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史上最強のレプリカ

 ナズナが二度寝から目覚めたのは太陽が天辺を通る少し前のこと。セーラと共に床について数時間も経っていない頃だった。

 もともと昨晩は早々に気絶し朝もそこそこ遅く目覚めたため、睡眠時間は十分にとれていた。それゆえ二度寝は深いものとはならなかった。

 そんなナズナの横には、穏やかに寝息を立てているセーラの姿が。


「ふふっ……」


 その鼻先をツンと突くと、少し寝苦しそうに身動いだ。

 可愛らしいと思う。

 少なくともナズナが今まで生きてきた中ではナンバーワンの可愛さだった。


 セーラの顔を見ているとだらしなくと頬が緩む。

 昨日、死にかけたのが嘘だと思えるくらい穏やかな顔だった。


「ずっと……こんな風だといいですね」


 幸せ。確かにナズナはそう感じていた。

 好きな人の寝顔に悪戯をするのがこんなに楽しくて、幸福に溢れる行為だったとは。

 今まで生きてきて知らなかった平穏なひと時。


「ぅ……トイレトイレ……」


 暫く主人の顔を見てニヤニヤとしていたが、その時間も終わりを告げる。不意に尿意に襲われたのだ。

 それもそうだ。気絶してからすでに十時間近く経過している。膀胱に限界を感じて当たり前だった。

 まさか主人の隣で漏らすわけにはいかない。


 まだセーラの寝顔を見ていたいと後ろ髪を引かれる思いでベットから抜け出すと、花をつむため廊下を歩いた。




「…………ふぅ」


 所用が終わり一息ついた。

 真白くふわふわとしたタオルで洗ったばかりの手を拭いながらこれからどうしようかと思案する。

 またベットに戻り主人の寝顔に癒やされようかと思ったそのとき、ぐぅっと腹の虫が鳴いた。


「お腹、すいたなぁ」


 自身が空腹であることに気がついた。

 ご飯にしようと、厨房に向かう。

 厨房まで向かう短い距離を行く最中、思い浮かぶのは自身の主人のこと。


「……セーラさんと一緒に食べられたらいいのに」


 口をついて出たのは、小さな願望。

 ダイニングルームは館の大きさに見合い広い。

 おおよそ一人で食事をするところではなく、そこでする一人の食事は、孤独感を強く覚えるものだった。


「血を出したら一緒に食事してくれるかな?」


 前に普通の食事は吸血鬼だから食べられないと言っていた。だったら自分の血を出せばセーラも一緒に食卓を囲んでくれるのではないかとナズナは考えた。

 さっそく今晩試してみよう。

 そんな思いで階段をおりて、その先に――招かれざる客が居るのを見つけてしまった。


「――――」


 地面に届くのではないか思わせるほど長い金糸の髪がクラゲの足のように無数に纏められ、その一房一房が別個の生物のようにゆらゆらと不気味に蠢いている。

 その女は水晶玉のように異様に美しい瞳をギョロっと大きくひん剥かせてキョロキョロと辺りを見回して、ナズナのことを見つけると――グニャリと口を歪ませた。


「見つけましたわ……不死ちゃん」


 声を聞いた瞬間、ナズナの全身が総毛立った。

 あいつは、ヤバい――!

 そう本能が訴えかけてくる。不死狩りの時にも感じた嫌悪感――いやそれ以上のものがナズナを襲う。

 関わってはいけない。そう直感したナズナはセーラに助けを求めようと、その場を一目散に逃げ出そうとして……。


「あら悲しいですわ……そんなに怯えなくていいじゃありませんの」


 腕を掴まれた。瞬間、ナズナは戦慄する。

 まだ自分と不審者との間には距離があったはず。少なくとも一瞬で腕を掴めるような場所にはいなかった。それなのになぜ――。

 その答えはナズナが昨日見た光景にあった。

 ゼロ距離からの超加速。人間を辞めた異常者が行っていた絶技。

 

