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普通と特別

 ナズナが目覚めたのは全てが終わった後のことだった。

 ナズナとセーラ共用のベッドの上。

 規則正しい音を鳴らす振り子時計は五時――明け方を示していた。


「おはよう。気分はどうだい?」


「おはようございます。悪くは、ないです」


 傍らには自身の主人――セーラがいた。

 彼女もナズナが見た限り目立った怪我はない。そのことに安堵しつつ、気絶してからどうなったのかが気になった。


「あの、不死狩りは……」


「無力化した後、トゥガが連れて行った」


「倒せたんですね、よかった……」


 ほっと胸を撫でおろす。

 自身の血を飲ませたのだ。殺されることはない。

 そう分かっていても、不死狩りを倒せるかどうかはまた別問題だ。


「さてと……ナズナちゃん、君の血のことなんだけど……」


 ホッとしたのもつかの間。セーラの言葉に身を竦ませた。

 いつかは血のことがバレる日が来ると思っていた。だが、できることなら来てほしくなかったとナズナは唇を噛む。


 ナズナの血――つまりは、不死になる血。

 セーラに買われる前――以前にもそのことが露見して血を一滴残らず搾り取られたことがあった。

 不死を期待し血を飲んだ者は皆すべからく悲惨な末路を辿っていた。

 何故かは明白。不死を過信しすぎたのだ。

 あくまでもナズナの血を飲んで得る不死は一時的なものだ。長くて半日、短いと一時間持たない。大体は二、三時間もすれば不死性は消え去る。

 それに得られるものは不死だけ。水の底に沈められたり、ずっと切り刻まれたりしたら死ねない分余計に苦しむことになる。

 ――もし、セーラが不死を望んで、身を滅ぼしてしまったら。

 今まで目の前で誰が死のうと関係なかった。だが新しい主人は――セーラは違う。彼女には死んでほしくなかった。


「私の血は確かに不死にする力があります。でも……」


「それは分かってるよ。……私が知りたいのは出自って言うのか、どこでそんな異常性を身につけたのかが知りたいんだよ」


「どこで、ですか……?」


「そう。……あぁ私は別にナズナちゃんを悪用したりはしないから安心して」


「……ほんとうですか?」


「うん本当。吸血鬼なんて元々不死みたいなものだし。ぶっちゃけ君の血に食料以上の価値はないよ。不死だろうが万能薬だろうが、私にとっては気にもならない些末ごとだね。――ただトゥガに頼まれたから聞いただけ」


「トゥガさんですか……? あの人不死に憧れて――」


「そういうんじゃない。あいつ仕事柄そういうのは理解しておかなきゃなんだよ。異常者の取締だったり、未知の超常への対処だったりがあいつの今の仕事――不死狩りとかああいうやつを捕まえたりね」


「そう、ですか……」


 主人とその友人が不死に興味がないことに一先ずは胸を撫でおろした……が、すぐに視線が沈んだ。

 不死となったきっかけ。それを思い出して、気持ちが暗闇へと引きずり込まれる。


「呪い、なんだと思います」


「呪い?」


「はい。不死のきっかけはなんてことない話です。

 ――拐われて無理矢理神様を呼び出すなんて胡散臭い儀式の生贄にさせられた挙げ句儀式そのものが失敗しました。

 呪いだけが残って私は不死になりました。

 ……その時、儀式の関係者はみんな死にました。一緒に生贄された妹と友達も目の前で……」


「それは……」


「私は不死になんてなりたくなかった」


 その顔は悲壮一色。

 不死になりたくなかった。それは紛れもない本心だ。不死のせいで何度も酷い目にあってきたし、痛い目にも合わされた。

 もし、不死なんかでなくもっと普通に女の子として生きていたら……と妄想することも少なくない。家族と友人に囲まれて、刺激はないけど平穏な日々を送るのだ。


「そうですね。普通――私はきっと普通になりたかったんです」


「普通……ね」


 ナズナの言葉に何を思ったか、セーラは思案げな表情を浮かべ、不意に少女の頭へと手を伸ばした。


「――私は特別になりたかったよ」


「……今、言うことですか?」


「どうだろうね。ただ君には言っておきたかった」


 突然どうしたのか。ナズナは不審げにセーラを見上げると、その顔を見てぎょっとした。

 セーラの目はナズナの知らないどこか遠くを見つめていた。

 綺麗だと思った。物憂げに視線をどこかへとぶつけている主人の瞳。

 まるで磁力に引き寄せられるように名状しがたい魅力に惹きつけられ目を離すことができない。


「――――ってぇ!?」


 見惚れていると不意に世界がひっくり返った。

 押し倒されたのだと気づいた時にはベッドの上でセーラの胸の中。


「私はこれから寝るよ。君も一緒に寝よう」


「……いいですけど……突然押し倒すのやめてくださいね」


 善処する。そう言ったセーラは、目を閉じてすぐに寝息を立て始めた。

 ため息を一つ。だが、すぐにセーラの温度に包まれている事実に嬉しくなり、頬がゆるんだ。


「ねぇセーラさん――」


 返事のかわりに穏やかな吐息。

 主人の意識が無いのを確認してから、それでも万が一でも聞こえないように小声で呟く。


「あなたは、私の特別ですよ……」


 照れくささを隠すように、ナズナも目を閉じた。


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