第35話 鬼談義刀談義嫁談義
車は北極圏を抜けて、ツンドラ気候帯に南下してきた。
エアコンは26度設定なのですこぶる快適。背の低い針葉樹林の中を切り拓いた街道が果てしなく直線で続いているが、今のところ人の気配無し。たまにヘラジカっぽい鹿を見かける。角が背中まで生えてるステゴザウルスみたいな鹿を鹿と言っていいのかは、家族会議が必要になるところだ。
「アレは何だったのでしょうか?」
ジェニーさんや、代名詞だけを言われても、アレに当て嵌まりそうな事象が山ほどあるんだけど。
「とりあえず2件あります。あの青いモンスターです。あんな物、わたくしが知る限り、聖書にも英雄譚にも絵物語にも出て来ませんでした。」
ジェニーはプロテスタントだっけ?
「はい、新教派です。」
つまり、この世界にキリスト教はある、と。
お嫁さんちは、何か信仰してたかな?
「南無妙法蓮華経ってお題目を、お父さんが唱えてましたよ。」
ああなんか、千葉と関係が出てくる血筋だっけ。関係が出てくるってなんだよ。
仏教も存在する、と。鎮守様ってあったか?
「お祭りをしてる神社がありました。お稲荷さんです。」
成る程、ならばある程度は話が通じそうだ。
つまりだ、ジェニー。アレはキリスト教系のモンスターでは無い。仏教系のモンスター、いやモンスターという扱いは違うな。
アレはキリスト教でいうところの「ヘル」、仏教では地獄とされる、「あの世」の役人になる。一神教であるジェニーには理解し難いか?
「納得するしないは別に、世界には様々な宗教かあり、それが幸せをもたらしたり、悲劇を生んだりする事は知っています。十字軍という歴史もありましたし。」
うん。ならばものすご〜く大雑把に言うぞ。
一神教は神が天界から見下ろしている世界。
多神教は神は天界にいるだろうし、そこら辺の岩やトイレにも居るって考え方だ。
「岩やトイレットに?些か不敬では?」
精霊信仰の変形だよ。アミニズムって言葉はジェニーの国から出てきている。
簡単に言えば、聖書成立以前からの、原始的なヒトの信仰が残されたものだ。
トイレに神が宿るという思考考えあればトイレを大切に使う。
自らの理解が及ばない事象は、神の見えざる手にすれば良い。つまり、神は我らと共にいつもいつでも居る。という考え方だ。
「…哲学ですわね。」
哲学だよ。信仰の行き着く場所は哲学的に成らざるを得ない。
で、青鬼は仏教系地獄の獄卒というのがわかりやすい定義だ。人の思考は一定では無いから、鬼の定義も「モンスターから神まで」様々に変容している。お嫁さんが青鬼に対して畏れを抱かなかったのは、お嫁さんの国では神としてもモンスターとしても親しい存在だからだ。
(鬼である理由は、恐らく封印している神が日本神話の天照大神だからだろう)
結論、アレはうちのお嫁さんの国に関わる文化の発露だ。誰がアレを産み出したか。
それは考えないといけないな。
「奥様の国ではモンスターも神になるのですね。」
「御伽噺でしか知らないけどね。例えばドラゴンって妖怪変化にも神様にもなるよ。」
「ユカリ、神様。エヘン。」
ピヨちゃんと八咫ちゃんと遊んでたユカリちゃんが、自分の事だとちゃっかり参加してくる。
「ドラゴンって、王宮を壊していたアレが神ですか?」
アレを退治出来るか?
「英雄譚に書かれたドラゴンスレイヤーなら。」
それ、今何処かに居る?
「聞いた事ありませんね。」
逆に煽てて人間側に誘い込めれは、最強の戦力になるだろ。天使が堕ちて堕天使になるように、悪魔を祀って神にする、そんな考え方だな。
「ユカリはいつでもパパの味方だよ。」
偉い!可愛い!
ユカリさんの頭を優しく撫でてあげると、えへへと笑いながら頭を押し付けてくる。
「ああいいなあ。慎吾様私も〜。」
君ら後部座席でしょうが。
「結論を下さい。旦那様は何をするんですか?」
わからない。今回はお嫁さんの修行の為に遠出したんだけど、君らが寝ている間にストーリーは起承転結の承の段に入ったのは事実だ。
「わたくしたちが寝ている間に一体何が?」
教えないよ。(神様と乳繰りあってたとか、教えられる訳を無い)
それで、ふたつめはなんだい?
