誕生編4
いつしか陽が落ち、空も、村も、視界に入るもの全てが黒変した頃、セドリックは人間の姿に戻り、その場で座り込んだ。
「全部なくなっちまった……」
いつまでそうしていただろう。
何者かに話しかけられるその時まで、セドリックは何を考えるでもなくじっとしていた。
「さすがのお手並みですわ、火龍さま」
炭と化した村の中を、悠々と歩いてこちらに近づいてくる人影があった。
肩まで伸びた黒いストレートの髪、狂気を感じさせる真紅の瞳。青白い表皮。
そして人間ではないことを主張しているかのような、黒い巻き角と蝙蝠のような翼。
麻でなければ綿でもない、セドリックが見たことのない上質な生地の服を身に纏っていた。それもまた、吸い込まれそうな程に黒かった。
「誰だ?見るからに悪に染まったような格好だな」
「いきなりですわね、火龍さま。わたくしはアブネルと申しますわ。お見知り置きくださいませ。わたくしどもの一族は、代々火龍さまに仕えさせていただいておりますの。先代の火龍さまの代からお仕えしておりましたのよ」
「先代の火龍ってつまり、俺の親のことだな?詳しく聞かせろ」
「そう焦らないでくださいませ。それよりも今は、この事態をどう収拾させるかが先決だと思いますけれど?こんなに派手なことをなさったら、人間がすぐに嗅ぎつけてしまいますわよ?」
「…もう収拾つかねえだろ、コレ。それに人間の力はわかった。俺の敵じゃあねえ…」
セドリックは炭と化した辺りを見ながら寂しそうにそう呟く。
「あら、そうかしら?人間って群れると怖いんですのよ?竜族が人間に追いやられたことをご存知ないかしら?」
「そうかい。じゃあとっととおさらばするぜ。じゃあな」
セドリックは立ち上がり、アブネルに背を向け歩き出した。
「どこへお行きになるんですの?あなた様はこの世界のことをまだご存知ないんじゃございません?」
「なんとなくだがわかってるさ、あとは自分で見て回るよ」
歩みを緩めないセドリックに、やや焦りが感じられる声が背中からかけられる。
「お、お待ちくださいませ。わたくし僭越ながら、あなた様の道しるべとなるため参上いたしました。あなた様がこれからなさることをご提案させていただきますわ!」
「いや、いい。自分で決めるから。今は気分がわりぃんだ…」
「ちょっと…お待ちになって!少し話を聞いてからご判断なさってもよろしいのではありません!?」
「…わかった。話を聞いてやる。どこか場所を用意しろ」
気取った表情が崩れたのを見て少し満足したセドリックは、彼女の申し出を受けた。
はなから話を聞かないつもりはなかった。
自分の知らない情報を、少しでも知っておきたかったからだ。
そして彼女は付いて来るよう言うと、翼で空に飛び立った。
二人は村を離れ、上空から街道沿いの酒場へ降り立った。
衣服はアブネルが既に用意していた。
セドリックは彼女に対する警戒心を強めた。
用意が良すぎたことが、かえって裏目に出る結果になった。
(こいつ、こうなることを分かっていやがったな…?)
どこから見ていたのか、どこまで知っているのか、セドリックには見当がつかなかったが、油断してはならない相手、とういことだけは理解できた。
酒場は村から東へ王都へと続く道を進み、商業都市を越えたさらに先、街と王都を往来する行商人たちの憩いの場として栄えた宿場町にある。
店内は暗く薄汚れており、がやがやと騒がしい中、狭い通路を進み、窓際の二人掛けのテーブルへ腰掛けた。
「あなた様が欲しがっている情報から、お話いたしますわ」
ーーーーーー話によると、彼の親である火龍は人間社会に溶け込み生涯のほとんどを過ごした後、死期を悟ってからはあの山脈の洞窟で誰と会うこともなく余生を送った。
子を宿していることは誰も知らなかったという。
アブネルは火龍に仕える一族であったため洞窟周囲を見張っており、セドリックが洞窟から出てきた時から陰で見守っていた。そのため此度のセドリックの暴走も、誰よりも早く気付くことができた。
そして竜族は過去の乱獲により大きく数を減らしたが、力をもつ何割かは世界の各地へと逃げ延びた。
この世界には、アブネルのような人間以外の種族も、数少ないが存在しているという。
「わたくしやあなた様のような強い力を持つ者は、人間の姿に変容することができますの。そうやって我々人間以外の種族は生きながらえてきましたわ」
「なるほどな。状況はだいたい理解できたぜ、ありがとうよ。それで俺の道標になるとか言ってたが、それについても聞かせてもらおうか」
「ええ、もちろんですわ。あなた様には少し特殊な力が備わってございます。食した人間の姿に変わることができますでしょう?」
「よく知ってるな。それが俺にしかできねぇってことなのか」
「その通りでございますわ。その力を使って、あなた様には王国の王となり変わり、人間の世界を乗っ取っていただきたいのです!悪くない提案だと思いますでしょう?そうすれば全てあなた様の思うがままですわ」
「悪くない…か。だが俺はもう人間は食わねぇよ」
「な、なぜですの…?人間の味はあなた様も味わっての通りですわ。すでに準備は整っております。わたくしの言う通り行えば、好きな時にいくらでも食すことができますのよ…?」
「味が好みじゃねぇし、もう決めたことだ。それに、自分のやることは自分で決める。お前に決めてもらわずとも生きていけるぜ」
「そうは思えませんわッ!またいつ先程のように暴走してしまうかわかりませんのよ!?」
アブネルはテーブルに両手を付き勢いよく立ち上がると、冷静さを欠いた様相で声を荒げた。
「そうなったらその時考えるさ。とにかく情報をもらえたことには感謝してるぜ。だがそれまでだ。あとの事は俺一人で考える」
「そうでございますか…わかりましたわ。でもこのお話は覚えておいてくださいませ。気が変わった時にはいつでもお力になりますわ」
「ああ、わりぃな。………ところでアブネル、お前には大切に想う相手っているか?」
「どうなさったんですの、突然…?わたくしにも家族がおりますわ、存命なのは兄が一人だけですけれど、大切な家族ですわね」
「もし、その兄が誰かに殺されたとしたら…お前はどうする?」
「もちろん全力で殺しますわよ…どんな手を使ってでも」
「そうか……なぁ、お前にそういう大切に思う相手がいるように、人間にもひとりひとり大切な相手がいるんだぜ。なのになんで人間を殺すことに躊躇わねぇんだ?」
「火龍さま、そんなのは綺麗事って言うんですのよ?それに…ふふっ、ついさっき村ひとつ滅ぼしたあなた様が言っても、まるで説得力がございませんわよ?」
「………」
「人間から追いやられてきたわたくしたちの恨みは根深いですわ。個々の能力では人間よりも数段優れているというのに…。強い者が弱い者を従える。そう、本来あるべき関係にするためには、人間を殺すことは必要なことなんですのよ?それにしても…」
「こんなことになるなら、産まれてすぐに連れ帰って思想を植え付けるべきだった、そう考えてるな?」
「そ、そんなこと…ございませんわ」
「もう後の祭りだろ。それに、自分でいろいろ見て回れるんだ、感謝してるぜ。じゃあ俺はもう宿に行く。わりぃんだが、金をくれ」
セドリックはしばらく生活に困らないだけの金貨を受け取り、アブネルと別れた。
これから何をしたらいいのか決められずにいたが、生前セドリックが夢見ていた王都での仕官をしてみようと、ぼんやりと考えていた。
そして宿には向かわず、人目を忍んで空へと羽ばたくと、王都へと向かうのであった。