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山越えその2

「寒い、寒いよぉ。」

お嫁さんは、俺のシャツ–の裾を摘んで寒いを連呼する。

いやいや、お嫁さんに出してあげた服は、極地探検用の耐寒装備一式だぞ。下着から靴下からブーツから、フード付きのコートまで。

下着はゴアテックス製にしてあるし、靴下の先には唐辛子を詰めてある。(映画・八甲田山より)

おまけに、カイロを身体中に貼っつけであるし。

「私じゃありません。慎吾様の格好ですよぉ。なんで雪山でいつもと同じ、シャツとズボンなんですか?見てるだけで寒っちょブルブルですよう。」

ん?何となく?

「ピヨ」

「ほら、ピヨちゃんも寒くて私の内ポケットから出てこないし。」

ユカリさんは元気だぞ。

「だぞ。おかーさん。だぞぅ。」

いや、ユカリさんは更に一回り小型化すると、俺が背負っているリュックから幼女の顔だけ出してるんだよ。

本人は冬眠しないって言ってたけど、一応ドラゴンは爬虫類に属するって考えて、俺の体温で暖めてとく事にした。

蓑虫ユカリさんだね。

「だねー。」


因みにリュックの中は、ドラゴンの身体だ。

そっちの方が小さくなれるからだってさ。

「あとですねぇ。なんかピヨちゃんがとってもあったかいの。」

ピヨちゃんは暖房器具にもなるようだ。

背中のユカリさんは、どうやら変温動物みたいで、あまりあったかくないなぁ。


「ところで、雪山というのは私初めてなんですけど、歩き難いです。」

ブーツにアイゼン付けてるから、滑らないと思うけど。

「やっぱり、女の身体じゃ、幾ら鍛えても限界があるのでしょうか。」

慣れだよ慣れ。

ほれ、足の裏全体を地面に付ける様に前傾姿勢で歩くの。

「でも、やっぱり疲れたかなぁ。体力って言う面では殿方に勝てないのね。夜も私が先に寝ちゃうし。」

それは違うと思う。女性は受身だし。

「そうだ、こんな時は!」

あー。お嫁さんよ。何をしようとするのか、想像はついたけと、やめた方がいいんじゃないかなぁ。

「へーびーがーみー!かもおん!」

やっぱり。

「あれ、あれ?身体が動かないの。」

やっぱり。

蛇神は蛇の化身なんだから、変温動物の蛇は冬眠しちゃうわなぁ。

そして、お嫁さんも冬眠しちゃうわなぁ。


こんなアホなお嫁さんでも、何度も抱いちゃった恋女房だしなあ。

このまま雪の中に放置して、後藤伍長ごっこするわけにもいかんし。

あれま、すっかりカチンコチンだあ。

面倒くさいから、足首持って引きずってくか。

「やーめーてー!」

おや、意識があるのかな?