「それ、不死狩りがやってた……」


「あら? やっぱりヘルさんここに来てらしたのね。どうでした彼? 瞬殺でしたわよね?」


 不審な女の口ぶりから、不死狩りと関係があることを理解した。

 冷や汗を垂らすナズナ。どうにか振り払ってセーラのもとへと行かなければ、どうなってしまうか分からない。しかし、腕はしっかりと掴まれており逃げ出すことは叶わない。


「そうだね……セーラさんにかかればあいつなんて一瞬だった」


「そうですわよね! やはり不死狩り如きじゃ歯も立ちませんでしたわよね!」


 不死狩りの仲間なのかと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。

 不死狩りが負けたことをやけに嬉しそうに話す女を見てナズナは、この女が何者なのか余計にわからなくなった。

 今のナズナにできるのは強がりの言葉を言うのみ。


「は、早く逃げないと、お前もセーラさんに痛い目に合わされるぞ」


「ですわね。あの吸血鬼に出会う前に貴方に会えて良かったですわ。ささ、早く逃げますわよ」


「なっ――放して――」


「嫌ですわよ。だって、わたくし貴方を攫いに来たのですもの」


 強がりの言葉は逆効果に。

 早く逃げ出そうとして強い力でナズナのことを引きずる不審者。

 非力なナズナにはそれに抵抗するだけの力はなく――。


「やめ――セーラさん――助け――」


「無駄ですわよ。あいつは夜行性な上に、昨晩ヘル君とバトっておりますもの。疲弊し熟睡しているはずですわ」


 このままなす術なく攫われる。

 ナズナにそれを避けるだけの力はなく、不審な女にとって唯一のネックであるセーラがここにいない以上、不審な女がナズナを攫って逃げるのは時間の問題だった。


 ――そのとき二人の視界に黒い影が走った。


「痛っ――」


 突然、不審な女が痛みを訴えながら掴んでいる手を放した。

 ナズナは見た――その腕に黒い影が噛み付いているのを……。


「コウモリ……」


 その黒い影は小さなコウモリだった。

 一匹だけではない。次々と湧いて出てきている。

 どこからか――ナズナの影からだ。

 ナズナが床に映した影からまるで水が逆巻くようにコウモリが溢れ出てきていた。


「な、なんですの!? この豚鼻どもは――!」


 次々に不審な女へと噛みつき襲いかかるコウモリ達。

 それを対処することに手一杯になっている不審な女。

 唐突に湧いたコウモリに、理解が追いつかずナズナは呆然とその光景を見て――


 不意に、足音が響いた。

 コツコツコツと、踵の上がったパンプスが床を叩く音。

 その足音が誰のものか――ナズナは直ぐに気がついた。


「タイミングがいいな。結界が壊れている今襲撃してくるか……不死狩りをけしかけたのはお前だな――」


 その女性は白金の髪を棚引かせ、悠然とした態度で現れた。


「セーラさんっ!」


 その姿を見つけた瞬間、ナズナは駆け寄り抱きついた。

 それを楽々と受け止めるとセーラはホッとした笑みを浮かべ。


「良かった――間に合った。今度は痛い思いをさせずに済んだ」


 そう言って抱きしめ返した。

 セーラの胸の中でナズナは思わず広角が上がるのを止めることができなかった。

 痛い思いをさせないという約束を守ろうとしてくれている――大切にしてくれていると感じて嬉しくなったのに加えて、ピンチの時に颯爽と駆けつけてくれた姿はまるでおとぎ話の中の王子様みたいに思えて心がきゅんとときめいたのだ。


「な、なんで気づきましたの?! というかこの黒いの、お前の仕業ですわね」


「そんなに慌てるなよ。ただの眷属――コウモリだ。良くできた子でね、何かあったら私に知らせるよう躾けてある。こんなこともあろうかとナズナちゃんの影に忍ばせておいて良かったよ。おかげでお前みたいなのに好き勝手させなくてすんだ」


 さて、と一息おいてセーラは問いかけた。


「何の用だ――【不老婦人】グロリア・ヴェル」


 グロリアと呼ばれた女性はセーラからの問いかけに返事できないほど、大量にたかってくるコウモリに対処できていなかった。傍目から見ても苛立ちを募らせていた。


「ああもうっ! しゃらくせぇですわ! ……いい加減に――しくさりあそばせっ!!」


 我慢の限界に到達。

 グロリアは語気を荒らげ、腕を振り払う――。

 その瞬間、グロリアにまとわりついていた数羽全てのコウモリが叩き落され床にへばりついた。


「へえ……」


 それを見たセーラの眉がピクリと上がる。

 グロリアはただ腕を真横に振り払ったのみ。だというのに複数いたコウモリが一斉に地に落ちた。

 落ちたコウモリはぴくりぴくりと痙攣するのみで、とても再び飛べるとは思えなかった。

 一瞬にして多数を殲滅。そんなことができるのは一つしかない。

 ――魔術だ。


「やれやれこれで落ち着いて話せますわね。……ここに来た目的でしたかしら? それはもちろん――」


 グロリアの姿が一瞬にして目の前に。

 ゼロ距離からの超加速。これは魔術じゃない。人外にしか――体術を限界まで極めた者にしかできない絶技。


「――不死の少女を奪うためですわっ!!」


「させるかよ――! ナズナちゃんは下がってて」


「きゃ――」


 ナズナを巻き込まないよう後ろに下がらせた。

 刹那、暴力が爆ぜた。

 力と力がぶつかり合う。

 拳の乱打――乱打! 乱打!!