因みに前座修行を終えると二つ目に昇進する。
「それは落語家ですよう。
適切なツッコミありがとうお嫁さん。
「その奥様です。わたくしの目には直接鬼に届いていないのに、鬼を斬り捨てた様に見えました。人間技とは思えません。」
だろうね。お嫁さんには特殊な刀を渡して特殊な修行を施しているから。
サユリさんや、刀の鯉口を切ってみい。
「はい。」
「?」
そしたら、刀に気を流せ。自分の力が刀に流れて行く様に想像しなさい。
「はい。」
まもなく、僅かに切られた鯉口から白く柔らかな光が溢れ始めた。
ジェニーは口を大きく開けたまま固まっている。
その刀は長い事生きていた竜の骨を削り出して作ったものだ。
さっきも言った様に、長く生きた生物は神聖と神性を帯び事がある。
その発露がその刀だ。
その刀なら、大抵のものは斬れるし折れたり鈍ったりする事は無い。
更には俺が微調整して、お嫁さんの持つ能力を最大限に引き出せる様、相性を最高値まで引き上げてある。
お嫁さんが強くなれば強くなる程、刀のスペックは上がって行く。
逆に言えば、その刀を使えるのはお嫁さんだけだ。
その刀はありとあらゆるものを斬れる。
青鬼に対した時、目を閉じさせたのはその為だ。モンスターが、存在と実態が一致しているとは限らないしな。
「?」
あの青鬼は、人間に対しては無双出来ても、種として決して強い存在では無い。
うちのユカリさんなら爪でひと掻きだろう。
その為に、誤魔化す為に、存在をずらしていた。
けど、修行の結果、存在と実態の擦れをお嫁さんが見抜いたから、一見関係ない場所を斬り抜いた様に見えるが、あれが正解だった。
竜骨剣とサユリの力量を持ってすれば、あのくらいは鼻糞穿って食べさすのと同等の難易度だな。
「鼻糞を食べさせられるんですか?」
「そーゆープレイも有るかもしれない?」
ねぇよ。
(「その骨の持ち主に覚えがあるけど、あまり褒められた竜じゃなかったよ。」)
(しー。ユカリさん、しー。そもそもあの刀の馴れ初めを調べるのに昔の原稿を読み返すのが面倒だから、今適当に設定を作ってんの。)
(「パパがそう言えばなんでもどうとでもなっちゃうからなぁ。まぁおかーさんが嬉しそうだからいいか。」)
「あと奥様は、どう見ても普通の女の子なんですが。何処をどうやったら、そんな能力を持てるんでしょうか?」
一番手っ取り早く説明すると、サユリは俺の女房であり、俺の弟子だからだ。
「意味がわかりません。」
お嫁さんさあ、夜の生活で何か特別な感触を味わった事ないか?いや、今更そんな顔を真っ赤にしないで。
「………。えぇとですねぇ。慎吾様から精を頂けた時、なんだか物凄い多幸感に包まれます。……。大体、そんな時は、私も狂乱してるんですけど、たまに意識が残っている時は、性的な気持ちいい以外の物凄いのが、身体の奥底から突き上げて来て、そこまで来たらもう意識を保っていられなくなります。」
と、言う事だ。
「惚気のエロ話にしか聞こえませんが。」
まだ、続く。剣術修行は毎日サユリに課している訳だけど、感覚的な変化は無いか?
「あります。体幹の安定感。素振りしても、速さが違うし、剣先が停まる位置がどんどんピタリと決まり、流れる事がなくなっています。」
「どう言う事ですか?」
要は、俺が精を与える事により、俺とサユリの繋がりが深くなる。(使役に近い関係になるけど、それは夫婦愛の為に言わない)
俺とやればやるほど、お嫁さんは強くなる。
そう考えておけば粗方正しい。
「滅茶苦茶です。」
「「何を今更。」」
「夫婦でユニゾンしないで下さい!」
「でも、それだと早くに妊娠しないんですか?」
あー、俺そこら辺調整出来るから。
「は?」
中に出しても、種を出さない秘訣があるんだよ。
「……男性って、そんな器用な事出来るんですか?」
「うちの慎吾様に、常識を求める方が間違ってますよう。」
「奥様も非常識ですか。」
「中にして貰って、必要な時だけ子供が出来るのなら、そっちの方が気持ちいいからいいです。…本来なら慎吾様を征服したって女としての満足感があっても良いかなぁと思うんだけど、最初からどうやっても勝てない敵わない人だし。」
「諦めてどうするんですか!」
「ジェニーは慎吾様にして貰って、勝てる気した?」
「………………しません。」
三点リーダーが長いなぁ。
「あ、でも逆に言えば、性奴隷たるわたくしにも、中に頂ければ何か特別な能力が身につくとか。」
無いなぁ。
「なんでよ!!」
うちのお嫁さんは、剣士だよ。一見アホに見えるけど、剣の道に関しては真面目な求道者だ。さっきの哲学の話じゃないけど、一つ事を極めようと努力する者、努力し続けるものだからこそ、特別な能力に開眼する事が出来る。
ジェニー。君には何が有る?
「わたくしに、わたくしにあるもの………。」




