聞きたいなぁ。

「月は出ている。星も出ている。なのに、空が黒い。暗いのではなく黒い…。」

いつの間にやら白のシンプルな胸元を開いたドレス姿のジェニーが空を見上げて呟く。

「………。」

サユリのスイッチが入った様だ。

「パパ、私は裏回るね。」 

竜化を許可した事もあり、ユカリの表皮には鱗が浮き上がり、羽根が背中に現れた。

八咫烏は、ユカリの援護に回れ。

「カー」

2匹?はオペラ座の裏を固める為に飛んで行く。

ピヨちゃんは、引き続きサユリの援護な。

「ピヨ」


「…くる…」

夜の闇以外の黒い何かを突き破って、槍を携えた黒いモノがオペラ座に襲いかかった。

「…デヴィル…。」

ジェニーが漏らした声の通り、蝙蝠の羽根を背に、毒針の如き尻尾と獣の耳、吊り上がった白目だけの目、Vの字に切れ上がった口。

全身全霊で“悪魔“を表現する“人外“だった。

…芸がねぇなぁ。まぁ、あれが“モーツァルトのイメージするもの“なんだろう。

オペラ座の裏からは、竜の咆哮が響いてきた。ユカリ達も始めた様だ。

と同時にサユリとピヨちゃんも人外の中に飛び込んで行った。

ホールからは金管楽器の勇ましいマーチが響いてくる。第四楽章に入った様だね。戦闘用BGMとしては最適で最高だ。

んじゃ。俺達は俺達の仕事をするぞ、ジェニー。

「わかりました。」


満員の客席からは、交響曲7番の興奮が止まず、スタンディングオベーションがいつまでも続いていた。


やがて、舞台にピンスポットがあたる。

客席が鎮まりかえる。


光の中には、一台のピアノ。

バイオリンを抱えるコンマスの女性。

そして、拍手に迎えられた、一人のタキシード姿の男性。

チリチリ頭に丸い眼鏡をかけたその男は、まごう事なく、フランツ・ペーター・シューベルト。こちらも作曲家自らピアノ演奏だ。

もう一人。歌手が居る。

歌曲であるから当たり前だ。

俺に腰を軽く叩かれると、歌手ジェーン・グレイは俺に軽く口付けして、舞台に颯爽と飛び出して行った。これっ。もう少しお淑やかに!

