キュルリ キュルリラ キュル キュルリ
「すいません。ちょっとカーテン閉めますね」
顔を知ってる看護師が部屋の入り口のカーテンを閉める。
この病院は入院病棟の各部屋の入り口にドアがなく、廊下からの視線はカーテンで遮るようになっていた。
バタン、バタンという開閉音がしないのは良いが、廊下からの音が筒抜けというのはちょっと頂けない。
キュルリ キュルリラ キュル キュルリ
本来、音をたてる事を防ぐはずのゴムタイヤが何処かに接触しているのか、耳障りな音を響かせながら病棟の奥からエレベーターへと渡っていく。
「ナンマイダ、ナンマイダ」
すかさず隣のじいさんが数珠を持った手を合わせて念仏を唱え始める。
辛気臭い。
カーテンを閉める理由は退院していった人から聞いた。
要するに、退院出来なかった人がストレッチャーで霊安室に向かうのを見られないように閉めるのだ。
うるさいストレッチャーを使っているのは、普段生きている人を乗せるストレッチャーと分けてるのだろう。
一番調子の悪い物を専用にしているのに違いない。
キュルリ キュルリラ キュル キュルリ
聞こえるたびに一人死ぬ。
キュルリ キュルリラ キュル キュルリ
夜も昼も区別なく。
キュルリ キュルリラ キュル キュルリ
聞こえてくれば運ばれる。
「あの音なんとかならねえの?」
夜、起こされた腹いせにちょっと乱暴に
若い医者に聞いてみた。
「あのストレッチゃーは縁起物なんですよ。たまに奇跡が起こるんです」
まあ、滅多に起こりませんけどと若い医者は話をはぐらかした。
「縁起物ねぇ」
仏さんを乗っける台車に縁起も無いだろうと鼻で笑って話は終わりになった。
胃潰瘍と聞いていたんだが、どうやら妻のウソだったようだ。
俺に伝えられない病気だったか。
シクシクと痛んでいた腹が何も感じなくなって俺は管だらけになった。
喉に管が入ったので、看護師の持ったあいうえお表で、優しいウソつきにありがとうと伝えれば、もう思い残す事もない。
目を閉じればもうそれっきり目蓋も動かない。
辺りが少しざわめいて。
・・・・ キュルリラ キュル キュルリ
キュルリ キュルリラ キュル キュルリ
キュルリ キュルリラ キュル・・・・
いつもの音がいつまでたっても通りすぎない。
キュルリ キュルリラ キュル キュルリ
キュルリ キュルリラ キュル キュルリ
キュルリ キュルリラ キュル キュルリ
「うるせえ!」
俺は思わず顔に被さってた白い布をむしりとって起き上がった。
妻と息子と孫と嫁が口と目を真ん丸にしてこっちを見ていた。
「ね。縁起物なんですよ」
若い医者達が笑って俺を別のストレッチャーに移す。
キュルリ キュルリラ キュル キュルリ
ストレッチャーが去っていく。
なにも乗せずに去って行く。
キュルリ キュルリラ キュル キュルリ




