山越 その1
「違います。こんなんじゃ無いのぉ!」
お嫁さんが錯乱してるよ。
「信じて慎吾様。違うの、何か違うの。」
俺の襟元を掴んでガクガク振り回されるんだけどね。さすがに人類最強の女なお嫁さんくらいになると、多少はダメージ入るんだ。
1振ごとにHPの0.000001%くらい。
「何が違うの?おかーさん。」
「違うのですユカリさん。」
「おかーさん?頭大丈夫?」
大丈夫じゃ無さそうだね。たかだか一角黒熊のデオキシリボ核酸に、サユリは厄災なので近寄るなって恐怖が刻み込まれただけなんだけど。
「わーたーしーはー。」
ほら、見なさいユカリ。
あれが、本来ならば狩人数人がかりでも倒せるかどうかわからないと言われる一角黒熊の大群を一睨みで引き退らせたお母さんだ。
「おかーさん強いよね。」
「どうしてこうなった…」
そりゃねえ。
邪神に近いとはいえ、神を使役する人間なんか絶後だろうし。(俺がいるから空前じゃないよ)
俺の精を胎内に受けた女の子は大体そうなるし。
「そうなんですか?そしたら…あのう、赤ちゃんとか出来ませんか?」
んー。俺次第。
「は?」
いや、俺の都合でどうとでも出来るから。
今は旅してるし、ユカリさんだけで俺達精一杯だろ。サユリ自身もまだ子供だし。
心配なら中に出さないけど?
「あれはあれで気持ちいいからいいです。」
相変わらずいやらしいお嫁さんだった。
「それに、慎吾様を征服したー!って気にもなりますから。」
そうですか。
んじゃ、折角捕まえて来たカモシカモドキの料理でもしますかねえ。
はいはい、サユリ・ユカリはテントにハウス。動物の解体ショーなんかってオイ。
「農家の娘ですから、絞めて、(内蔵)出して、料理するとかお手の物です。」
「パパは私がドラゴンって事忘れてる。お肉は生でもイケるんだよ。」
そうですか。
繊細なんだか大胆なんだか。
母娘でナタを片手にサクサク解体していかれるカモシカモドキ。
うーん、炭水化物が欲しいなあ。
ええと、ここら辺に。
俺の内ポケットは異次元収納ボックスになっているので(そうです。神様がうだうだ言うのを解決してやってるので、なんでもありなのが俺なんですな)あったあった。
ちょいと貰うな。
「ん?慎吾様。胃袋なんかどうするんですか?固くて普段は食べない箇所ですよ。」
「ユカリは食べるよ。」
まあ、コレはコレで味噌で煮込むと美味しいんだ。
けど、今日はコレでご飯を炊こう。
「へ?お米は?」
あるよ。
胃袋の下を糸で縛ると、サイ◯バみたいに拳を添えてニギニギすると、あら不思議お米が上の口から落ちて来ました。
ってオイ。お前ら少しは驚け!不思議がれ。
「わーパパ凄うい。棒。」
棒読みを表現するのに棒って書く人いるけど、ユカリさんに棒読みで棒と発言されちゃった。
「どうせ慎吾様だもん。雨が麺になっても驚きませんよーだ。」
そうですか。
振ると胃袋がジャッポンジャッポンいうくらい水を入れると、燃えない紙だよと誤魔化したアルミホイルに包み、火の中に投入。
解体した肉は枝で串刺しにして、焚き火の周りに並べて。塩胡椒を少々。
食べきれない分は、燻製にでもしとこかね。
この後山越えだし、山の中に宿屋は無かろうもんね。
ふむ。
山にやって来た俺達の前には、およそ100メートルはある絶壁が広がっている。
いや、街道は別に普通にあんだけどね。
「慎吾様!山登りは修行です。道無き道を進み!藪を漕ぎ!時には立ち塞がる野獣を倒し!それこそが私の求める道無き道なのです!」
って拳を握って、あさっての方を向いて決意表明してたから、全部本人に任せて突き進んで行ったんだけどね。
「慎吾様ー!おとうさーん!あなたー。たーすーけーてー!」
俺の加護と蛇神からのフィードバックを受けて、確かにヒトとしては体幹や攻撃力は人外になってるお嫁さんだけど、体力は普通の女の子と大差ない訳で。