曲は「エレンの歌 3番」

ジェニーの得意技「アヴェ・マリア」だよ。


静かなピアノの旋律と、シューベルト自らのアレンジによるバイオリンの伴奏。

ah〜ve…

オペラ座満席の観客達は、ジェニーの伸びやかなソプラノに聞き入り続けるのだった。

この曲をジェニーが歌う事に意義がある。

ジェニーの癒しは、俯いたウィーンの人達の心を癒やして行く。人々が再び立ち上がる為には、先ずはジェニーの癒しが必要なんだよ。


こっちはこれでヨシ。

さて、外はどうなってっかな。

って、うわあお。

窓を開けたら人外が槍を持って突っ込んで来たよ。邪魔なのでデコピンをかますと、人外はド派手に悲鳴を上げて、墜落していった。

死を迎えた人外は、そのまま塵と化し、風に吹かれて消えていった。

ありゃ、思ったより弱いなぁ。

「パパが強すぎるだけだよー。」

高速で飛び回りながら、自分ので鉤爪で次々と人外を塵にしていくドラゴンに突っ込まれた。さすがはユカリさん。

普段幼女のふりしてるけど、中身は古竜。バイキンマンくらいじゃ相手になんないか。

「パパが人外をバイキンマンって言っちゃうと、本当に外見がバイキンマンになっちゃうからやめて。たまの戦闘シーンなのに、ほら

バイキンマンとドキンちゃんばかりになった!きんちょーかんがどっか行っちゃった。」

『はーひふーへほー!』

あ、ほんとだ。鳴き声が変わったよ。

「ところでいつまで戦ってればいーのかなー。私も飽きて来た。」

まぁ、蟻ん子を潰す様なもんだしな。とりあえず、空見てみ。

「そーらー。」

裏拳で人外を叩き潰し始めるユカリさん。ユカリさんの周りに黒いモノが飛び回って居るのは八咫ちゃんか。

八咫ちゃんバリアーって訳だ。

あいつらに竜族と神族をどうにかできるとは思わんけど、攻撃と防御のコンビネーションって訳だね。

「あれれ。黒が少し薄くなってる?」

黒がコイツらの正体なんだよ。コイツらを倒せば倒す程、黒は薄くなって、その影にいる本体が現れる。

竜の目でよく黒の先を見てみなさい。

「……デッカい顔?耳元クルクルの優男?」

そいつが今回の魔王、モーツァルトだ。


お疲れさん。

外に問題は無さそうだったから、舞台袖に戻って出番を終えたジェニーを迎える。

「舞台は教会の皆んなで歌っているだけですから、こんな大観衆の前でソロとか、心臓ばくばくでした。ほら。」

いや、俺の手をおっぱいに当てなくていいかな。揉み揉み。うん、柔らかい。

「いやん。」

さてと、仕上げだ。

「もっと揉みなさいよ。」

この先は今晩のご褒美だ。


指揮台に登ったのは、なんとも冴えないおじさん。だけど、このおじさんが今回の最終兵器。名前をアントニオ・サリエリ。

全てのえにしを繋ぐポイントゲッターだ。

今回の魔王、モーツァルトはどうやら精神性の悪魔らしい。

そりゃ神様がいんだから、悪魔だっていんだろうよ。だったら話は早い。

別に十字架を振り回しただけでも、俺達なら勝てるだろう。だろうけど、ここはやはり、モーツァルトを魔王のまんま滅ぼすよりは、浄化・昇華させる事を選択した訳だ。


サリエリを呼んだのは、他でも無い。舞台上に並んだ“合唱隊“のメンツを見ればわかる。

ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン

フランツ・ピーター・シューベルト

フランツ・リスト

更には、ハイドンやジュースマイヤー、オーストリアハンガリー帝国の全盛期を飾った音楽家達が、サリエリとの縁を持つ錚々たる音楽家達が、合唱隊に混じって楽譜を持っている。

今、外で暴れて居るモーツァルトも、そしてこの音楽室の壁のポスターみたいな音楽家達の並びも、皆サリエリの名の元に、サリエリが紡いだ縁の元に、このオペラ座に集っている。

俺がそっと肩を叩くと、ジェニーも微笑みながら、その中に加わった。

曲は勿論、ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン作「交響曲第9番ニ短調作品125(合唱付き)。

日本で言う「第九」、タイトル「歓喜の歌」だ。それもいきなり第四楽章から。


サリエリが指揮棒を振り上げると同時に、サユリとユカリがそれぞれ最後の人外を切り捨てた。全ての黒は消え、ウィーンの空に、モーツァルトの巨大な顔だけが浮かび上がる。



友よ。我が親愛なる友よ。

言葉なんかでは無い。

音楽もこの音楽ではない。


これから、とても心地よい素晴らしい喜びの歌を、ともに、一緒に歌おうではないか。




ベートーヴェンが、シューベルトが、リストが、ジェニーが。

オペラ座に集まった観客達が。

それまで俯いていたウィーン市民が。


オペラ座の舞台からも、オペラ座の客席からも溢れて、全てのウィーン市民の歌声が、ウィーン市内に、オーストリア全域に、ハンガリーに、プロイセンに響いて行く。

それは喜びの歌。

喜びの声。

生きたいと願う声。

心の底から湧き上がる歓喜の歌。

生きる!歌う!笑う!愛する!

今この時は、全ての心配事を忘れて歌おう!

この歓喜の歌を!!


悪魔が嫌がるもの。

それは神性でも十字架でも無い。

人のポジティブな心だ。

強い心の前には、悪魔が入り込める隙間はない。神に頼らずとも悪魔は倒せる。

逆の言い方をすると、悪魔は堕ちた神だ。それゆえ、神は悪魔を滅せない。

悪魔を滅せられるのも人間だけだ。

死したモーツァルトが、何故魔王に堕ちたか。いずれ調べにゃならないんだろうけど、今は良い。

サリエリよ。友を救え。

俺には、「俺との縁」の無い者は救えないし、救う気も無い。

救えるのは、小っ恥ずかしい話だけど、「愛情」であり、「友情」だけなんだよ。


空でひとしきり苦しんでいたモーツァルトの顔は、人々の歌声の前に、少しずつ穏やかな表情を取り戻し、微笑みを浮かべる様になる。第四楽章が盛大に終了すると、やがて消えていった。


オペラ座からも、観客と音楽家達が、笑いながら光の粒となり、消えて行く。

また会おう

また合奏しよう

音楽家達はいつか果たすべき約束を交わし合いながら、軽口と悪口を言い合いながら。


指揮台から降りたサリエリが、一人舞台に残るジェニーに握手を求める。

英国女王ジェーン・グレイは、完璧な礼節を持って、20世紀になるまで忘れ去られていた偉大なる音楽家の右手を微笑みながら握る。

老音楽家は、にっこりと笑って光の粒になって行き、オペラ座の場内には、舞台上のジェニーと、客席に腰掛ける俺だけになる。


バン!っと扉が開き、嫁と娘と小鳥と烏が飛び込んでくる。 

舞台からは、妾が俺にジャンプして来た。

12歳の小柄な少女の肢体を抱きしめながら、とりあえず、ウィーンでやる事は済んだ事はわかったよ。…何回かかったんだ?

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