モーツァルト
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
言うまでもなく、オーストリアが産んだ最高の音楽家の1人である。
「ねぇ奥様、旦那様がなんか変です。おかしいです。まともな事言ってます。誰か助けて。」
「ほら前回、真面目にイギリス王室史を語っちゃったでしょう。正統派のカッコよさをアレで味をしめたみたい。」
たまには導入部分をまともに始めようと思ったのに、嫁〜ずにコソコソ気味悪がられたぞ。
まったくもう、相変わらず女運の悪い俺だった。
いっそ、全取っ替えしようかな?
「竜とかは如何かなパパ。お姉様を正妻に、私と竜人姫姉妹をお妾さんで。」
ドラゴンちゃんに叱られないかい?
「大丈夫。明確な順列をつければ、あのお姉様の性格なら満足するから。…多分。」
多分なんだ。
うん。俺もそう思う。
「ちょっと待ちなさい。私達を捨てようとしても、そうはいかないからね。地獄の底まで追いかけていくから。」
「わたくしの癒しと奥様の居合い抜きで、ヘルのデビルマンもひとっ飛びですから。下半身も真っ二つ!」
デビルマンを倒す気満々なうちのお嫁さんたちが怖い件について。
てか、デビルマンの下半身って原作でもぼかしてるとこじゃん。ひとっ飛びってなんだろう。
「ピヨ」「カー」
お前達までお嫁さん側かよ。
とにかく。話を戻すぞ。とにかく。
この世界、この時代における「アマデウス」をどう見る?ピヨちゃんや。
「???ピヨ???」
身体中からクエスチョンマークを溢れさせてる芸と暇があんなら、少しはあの看板。いや。
あの名前を見なさいよ。君に聞いてんの。
君、天照大神の娘って事は、日本神話・日本神道の中でも、かなりの古流上位な神様でしょうが。伊弉諾の孫娘って、そりゃあもう神格凄えんだぞ。
鳥に化けてるうちに、脳味噌の容量も鳥サイズになっちゃったの?
「ピヨピヨピー!」
いや、だから。俺に反論と言い訳してる暇あったら、俺が言った事をしなさいよ。
「ピー」
羽根を広げて畳んで、あれこれ騒いでた小鳥は、漸く事の次第を飲み込んで、俺の頭に止まった。
「ピ」
だ。
世界一短い手紙。参照。
「慎吾様。ご説明を。」
あー、ちょい待ち。ピヨちゃんさ、お前さん何か制限受けてんのか?
「ピヨ」
わかった。ちょいと待ってろ。
ユカリさんさ、悪いけどまた障壁を頼まぁ。
「わかったー。」
俺達は前回のまま、隣街のカフェでとぐろを巻いてる。ぐろぐろ。
女子3人の顔がクリーム塗れになるほど、ずっとスイーツを食いまくっているからね。
俺の膝の上に座っているユカリさんは、一つ深呼吸をすると、フッと息を吐く。
同時に空気の流れが俺達を包み、やがて収まる。これで外部からの侵入と、俺の意志で障壁内部の視覚・嗅覚・聴覚情報を遮断できる。
うちのドラゴンちゃんが欲情した時用に身につけさせた能力なんだけど(つまり屋外で盛っても外からはわからない)、ユカリさんに試させたら直ぐ出来た。
エンシェントドラゴンには、使う事があまり無いから本人は知らないけど、さして難しく無いスキルらしい。
まぁ、エンシェントドラゴンは一応神様の部類に入る存在らしいからね。
でわ。
「慎吾様。くっつき言葉が違います。子供達への教育に悪影響を与えます。」
光画部言葉だから、だいじゃぁぶむぁくぅわすぇて。って言うか、その子供達って誰よ。
「鳥坂センパイって、そろそろ定年ですかねぇ?」
そりゃ、80年代に高校生だったんだから、さんごやしぃちゃんも今もう50代だぞ。
真面目で胸の大きさで徒競走に勝つほどスタイルの良かった堀川さんには、多分孫がいるだろうなぁ。揺れない大戸島さんは、…人懐っこいからモテそうだし。
だいたい、柳校長も成原博士もあーるくんも、中の人が半分くらい鬼籍に入ってるし。
「ピヨ」
わかったよ。脱線してごめんねごめんねー。まさかピヨちゃんに突っ込まれるとは思わなんだ。
