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火龍の子  作者: 安倍たのすけ
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誕生編

気がつくと暗闇の中にいた。

意識が覚醒し始めると、それがまぶたを閉じているからだということに気が付き、ゆっくりと目を開ける。

だが目を開けたところで周囲は薄暗く、視界はぼんやりとしていて定まらない。

今まで何をしていたのか、モヤがかかったようで思い出せず、思考もまとまらない。


できることは辺りを見回すことと、鳴き声をあげることくらいだった。


……アアァァ


小さな鳴き声はがらんどうの空間に虚しく響いた。

彼の周りにはわずかな温もりが残っていた。




次に目を覚ますと、ひどい空腹だった。

彼は本能で手近にある食料の匂いを感じ取り、無我夢中で貪った。

生まれてから初めての食事だった。

それが美味いのか不味いのか、生まれて間もない彼にはわからなかったが、腹を満たすことに満足を覚えていた。



その後しばらくの間、食事と睡眠をひたすらに繰り返した。

そして、ようやく食事と睡眠以外に意識を向ける余裕が生まれ始めていた。

彼の周りにあった食料は腐敗が進み、別の食料を探す必要があることを悟ったのだった。


そこで彼は起き上がり、洞窟の奥深くから外の世界へと旅立った。

無残に食い散らかされた、母親の亡骸をそこに置いて。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




セドリックはリーベという村の青年で、毎日狩猟をして生計を立てていた。

母親と妹との三人での暮らしで、母は家事を行い、妹はまだ年若く働くことができない。

父のいないセドリックの家で、彼は稼ぎ頭だった。


「それじゃあ、いってきます!」


彼には夢があった。

リーベの村は小さく、王都から遠く離れている。

この村のほとんどは顔見知りで、仕事といえば限られたものしかなく、その仕事を一生涯やり続ける以外の選択肢はなかった。



こんな小さな村で一生を終えるなんて、そんな虚しい人生は嫌だ!

彼は多感な思春期に常々そう考えていた。

しかしそう考えるのは彼に限ったことではなく、誰もが若かりし頃に抱き、そして大人になるにつれて日常に追われ、忘れていってしまうことだった。


彼も例に漏れずそのような夢を抱き、いつかは王都へ出て、兵士としてひと花咲かせないまでも、村人から一目置かれるような職に就きたいと考えていた。

しかし今では、この小さな村で一生を終えるのも悪くないと、そう思うようになっていた。


それは三年前に父が他界したことによる。

今まで狩猟によって家計を支えていた父がいなくなり、彼が代わりに働かなくてはならなくなったのだ。

それまでも父の仕事について行っており、やり方は覚えていたため、大きな苦労もなく仕事を始めることができた。


しかしそうやって仕事を始めてから、毎日が同じことを繰り返すルーティンになっていった。

そうして彼の中で、自分の人生についての考え方は変化していった。


自分が、三年前に他界した父に代わり家計を支えている…頼られているという自負!

そして彼がいなくなることにより、家計が成り立たなくなるという鎖。


精神は鎖につながれ、周囲から必要とされていることで意識は満たされて、彼は自分自身を泥の中に埋めた。

埋めたというより、自然と埋れていった。

夢というもの自体、思い出すことすらしなくなっていた。

毎日同じ生活を繰り返すうち、夢も、思想も、情熱もすべて日常に埋もれていった。



その日もいつもと何も変わらない始まりだった。

陽が登るよりも早く家を出て、森に入り獲物を探す。


「鹿一頭でも仕留められれば…」


最近はあまり大物に出会えていなかった。

少し焦りがあった。

その焦りは正常な判断を鈍らせ、彼を安全域から外に足を踏み出させるのに、十分な理由となった。

普段の狩場から少し深くまで踏み入って、慣れた歩みで森の中を進んでいく。


そして樹々を抜けた先、開けたところに出た瞬間、彼は出会ってしまった。


赤い悪魔にーーーー。



「なんだ…!?」


突然空から凄まじい衝撃と共に何かが落ちてきて、彼の頭はパニックを起こしていた。

一面に土ぼこりが立ち籠め、視界いっぱいに広がっていた。


しばらく身動きできずにじっとしていたが、やがてゆっくりと土ぼこりが消え始め、ぼんやりと何かの影が浮かび上がってくる。

そこにいたのは刺々しい鱗に赤黒い身体をした、大きなトカゲ…?


「見たこともない生き物…!魔獣ってやつか!?」


猪ほどの大きさだろうか。

物音は立てていないつもりだったが、すでに相手はこちらに気付いている。

その禍々しい外見に似つかわしくない、大きく無邪気な瞳をこちらに向けている。

しばらく目が合った後に、のそりと身体をこちらに向けた。


極度の緊張と興奮で手足は冷たくなり、ひんやりとした汗が首筋に流れる。


どんなにどう猛な動物でも狩人に気が付くと、警戒のためにこちらを見つめてじっとしているものだ。

しかし目の前の生き物はこちらに向かってのそのそと歩き出している。

一切のためらいなく!

