第36話 レディ・ジェーン・グレイのあれ
「わたくしの特技…か、…思いつきませんわね。一応、姫として一通りの事は知識として知ってはいますが、実践が一切伴いません。えっへん!」
そんな前倣えの一番前の力道山みたいなポーズで胸を張られてもね。
「おっぱいを揉みたいのでしたらご自由に。」
揉みませんけど。
「揉めよ!」
知らんがな。
「でもね。わたくしは本当に沢山の知識があるし、沢山の事がそれなりに出来ますけど、本当に得意な事は多分、何一つとしてありません。」
それは何とコメントしていいのやら。
「何かわたくしに見出せませんかねえ?」
なかぁねえけど?
「「「あるの?」」」
何だ何だお嫁さんやユカリさんまで。
「だって、わたくしの武術はあくまでも護身術に過ぎないし、炊事洗濯もご家庭の主婦にすら及ばない独女レベル。あとは身体くらいですが、昨日処女を喪失したばかりの鮪女。なので、ご主人様は早くわたくしに正義な性技を仕込みなさい。」
「心底残念なお姫様よねぇ。」
「おかーさんより残念な人もなかなか居ないと思ってたけど。」
「ねー。」
ユカリさんに言われてるぞお嫁さん。
「自覚あるもん。」
そーですか。
タイガを切り拓いて踏み固めただけの街道が少しだけ広くなっている場所を見つけて車を降りる。ユカリさんは俺の膝枕のまま、宙を浮いて器用に寝たまま。身体にはピヨちゃんと八咫ちゃんがユカリさんの首筋を突いて遊んでいるので、きゃらきゃら笑いながら。
サユリさんとジェニーは大人しく後部扉を開けて出てくるなり
「さ〜む〜い〜!」
「で〜す〜わ〜!」
何故防寒着を脱ぐ?
「慎吾様がいつもの軽装で出て行くんだもん。」
慌てて車内からロングコートと目指し帽子を取り出す2人。ああちょっとジェニーは待て。
「ですからわたくしはまだマゾヒズム調教を受けていないのです。」
いや別に脱げとは言ってないから。12歳の女の子を凍傷にして喜ぶ趣味は持ってないから。早く服を着ろ。
「旦那様の性癖がノーマルで助かりました。今は。」
いまわ?
車を停めてジェニーを降ろしたのは他でもない。ちょっと確認したい事があったからだ。
「いやん。」
期待しても無駄だからな。
ふむふむ。ジェニーを立たせて彼女の周りをぐるぐる回ってみる。
普段馬鹿な事ばかり言っている深窓の令嬢ちゃんも、改めてじろじろと見つめられるのは恥ずかしいらしい。
顔を真っ赤にして俯いちゃった。
俺が注目したのは下腹部。いわゆる子宮付近だ。
うん。やっぱり。
「出来てた?」
昨日の今日で出来るか!大体、中に出してない。
「そういえば顔に頂きました。苦かった。」
お前の顔はお腹にあるんか?
「こっそり味わってみたのは本当ですよ。」
知らんがな。
やっぱりというのは、胎内に力を感じる事。
要はジェニーの「何か」を気に入って、力を分け与える俺の気まぐれが発動したらしい。
「慎吾様の気まぐれかぁ〜。本当に気まぐれよねー。」
その気まぐれで俺の嫁になったサユリさん。気まぐれで乗り換えちゃおうかなぁ?ジェニーに。
雪に顔を突っ込んだ全力土下座頂きました。
「負けるものか!」
あれあれ。ジェニーまでが全力土下座を。
俺の頭に肘ついて眺めてるユカリさんは馬鹿な大人の真似をしないように。
「うんわかった。私の方が歳上だけど。」
つまり、ジェニーの何かを気に入って保護したくなった訳だね。
うーん。ジェニーの何処を気に入ったんだろう?
「何気に女として酷い事を言われているのは分かります。」
うーん。うーん。ん?
ああそうか。容姿や能力じゃないんだ。
「女としての魅力を8割方否定されました。」
声、かな?
「声、ですか?」
ああ。あれだ。お嫁さんの声も可愛らしいし、ユカリさんの声も姿相当な舌ったらずも抱きしめたくなる可愛さだ。
けど、ジェニーの声は違う。12歳の少女とは思えない落ち着きと透明性がある。
聞いていて耳に気持ちいい声なんだな。
つうか、単に俺好み。
「ああ、だからわたくしの喘ぎ声に惚れて下さったと。」
夕べは俺が知る限り、鼻息荒くして下唇を噛んでるか、俺の身体のどっかを噛んでて、声なんか聞いてないけど?
