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幕間2.吸血鬼と家族

 母が死に一人になってまず始めにしたことは、母になりきることだった。


 母の影響力は凄まじい。闇に生きる者で母に逆らえるものなど存在しないのではないかと思えるほどに。

 だから、死んだとバレては間違いなく世界が揺れる。今まで母が座っていた椅子を奪い取ろうとする輩が何をするか分かったものじゃない。


 ……別に世情がどうなろうと知ったことではないが、母のことを思うと放ってはおけなかった。

 母は名誉とか、秩序とかそういうのを大切にしていた。私には全く理解できなかったが、今まで母の望んだ娘になれなかったのだ。せめて、母が大切にしていたものは守ろう。

 そんな思いから継いだ母の遺志。やること自体は悪いことをした化物を懲らしめるだけの簡単なお仕事……言ってしまえば治安の維持だ。こと暴力においてはもともと母を上回っていたため、そこまで大変な仕事じゃなかった。


 仕事をする上で、私が先代の娘だということは秘密にしていたが、正体が知られてしまったことが一度だけあった。

 私の正体を知った人物の一人。それこそがトゥガだ。


 【火葬麗人】の通り名で一目を置かれている魔女。彼女は先代の吸血鬼からの縁――つまり、母の友人だった。なんでも昔、母と一緒になってやんちゃしていたらしい。言うなれば腐れ縁だ。もっと言えばトゥガは今でも一人でやんちゃをしているが……。


 母の死を知ったトゥガは悲しみつつ、私に向かってこう言った。


「君は君らしく生きればいい。無理して母親と同じようにする必要はない」


 私らしく。

 そう言われた時、ハッとした。

 私にそんなものはなかった。ずっと母親の言われたとおりにしか生きて来なかったことに気がついた。今の仕事だって母親のやっていることをただ真似ているだけ。そこに私はいなかった。

 だが、私はそういう生き方しか知らなかった。そのときはただ愛想笑いを返すだけしかできなかった。


 それから十数年の時が過ぎた。

 私は相変わらず恐怖の象徴として裏社会の治安を維持している。

 その間トゥガとの付き合いも続いた。彼女も彼女で忙しい日々を過ごしていた。

 何も変わらない。淡々と一人で仕事をこなすだけ。そこに私はいない。それでいいと思っていた。

 

 そんなある日、転機が訪れた。トゥガが一人の災害孤児の少女を拾ったのだ。

 それからというものトゥガは変わった。身を固めたという言い方は可笑しいけれど、やんちゃはしなくなり、堅実な方法でお金を稼ぐようになった。

 突然人が変わったトゥガを冷やかすために何度も家に遊びに行った。

 ……いや、本当は見たかったのだ。人が変わっていく瞬間を。


 だってそうだ。私はこの生き方しか知らないし、トゥガだってトゥガの生き方しか知らない。だのに、他人と一緒に暮らし始めたら否が応でも今の自分から変わらなくてはいけない。そして実際トゥガは変わっていった。

 この変化が最終的にどのような二人の関係を形作るのか。見たかった。知りたかった。


 行き着くところまで来たのだろうな、と思えるようになるまで時間はかからなかった。

 その姿はまるで――本物の家族のようだと思った。

 気安く、だが互いのことを思い合い、親密な……。

 それは……その光景は、私がよく妄想した母との生活そのもので…………。

 羨ましくなった。ズルいと思った。私にはついぞ手に入ることのなかったその光景に嫉妬した。

 

 ――だから私は真似をした。

 私も孤児を拾ってきて育て始めたのだ。

 もちろん初めのうちは失敗ばかりで思ったようにはならなかったが、試行錯誤を繰り返し、かつて妄想したような家族を作ることが出来た。


 そう、私だって幸せな家族を作れる。

 それに、拾った子どもだって幸せになっている。拾うのはもともと孤児だったり、裏の世界に巻き込まれる形で落ちてきたりした子ども……つまり、不幸な子ども。私がいなければ救われない子どもなのだ。

 不幸な娘を救っているという実感が並々ならぬ多幸感と充足感をもたらした。

 もちろん救う対価として血は頂いているが、逆に言えばそれだけ。あとは自由にさせている。

 そうやって、何人もの子どもが大人になり巣立っていくのを見届けて――見つけた。


 闇市の地下で開かれているオークション会場。

 そこの前方にある扇状の舞台の上。見世物のように立たされた少女。初めてその少女を見て、絶望に落ちた瞳が私の心を掴んで離さなかった。

 そして首を切り落とされることで晒された少女の不死性。


 この子しかいないと思った。

 こんなにも可愛そうな子は他にいない。私が救わなくてはいけない少女だ。

 その思いから【不老婦人】の妨害という多少のアクシデントがありはしたが、なんとか少女を手中へ。

 落札したあとステージまで上がり少女の顔を見る。つくづく私好みの顔だった。

 許可なくステージに上がったことでブローカから小言を言われたが、気にしない。

 私の意識は少女にすべて持っていかれていた……。


「さてと君に毎日させてほしいことがある――――」


 そう切り出し毎日の吸血行為のお願いと、そして私が吸血鬼であるということを明かした。

 きょとんとした顔をした少女。

 今まで私が育ててきた子どもたちと同じように。私が母と過ごせなかった時間の代わりを……。


「えー、と……私はナズナです。人間です」


 今度は、黒髪の少女……ナズナとかつて思い描いた幸せな家族になるのだ。


 ――それが買った子どもとしている“あること”だった。

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