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火龍の子  作者: 安倍たのすけ
2/7

誕生編2

「ただいま!」


勢いよく扉を開け帰宅を告げると、台所にいた母が出迎えた。


「おかえり、今日は早いじゃない。…セディあんた、なんて格好してるんだい!?」


服はすべて燃えてしまったため、セドリックは一糸纏わぬ姿をしていた。

母の顔は一瞬にして引きつった。


「そんなことより見てくれよ、今日は大漁だぜ!?」


鹿二頭を担ぎながら、セドリックは得意げに言った。

鹿を捕らえたいという生前のセドリックの目標を叶えてやったのだった。


「そんなことじゃないよ。大漁は嬉しいけど、そんな格好で歩いてるのを誰かに見られやしなかっただろうね?」


「まあいいじゃないか。俺はこれからこの鹿を捌くから、料理は頼むぜ。うちの分以外は市場に持っていくからさ」


「はいはい、わかったよ。しかしまぁ、あんたも立派な男になったもんだね。でも頼むからすぐに服をきておくれよ。親としてはあんまり長く見ていたいもんじゃないよ」


「息子は立派に育っただろ?俺も母さんに認められたようで嬉しいぜ!」


外に出る際、母から狩りに出るときには服を着て行うようきつく言い渡された。


人間というのは、なんて不自由な生き方をしているんだ。

群れで生きている動物はもれなく規律の中で生きているが、人間は群れが大きすぎて規律が多すぎる。

それもひとつの群れの中での規律ではなく、すべての人間で多くの規律を共有しているというから驚いた。

それは人間が知恵を得たことによる代償にも思えた。

その代償を払うことによって、自らが危機に陥ったときに、群れで救済してくれるという仕組みなのだろう、と。



リーベの村は八百人ほどの人間が暮らす集落だった。

村の中央に広間があり、それを取り囲むように木造住宅が点在している。

文明には乏しく、道は整備されておらず、広場を除き全て未舗装だった。

しかし田舎の村特有の美しい自然に囲まれ、村を小川が縦走していた。

村から出る者は少ない。ほとんどが村の中で伴侶を見つけ、子孫を残して一生を終えていく。



広場において開かれている市場は、毎日早朝から昼過ぎまで開かれていた。

その日はすでに市場は閉められており、明日の開場に向けての準備が行われていた。

セドリックはいつものように、卸担当の年齢五十程の男に話しかける。


「おっちゃん、鹿肉を二頭分持ってきたぜ」


「セドリックじゃないか、お前が仕留めたのか!?すげぇじゃねーか!」


「今日は調子が良かったんだ。ちょっといい狩り場を見つけたもんでね!」


「まぁ頼もしいこと言うようになっちまって!親父さんにその姿を見せてやりてぇぜ!」


「親父はもう死んだから見せられないぜ?」


「ま、まあそうだが、そういうことじゃなくてだな…。まあいい、鹿二頭分の肉、確かに受け取ったよ!ほれ、お代だ!持っていきな!」


やはり群れの意識を強く持つ人間にとって、仲間の死というものには敏感なようだった。

セドリックは当たり前のことを言ったつもりでいたが、おっちゃんは仮定の話をしたかったようだった。


「サンキューおっちゃん、明日しっかり売ってくれよな!」


「ああ、仕事だからな。言われなくてもしっかりやるさ。お袋さんとセリナちゃんによろしくな」




帰る頃には陽が暮れ始めていた。

家々からは湯気が立ち上り、今晩の食事の支度を進めていることが見て取れた。

灯りは蝋燭に頼っているため、この村の住人は夜は早く床に就き、朝は早い。

セドリックの記憶にある王都の光景と比べ、ひどく原始的な生活をしていた。


市場から歩いて数分のところにセドリックの家はあり、他の家々と同じく食事の匂いが漂ってくる。

家に入ると今度は妹のセリナに出迎えられた。


「お兄ちゃん、おかえりなさい!今日はすごくたくさん獲物が獲れたんだってね!」


「そうだぜぇ、セリナ。今日は絶好調だったんだ。なんだかお兄ちゃん、狩りの才能に目覚めちまったみたいだ!」


(若い人間かぁ…あぁ…こいつもまた……)


