北極で鬼退治
「起きたら可愛い烏が増えてますよう。」
お嫁さんは何か嬉しそうに、俺の頭に留まる烏(八咫烏)にそうっと指を伸ばしてくる。
「何があったんですか?この馬無し馬車の乗り心地が良くて、直ぐ寝ちゃったんですが。それに此処、北極じゃないですか?」
ジェニーはもう少し冷静みたいで、八咫ちゃんに齧り付いたお嫁さんは放置して、車外の景色を眺めている。
確かに此処は北極。更に、地球の可能性が出て来たので、今我が車が駐車している氷の下は海(北極海)である可能性も高い。
可能性、可能性五月蝿えけどな。
五月蝿えけど、下が海ならそれはそれで、多少は考え無いといけない事が増えるし。
「多少、ですか?」
うん、多少。
「貴方様の奥方と、見目麗しいわたくしこと性奴隷の命が危険を多少ですか?」
見目麗しいジェニーさん?てにをはがおかしいですよ。
「わたくし、泳げません。金槌です。」
カナヅチを漢字で書く人も珍しい。
「大体さ、SEXと家事の知識だけ叩き込まれて、実践はすっからかんな我が王室の教育理論は間違っていると思うの。」
他所様んちの教育方針に口出す気は無いと思うの。
ぶっちゃけ、子供なんか今まで何人も育てて来たけど、俺の強力な存在力と指導力で反抗期なんか有り得なかった訳で。
「お母さんは何処でこんな化け物みたいなお父さんを見つけて、しかもお嫁に行こうとか思ったの?」
「お父さんを出来るだけ利用しなさい。それはお父さんの子供として生まれて来た特典だから。」
「お母さん、返事になってません。」
お母さんは、貧民街の孤児から何処ぞの大国のお姫様まで多種多様だったけど、家庭を築いた時は毎回同じ会話をしてた気がする。
この世界でも、お嫁さん相手にトンチキなやり取りをするんだろうなぁ。
剣だけでなく、教養も少し身につけさせようかしら。
「おい、ジェニーさんや。」
「なんですか?脱ぎますか?脱いだら多分凍死しそうですね。出来ればわたくしのマゾヒズム属性を開発してからにして下さると、嬉しいのですが。」
敢えて無視するぞ。お前さんの教育レベルはどの位だい?
「オックスブリッジの聴講生くらいは。」
12歳でオックスフォードとケンブリッジの聴講生してんの?掛け算九九の一の段を暗唱してた年相応の女の子が?
「奥様の頭脳レベルに合わせただけで、国語算数理解社会はカレッジ程度なら付いて行けます。」
そこまできちんと教育を受けているのに、貴女の残念具合はどうしたら良いのだろう。
「一通り、女としての調教が終われば落ち着くと思います。知識だけで頭でっかちのまま悶々としていたわたくしを徹底的に破壊して下さったのが旦那様ですから。媚薬や麻薬を使われた訳では無さそうですし。ああ、わたくしは薬物には敏感ですから。そういう教育も受けています。閑話休題。子供の性への好奇心が満たされれば。何しろ、オナニーも禁じられていた処女には強烈過ぎる体験でしたから。快感で失神するとか、どの保健書や、いやらしい本にも載って居ませんでしたから。」
「ねー。」
仲良いなお前ら。あと、お前ら相手にする時は房中術を使ってるから。女相手にする時には一番手っ取り早いし。
結論から言うと、ジェニーにはうちのお嫁さんの先生になって欲しい。
頭悪いお嫁さんを改善して欲しい。
「そりゃ私は百姓娘で寺子屋にもろくすっぽ通ってませんから、学は有りませんけど、いくら慎吾様とはいえ、失礼です。」
このままだと、今後の方針はピヨちゃんかユカリさんかジェニーと行う事になりますが。
「えー?私ハブゥ?」
馬鹿と話してても、時間の無駄です。
「慎吾様。ちょっとそのまんまでショックです。」
だから学びなさい。ジェニーはまだ幼い(若い以前だね)けど、かなりの教養を身につけています。俺からは剣を、ジェニーからは学を学び、俺の妻に相応しい能力を身につけなさい。
「うぅ!私は学が無い事を色々な言い訳にして来たし、なんなら全部慎吾様に委ねて生きて行こうと思っていたのに…。」
母親が馬鹿だと、生まれてくる子供が可哀想ですよ。
「頑張る。私頑張るの。ジェニー、早速お願いね。」
「奥様って馬鹿というよりアホでは無いかと。」
甘えてるだけだよ。コイツはコイツで割と強かだからな。
「割と隠してたつもりだったのに、何故分かったの?」
伊達にお前の亭主をしてない。
「やばいやばいどうしよう。顔が火照って止まりません。たまに慎吾様に認められると子宮の奥か疼きます。」
知らんがな。
「ところで、わたくしと旦那様だとどちらが教養高いんでしょうか?」
ん?普通に俺だろ。ユニバーシティを主席で卒業してるし。(日本の地方国大だけどね。)あれから更に経験値は異様に上がったし、オックスブリッジくらい余裕で入学卒業出来るぞ。内緒だけど。
その後、ジェニーが出す質問に対し、公式やエビデンスを交えて全問解答することで、頭の序列が決まった。
そりゃ幾ら英才教育を受けていても、大人が負ける訳有りません。
…その間、うちのお嫁さんはユカリさんや小鳥達とマッタリしてましたけど。
そんな家族のマッタリムードを壊す奴が現れた。いや、待ってたんだけどね。
八咫烏やピヨちゃんの神威を隠さないどころか増幅させてばら撒いてたし、お嫁さんを興奮させる事で蛇神の気配もばら撒けるし。
エンシェントドラゴン(古龍)も、龍神や神龍と言ってもおかしく無いし。
…今更ながらとんでもねぇな我が家。
目の前の氷にヒビが入っていく。
メシメシとかミシミシとか。ムシムシという擬音はなかったかな。
「祇園精舎の鐘の声。」
ハイハイ。教養があるのはわかったから。
「無視無視。」
駄洒落姫…。平家物語を暗唱出来るイギリス王室幻の初代女王って。
「?。」
そして平家物語を知らない日本人が1人。
というか、時代的にお嫁さんとジェニーはどう入り組んでいるのかね。
などと考えている間に、目の前のヒビは広がり、やがて鬼がひょこっと氷から頭だけ出して来た。
状況的に亀の怪獣的な登場的?
