王都編3
それから数日経つも成果はみられず、セドリックは魔術を扱えないために、見学か、魔力放出の訓練をひたすらに行っていた。
「……全然できねぇな…指先になんか詰まってるんじゃねぇか?」
そんなわけないとわかっていても、そう口に出してしまうほど進展は見られず、次第に焦りを感じ始めていた。
隊員の中にはセドリックに冷たい視線を向ける者や、くすくすと冷笑する者も現れ出した。
そんな中、セドリックのもとへ歩を運ぶ人物がいた。
「セドリックさま、なかなかうまくいかないですねぇ…」
「なんだお前、笑いに来たんだったら大正解だぜ」
地べたにあぐらをかいて練習に励むセドリックに視線を合わせるかのように、フィリアがしゃがみ込んで話しかけた。
「とんでもないです!応援にきたんですよっ!」
「そうかい。応援されてできるようになりゃ、楽でいいんだけどなぁ…」
セドリックはそう言うと、魔力を指先から放出するイメージで集中し、解き放った。
ーーーーーーーーーぽすっ
「すごい!音が出ましたよ!?しかも………少し生暖かいです…!」
「指先からすかしっ屁をかませるようになるたぁ、隠し芸にしても盛り上がらねぇな…」
「臭いはないのでまだ大丈夫ですっ!」
フィリアは彼女なりに懸命に慰めようとしているようだった。
半ば不貞腐れ始めていたセドリックも、少し気持ちが楽になったような気がした。
「あ、でもおならって、便秘のときによく出ますよね?」
「そうなのか?俺はそんな経験がないからわからねぇが…経験者が言うんだったらそうなんだろうな」
「わっ、私も人から聞いたことがあるだけですっ!」
フィリアは顔を赤くして、大仰に顔の前で手を振った。
「でも、もしかしたら……指の先に何か詰まってるんじゃないですか……!?」
驚いたことに、先程セドリックがポツリと呟いたのと同じことをフィリアも言い出した。
彼は少しドキッとしてしまっていた。
「お、お前と考えることが一緒とは…屈辱だ…」
「あ、同じこと考えたんですか?嬉しいです!ってことはもしかしたら、この説は有力かもしれませんねぇ!」
フィリアはそう言うと、にんまりと無邪気に笑った。
「私の魔術には、組織の代謝を早める作用があるんです。ちょっとやってみませんか?もしかしたら、老廃物が流れて詰まりが取れるかも!」
「俺の身体をなんだと思って……でもまぁ、万に一つの可能性ってのもあるかもしれねぇ。ちょっとやってみてくれ」
「いいですよっ!じゃあ手を出してください!」
最初はばかばかしいと思ったセドリックだったが、どうせずっと同じような訓練をしていても、あまり進歩がみられなかったため、何でもまずは試してみようと考え始めていた。
そしてセドリックが広げた手のひらに、フィリアの両手が覆い被さり、じわじわと温まってくる。
「それではいきますよぉ!」
「…おぉ、すげぇ。なんかムズムズする…」
温かい力に包まれるのと同時に、フィリアの手から魔力が流れ込んできた。
この時セドリックは、初めて魔力の流れというものを感じた。
そしてその流れを逆流させるようイメージすると、
「あっ、ちょまっ…出そう……っ!」
セドリックは急いでフィリアから距離を取ると、手を空に向け、魔力を放出した。
ーーーーーゴウッ
するとセドリックの手のひらから、三メートルはあるであろう巨大な炎が噴き出した。
「……出た!!」
「うわっ…!すごいたくさん出ましたね!」
嬉しくなったセドリックは隊長の方を振り向き、今の成果を見届けてくれていたかどうか確認した。
「すごいのが出たな。これで第一関門は突破だ、明日から合同訓練にも加わるといい。あとはコントロールもしっかり覚えるようにな」
「よっしゃあーーーっ!」
「やりましたね!セドリックさまっ!」
「ああ!お前のおかげだ!ありがとな、フィリア!」
「はいっ!」
二人は手を取り合って、しばらく笑い合っていた。
あくる日、グランのもとにセドリックを含む三名が集まっていた。
「少数人数で班を編成し、これからの訓練、任務などは班で行ってもらう。お前たちの班は第二十六班だ。セドリックは火の魔術なので、相性のいい風の魔術を扱うルー。そしてヒーラーのフィリアだ。なるべく実力の近い者同士で編成したつもりだ」
現在、王国は戦争もなく平和な日々を送っているため、魔物や賊の討伐、魔術を必要とする事件に対し、班を編成して隊員を派兵していた。
「セドリックさまと一緒なんて感激ですっ!よろしくお願いしますねっ!」
