35話 星の一撃
アストラが死んだ。
私に婚約破棄とランドロール家の断絶を宣告した男が死んだ。
憎かったはずなのに。恨んでいたはずなのに。私のことなんて、もうどうでもいいと思われていたはずなのに。
私を庇って、アストラは死んだ。
なんでよ。なんで死んだのよ。
悪役になったなら、最後までそれを貫き通してから死んでよ。
最期の最期で、やっぱり本位じゃなかったんだ、なんて、卑怯じゃない。
せめて、いつまでも私の憎悪の対象として生き続けていてくれれば良かったのに。
そんなことされたら、私、どうすれば――
「頼む、俺にもう一度、力を貸してくれ。オレだけじゃあ、アイツを倒せない」
――ッ!!
ヴィリス殿下の言葉で、私は現実に引き戻された。
私たちの目の前には、完全体と化した邪神エメシュヴェレスがいる。
いつまでも引きずっていたら、また、死んでしまう。
ヴィリス殿下が――星剣士が、また、私を護って死んでしまう。
そんなのは絶対にダメだ。認められるわけがない。
「ヴィリス様。今度こそは、最後まで共に」
「ああ」
言いたいことはいくらでもある。
吐き出したい想いもある。
それでも、それよりも先に倒さなければならない仇敵がいる。
私は立ち上がり、ヴィリス殿下に並び立った。
ヴィリス殿下の星剣は今までにない輝きを見せている。
私がそれを見るのは、二度目だ。
あれは邪神を討ち滅ぼす決意の証明。この星を救うという覚悟が現れた星の輝きだ。
ヴィリス殿下は、アストラの遺志を継いでこの星を――この国を護ろうとしている。
でも、私は違う。
私はこの国を護らない。護る資格なんかない。
何故ならこの国を一度滅ぼしたのは、他でもない私自身なのだから。
だから私が戦うのは、ただ一人の男のために過ぎない。
「――ヴィリス殿下。道を開きます。どうか私を信じて前へ」
「ああ。分かった」
ヴィリス殿下は、敢えて私の方を振り向くことなく、そのまままっすぐ星剣を構えて走り出した。
私を信頼してくださっているのだろう。ならばそれに応えなければ、私はここにいる意味がない。
エメシュヴェレスは即座に大量の黒剣を生成し、吹雪の如くそれらを叩きつける。
先ほど見たばかりの攻撃だ。芸がないと思いつつも、最も効率的に敵を仕留められる洗練された攻撃なのだろう。
私は再度殿下に守護の光を分け与えた。その光が黒々とした刃をかき消し、殿下への攻撃を許さない。
そしてエメシュヴェレスの眼前に迫った殿下が大きく星剣を振りかぶり、勢いよく振り下ろさんとした。
「うおおおおおぉぉぉっっっ!!」
「――甘い」
しかしその瞬間、エメシュヴェレスは、殿下の頭上へと瞬間移動し、巨大化した黒剣を落としていた。
このままでは殿下が真っ二つにされる。
だけど、私は冷静にそれを視ていた。
「甘いのは、どちらでしょう」
「――な!?」
ヴィリス殿下にはこう告げたのだ。私を信じて前へ、と。
だからこそ、殿下は既に星剣を勢いよく振り下ろしていた。
次の瞬間、殿下の体がエメシュヴェレスの背後へと移動した。
それはつまり、振り下ろされたばかりの星剣がその黒き体に叩きつけられることを意味しており――
「もらったぁぁぁっっ!!」
星の意思を乗せたその一撃は、あまりにも致命的だった。




