20話
「これでよし、と。ふう。結構探すの大変だったな」
買い物を終えた私の手には、袋にぎっしりと詰まったパンがあった。
ヴィリス殿下に「オレの使いで来たと言えば分かる」と言われたので店主にそう伝えたら、それで理解したのか、目的のパンを集めて持ってきてくれたので助かった。
それだけで済ませるのも何か悪い気がしたので自分用とマルファさんへのお土産も兼ねて店主のおすすめだというパンを購入した。
しかしこのパン屋、大通りからだいぶ離れた複雑な場所にあったので、道を探すのに少々苦労した。
アラディン殿下のお気に入りの茶屋もそうだったが、この国の王族の方は隠れた名店的なものを見つけるのが好きなのだろうか。
マルファさんの地図が無かったら絶対に迷子になっていた自信がある。
さて、日もだいぶ傾いてきたことだしそろそろ帰ろう。
暗くなってからでは余計に道に迷う危険性が高まる。
こんなことでまた殿下たちの手を煩わせる訳にはいかない。
そうしてやや足早に歩いていると、ふと気になるものが視界に入った。
「……?」
そこにあったのは大きな銅像だ。
鎧を身に着け、剣を天高く突き上げるその様はまさに英雄の如き。
不思議なことに私はその像から目を離すことが出来ず、気が付くとまるで導かれるかのようにその銅像へと歩を進めていた。
「星剣士の像」
台座にはそう書かれていた。
星剣士。それは数百年前に実在した英雄だ。
この世界を己が手にせんとする邪神を討たんとする剣士。
世界の創造主たる女神に選ばれた奇跡の代行者。
ヴィリス王子同様先代の星剣士もこのアガレス王国の王族だったと聞いている。
故に町にこのような像があってもおかしくはないのだろう。
「――うっ!?」
頭痛だ。激しく頭が痛む。
頭の中をかき乱されるような感覚。
奥底に眠る記憶が呼び起こされるような感覚。
あの時と同じだ。ヴィリス殿下と初めて出会ったときと同じ現象。
徐々に視界がぼやけていく。
世界がモノクロに染まっていく。
私の世界が蘇る。
「――――――――」
「――――――――」
声が聞こえる。
誰かが私に語り掛けている。
ここは――そうだ。
ここは彼のお墓だ。
先の戦いで命を落とした大切な人を弔う場所。
隣を見れば、長い旅路を共にした仲間たちがいる。
でも不思議とその顔は認識できなくて。
彼らが発する声には強くノイズがかかっている。
ああ。不快だ。とても不快だ。
私は彼らのことをよく知っているのに、私は彼らのことを何も覚えていない。
何故だろう。こんなにも今、近くにいるのに。
手を伸ばせば彼らに触れられるはずなのに。
彼らと私の間には決して交わることが出来ない壁がある。
「――――――」
天におわす女神の下へと旅立った彼に語り掛ける。
息を吐き、手を伸ばし、捧げられた花々へと意識を傾ける。
私が一言、声をかけると花々はまるで星のように輝きだした。
そしてそれらは宙に浮き、一つにまとまっていく。
球体の形を成したそれは、破裂音と共に花びらを散らせ、土に撒かれていく。
そして――
「―――!」
「―――――――――――!!」
仲間たちから歓喜の声が上がる。
私を称える声が聞こえてくる。
気づけば彼のお墓は美しい花畑に囲まれていた。
誰かが私の肩をポンと叩いた。
顔は分からない。でもきっと笑っている。
やがて彼らは私に背を向け、散って言った。
私は一人になった。
「――おい。嬢ちゃん! おい! 大丈夫か!」
「――えっ、あっ、ひゃいっ!」
不意に大きな声が耳に飛び込んできたので、私は驚き、変な声が出てきてしまった。
「お、おう。無事ならいいんだが、ぼーっと突っ立ったまま動かねえもんだからつい心配になって声かけちまったよ。ほれ、これ嬢ちゃんのだろ」
「あ……ああ、ありがとうございます」
そこにいたのは壮年の男性だった。
彼は私が無意識のうちに手放したであろう袋を拾い、私に手渡してくれた。
中を確認すると、変わらずぎっしりとパンが詰まっていた。
「星剣士様の銅像がそんなに気になったのか? この町じゃそんな珍しいモンじゃねえんだが、ひょっとして観光にでも来てたのか?」
「ええと、はい。そんな感じです」
「そうか。まあじっくり眺めるのも構わんが、あんまりに気を抜くといろいろと危ないから気ぃ付けな。ほんじゃあな」
「はい。ありがとうございま――行っちゃった」
私が再度お礼を言いきる前に彼は走り去ってしまった。
ふと、他に落とし物をしてないか気になって懐を確かめてみる。
良かった。大丈夫そうだ。
どうやら私は立ったまま意識を失っていたようだ。
また転生前の――初代の記憶がよみがえったようだ。
今まではこんなこと一度も無かったのに、何故急にこのような現象が起こり始めたのだろうか。
やはり秘術を解いたことがカギになっているのかな。
こうなってくるとますます知りたくなってくる。
初代の記憶。私が前世でどのような経験をしたのか。その全てを。
しかし同時に不安も襲ってくる。
転生前の記憶を完全に取り戻したその時、私は私であると言えるのか、と。
私の感覚では、私と初代は別人だ。
でもその別人の記憶が完全にこの体に定着した時、私はリシア・ランドロールではなくなるのではないか。
そう考えると恐怖も生まれてくるというもの。
「とりあえず、帰ろう」
こんなところで深く考え込んでいたら、また心配されて声をかけられるかもしれない。
もし私の人格が消えてしまったのなら、その時はその時だ。
私は一体何のために転生し、何を成そうとしていたのか。
その答えだけはいつか知りたいな。




