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プロローグ

 おそらくそこは世界で一番醜悪な場所だ。

 退廃と人の欲が凝り固まってできたような場所――郊外に位置する闇市。

 利益の何割かを官憲の懐に投げ込んでいるおかげで、どんなに違法なものを取扱おうと摘発されることはない。

 なんだったら警察組織のお偉いさんが身分を隠して買い物に来ていたりする。


 酒に、薬に、女――果ては人命まで取り扱っているここには、毎夜大手を振ってお天道様の下を歩けない者が集まっていた。

 ――彼女もその一人。

 目深くフードを被り、その隙間から白金の髪を溢れさせ、足早に目的地へと向かっている女性がいた。

 背は高く一見すると男性に間違われそうだが、よく見ると女性的な胸の膨らみと腰から脚にかけて柔らかなシルエットを映している。


 女性が一人でこんな場所にいたら襲われそうなものだが、周りの屈強な男たちは彼女を――彼女の白金の髪を視界に収めると慌てて女性に道を譲った。

 彼女は気にした風でもなく、一歩一歩見せつけるような気取った足取りで歩みを進める。


 やがてとあるドアの前で女性の足が止まった。

 そのドアは地下へと続いていた。

 コツコツコツと踵の上ったパンプスで小気味よく地面を踏み鳴らしながら階段を降りる。

 香水と排泄物の混ざったような臭気と肌をヒリつかせる熱気が女性を襲ったが、彼女は意にも介さず地下へと下る。


 やがて目的の場所からヒソヒソとささやき声のようなものが女性の耳に届くと、階段は終わりを告げ、開けた場所へと繋がった。

 遮光カーテン一枚で区切られた入り口。その近くにいたスーツ姿の男に幾らかチップを握らせ、悠然と足を踏み入れる。


 臭気と熱気の大元。

 そこは劇場を思わせる場所だった。

 前方にある扇状のステージを取り囲むようにして、座席が並べられている。

 椅子の数は百もない。そのうえ空席が殆どだ。


 ここは地下のオークション会場。

 人が少ないのにも理由があった。

 真っ当に生きていれば見ることの無いレア物ばかりが出品される闇の競売所。

 必然値段も天井知らずに跳ね上がる傾向があり、並大抵の人物じゃ何も買うことはできない。

 それだけじゃない。出品されるものにも問題があった。

 過去に、見た者の精神を汚染し自身を宇宙人だと思い込ませる絵画や、臭いを嗅いだだけで古傷が開き絶命してしまう造花など危険なものが多数出品されたため、怪異に耐性のない者は地下のオークションには参加しようとしなかった。

 ゆえに会場は空席が目立つ。


 逆に言えば、ここにいる彼ら彼女ら全員が怪異に耐えられるだけの異常性を有しているということだ。


 女性は入口に一番近い椅子に腰掛けると辺りを見渡した。


 【不老婦人】グロリア・ヴェル。

 【蠱毒売りの少女】シィラ。

 【ブレインレス】ジョン・ドゥ。


 ざっと見ただけで裏社会で名を馳せている人物が三名も。

 そして全員が全員とびっきりの異常者だ。

 女性はそれらを一瞥すると面倒臭いことにならなければいいなと思いつつ、ついでステージへと目を向けた。


 女性の今日の目当ては子どもだった。

 彼女はアングラな場所で子どもを買うか拾うかしては、大人になるまで育てて社会に復帰させることを趣味としていた。

 もちろんただ育てるのではない。子どもからは対価をもらっている。

 女性は買った子どもと“あること”をしていた。

 どちらかと言うと子どもの社会復帰のためと言うよりも、それをしたいがために子どもを買っていると言っても過言ではない。


 今日オークション会場まで来たのも、世話をしていた子どもが大人になり彼女の下を巣立っていったため、新しく子どもを買おうと思ってのことだった。



「さぁて、お待ちかね。次が今夜の大目玉商品! 今日この場にいる皆様、彼女を見ることができるなんて大変な幸福ですよ!」



 ステージ上でブローカーが諸手を掲げる。

 するとステージ上手から黒ずくめの男たちが、鎖に繋がれた一人の少女を引き連れてきた。

 女性はやけに大仰に紹介された少女に興味を惹かれ、その少女をよく見ようとして――。


「――――」


 瞬間、女性の意識がその少女にすべて持っていかれた。

 人形のような整った薄い顔立ち。透き通った肌。

 そして二つのお下げがクルンと小揺るぐ様は小動物の尻尾を思わせ、小柄な体格と相まって思わず抱きしめたくなった。


 そして極めつけは黒く塗りつぶされた瞳。

 夢も希望も何もないと絶望に塗れた眼光が女性の心を貫いた――――。



「この少女! もちろんただの少女ではございません! 死ぬことがないのでございます!」


 見惚れる女性を放っておいてブローカーが説明を続ける。


「不死の少女。何をしても死なないのは勿論のこと、老いもしません!

 ――何よりも特別なのはこの少女の血は万能薬になるということです!

