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第43話 ドイ(オーストリア!)…ツ

「ーーーーーー。」

「ーーーーーー。」

「ーーーーーー。」

「ーーーーーー。」

「ーーーーーー。」

「ーーーーーー。」

多いな。多い多い。沢山だぁ〜!

沢山の兵隊さんに俺達は囲まれていた。

軍船から降りてくるオスマン兵は、皆一様に黙ったまま、静かに銃口を俺達に向ける。


サユリは周囲を目を細めて見渡すと、静かに竜骨刀の鯉口を切った。前回話題にした殺気が隠し切れて無いよ。まだまだだね。うん。

ユカリはドラゴンへの変身を申し出ているが、街中でそうもいくまいでしょ。落ち着きなさい。

ほら、石の裏の虫みたいに散って行った地元民が、まだ少し逃げ切れてないからさ。

ジェニーは俺の背後に隠れる。ただし、小声で癒しの讃美歌を唱っていた。

上等だ。この子は自分の能力を冷静に把握して、自分の出来る事を一生懸命やろうとしている。

「俺の女」としては、まだまだ初心者とはいえ、「俺が認めた能力」の発露が見出せる。

サユリの草履が体重移動でズリっと鳴る。クリント・イーストウッドが製作する西部劇ならば、必ず拍車を鳴らす場面だ。

彼は本当に西部劇を愛しているからな、ありとあらゆる「お約束」を大切にしている。

俺達は、そうして包囲されて行った。


オーストリアの代表的河川と言えば有名なのか2つ。

その内、ライン川かドナウ川か知らんが、その大河には合計8隻の軍船が止まっていた。

船長はおよそ50メートル。…水深がどのくらいなのかは知らないけど、よく登って来たな。

軍船から出て来たイェニチェリは、もはや何人いるかわからないぞ。

ぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろ。

「また今回もぞろぞろ遊びしますか?」

しません。

というか、あの8隻の軍船から出て来れる数はとうに越えている筈だ。

つまり、コイツらの正体ってなんなん?

本当に人間か?

で、今さっきこの街場に着いたばかりの俺達を狙う意味はなんだ?


「そこの男。女を渡せ。」

イェニチェリが割れ、中から偉そうに勲章をジャカジャカつけた固太りの中年男が現れた。

「その女は、テューダー朝皇女レディ・グレイでだろう。我がオスマントルコの敵である。」

ん?イギリスとオスマンって戦争してたっけ?

「大きく十字軍という意味ならば、キリスト教とイスラム教の争いですが、あれはローマ帝国かフランスのカトリック教徒が主となっていますから、直接は関係ない筈です。」

俺の背中から、ジェニーの落ち着いた解説が聞こえる。

だよな、そもそも北海のイギリスと地中海のトルコじゃ距離があり過ぎる。


「何を訳の分からん事を言っている。異教徒めが。その女はブラウンシュヴァイク・リューネブルクの血筋の女。ならば、我々の敵である。」

ブラウンシュヴァイク・リューネブルクだぁ?

「あら、今回は銀英伝回ですか?」

視線だけで切り付けられそうな鋭い目をしながら、お嫁さんがボケた。

「常在戦場、かつ常在日常。を教えて下さったのは、我が師匠、慎吾様ですから。」

数百人の兵隊さんに銃口を向けられて、常在日常って嘘ぶけるとは、成長したなお嫁さん。(おっぱい以外は)

「おっぱい以外は余計です。」

カッコで括ったんだから、口に出して無いって区別つけなさいよ。

「私達夫婦に隠し事は不可能です。隠し子も不可能です。」

しまった。お嫁さんを育て過ぎたよ。

この世界では、まだ子供作って無いけどなぁ。


ところで、あの太っちょ、ブラウンシュヴァイク・リューネブルクって言ったね?

「わたくしの家系にはいない名ですね。」

当然だ。これはイングランド王室のうち、ハノーバー朝の人間で、ドイツの公主の名前だ。

ハノーバー朝ってのは、テューダー朝の後にくるイギリス王家の事だ。

…つまり、ここでも歴史の逆転現象が起こっているわけか。

「旦那様。意味がわかりません。」

後で教えたげる。


「早く女を渡せ。あと5つ数える。さもなくば、撃つ。」

「やりますか?慎吾様。」

だから殺気が溢れまくりやがりましてるよ。落ち着きなさいな。

「慎吾様の言葉尻も滅茶苦茶ですけど。まるでちょっとだけ前のバンド駄洒落を言おうとして、擦られ過ぎて今更寒いから辞めた的な。」

だから、なんでわかるんだよ。

「妻ですから。」

やれやれ。本当に隠し事が出来なくなったらしいや。

まぁ、たまには俺にも仕事させろ。

「ひとぉつ!」


ひとぉつ。


あっちが鉄砲ならば、こっちはバズーカーと行こうか。

何処からともなく取り出して(ファンタジーならストレージ的な魔法を使うんだろうけどね、ワタリの俺には関係ないのさ)、ひょいっと担いだバズーカーが火を噴くと、軍船の一隻が爆発炎上する。

