王都編2
宿に戻ると、早速ローランの部屋を訪ねた。
今日の試験のことをいち早く彼に報告したかったからだ。
ノックもせずに部屋の扉を勢いよく開けると、セドリックよりも先にローランが口を開いた。
「セドリック!今日のこと聞いたよ!ロック家のトルエノさまを一瞬で戦闘不能にしたんだって!?」
「お、おう…なんだよ耳が早いな…」
ローランの勢いに出鼻を挫かれたセドリックは、そこから先の話し手をローランに委ねた。
「そりゃそうだよ、あんな派手なことしたら、嫌でも耳に入ってくるさ!ロック家は嫌味な人たちが多いからちょっと胸がスカッとしたけど……さすがにあれはやばいよ…」
「やばいってのはなんだぁ?仕返しでもしてくるってのか?」
「うん、確実にしてくるだろうね。おおっぴらにはできないだろうけど、陰湿な嫌がらせをしてくる可能性が高いよ…。セドリック、僕は部隊も違うし、さすがに手助けはできないかもしれない…」
「ありがとな、ローラン!大丈夫だ、また返り討ちにしてやるって!」
「それもやばいんだよなぁ…」
翌朝、魔術部隊更衣室ーーーーー。
彼が支給された制服に着替えていると、周囲は急に小声になり、彼の噂話をし始めた。
人よりも聴覚が優れているセドリックは、その内容を全て拾ってしまう。
「ほら、あれが昨日のトルエノをやったやつだ…」
「あいつかよ、悪そうな顔してんなぁ…」
「リーベ村出身らしいぜ、あいつ」
「リーベ村って、この間竜に滅ぼされたんじゃなかったか?」
「そうだ、実はあいつがやったんじゃないかって噂だぜ。ほら、炎の魔術使うらしいし…」
「マジかよ…そんなやつ怖くて一緒に訓練できねーって…」
そこへ、一際大きな声でセドリックに話しかけてくる声がした。
「やあ、来たんだねぇ!昨日はいい勝負をさせてもらったよ。ほら、この手、もう思うようには動かないらしいよ?」
そこには両腕を包帯で巻いたトルエノが立っていた。
「それよりも、みんなは君がリーベ村出身だってことに興味津々らしい!村は全焼だって言うじゃないか。君は炎の魔術が使えるんだったよねぇ。いやぁ、昨日はすごい火力だったよ」
トルエノはニヤけた顔で、わざとらしい大きな声でセドリックに詰め寄った。
「君がやったんじゃないかって言う人もいるみたいだよ〜?僕はそうは思わないけどさぁ!ねぇセドリック、どうなんだろうねぇ?」
(この野郎、ニヤニヤしやがって…!)
しばらく、にやけ顔のトルエノと苛立ちを隠し切れていない表情のセドリックは、睨み合ったまま向かい合っていた。
どれくらいそうしていただろうか、セドリックが一発お見舞いしてやろうかと、そう考えていた時、更衣室のドアが激しく開けられた。
「なにをもたもたしている!訓練の開始時間はとっくに過ぎているぞ!」
そこへ現れたのは、時間になっても現れない隊員たちを呼びに現れた部隊長のグランだった。
グランは入ってきたばかりであったが、この状況を瞬時に理解して声を荒げた。
「お前ら、セドリックはこの間の竜の襲撃で、家族や大切な友人を多く失っているんだ!少しは慎め!それに、セドリックがこの街へ来たのは襲撃の翌日だ。どうやったって、あり得んだろう…」
その言葉に、ふんっと小さく笑うと、トルエノは取り巻きを連れて無表情で更衣室を出て行く。
それに続くように、他の隊員たちも外へ出て行った。
「あいつのことは気にするな、セドリック。さあ訓練に行くぞ」
「…おっさん」
「おっさんじゃない、隊長と呼べ」
「…おう、ありがとな」
(くそっ…くそっ…!やったのは…俺だ……)
セドリックは一人、固く拳を握りしめていた。
彼は未だに、自分がやったということに対して気持ちの整理を付けられずにいた。
その日の訓練は、属性魔術間の連携だった。
単体で用いるよりも、二属性を掛け合わせた方が強力になるということらしい。
例えば、炎の魔術は風の魔術と合わせることで火力が増し、土の魔術は水の魔術と合わせることで強度を増すことができる。
初日ということで、セドリックは見学していた。
訓練を行なっているのは五十名ほどで、軍隊という割には人数が少ないように感じた彼は、そばにいたグランに尋ねた。
「なぁ、軍隊って割には少ねぇんだな」
「ああ、ここにいるのが全員ではないからな。他のものは任務に就いている。魔術部隊は総勢百五十人ほど在籍しているぞ。それでも軍隊としては少ないがな、だが戦力としては十分だろう」
「なるほどなぁ」
確かに魔術は強力で、一騎当千というのもあながち冗談ではないように思えた。
攻撃魔術に特化した属性や、サポートに向いた属性、連携によって真価を発揮する属性など、さまざまな魔術があるようだった。
セドリックは訓練風景を見ながら自分が戦うことをイメージしてみたが、セドリックの身体能力をもってすれば、決定打こそ与えられないものの、反対にセドリックの攻撃も全て防がれてしまう結果に終わった。
「火を吹くのと身体を熱くすることしかできねぇからな、俺。サーカスかよ……」
そう悲観している様にみえて、実際には午後の自由訓練でグランから魔術を教わるのを楽しみにしていた。
「一日で新技が増えまくって、おっさんびびっちゃうかもしれねーな」
そう思うと、うっすらとにやけ顔になってしまうのだった。
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セドリックは広い訓練場の端の方で、グランからのマンツーマン指導を受けていた。
「魔術というのはイメージだ。イメージを具現化させる力が魔力だ。体内の魔力の流れを感じ取り、一点から放出させるイメージを思い浮かべてみるんだ」
グランは炎の魔術を代々受け継ぐ、マリス家の当主だった。
彼は掌、指先などに限らず、身体に触れているところであればどこでも自由に炎を出すことができた。
だが基本的には衣服を纏っていない手から出し、球状にして放り投げることで中距離の攻撃を可能にしていた。
「これが最も簡単な技の火球だ。まずはこれができるようになってから、次のステップへ進もう。そうだな、おそらくこの程度であれば今日中にはできるだろう」
「よっしゃ!やってやるぜ!」
そう意気込んで数刻、彼の思惑通りに事は進まず、セドリックの指先からは少し暖かい風が出るのみだった。
「おい、おっさん。なんかコツとかあるんだろ?」
「ううむ、こればっかりは経験して感覚を掴む以外に方法がないのだ。俺もまさか、あれだけの能力を見せたお前がこんなに苦戦するとは思わなんだ…」
「んなこと言ってもよぉ、魔力のイメージっつーのがよくわかんねーんだよなぁ…」
夕刻を回り、辺りが暗くなり始めた頃、その日の訓練は終了した。
結局成果はまるでみられず、宿に戻ったセドリックは寝るまでの間、何度も繰り返し練習したが、それでも成果はみられなかった。
「そもそも、俺は人間じゃねぇからなぁ。身体の構造が違って当たり前なのかもしれねぇ…」
そんな疑問が浮かんできてしまうセドリックだった。