客人の来訪
ジリリリィ――――。
吸血鬼は、脳に直接流れた警報の音で目を覚ました。
その警報は結界を通過し屋敷に何者かが入ってきたことを知らせる音だった。
今が何時か知りたくて時計を見ようと視線を動かすと、ナズナと目があった。
「あ、あの……おはようございます」
「おはよう……こんばんはの方が正しくないかい?」
時計の針は二十時を少し過ぎたことを示していた。
律儀にこんばんは、と言い直すナズナの頭を撫でベッドから出る。
ナズナは起きたばかりの主人へおずおずと声をかけた。
「あ、あの……ここって私の部屋なんですよね?」
「そうだけど」
吸血鬼が今まで寝ていた部屋は、今朝ナズナに貴方の部屋と紹介した場所だった。
「……えっと、なんでこの部屋で寝ていたんですか……?」
「私の寝室でもあるからね」
主人の返答に何とも言えない表情をするナズナ。
そんな彼女を見ると、セーラは小首を傾げ。
「嫌かい?」
「嫌じゃないですけど……」
納得行かないといった顔をしている少女へ、苦笑を一つ。
「どうしても嫌だったら空いてる部屋を使えばいいよ。……けど出来れば同じベッドで寝たいな」
「どうしてですか……?」
「可愛い女の子の匂いに包まれてると安心するんだ、私。だから、お願い」
「…………」
ナズナは冷ややかな視線を主へと向ける。
目の前の吸血鬼がナズナの目から見て美しい女性だからギリギリ許せる発言だが、そうじゃなかったらどうにかして屋敷から逃げ出そうと考えたであろう。それ程までに気色の悪い発言だった。
だが、すぐにあることに気づいて、慌てた様子で自身の体臭を嗅いだ。
「臭くないですよね、私――?!」
「臭くないよ。いい匂いだ」
「それなら……って――――え?」
ぐいっとセーラはナズナの腕を引いて、自身へと引き寄せた。
そのままナズナを抱きしめると、つむじの辺りに顔を埋める。
「ほら、いい匂い」
「いや、えっ――ちょっ……」
「暴れないで。……君の香りに混じって少し青い匂いがするね。あとやけた匂いがする……太陽の匂いだ。外にいた?」
「いましたっ! いましたから、頭の匂いを嗅がないでください! ――もうっ!!」
ナズナは抱きしめながら匂いを嗅いでくる主人を突き飛ばした。
その後十分に距離を取ると、シャーッと警戒心を露わにした猫のように逆毛立てた。
「そんなに抵抗しなくても……」
「抵抗しますよっ!? どれだけ恥ずかしかったと――」
「だって、好きな匂いだったから……」
「…………っ! しょうがないですねっ! 今回だけですからっ!」
顔を真っ赤にして言いながら、そっぽを向く。
傍目から見ると怒ったような彼女だったが、その実、主人に対する怒りも不快感も消えていた。
セーラに好きと言われると、とてつもなく恥ずかしいことでも何故だか許せてしまえたし、彼女のために何でもしてあげたくなった。
セーラはそんなナズナの胸中など一欠片も想像せずにツンケンしている様子を見て、よく顔を赤くするなぁと的はずれなことを思った。
「――おっといけない。客人が来てるんだった」
自身が警報の音で起きたのを思い出してハッとした。
突然話が変わったためナズナはキョトンとした顔を浮べる。
「……客人、ですか?」
「うん、お客様。結界を誰かが通過したらしい。……そうだ、覚えておいて。私が許可している人が結界を通過したら、警報が――警報って言っても呼び鈴の音が近いかな……その音が私の頭の中に鳴るだけだけど……もし、許可のない人が結界を破壊して屋敷に入ってきたら、ジリリリリィって物凄い大きな音が鳴るから、それが聞こえたら見つからないように隠れてね」
「……それが、年に一回くらいあるんですか……?」
「ん? ああ違う違う。屋敷は確かに年一くらいのペースで襲われるけど、結界を破ってくるのはもっと少ないよ……まあ、余程のことがない限りここまではこれないから安心して」
そこで話を区切ると。
「さてと客人を迎えに行ってくるよ」
「あの……私も行ってもいいですか?」
「来てもいいけど面白いものじゃないよ」
ナズナはバツの悪そうにもじもじと身体を捩らせ、おずおずと口を開いた。
「……セーラさんの側にいたいんです」
パアアッ!
瞬間、セーラは顔を輝かせた。
そのまま少女を引き寄せて力いっぱい抱きしめる。
「可愛いこと言ってくれるね、まったく!」
「わっ! ……っとと――抱きつかないでください! そこまで許してないです!」
「行こう行こう、一緒にな。このまま抱っこして連れて行くから。嫌だって言っても離さないよ!」
「ちょ……待って! 待ってください! これから人と合うんですよねっ!? 恥ずかしくないんですかっ? きゃ――足を上げるなぁ!」
軽々とお姫様だっこでナズナを抱えたセーラは、今にもスキップしそうな足取りで玄関へと向かった。