背後で起こった爆風にイェニチェリ達が吹き飛ばされる。勿論、俺達には影響なし。

ついで言うと、ユカリさんがさりげなく障壁を張ってくれてるし。


ふたぁつ。


コイツらの銃って、要は火縄銃だから、これを始末しとく。てなわけで、突然俺達を中心に滝の様な、いや息すら出来ない(させない)バケツどころかダムをひっくり返した様な豪雨が降り注ぐ。

「普通、ダムはひっくり返りませんよう。だからガメラもメガロも壊しただけです。」

また脱線しかけたので、今のは流す。

「流されちゃいました。」

ついでに重力魔神の力を加えたので、全員が地面に押し付けられる。

勿論、障壁に守られた俺達には雨なんか降らない。


みぃっつ。


ドイツの火力と言えばこれ!

名物特大カノン・列車砲!

線路なんかどこにもねぇけど、とりあえず機関車が大砲引いて、向こうから(何処だよ)轟音を響かせて走ってくる。

そこらで這いつくばってるオスマン兵を片っ端から轢き殺してるけど、雨のおかげで血が流されて溜まらない。


いくぜぇ!


地面が揺れる程の爆音を響かせた巨砲は、残りの軍船を、ことごとく忽ち粉々にした。

た〜まや〜。

「203高地から覗く28サンチ砲で砲撃された旅順艦隊ってこんなんだったのかなぁ。」

「たまに鉤括弧付きで喋ってと思ったら何言い出すかと、とりあえずパパ、やりすぎー。」

「まぁ、たまにはね。」

「おかーさんと金髪ちゃん、口を開けたままポカンとしてるよ。」

ついでについでに。豪雨を「横」に降らせてみたら、イェニチェリの皆さんは、そのまま川に落ちて流されていきました。

「流れちゃいました。さっきのは布石ですか?」

お嫁さんが勝手に独り言を展開してるだけだよ。

後に残るは火縄銃の“潰れたの“が幾つか。

石畳に張り付いてしまい、人力では剥がせなくなってます。

こうして、オーストリア大公国の危機「第一次ウィーン包囲」はオーストリアの大勝利で終わりました。

……勝因(犯人)は俺です。



「旦那様。ご説明をお願いします。」

ウニャウニャした現場をとっとと逃げ出して、隣町のカフェで一休み中の俺達です。

ん?ああ。


では、最初から。

ジェニーはイングランド・テューダー朝の人間だよね。

「はい、薔薇戦争を勝ち抜いたウェールズ出身の家系です。」

そう、プリンセス・オブ・ウェールズだよね。

「慎吾様しつもーん。」

何?

「ジェニーのとこの王様って、家がゴロゴロ変わってんですか?いや、うちのとこだと、天子様はずっと天子様の家系じゃ無いですか?」

おや、頭の悪いうちのお嫁さんにしては、割と突っ込んだ事聞くね。

「旦那様?奥様は物を知らないだけで、決して頭は悪くありませんよ?」

「まぁありがと。お礼にぎゅっとしてあげる。」

「…旦那様ぁ〜。奥様の鼻息が荒くなり始めましたぁ〜。助けて下さ〜い!」

「どうしよう慎吾様。この子とっても柔らかいの。」


…話を続けるぞ…

「旦那様にスルーされました。」

「反応が無いとつまんない。」


ジェーン・グレイはテューダー朝第二代国王の孫娘だった。

ジェニーは、本人の望まぬ相手を結婚相手に選ばれ、本人の意志とは別に、国王の血筋というだけで王位継承争いに巻き込まれて、本人が望まぬ即位を押し付けられ、本人の知らぬところで廃位されて、本人の知らぬところで謀叛に巻き込まれて、全てを諦めていた本人は、自分の信じる信教と、曲がりなりにも夫として縁を通じた人に殉じて、僅か16歳で首を落とされた…

在位僅か9日。イングランド王国初代女王にして、数百年先まで存在を抹消されていた「悲劇の女王」

人は彼女を「レディ・ジェーン・グレイ」と呼び、その高潔な人生は後の世まで慕われ続けている。

それが、俺達の家族としていつも微笑んでいる少女、ジェニーがこの先辿る人生だ。


「そんな……。」

「お涙を頂きまして、勿体のうございます。奥様。王家の娘は血を後世に残す為だけに存在する“もの“でしか有りません。旦那様が仰るわたくしの未来は、王家の娘なら誰にでも起こり得る“当たり前“でしか有りませんので。」

別にイングランドだけじゃ無い。全世界、どこの王室でもある事だ。

強いて言えば、日本の皇族は少し違うかも知れないけどね。

「だから、わたくしを地下牢から救い出して頂いたわたくしのヒーローに、わたくしが一目惚れした人に、わたくしの純潔を捧げる事が出来た。奥様には妹に迎え入れて頂いた。わたくしの処遇にはあり得ない奇跡なんですよ。わたくしが今、ここにいる事は。」