「ピヨちゃんが暖めてくれるから、あと慎吾様が何考えてるかくらいは想像つくの。」

ふーん。ピヨちゃん凄いね。

「だから、蛇神を引っ込めさせるか、抱っこしてあっためてくれるか選んで。二択です。」

蛇神をあっためて、冬眠を解くと言うのはいかがなものか。

「いやー。神様よりも奥さんを大事にしてえ。」

…何気に物凄い酷いこと言ってるな。

まぁ、お嫁さんは元気そうだし、楽しそうだからいっかー。

「いっかー。」

「だから、いくないです。」


お嫁さんがいくなくないそうなので、ビバーク!だね。

「びばあーくって何パパ。」

山で野宿する事だよん。

ちょうど吹雪が強くなって、視界がホワイトアウトしがちだし。

うちのお嫁さんが、クルクル◯になってるし。

「誰がクルクル◯ですか!って私ですね。寒さと疲れで判断力が落ちていて、クルクル◯になってた様です。」

クルクル◯でも、客観的な判断は出来るクルクル◯な様だ。

「それで慎吾様。クルクル◯ってなんですか?」

放送禁止用語です。

とは言え無いので、俺の俺だけの可愛い女の子って意味だよ。俺の国だけで使われているね。 

「んまー。んまーどうしましょう。我が最愛のご主人様から、初めて愛の告白を受けとりましたわ。」

えーと、一応ピロートークでは、それなりに歯の浮くセリフをかましてんだけどな。

そのたんびに、目の焦点を失って俺にしがみついてくるから、覚えてないのかな。

あと、クルクル◯は冗談でも禁句にしとこう。色々な人に怒られる気がする。


雪山は、体温低下からの判断力低下と体力低下が本人だけでは分からない事が多いので、

お嫁さんの言動がおかしくなったのを見て、今日は行動終了。

まだ、夕方まで時間はあるけど、雪山登山なんか初体験のお嫁さんを危惧してテントを張ろう。

「暖はどう取るの?焚火?」

うんにゃ。吹雪で消えちゃうよ。

寝袋で自分の体温を保持するのが、基本かな。あとは、運動して暖まるのも有効。

「裸で?」

裸でって言うのは、確かに効果があるけど。

ユカリさんがいるのに、如何わしい事は出来ません。

3人分のエベレストでも使える極寒シュラフをね。

「ユカリは、パパと一緒が良いです。」

「サユリは、慎吾様と一緒が良いです。」

甘ったれ家族だった。

まぁエッチぃ事をしないのならば、お互いの体温であったまるのも悪くない。

雪洞をポイポイと掘ると、そん中にテントを張って、ランタンを吊るしバーナーでお茶を淹れる。

こないだ採ったカモシカモドキの干し肉を炙って、葉野菜とパンで挟む。

超カンタンミートサンドイッチの出来上がり。


「この小ちゃな竈門でお肉が焼けるものなのですねぇ。」

バーナーの燃料は、どこぞやの世界から適当に採取してるガスな事は内緒だ。

どうせ、理解出来ないだろうし。

ま、妻子が暖かいの美味しいのって楽しそうだからいっか。

普通の百姓娘と、普通の龍という、普通のカケラもない普通の親子が仲良くパンを齧って、ユカリの口元についた食べカスを取ってあげるおかーさんの顔が幸せそうだし。

産経婦でもない少女がおかーさんになっちゃった訳だすよ。

ほんなら、糞親父として俺の出来る事は一つだ。


雪山といえば、そう、怪談話。

テントの周りを一晩中足音が廻る、とか。

山小屋の四隅で、お互いの肩を叩いてリレーする話、とか。

山小屋でおにぎりを食べていたら、おにぎりが血で赤くなった話、とか。

山小屋で肩を叩かれて、振り向いたら首吊り死体の足が肩にぶつかっていた話、とか。


「やーもーやー。怖いのやー。」

「パパ、おかーさんが駄々を捏ね出しました。どうしましょう。」

うーん。定番の話だし、珍しいもないのになぁ。えぐえぐベソかいてるし、仕方なく抱きしめてあげると。

「もっと抱いてよぉ!」

って、ヘタクソなドラマみたいな事を言い出したので、罰として、お嫁さんの耳にとっておきの雪山怪談を流し込み事にした。


「雪男は大抵猿の化け物みたいな姿なのに、何故雪女は白い衣装をきた人間の女性なんだろう。」

「ギャー!」

「パパ、おかーさんが小さく丸まってるけど、ユカリ、今の話の何処が怖いかわからない。」

ただのアルアルネタだもん。

怖い要素無いよ。

それでも雰囲気に飲み込まれちゃうのがおかーさんなんだよ。

「なるほどー。おかーさんの弱点見たり枯れ尾花かー。」

「……揶揄うのも良いですけど、なんか怖いものは怖いの!」

「おかーさん。いつもはあんなに強いのにね。」

「だってそれにほら、誰か外から覗いてるし。」

うん、でかい目玉だねえ。

そう、さっきから俺達が暖まっている雪洞を俺の身長よりデカい目玉が睨んでいたんだ。

そりゃ、お嫁さん怖いよね。

「そーゆー問題ではありません!」

あ、ちょっと元気になった。


むんず。

雪洞ごと掴まれちゃったよ。

でかい目玉の正体は、でかいアルビノの類人猿。身長57メートル、体重550トンぐらい?

あー、あれだ。光の国から僕らの為にやってきた銀色の巨人と戦ったアレだあ。

顔はまるまるゴリラゴリラしてるけど。


「パパ?どーする?おかーさんダンゴムシみたいに丸まってるよ。」

面倒だからテントに放り込んどこうか。

テントは今地表より推定40メートルぐらい上空の、ウ◯の手の中にあるけど。

ユカリはテントとおかーさんが投げられたら、助けてやってぇな。

まだそのテント、数回しか使ってないから。

「わかったー。」

「あの、数回しか使っていない女房ももう少し大切にしてくれませんか?」

あ、お嫁さんが元に戻った。

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