 荒れ狂う拳と拳。

 吸血鬼特有の超怪力が不老婦人の顔面を捉えるも、グロリアはそれを首を傾けるといった最小限の動作で避けられた。  

 そのままカウンターがくる。蜥蜴を思わせる動きでグロリアは吸血鬼の目を狙った。

 見事婦人の拳は吸血鬼の顔面にヒット! ……したかのように見えた。

 

 不老婦人は手応えのなさに首をひねる。確かに当たったはず。それなのにまるで霞でも殴ったかのようになんの手応えもなく……それが比喩でもなんでもなく霧を殴っていたと気づくのに数秒。

 数秒もあれば十分。

 吸血鬼の全力の蹴りは地面を割り底無しの崖を作るといった伝説がある。それ程までの壊滅的な威力。

 人が喰らえば一溜りもないそれを、なんの躊躇もなくグロリアへと蹴り放った。


「――最悪ですわね!」


 蹴り込んできたのを見たグロリアは悪態をつきつつ舌打ちを決めると、回避しようと後ろに下がろうとして――駄目だ、間に合わないと判断。グロリアはすぐに別の手段を模索した。


「本当に――最悪ですわ!」


 そして放った。

 地面をも割る一撃を避けるためグロリアは自身とセーラとの間に魔術で暴風を吹き荒ばせた。


「わっ――――!」


「うおっ――――!」


 霧になろうが風の前には関係ない。

 爆発じみた暴風に巻き込まれ二人まとめて後ろに吹き飛び――ダンッ! と壁に体を打ちつけた。


「いったいですわ……」


「くっそ……仕留めそこなった」


 うめき声をあげつつも両者大した傷もなく立ち上がる。

 首を回しつつセーラはうっとおしそうに睨みつけた。


「……卓越した魔術に並外れた体術。やっぱり長年生きてるやつは厄介だな……引き出しが多すぎる」


「あら、生きてきた年数で言ったら貴方も長いでしょうに。……それに先代の知識もお持ちなのでしょう。ねぇ、セーラさん」


 先代。

 その言葉を聞き、吸血鬼の顔が険しいものとなった。


「どこで聞いた」


「はい?」


「私が二代目だってどこで聞いた――」


「あら怖い顔……よく似ていますわよ、その顔。あの人に……いえ、あの吸血鬼に」


 その言葉を聞いて確信した。

 不老婦人はセーラのことを知っている。あまつさえ先代と――母と自分と区別がついているときた。

 不老婦人との間に因縁めいたものはないと思っていた。だが、どうやら違うらしい。

 セーラとその母は見分けがつかないほどにそっくりだ。

 だからこそ、二代目セーラが母の遺志を継いで仕事を始めたときも周りの人々には代替わりしたことはバレなかったし、余計な混乱を避けるため代替わりしたことは今まで秘密にしていた。

 そのため、先代から親しい付き合いのあり二人の見分けがつくトゥガ以外、母と今のセーラが別人だとは知っている者はいないはず。

 だが、グロリアにはセーラとその母親の区別がついている。

 それはつまり母との間に浅からぬ繋がりがあったということで……。


「何者だお前……どこまで知っている――!」


「そうですわね……どこまでと言われると困るものがありますけれど……あなたのことはよく知っていますわよ。ねぇ――」


 そして、不老婦人は告げる。

 セーラの名を――セーラが今までひた隠しにしてきた秘密を。

 誰にだって話していない。それこそ親友のトゥガにだって……。


「――セーラ・レプリカさん。史上最強の吸血鬼、セーラ・L(ルナプレーナ)・グランドールが完璧な吸血鬼を目指し、自身の細胞と百八の禁忌魔術それに三十六の秘匿幻獣その死骸、おまけのエトセトラを混ぜて造りあそばせた……失敗作――」


「どこでだ――それは、誰にも――」


「確かに誰にも“言っていない”のでしょうね。でも誰にも“見られていない”とは言い切れませんわよ。……いくら史上最強と謡われていたからといって不死の吸血鬼の生成なんて神をも恐れぬ荒業を一人でやったと思っておりますの?」