「うち、もうあかんって降参したの。萌えた?」
何故に京都弁やねん。
「声ですか。自分の声なんか客観的に聞いた事有りませんから、自分の声をどう自己評価したらとか、それが殿方の琴線に触れるとか、考えた事有りませんですよ。」
まぁ、金の取れる事だよ。
「金銭になる声だと。」
………。ぽん!
ああ、駄洒落だね!
「わざと腕を組んで考えたフリをしないで。恥ずかしい。」
この子とは、まともな会話が成立する日が果たして来るのだろうか?
まぁあれだ。具体的に言うなら皆口裕子的な。
「ああ、伊集院光と同じ中学出身の。」
「2回結婚して、2回離婚した。」
なんでお前ら知ってんの?それもそんなネガティブな情報ばかり。
「伊集院光と同窓って言うのはネガティブなんだ。」
つうかお嫁さんヨォ。何故そんなラジオ芸人の名前知ってんの?
「伊集院光って誰ですか?」
はい?
「なんか慎吾様が戯言言って遊んでるから、付き合ってあげなさいって、勝手に口から出てきたです。」
「わたくしも何故、面識の無い人のバツが幾つかとか知ってたんでしょうか?」
あー、なんとなくわかった。
日本の芸能界の話なんだから、日本に縁のある奴がちょっかいかけてきたんだな。
例えば天照とか天照とか天照とか。
そこの八咫烏、余所見して口笛吹いてんじゃ有りません。
よく烏の口の構造で、ピーピー口笛吹けたな。
「ピーピーピヨ」
いや、ピヨちゃんまで対抗しなくていいから。
話を元に戻すぞ。
音の中には人間の本能に良い影響をもたらす音や音声が存在する。
学術的に言うと1/fの揺らぎと言って、リズムや声が人の心を和ませる効果がある。
これは大抵生まれつきの能力で、後から努力によって身につける事は可能であるが、そうそう簡単に出来るものではない。
ジェニーには12歳にして、1/fを身につけている。それは才能だろう。
「むふん!」
あー、だからといって調子に乗らない様に。
そんな女、俺嫌いだから。
「しょぼ〜ん。」
口で言わないの。
で、だ。一番わかりやすい発揮方法だが、歌だな。ジェニー?歌は歌えるか?
「讃美歌なら教会で何回かソロをとった事が有りますが、もしかしてそれは王女だからと特別扱いされていただけでは無いと言う事ですかねえ。」
とりあえず歌ってみい。
あ、歌詞がある奴はNGな。ジャスなんとかに見つかったら、なろうラノベでもどうなるか分からん。
「わたくし、株はやっていませんよ?」
いや、俺も考えないとラだかダだか迷うけど。
この作品はメタ発言がいつまで経っても終わらないみたいだから、せめてお前らは落ち着いて下さい。
「分かりましたから、頭を上げて下さい。」
「慎吾様が頭を下げるとこなんか初めて見ました。」
だったら世界観に合わせた台詞だけ口にして下さい。
「口でしますか?」
君達には教えてないし、求めていません。
「では、アベマリアを。」
カソリックの讃美歌だと思うんだか、プロテスタントのジェニー的に問題ないんか?
「どうせスキャットとハミングだけだし、今更なんかもうどうでもいいわさ。」
…多分、何かのキャラクターから取った口調なんだろうなぁ。
あの地下牢であった時は、綺麗なクイーンイングリッシュを話してたと思うけどなぁ。
AH〜〜
恥ずかしいのか、声量こそ少し控えめだったけれども、よく聞いたあのメロディがタイガの中に流れ始める。
やがて、慣れと快感が湧いてきたのだろう。
少しずつ少しずつ声量は大きくなり、喉からだけの声はお腹から響く様になっていった。
サユリ、ユカリ、ピヨちゃん、八咫ちゃんは気持ち良さげに目を閉じ、身体を静かに左右に揺らしていた。
北の雪が積もった針葉樹林の中、ジェーン・グレイの歌声が遠くまで流れていく。
やがてその歌声を聴く観客は1人増え2人増え、歌が終わった時、俺とサユリとユカリの拍手。ピヨちゃんと八咫ちゃんの羽根拍手と共に、地響きが、沢山の重低音ストンピング攻撃が北の大地に広がっていく。
その観客達は……。