…その後、ジェニーを殺した女性・メアリー1世が即位する。が、メアリーはジェニーを始めとして、その長くも無い治世の間、人を殺し過ぎた。ついた渾名が血塗れメアリー、「ブラッディ・マリー」の語源となった。


そんなんだから神の祝福を受けられなかったのか、テューダー朝は後継に恵まれず滅亡。

数代前に分家した血筋がスコットランドに残っていたので、テューダー朝に代わりスチュワート朝が王家となり、スチュワート朝の元でイギリス統一。

統一したものの、歴代馬鹿殿ばっかだったので100年で滅亡。なんだかんだしているうちに、イギリス内部に王様の子孫が居なくなっちった。

慌てて探してみたら、ドイツの一公国に嫁入りしてたお姫様がおったとさ。

その輿入れ先のドイツの王様が、ブラウンシュヴァイク・リューネブルク。

まぁ、銀英伝のネタ元かもね。


「なんで他国にお姫様が嫁いでいるんですか?」

ジェニーが言ってるだろ。王家にとって娘は王の血を残す道具でしか無い。でも、お姫様だけにそこら辺にひょいひょい降嫁させる訳にはいかんし、ひょいひょい嫁入りさせられる王家もないと。ところかドイツって国は群雄割拠の小国だらけ。王様だらけ。

余ったお姫様の嫁入り先には便利だったんだよ。

「そんな!女は道具では有りません!」

忘れちゃいかんな。日本だってそうだぞ。

「政略結婚」って言葉があんだろ。

天皇家から将軍家に嫁入りした皇女だっておんだぜ。お嫁さんの時代から300年くらい後だけど。

そういやお前さんとこの殿様って誰だ?

「えーと。高木様です?」

なんで疑問系なの?

「だってお殿様とか縁ないもん。」

ああ、お嫁さんは下総の生まれで確定だな。

 

整理整頓しとこか。

ジェニーは、オスマン帝国からすると、後にドイツからイギリスに行く王様が出るから、今のうちにご先祖を殺しちまえと狙われた学園。もしくは、そのブラウンシュヴァイクが今、イギリス王として君臨しているか。

あ、因みに「君臨すれども統治せず」は、ドイツに居っぱなしでイギリス政治なんかほったらかしだったブラウンシュヴァイクを評した言葉だから。

「今こっそりギャグ混ぜた?」

「なんなんだろう、このエピソード満載な時代は?」

200年くらい離れてるけどね。

「あと、時系列が滅茶苦茶です!」

あのさ、ついこないだまで56億7千万年後にいたんだぜ。俺達。

「「そうだった。」」


ウィーン。

まぁこの時代は、オーストリアもドイツもローマ帝国もごちゃ混ぜの時代なので、ドイツに着いたーって事で。

「つi…。」

その昭和のギャグ禁止。

「慎吾様。ランニング坊主の太鼓叩きのこれは、もう伝統芸能だと思うの。」

恥ずかしい台詞禁止!

って中の人、マサチューセッチュ卒の天才幼女先生から戦場ヶ原さんまでやってんだよなぁ。感心感心。

「ところで、わたくしが知るウィーンって、こんな暗黒なふいんき(←何故か変換出来ない)では無い筈なんですが。」

今、古いネットスラング混ぜなかった?

「いいえ。」

そうですか。

「慎吾様のお話だと、オスマン帝国に軍事包囲されていたんですよね。そのせいじゃ無いのかな。」

「いいえ、明らかに人がおかしいですね。ほら、誰一人として前を向いていない。皆、俯いて歩いています。」

「慎吾様。どういう事でしょう?」

だいたい想像は付くけどね。


「慎吾様にはお分かりになるんですか?」

「おかーさん。これは私にもわかるよ。」

「私にはわかりません。」

「わたくしも。」

「ニンゲンにはわからないのかなぁ。」

いつもと同じだよ。俺達の(とりあえずの)旅の目的を思い出しなさいな。

「………魔王退治…です。」

ジェニー、お前ちょっと忘れてたな?

まぁそれはともかく。

それで、今このウィーンに蔓延っている魔王が。


あいつだよ。

俺は一枚の看板、というか手配書というか、掲示板に晒されている1人の男の名前を指差した。

そこには、1人のある著名な男の名前が記されている。 

その名前は、ヴォルフガング…

「やっぱり銀英伝回じゃん。」

違います。疾い人じゃありません。

「疾い男の人ってどうだろう。」

「あの人、結構奥手でしたよ。」

「因みに慎吾様はそこら辺自由自在ですから。馬のマークの参考書みたいに。今後も継室にいるのならば思い切り弄ばれなさいな。」

「わかりましたわ。」

君達ねぇ。

回の最後くらい締めさせなさいよ。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

疾風ウォルフではなく、下ネタヴォルフだ。

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