警戒がないのは、自分の脅威になる生物が辺りに生息していないためだった。

しかし、そんなことは今の彼の頭には考えが及ばない。


「なんだあのバケモノ!?やばい…!仕留められるのか…!?」


数巡の間にあらゆる手段を考える。そして…


「やってやる…!」


意を決した彼が弓を構えようとした瞬間、ごうっという音と共に、彼は炎に包まれた。


「あああああーーーッ!!!」


ーーーー熱い!熱い!


火達磨になりながら転げ回るが、炎は消えるどころか勢いを増すばかりだった。

そしてバケモノは彼の喉元に食らいつくと、犬が獲物を仕留めた時のように激しく振り回した。


「ーーーーーゴボッ…」


数秒のうちに、周囲一帯に響き渡っていた彼の叫び声も、命も、すべて消えてしまっていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






洞窟の外に出た龍の子は、しばらく森の中で野生の動物を食べて生活していた。

数週間で身体も大きくなり、獲物も猪などの大きなものに変わっていった。

天敵がいないため寝ぐらを必要としない彼は、行動に範囲を定めることなく、自由に広大な森を駆け回った。


走る速度は狼よりも速く、山猫よりも俊敏で、熊よりも力強かった。

翼で空を飛ぶこともできたが、身体の重さのために飛行速度は走るよりも遅かった。

しかし空から地上を見回し、獲物の位置を把握するのに役に立った。


上空から一気に急降下して、獲物に体当たりして仕留めるのが、最近の彼の楽しみ方だった。

その程度の衝撃ではびくともしないほど、身体は頑丈にできていた。




その日、彼はいつものように上空から獲物を探し、地上の少し開けた野原にいる野ウサギを確認した。

そして自然落下よりも速く急降下し、獲物が飛散するほどの衝撃を伴って地面に到達した。

獲物は跡形もなく飛び散ったが、見事に命中したことに満足を覚えていた。


気分のよくなった彼は再び獲物を探しに行こうとしたが、近く二十メートル程の距離に、別の生き物の熱源を感じ取る。

その生き物は森で見たことのない生き物だった。

意に介することは何もないが、初めての生き物はまず味見してみたかった。


この森では自分より速く走れる生き物はいないし、自分よりも力のある生き物もいない。

そして、彼に傷を付けることができる生き物も、一切存在していなかった。

彼にとっての脅威は存在せず『どう殺すか』それを考えるだけでよかった。

しかしこの出会いは、彼に新しい世界を与えた。



ーーーー獲物が動いた。



矢の先端がきらりと光って見えた瞬間、考えるよりも早く口を大きく開き、その時産まれて初めて炎を吐き出した。

セドリックが燃え上がると同時に全力で駆け出し、食らいつく。


ーーやられる前に殺す。


人間を初めて前にして、この生き物が自分にとって脅威になり得ることを感じ取った。

武器を作り扱う知能、技術は自分にはないもの、つまり未知であったからだ。


喉元に食らいついて命を奪う。

何度も獣相手に行ってきた。

淀みのない洗練された動きで、セドリックの命が尽きるまで、数秒とかからなかった。


燃えたままの肉を貪ると、普段、獣相手には気にも留めない獲物の頭部が目に映った。

彼の目にはそれが、尋常でないほど魅力を放っているように映った。


(食ってみたい…)


そして食らいつくと顎の力を込め、バキッという音と共に脳を啜った。


ーーー美味い!


(なるほど……わかってきたぜ…)


脳を食べると、彼の思考は霧が晴れていくように鮮明になっていった。

人間の脳を食らうことで、急速に知能の発達を遂げたのだった。

それと同時に、食したセドリックの記憶がぼんやりと断片的に、彼の頭に浮かんだ。

この世界のことや、リーベの村のこと。

そしてセドリックには母と妹がいること…。


(もっと欲しい!もっと食いたい…!)


どうすれば最も効率的に人間を食べられる?

鮮度を保ちつつ少しずつ狩るにはどうすればいい?


気がつくと彼は先刻まで目の前にいたセドリックの姿そのものへ変容していた。

身体中から湯気が立ち込め、見るからに高温の身体は、触れたもの全てを燃やし尽くしてしまいそうに思えた。


溢れ出す力と自分の能力を目の当たりにして、彼の興奮は絶頂にあった。


「身体から力が溢れるッ!!」


そして彼は、ゆっくりと歩き出す。

人間の住む村へと向かって。


「少し身体を冷ましたら、我が家へ帰ってみるとするか」

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