幕間1.吸血鬼と母親
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「お前は、失敗作――」
私に対して母親――といえる人物がよく言っていた言葉だった。
私の母親も吸血鬼だったが、自身が吸血鬼であることに理不尽さと絶望を感じていたのは、当時子どもだった私でも簡単に見て取れた。
吸血鬼として産まれたからには逃がれられない無数の弱点。
銀、十字架、聖水――日光。他にもまだまだたくさんの弱点が……。
いかにしようとも克服できないそれらに、母親は理不尽さを覚え、吸血鬼として生きる事に絶望し、日々苛立ちを募らせていた。
その苛立ちの発散先は、いつも不出来な娘。つまりは幼き日の私――セーラ。
失敗作。
その言葉に苛立ちも反感も覚えなかった。
ただ、親の期待に応えることができない不出来さへの不甲斐なさがあった。
吸血鬼の弱点の多さを不出来さとしたならば、母親も私とさして変わらず失敗作ということになる。
むしろ、再生能力や怪力といった吸血鬼としての性能だけを見たならば、私よりも劣っていた。
母親もそれを分かっていたからこそ、私に対して冷たくしか接してこなかった。
中途半端に優れていたせいで愛されなかった……のではないかと、よく妄想する。もちろん妄想なので違うかもしれない。
もし仮に望んだような娘になれていたとしても、それはそれで妬みから冷遇されたかもしれない。
でも、多分今よりはましだ。
「私は完璧な吸血鬼が欲しかった」
失敗作となじられた後にはいつも必ずそう言われた。
自分で言うのも何だが幼い頃から聡明だった私は自分が完璧じゃないことくらい知っていたし、それが叶いもしない理想だと気づいていた。
――だけど、もし……自分が完璧だったなら。
親から冷たい視線を向けられるたびに、そう思わずにはいられなかった。
ある日、親が姿を消した。
姿が見えないことに気づいたとき、私は自殺したんだろうな、と思った。
吸血鬼として生きることに絶望していたのを知っていたから。
強い人じゃない。絶望に耐えられない日がいつか来るだろうとは薄々感じていた。
その考えを証明するように、いつもは日光を避けるため締め切られていたカーテンが、その日は開け広げられており、窓から月の光が入り込んでいた。
そして、窓の下には大量の灰が山となって積もっていた。
そういえば、太陽について話す時だけ私に対しても優しい目をしていたな、と思い出す。
太陽の光を浴びて眠るのは気持ちがいいに違いないと目を輝かせて言っていた。
そして、目の前には大量の灰。
……つまりそういうことだろう。
死ぬ前に浴びた太陽は果たして望んだものだったのだろうか。
そんなことを思いながら、手で窓の下の灰をまとめると外へ――。
眼下に広がる風景に、灰が舞った。
朝になれば、日の光に当たることだろう。
今まで出来なかった分、存分に日を浴びて欲しくて。
風に乗って、灰はどこまでも遠くに――。
「さよなら、お母さん」
灰が完全に見えなくなると、窓を閉じてカーテンを引いた。