「おうよ!俺がいればどんな任務でも楽勝だぜ!ラッキーだったな!」
三人のうち一人を除き、やる気に満ち満ちていた。
その一人はと言うと、そっぽを向いたまま一言も発していない。
ルーと呼ばれる少女はセドリックたちよりも少し大人びた雰囲気で、薄緑色の髪を後ろで束ねていた。
「気が早いぞ。魔術の扱いと連携に問題がないと認めない限り、任務は与えないからな」
「わかってるぜ、おっさん!俺の特大の炎みただろ?すぐに認めさせてやるぜ!」
「おっさんではなく隊長だ。そしてお前は早く火球を作れるようにしろ。でないと訓練は始められないぞ」
「はーい」
そのやり取りを聞いてか聞かずか、そっぽを向いたままのルーは「なんでこんな問題児と同じ班なのよ…」と一人呟いていた。
セドリックのそこからの上達は思いのほか早かった。
一度感覚を掴んだためか、出力のコントロールや、持続的に魔力を放出して炎を維持することも数日内でできるようになっていった。
「それでは訓練の説明だ。まずはセドリック、火球を作って投げてみろ」
「お安い御用だぜ」
セドリックは慣れた動作で拳大の火球を作り、標的の土壁に投げた。
火球は放物線を描いて壁に当たり、燃え上がった。
「うむ。ではルー、補助してみてくれ。セドリック、もう一度火球を出すんだ」
「はーい」
セドリックが火球を出すと、ルーが渋々といった様子で手をかざし風を起こす。
火球が回転し、ゴウッと音が激しく起こる。
「おおっ!火力が上がった!」
「それで投げてみるんだ」
セドリックはもう一度土壁に投げると、それに合わせてルーが風で押し出す。
すると、今度は放物線のカーブがほとんどないほどの豪速球が壁に当たり、壁の表面を砕くほどの威力を出した。
「すげぇ…これが魔術連携か…!」
「そうだ。この他にもいろいろな組み合わせ方がある。戦いの幅が広がるぞ」
それから数ヶ月、連携と魔力のコントロールに安定感が出てきた二十六班に、グランからの声がかかった。
「お前たちも、もうだいぶ慣れてきたようだな。これからは任務にもついてもらう。戦争のない今、基本的にお前たちの仕事は討伐や救援、調査などの任務だ。任務がない間は訓練ということになる」
「ついに任務ですよっ!セドリックさま!」
「おう!腕がなるぜ!一瞬で片付けてやるよ、おっさん!」
「あんたらと何日も一緒に行動するなんて最悪…」
「ルー、班員同士の関係性は任務成功に大きく関わってくる。その改善もこれからの班の成長に欠かせないぞ」
「はーい」
聞いているのかいないのか分からないような生返事を気にする様子もなく、グランは任務の説明を始めた。
「これから行ってもらうのは、王都の南にあるエッケハイムという町だ。歩いて三日ほどの場所になる。任務の内容は調査だから、戦闘になることはほぼないと考えていいだろう」
「歩いて三日!?遠すぎねぇか!?」
「バカねあんた。どこの街もだいたいそんなもんよ。今までどうやって生きてきたの?それに馬で行けば二日もかからないわ」
「いちいちムカつく言い方しやがっててめぇ…俺は馬ではいかねぇ、走って行くぜ」
「ホントにバカなの?…あ、もしかして、馬に乗れないの…?」
「俺の走る速さなら馬なんていらねぇんだよッ!」
「まあ落ち着け二人とも。確かにセドリックの身体能力は人間離れしているから可能かもしれないが、無理だったらどちらかの後ろに乗せてもらいなさい」
「あたしは絶対いや」
「セドリックさま!私の後ろならいつでも歓迎ですからねっ!」
「…そろそろいいか、お前たち。任務の説明に戻るぞ」
このやり取りを見ながら、一抹の不安を拭いきれないグランだった。
そんな不安を惜しげなく全面に出した表情で、任務の説明を再開した。
「知っての通りエッケハイムは水資源の豊かな町だが、最近川の水量が減っているらしい。そのせいで農作物や水産業に影響が出始めている。今回はお前たちに原因を突き止めてもらいたい」
「なんだよ、本当に戦闘なさそうだな、せっかく新しい技も覚えたってのに。それ、俺たちが行く必要あるのか?」
「あんたまだ初歩の初歩しか覚えてないじゃない。そういうの馬鹿のひとつ覚えって言うのよ」
「なんだよ!いちいち突っ掛かってきやがるな!いいじゃねぇかよ、試してみてぇんだ」
「戦闘はないかもしれないが、最初の任務はそのくらいがちょうどいい。いい報告を期待しているぞ。仲間割れはしないようにな」
期待しか抱いていないセドリックとフィリア、そして不安しか抱いていないルーの、初めての任務が始まる。