「慎吾様、今のちょっと懐かしいですね。」
お嫁さんの天文生まれ設定なんか、すっかりどっか行っちったな。
本人(本鳥)曰く、この小鳥姿になっているのは、なんでも月詠命の仕業らしい。
曰く、天界が「何か」に襲われて、(何かって何よ。それが問題なんだけど)素戔嗚はいち早く倒され(役にたたねぇ)、天照が天の岩戸に封印された時、とっとと月に逃げた月詠が、俺なり何なり、この情勢を打破する者が現れた時に、その助けとするべくこうなったと。
という事なので、障壁内で月詠の力を一時的に剥ぎ取ってみたところ、粗末な麻貫頭衣と髪を粗雑に結んだだけの、でもこれはこれで綺麗な女神が俺達の前に現れた。
「この姿ではお初にお目にかかりますね。天照が娘、多岐都にございます。」
ども。
「…慎吾様?ピヨちゃんが女の子になりましたよう?」
女の子って言っても、結婚して子供もいる人(神)だよ。因みに旦那さんは大国主さんね。因幡の白兎で有名な。
「ああ知ってます。鰐の皮を剥いで打出の小槌持って走る人。」
走り大黒天って言うのは、各地に像があるけどさぁ、お嫁さんの知識は色々間違ってるなぁ。
「あの人(大国主命)ほんとに旦那?なんですかねぇ?あれもあれで奥さん何人も抱えているし、古事記と日本書紀で記述が違うから、今度戸籍を市役所に申請してみようかと思ってますの。」
何処の市役所によ?
「えぇと。島根県出雲市とかかなぁ?」
…お土産用に洒落で作ってるかもね。しかも電子謄本でなく筆文字の。
「ところで3行前の語尾が“によ“な事に少し萌えます。デジタルな猫を思い出すにょ。」
…あぁ。こっちの女神さまがただのオタだったとは。
「あぁ女神さま!の方の女神は北欧神話の三姉妹ですにょ。しかもマイナー神。」
うるさいよ。
つうか、お前まで脱線側だったのかよ。
しかし、月詠ってのもだらしがねぇなぁ。
伊弉諾の子供で原初神だろ。さっさと逃げたってか?
「ほら、月詠命様は男だか女だか色々あやふやだから。記紀でも風土記でも、書いてある事バラバラだし。満ち欠けのある月の神様だから、性別を含めて月齢によって色々変わっちゃうし。誰かにはっきりと規定されないと、力の発動力もあやふやなのよん。」
お前さんの語尾もあやふやなのが少し気になりますな。
「そこなのよ。」
何処です?
「…そこと言われて、キョロキョロ余所見してどこ?と探すフリをするギャグはトキワ荘時代からあるけどさぁ。」
あんだ。
「…わざわざコイン投入型の望遠鏡を出して、遥か先を見渡す人は初めて見ました。しかもなんか隅っこに六甲山って書いてあるし。100円入れてるし。よく持ってたね。」
折角のボケだから、全力で。全力校歌で。
「千葉県にそんな高校あるけどさぁ。」
言葉ボケだと、最近お嫁さんやジェニーに押され気味なので。まぁ一つ。
「あぁ良いなぁ。私も手妻の一つも仕込もうかしら。ほら、私とジェニーの服なら、種を仕込み放題だし。」
「奥様ぁ。仕込み放題と言っても“袂“くらいしか有りませんよ。ほら、わたくしの着物だと胸元くらいしか他に仕込める無いし。」
「………どうせ、私のおっぱいじゃ、何も引っ掛かりませんよーだ。ぐっすんおよよ。」
間抜けな語尾からすると、お嫁さんには割と余裕があるみたいだから流そう。ジャー。
「最近慎吾様が拾ってくれないから寂しいです。これはもう夫婦の危機では?」
「わたくしとユカリさんが妻の順番待ちしてるから大丈夫ですよ。お任せ下さい。」
「正妻の座は渡しませんからね。ずぇったい!」
「さすがは奥様。早速の光画部言葉です。」
「…側から毎日見てましたけど、これは確かに話が進みませんね。皆んな隙あらばボケ倒すのね。少し控えます。」
いや、ピヨちゃんにして多岐都姫。折角人型になってんだから、進行役を頼みたいんだけど。今回の副題、モーツァルトだぞ。
出だしの一行目以降なかなか出てこないんだけど。
あ、アマデウスって一回だけ出てきたな。