怪獣王の方は氷山からの登場だったなぁ、などといつもの戯言を考えて居る間の中ボス登場な訳だけど、まぁ盛り上がらない事この上ない。
モジャモジャな髪の毛に、縞模様の入った角が頭の左右に2本。
表皮の色は青。見事な青鬼の登場です。
泣いた赤鬼だったら、友情厚い心情熱い良い奴。漫画家だったら小学生向け学習雑誌で名探偵物の漫画を描いてた人。
青鬼ってキャラクター的に良い奴が多いんだけど、なんだかなぁ。
だって、氷からなかなか上がれずに、オタオタ沈んだり潜ったりしてんだもん。
謎々の潜水艦みたいだな。
「慎吾様?アレ?」
ジェニーがそう言うんだから、アレだろう。
「わたくしも知識として知っているだけなんですが。2本のツノを生やし口から牙を覗かせる青い巨躯のテリブルモンスター。伝承通りの姿をしています。」
「詰んだ土塁や米俵に登ろうとして、腕力が足りなくて登れない子供達みたい。そんなに大きく無いし。」
「いや、大きいでしょう。氷の上には上半身しか見えませんが、ざっと6フィートは有ります。」
6フィート、つまり5メートル弱。
俺から見ても大体そんなもんだろう。
しかしなぁ。
「私の蛇神の方が大きいし。」
「はい?」
帝国の王宮を更地にした重機見たろ。あのエンシェントドラゴンは最大で、あの青鬼の4倍くらいまで巨大化できるよ。
「ユカリは倍くらいかなぁ。お姉様は凄いなあ。」
アイツは多分数世紀生きているから、エンシェント中のエンシェントだから。
あと、年齢の事を言うと拗ねるから。
「怒られないんだ?」
拗ねるよ。可愛く。
「パパが相手だからかなぁ。」
という訳で、サユリさん、アレを倒しなさい。
「はい。」
「ちょっと待って。あんなモンスター相手に女の子1人で?」
蛇神は寒さで冬眠中だ。お前の剣技だけでアレを倒せ。二の太刀は要らない。一撃で仕留めろ。
「どうしましょうか?防寒着でモコモコなので、抜刀するにも、いつもの速さは望めませんが。」
まだ氷の上に登れずツルツル滑ってる鬼相手に速度が要るかよ。
目を閉じて違和感だけを感じろ。
青鬼を斬るんじゃ無い、違和感を感じて斬れ。
「出来るかなぁ。」
出来なかったら離縁な。
「お任せください。」
「この夫婦滅茶苦茶だぁ!」
青鬼そのものを斬る必要は無い。
その意味を、俺の一番弟子であるサユリは間違えようもなく、俺達の少しだけ前に立つ。
当然、剣先が届く距離では無いのだけど、サユリの腕と、剣の力で何の問題も無い。
いつも通り、左脚を僅かに引き、若干右半身に体重を預けると共に、静かに目を閉じる。
青鬼は未だ氷から脱出出来ず、更には声も立てず、必死にもがいているだけだ。
目の前に立つサユリを認識出来ているのかどうか。
サユリは目を閉じたまま、刀を振り、刀を収めた。側から見ると、5メートルの青鬼の5メートル手前で1人の少女が何の気負いもなく刀をただ振っただけだ。
青鬼がどんな存在なのかはわからない。
それでも、それだけで充分だった。
サユリの剣は、空間を斬り、届かない筈の青鬼の身体を、腰の辺りで二分していた。
竜骨を削り出して作った剣の霊力と、蛇神を使役する事で得た身体の底上げは、最弱の魔王なんかに負ける筈が無いのだ。
「御免。」
青鬼の身体は塵となり、北極の冷たい空気がダイヤモンドダストの素に変わっていく。
サユリのポテンシャルの上昇を確認し、蛇神自身の神力が上がらない限りは蛇神の能力に振り回される事も無いだろう。
なんだか色々あって、家族も増えたけど、とりあえず北極ですることは終わり。
さみいからさっさと南下しようぜ。