「美味そうだな…!」


「そうだよ!あんたがたくさん仕留めたおかげでね、今日はいつもよりちょいと豪華だよ!」


台所で声を聞いた母が、機嫌良さげに料理を運びながらセドリックに話しかけた。

しかし彼は、食事の味がわからなくなるほどに、目の前の人間に焦がれるのだった。






それから数日、セドリックは努めて普段通りに過ごした。

欲情は湧き上がるが、今はその時でないと考えていた。


朝早く家を出て、適当な獲物を数頭狩る。

すぐに帰っては早すぎて怪しまれるため、自身の能力の確認に費やした。

延焼を防ぐため、広い岩場を見繕い、炎を操る練習をした。

炎はいくらでも吐くことができ、その身体はどんな高温にも耐えることができた。

人間の姿をしている時でも、それは変わりなかった。

姿は、食らった人間の姿にのみ変わることができ、部分的な解除も可能だった。

翼だけを生やすこともできたが、飛行速度は変わらない。


「村一つくらい簡単に落とせるんじゃねぇか?だけど、人間を侮りすぎると危ねぇ気もするな」


一度人間に対して脅威を感じた彼は、慎重になりすぎるくらいで良いと考えた。

それくらい、人間は群れが大きく、知能が高い。

敵と認識されればどのような手段をとってくるか、いまの段階ではわからない。

人間の戦力をじっくり観察してからでないと、派手な動きはできない。

バレないよう少しずつ、が最も長く効率的に食事を満喫できる方法だと、彼は理解していた。





数週間も経つと、セドリックの狩猟の腕は村中で話題になっていた。


「おっちゃん、今日も大漁だぜ!」


「セドリックか!最近一体どうしたんだ?お前の話題で持ちきりだ。何か悪いことでもしてないだろうな?」


市場の卸担当のおっちゃんは、からかうような悪戯な笑みを向けてくる。


「やめてくれよおっちゃん、最近自分でも溢れんばかりの才能が恐ろしいんだぜ。何かリクエストはあるか?今だったらどんな大物でも仕留められる気がするんだ」


「ほう、あんまり調子に乗ってると、そのうち痛い目に合うから気をつけろよ?それじゃあ、竜でも仕留めてもらおうか!」


「竜…?」


セドリックの鼓動が大きく跳ねた。


「そうだ、竜だ。知らないわけじゃないだろう?竜を狩ったとなればお前は村の英雄だよ。王都からのお呼びもかかるだろうな」


「…竜ってのは、食えるもんなのか?」


「俺も食ったことがあるわけじゃないから味は知らんが、なんでも活力が漲るんだとか、不老不死になるんだとか、そんな根も葉も無い噂がある!ただ俺の周りに竜を食ったことがあるやつなんざ見たことがないがな。俺が産まれた頃には乱獲で数がかなり減っちまったらしいんだ」


「どこにいったら竜に会えるんだ?」


「おいおい、冗談だぜ。そうそう出会えるもんでもねぇし、並の人間が一人で敵う相手じゃねえ。命を粗末にするもんじゃないぞ」


「まあ俺だって命は惜しいから近づきはしないさ。だから聞いておいた方が安心だろ?」


「そういうことなら教えてやりたいが、俺も生憎知らないんだ。昔はあそこに見える山脈のどこかに火竜が棲んでるっていう噂があったが、もう伝承レベルだ、誰も見ちゃいねえ」


「火竜ねぇ…」


(この世界には数は少ないにせよ、竜がいるということか。火竜は確かにあの山脈を寝ぐらにしていた。なのになぜ誰も目にしていない?俺を産んだあの火竜は、一体いつから人目につかずあの洞穴にいた?竜について知らないことが多すぎる…この村で得られる情報はもうないのか?近くに竜が棲んでるかもしれないってのに、この村の人間はなんて呑気なんだ…。それにこのじじい、誰に向かって竜を狩れとほざきやがる。今すぐ食い殺してやろうか…)


そう考えていると、彼に話しかける女の声がした。


「セディじゃない!最近あなたすごいらしいわね。聞きたくなくっても活躍が耳に入ってきちゃったわよ」


(この女、確か…)


「アンナ!久しぶりだな!俺の噂を聞いて惚れちゃあいないだろうな?」


「惚れないわよ。急にあなたの調子が良くなったみたいだから、どんな怪しい技を使っているのか探ってやろうと思ったの。それで?一体どんな秘密があるの?」


「秘密なんてないぜ、アン。そんなに気になるんだったら、今度一緒に狩りにでも行かないか?アンに狩りの極意ってやつを教えてやってもいいぜ!」


「わたしは狩りなんてしないから教えてくれなくってもいいんだけど…。まぁたまには森の中を歩くのも悪くないかしら。一緒に連れて行ってちょうだい。お弁当を用意しておくわ」


アンナは、生前のセドリックが密かに想いを寄せていた同年齢の女だった。

普段は村の機織場で働いている。

腰まで伸びた栗色の髪に、栗色の瞳。

セドリックもそれと違わぬように、この村のほとんどの人間の髪と瞳は栗色だった。


アンナは美しかった。

この小さな村では知らぬ人間がいないほどに美しく、幸運なことにセドリックは、家が近く歳も同じということから子どもの頃からよく遊び相手になっていた。

恋心を抱き始めたのは十五歳の頃。

お互いに親から仕事を教わり始め、会う頻度が少なくなったことでそれまで潜んでいた想いが膨らんだ。

それから四年間、距離が近すぎてなかなか想いを伝えることが叶わず、セドリックは命を落とした。


「生前のセドリックの想い、俺が引き継いでやる。安心しろよ」


誰に言うわけでもなくそう呟くと、不敵な笑みを溢した。

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