鼻息荒く崖登りを始めたけど、半分くらい登ったところで力尽きちゃった。ボルダリングならお手の物の俺だけどさぁ、ユカリを肩車しながらの崖登りだからちょいと余裕無いな。
「パパ?おかーさんはユカリが助けよか?」
俺の少し上を登ってたお嫁さんは、無理矢理しがみついてる岩から離れられなくて、手足がガタガタ震えてきてる。
うん、でも。下から見える袴の隙間から覗く白いふくらはぎが美味しそうだ。
「足なら後で幾らでも触って舐めていいから助けて下さい。むしろいっぱい触って舐めて下さい。」
ユカリさん。ママにはまだ欲情する余裕があるみたいだよ。
「んじゃ、放置という事で。」
「あ、嘘です。冗談です。一刻も早く助けて下さい。」
んじゃ、足の愛撫は無しで。
「…………。」
そこ、本気で考え込まないの。
とは言うものの、幾ら強化型お嫁さんとはいえ落ちたら死ぬので、俺の頭の上にお嫁さんに両足を乗せさせて聞いてみた。
「諦めるか?それとも一休みしたらギリギリまで攻めたいか?」
見たところ、普段は使わない筋肉を短時間で酷使した事による筋肉痛で、体力自体にはまだ余裕がある様に見えたからだ。
それに本当に拙ければ、下ネタを叩ける余裕はないだろう。
これは師匠による弟子への審査。
それを俺の口調だけで察してサユリは静かに答えた。
「諦めたくはありません。私は勘違いしていた様です。私はまだ戦えますか?」
諦めたくは無い、その言葉だけで合格だ。
「サユリ。目を瞑れ。そして静かに深呼吸を繰り返せ。」
普段は巫山戯切っている俺が、お嫁さんの名前を呼び捨てにする時の意味を、俺のお嫁さんは知っている。
若干、岩から身体を離すと、すーはーという呼吸音をお嫁さんはし始める。
俺は頭の上にあるお嫁さんの足に、一つのイメージを送り込む。
お嫁さんの筋肉中に溜まった乳酸を吸収するというイメージだ。
実際、これでお嫁さんの筋肉内に溜まった乳酸は胡散霧消しちゃうんだよ。
あとは、と。ユカリちゃん。お母さんにこのお菓子、口移しであげてきて。
「分かったあー。」
ユカリは背中からドラゴン羽根を生やすと、パタパタサユリの元に飛んでった。
幼女に爬虫類系の羽根が付く姿ってなかなかアレだなぁ。
「おはーはん。ひゅーはよひゅー。」
「ちゅー。はこむ。」
それはキャラメルという甘い甘いなお菓子だ。それを食べれば身体に新たな力が湧いてくるから、そしたらまた登れ。
「わはりはひた。」
「パパぁ、ユカリも甘い甘い欲しいの。」
はいはい。
「あの、口移しがいいの。」
ふぁいふぁい。
「ちゅー」
「ひんほさは?ふすへひへをはひはんへすは?」
サユリさんは俺の頭の上でヤキモチ妬いて無いで、早く登りなさい。
ほら、刀を振り回さない。
「登ったああああ。」
崖の垂直登坂に成功したお嫁さんが、そのまま大の字に倒れ込む。お疲れ。
農家の娘で剣術修行しているだけあって、体力と根性はそこら農家娘さんより強いお嫁さんだった。
「慎吾様。お待たせ致しました。どうぞ。」
かと言って、崖の天辺で袴を太腿まで託し上げて、真っ白い御御足で亭主を誘う淫乱妻はどうだろうか。
「どうぞー。」
ほら、ユカリが真似するからやめなさい。
とかなんとか、空を飛んでたはぐれ黄色ドラゴンをお嫁さんが一刀両断にしたり。
くしゃみした拍子でユカリさんが岩を砕いちゃったり。
はっちゃけたお嫁さんとユカリさんに連続電気あん摩を食らわせて、2人とも目を回しながら「きゅう」と気絶させたりしながら、俺達は順調に山を超えて行く。
目の前の山は冠雪しているけど、問題無かろう。
「問題あります。大有りです。寒いです。」
ふむ。さすがに竜の国よりも温度は低いか。
「ユカリも冬眠しちゃうよぉ。」
ドラゴンて寒くなると冬眠すんだ。
「しないけど。」
どっちやねん。