「――まさか」


 不老婦人は老化せず寿命で死なないという異常性を有しているため、数百年という長い間生きている。

 何年生きているか詳しい年月は分かっていない。

 噂では数千年生きているとも言われている。

 セーラの母が死んで三百年近く。三百年前など数千年生きていると言われている不老婦人にしてみればつい最近も同じ。

 つまり、不老婦人とセーラの母親が同じ時代に生きていても何ら不思議はないということで……。


 それに思い至ったと同時に、セーラはある可能性に行き着いた。

 その可能性を肯定するようにグロリアは馬鹿にするように口角を上げニンマリと笑った。


「私のこともお母さんと呼んで構いませんわよ」


「――ふざけるなっ!!」


 得も言われぬ感情が溢れた。

 自身が完璧な吸血鬼を目指して作られた模造品だとは知っていた。

 そして失敗作だということも。

 今までそんなセーラのことを認めてくれる人物などいなかった。


「なんで今更目の前に現れた! 何回か会った事もあっただろ。なんで今まで黙っていた! 母親だって言うんなら、なんで今まで私をほっといたんだ」


「いやだわ、私は造ったのであって産んだ訳ではありませんもの。情なんてあるわけないでしょう」


 それに――


「あなたは結局あの人の理想を叶えられなかったのでしょう。でしたら私も興味はありませんわ」


「…………っ」


 言葉がでなかった。

 自分は失敗作だということを突きつけられ何か言えることなどできようか。


「ですが、仮にもグランドール――最強の吸血鬼の模造品。できれば相手はしたくないというのが本音ですわ……ねぇ相談なのですけれど不死の子をくれないかしら」


「――――っ! お前なんかに誰がやるか!」


「あらあらそんなに気色ばまないでくださいまし。なにもただで頂こうとは思っておりませんの。後日別の子どもを差し上げますわ。希望を言ってくださればできる限り沿うようには致します」


「ふざけたことを言うのも大概にしろ! 誰がそんな提案に――」


「あら? あなた子どもだったら誰だってよろしいんでなくて?」


「そんなわけ――」


「だったら今までに育ててきた子どもが、あなたの手を離れてどうなったかご存知……そもそも名前を覚えておりますの?」


「それは――――」


 グロリアからの問いかけに言葉が詰まった。

 図星だったのだ。

 巣立った子たちが何をしているか知らず、名前すら覚えていない……あまつさえ顔すらも朧げではっきりとは思い出せなかった。


「だ、だとしても! お前にナズナはやらない!」


「飽きたら捨てますのに? あなた社会復帰なんて耳心地のいい事を言って、最後まで面倒を見ずに捨てているでしょう。不死の少女も遅かれ早かれそうなるのなら今くれても良くなくて?」


「違う! いつまでも社会の闇の部分にいたら駄目だと……幸せになれないと思って――」


「シシリー、死亡。リリカ、名前と顔を変え裏社会に戻り吸血鬼から見て盗んだ技術を用いて殺し屋に。アナベラ、死亡。メリッサ、結婚するも家庭内暴力に曝され離婚、身内の一人もなく虐待により障害の残った体で孤独に暮らす」


 グロリアは名前を羅列しだした。

 その文言の意味するところは――。


「全部あなたが捨てた子どもの末路ですわ」


「うそだ……」


 ――信じたくなかった。幸せに暮らしていると思っていた。だってそのために育ててきて……。

 セーラの呼吸が速くなる。口から鉛を注がれたように心臓が重く……。


「何をそんなにショックを受けていらっしゃるの? 自己満足のために育て捨てた子のことでしょう。……そうですわね、大方家族ごっこでもしたかったのではなくて? あなたが欲しかったのは従順な子ども。反抗しない弱い者。彼ら彼女らを育てることで自尊心でも満たしていたのでしょう。ほら証拠に、成長し理想じゃなくなった子は捨てていますわね」


 ぐにゃりと世界が歪むほどの目眩がした。

 否定の言葉も出てこない。

 その通りだと思った。

 確かに救いたいという気持ちで子どもを育てていた。だから、救われた、幸せになったと思ったら、次の子どもを救うため育てていた子どもを表社会に帰していた。

 思えば、別れる前の子ども達は総じて別れたくないと泣いていた。

 だが、自立こそが人間の営みだと思い無理にでも巣立たせていた。

 その結果、誰も幸せになっていないどころか大半が死んでいるなんて……。


「さてとじゃあ不死の少女にも聞いてみましょうか」


 そう言った不老婦人の視線の先にはナズナの姿が。


「ねぇあなた。あなたはどちらにつきたいですの? そうですわね。私の所にきたら不自由な思いはさせませんわ。少なくとも途中で放り出すなんてことはしません」


「……あなたは私を攫って何をしたいの?」


「――簡単なことですわ。血がほしいんですの」


 グロリアは笑顔で語りだす。

 明朗にはきはきと。まるで恋人に自慢話をするかのように。


「私ね、死ぬのが怖いんですの。絶対に死にたくありませんの。だから、弱肉強食の裏社会で生き残るために魔術も拳法も達人なみに……いえ人の域を超えるほど鍛えました。うふふ、おかげで誰にも殺されないくらいには強くなれましたわ」