 どんな病気になろうと瞬時に胎内で抗体を生成し、流れる血が血清となります! 病だけでなく毒でも同じでございます! 病や毒にかけてから血を飲めば、その血を飲んだ者も一生その病にも毒にもかかりません!」


 ブローカーは黒ずくめの男から剣を受け取る。


「ここで不死性の証明をしたいと思います。血が吹き飛びますが、ご容赦ください!」


 一閃。

 ブローカーは抜身の剣を雑に横に振るうと、少女の首と身体が二つに分かれた。

 頭の落ちた首から鮮やかな血が噴水のように吹き出す。


 いきなりの蛮行に面食らった者は数名いたが、大きなパニックにはならなかった。ここにいる者たちにとって人死には日常茶飯事だったからだ。


 だがそこから少女に起こったありえない現象は、ギャラリー全てのド肝を抜いた。


 地面に落ちた首から赤い管が伸びて、ゴキゴキュと気色の悪い音をさせながら肉をつけていったのだ。

 気管支。血管。肺。心臓。

 骨。血。消化器以下臓器。

 腕。足。筋肉。皮膚。爪。


「はい! このように再生するのです!」


 次の瞬間には自身の血で真っ赤に汚れたこと以外には特筆すべきことのない、無傷の少女がいた。


「モルモットにするもよし。ストレス解消のための人間サンドバッグにするもよし。エグめの性癖を満たすために使ってもよし。何にでも使えますが、一つだけ注意があるとすれば非力であるため肉体労働には使えないということです。

 ――百万から始めます。それではいきましょう。競り開始!」


 ――――。

 ブローカーの声に次々と我に帰るギャラリー達。

 目の前の少女の希少性の高さたるや。仮に血が万能薬になるというのが嘘だとしても、あの高い再生能力だけで使い道はいくらでもある。

 ギャラリー全員喉から手が出るほど少女のことが欲しくなった。

 我先にと値を叫ぶ。


 ――百三十万! ――百八十万! ――二百万!


 凄まじい速さで値段が釣り上がっていく。


「――一千万!」


 一気に桁違いの金額を告げたのは白金の髪の女性。

 入札のコールがピタリと止まった。

 それほどまでの大金。

 誰しもがおいそれと出せる金額ではないのは確かだ。

 これは決まったかと会場にいる者ほぼ全員が思ったとき――


「――一千万百」


 不老婦人がコールを入れた。

 白金の髪の女性は胡乱げに片目を釣り上げ再度コールを入れる。


「二千万」


「二千万百」


「三千万」


「三千万百」


 いやらしく最小金額でコールを上乗せしてくる。

 すわサクラかと婦人に視線をよこすと、額からは冷や汗が垂れており息も荒い。本当に少女を欲しがっているのが見て取れた。

 面倒くさいことになったと内心で毒づく。

 だが、だからといって引く気は更々なかった。

 

「――一億!」


 痺れを切らした白金の髪の女性が手持ち全額を告げる。

 これで不老婦人が上乗せしてきたら素直に負けを認めるしかない。

 だが一億だ。それこそおいそれと出せる金額でないのは事実。

 婦人のみみっちい上乗せの仕方からして手持ちの資金に余裕がないのは見て取れた。

 果たしてこの金額を超えてくるか。

 祈るように婦人の方を見ると、婦人は悔しそうに白金の女性のことを睨んでいた。


 この場に白金の女性の金額を超えるものはいない。


 女性は悠々と立ち上がるとフードの付いたマントを脱いで、ステージへと向かった。

 勝者の余裕を見せつけるように、白金の長髪が優雅に靡いた。 


 そのまま壇上に立つと、頭から再生したせいで全裸になっている少女にマントをかけた。


「ブローカー。この子は私のものでいいね」


「……セーラ様。オークション中にステージに上がるのは遠慮していただきたいのですが……」


「いいだろべつに。大枚はたいたんだぞ、こっちは」


 ブローカーはやれやれと首を振る。


「一億で決定です。以上で不死少女のオークションを終了いたします。次の商品をご用意いたしますので少々お待ちください。――セーラ様はお支払いと手続きを」


 急かしてくるブローカーを手を振って制すと、目線を合わせて少女へと話しかける。


「私が君を買った。それは分かってるね」


「はい。……よかったんですか? 私にあんな大金を払って」


「なに、君の魅力に比べたら安いものさ。

 ――さてと君に毎日させてほしいことがある。それをさせてくれる間は衣食住と娯楽、君の安全を保証しよう」


「……私は買われたのですから、拒否はしませんけど。

 ――毎日何をすればいいんですか?」


「血を吸わせてくれ」


「え?」


 キョトンとした顔をした少女へ、女性は口の端を指で引っ張り、口内に生えている立派な牙を見せつけた。


「私はセーラ。吸血鬼だよ」


 キョトンとした顔はそのままに少女は口を開く。


「えー、と……私はナズナです。人間です」


 白金の髪の吸血鬼セーラと黒髪不死のナズナ。

 二人のファーストコンタクトはちょっと変わった自己紹介からだった。


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