「魔王、ですね。」
道端に置かれた看板の、それも誰が書いたかもわからないモーツァルトの字だけで、多岐都姫は看破してみせる。
「おかしいですね。魔王はシューベルト。モーツァルトは魔笛の筈ですが。」
今更ながら16世紀生まれのジェニーが18世紀の音楽の矛盾を指摘する。
最初から最後まで矛盾の塊なんだけどね。
「いえ、ジェニーさん。作曲家が作った曲の話では有りません。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが魔王と化しているんです。…にょ。」
思い出した様に付けなくていいから。
「この、にょって語尾。口に出すとなんだか口が気持ちいいのですにょ。」
…小鳥に戻っても、ピヨじゃなくてにょって鳴くんじゃあるまいな。
「声帯を変えてみようかしら。」
却下だ却下。
小鳥は小鳥の様に鳴くから可愛いんだ。
「まぁまぁ可愛いとか。照れますわ。私には主人が居ますのよ。うふふ。」
その主人の存在を戸籍で確認しようとしたくせに。
「あらあら、うふふ。」
それ前に誰かやってないかな。
「私は日本神ですから、黒髪ロングのアキラさんの方が好みです。すわっ!」
君さぁ。ついさっき、ボケは控えようって自分で言ってたべや。
「慎吾様。いい加減ご説明を。」
ご説明も何も、そういうこったよ。
モーツァルトが魔王化してる。
「…後でオーストリアの人に叱られても知りませんよ?」
まぁまぁ。沙悟浄や深沙大将や毘沙門天を砂漠で乾涸びさせてた話だし。
「それ、全部同一人物だし。」
というかな。モーツァルトは昔からフィクションの世界では、魔王や悪魔や怨霊にされがちなんだ。
それだけ人間技とは思えない美しい旋律を奏で続けていた偉大な、偉大過ぎる作曲家だった。
人は自分の思考が及ばない事象を本能的に恐る傾向がある。「自然」から「人が作ったもの」までね。
見事な、見事過ぎる自然には神を感じる。これは時代・土地を問わず世界中で見られる現象だ。
これを人は精霊信仰やアニミズムと呼ぶ。これを神話に登場する神に当て嵌めて整理したものの一つが、日本神話になる。
多岐都姫は、ピヨちゃんは、その登場人物の一人だ。あと、八咫烏の八咫さんも。
同じ様に、人が作ったもの。芸術性が高く、さして知識や感性の無い者まで、説明不能な感動を与える作品。
これについては、人は神性よりも魔性を感じる事がある。というか多い。
これには、悪魔が人の魂と引き換えに与えるという迷信があるからだ。
…これだけ、神だの魔王だのがゴロゴロしてる世界で、迷信と言い切っていいのかどうか、一考を要するところではあるけれど。
で、モーツァルトはそのキャラクターの筆頭格だ。それだけ今なお世界中の人間を魅了し続けている作曲家なんだ。
悪魔との取引で生み出された旋律、と言ったら信じる人は山ほど出るだろう。
不幸な最後だった事もあり、モーツァルトは人に畏れられ恐れられた。
本当に、モーツァルトが魔王化してる世界もあるだろうよ。
…変態仮面でお馴染み安田顕が、大泉洋達との舞台で変態モーツァルトを演じた事は内緒にしとこう。
「問題は、何故モーツァルトが魔王化したかだにょ。」
まだそれやる気かよ。
「このエピソードが終わったら、どうせまたしばらく小鳥に戻んでしょ。だったら、喋れる時に、喋りますにゃ。」
にょなんだか、にゃなんだか。
「あと嘴でマヨネーズを撹拌するの大変なの。」
別にピヨちゃんに料理は頼んでなかろうもん。
「サユリちゃんを揶揄うのが楽しいので。」
「ピヨちゃんの確信犯でしたよう。」
「奥様、それは誤用ですよ。確信犯罪とすべきです。」
「誤用だろうとなんだろうと、広まったもん勝ちなのが言語学ですから。」
誤用につき御用とか言い出すなよ。
「「「「「…………」」」」」
お前ら全員黙んなよ。
つうか、鉤括弧の数からして、八咫烏!
お前も言う気満々だったのかいな?
「カー」
知らんがな。