 ですが……


「歳を重ねる度に思いますの。確かに誰にも殺されないほど強くなりましたが……病気は? 毒は? 魔術による治療も限度があります。もし治せない疾病を患ったら? 一瞬で意識を失うほどの毒にかかったら? そのとき私は何も出来ずに死ぬのでしょうか。そんなことは嫌なのです。せっかくここまで生きてこれたのにそんなつまらないことで死にたくありません。

 ――そこであなたですわ。どんな病も毒も無効化し抗体を作り万能薬となる血を生み出す少女。あなたが居れば私は死なない!」


「それが私がほしい理由?」


「そうですわ。私が生きるために私のものになりなさい!」


「じゃあ駄目。なんでそんなに自信満々なのか分からないけど、私がセーラさんから離れる訳ないじゃない」


 きっぱりと言い切る。

 それを聞いたセーラは顔を上げ、目を見開いてナズナを見る。


「本当にいいのかい……私で……不老婦人の話は聞いていただろ」


「はい。聞きました。私以外にも育てていた子どものことは少し気になりますけど……それだけです」


「捨ててるんだぞ、私はその子達を……。名前だって覚えていないんだぞ……自分もそうなるって思わないのかい……」


「それは今までの人たちがセーラさんを夢中にさせなかったのが悪いんです。要はセーラさんを私無しでは生きていけない身体にすればいいんです。永遠に夢中にさせ続ければ、私達はずっと一緒にいられます。

 だって私はセーラさんのことが大好きなんだから……だから――」


 そこでナズナはひと呼吸溜めた。

 それを言うのに気恥ずかしさがあったからだ。

 だが、言わなくてはいけないと思った。言わなくては絶対に後悔すると確信していた。


「――セーラさんは私の特別な人です! だから絶対! セーラさんにも私のことを特別だって思ってもらえるように私のことを夢中にさせてみせます!」


「――――」


 そのときセーラは――。

 目に宿すは覚悟の光。

 少女にそこまで言わせたのだ。

 もう間違えない。少なくともナズナを一方的に捨てたりしない。

 そして、奪わせはしないと強く――強く、心に決めた。


 一方、不死の少女と吸血鬼のやり取りを見たグロリアは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。


「これだから吸血鬼は嫌なんですわ……。魅了により作られた偽物の感情をここまで大げさに振り回すんですもの。まるで安い芝居を見せられた気分ですわ」


 その言葉を聞いたナズナは不審げに眉をひそめる。


「魅了?」


「洗脳みたいなものですわ。吸血鬼が持つ権能の一つ。かかれば今のあなたみたいな状態になりますわね」


 グロリアの言葉を聞いたセーラはすぐに否定した。


「違う! 私は魅力なんかしていない!」


「そりゃ無意識下でやっていることですもの。あなたのお母様もそうでしたわ。……まあそんなことどうでもいいですわ」


 不老婦人はため息を一つ吐く。


「気は進みませんけれど、不死の少女を手に入れるためには、セーラ・レプリカ、あなたを倒すしかありませんわね」

 

 色々と言いたいことはあったが、今にも襲ってきそうなグロリアを見てすぐさまセーラは迎撃の構えをとった。


「負けない。ナズナが私を求めてくれている。だから、負けるわけにはいかないんだ」


 セーラの肢体に力が漲る。

 宣言。絶対に負けないと。

 真実を知ってもなお自分のことをここまで求めてくれる少女を手放すわけにはいかない!


「そうですか。手荒ですがしょうがありませんわね――」


 不老婦人が踏み込んだ。

 淑女とはとても言い難いほど大振りなフォームで殴りかかった。

 隙だらけなその姿に、セーラは裏があることを感じ取った。

 魔術か、暗器か。

 ほいほいと迎え撃った瞬間、返り討ちに合うことが容易に想像できた。

 セーラがそれに気づいたことも不老婦人は気づいているのだろう。

 挑発的な笑みを浮かべている姿は、どうするんですの? と言外に語っていた。


「――第二ラウンド開始ですわ」


「ソッコーで終わらせる! お前の負けでな!」



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