3rd.ドキドキは涙
一時間目はサボってしまった。
優等生の私には初めての経験だったがほかの人に見せられるような顔ではなかった。
二時間目から普通に授業を受け、筆箱がないのでシャーペンと消しゴムは友達に借りた。
お昼になると友達の奈々子と中庭にでた。
お昼の中庭は私のテリトリー。
お弁当を持って毎日お日様の下でご飯を食べる。
「一時間目の体育大変だったんだよ」
玉子焼きに箸をつけながら奈々子が言った。
「体育って今バスケだよね?
何かあったの?」
先生も若くて優しいし問題起こす生徒もいないはずだ。
「それがさぁ、隣のクラスの笠間っているじゃん?
アイツ機嫌悪くて試合が全然できなかったの」
“笠間”
彼女の口から出た彼の名前に心が揺れる。
機嫌、悪かったんだ…。
体育は二クラス合同でやるので一緒だ。
「何で…?」
玉子焼きをゴクンと飲むと奈々子に向き直った。
「お前のせいに決まってんだろ」
荒々しい息が耳元に吹きかかる。
持っていた箸がカタッと音をたててベンチの下に落ちる。
いるはず、ないのに。
彼が私を探すはずないのに。
何で
“お前のせいに決まってんだろ”
何で声が聞こえるの?
「かざ、まくん…?」
目の前に見える自分を抱きしめる手。
今日は、会いたくないのに。
もう好きになりたくないのに。
抱きしめる手から逃れようと暴れると落ちそうなお弁当箱を奈々子袋に閉まってくれた。
「先戻ってるね」
奈々子は空気を察したのか私のお弁当箱の袋を持って中庭からいなくなった。
中庭には笠間君と私だけ。
「逃げんな」
笠間君の低い声が中庭に響く。
笠間君はわかってないよ。
君のその優しさどれだけ私にとってツラいものか。
笠間君は悪くない。
勝手に好きになった私が悪い。
笠間君は悪くない、のに。
「離して」
頭ではわかってるのに体が言うことをきかない。
「矢沢さん?」
抱きしめないで。
甘い声で私を呼ばないで。
「迷惑なの、放課後待たれるのも嫌なの」
思ってもない言葉が黒い感情にまみれて溢れる。
迷惑じゃない、放課後だって嬉しかった。
「だからもう関わらないで」
顔が乾いた笑みを浮かべる。
ごめんね、でも私こうしないとダメなんだ。
笑わないときっと笠間君の前で泣いてしまうから。
「…わかった。
今までごめん」
更に低い声を出して顔を見せないまま彼はいなくなった。
誰もいない中庭で、チャイムが鳴った。
同時に涙が出た。
…太陽は、嫌なくらい照っている。
何で私は彼と出会ってしまったんだろう。
交わることのない平行線上で、
私達は何で出会ったのだろう。
数学みたいに答えが一つだったら解けるのに。
解くために必要な公式が私にはわからない。
国語の読解だったら文を読んでいけば大抵はわかるのに。
笠間君は複雑すぎて私には理解することができない。
英語だって単語がわかれば文脈でわかるのに笠間君のことはどんな単語でも言い表せない。
どんな辞書にもどんな参考書にも載ってない代物。
勉強だけが取り柄なのにそれですら意味がない。
黒い感情がとぐろを巻く。
告白ができるぐらい自分に自信があればいいのにそれすらできない。
そうすれば、キレイさっぱり忘れられるのに。
「好き」
その一言が言えなくて。
臆病風に吹かれてる。
泣いてるのは何で?
笠間君が好きだからでしょ?
彼を傷つけたいわけじゃないでしょ?
だったら彼と笑顔でさよならしなくちゃ。
何も、伝えられないまま終わってしまう。
再び本鈴が鳴った時、私は授業に出なかった。
笠間君、私君を忘れられるように頑張るよ。
だからお願い。
私に思い出を一つください。
君と過ごした日々の
ドキドキを私にください。
ほかに何もいりません。
せめて私に恋をしたという証拠をください。
それだけでなんでもできる気がするの。
涙は流れるかもしれないけど笠間君の恋は応援するよ。
“かっこいいから笠間君なら大丈夫だよ”
そう言えるように。
酷いこと言ったから笠間君はもう私のこと顔も見たくない程嫌いになったかもね。
だけどもう迷わないよ。
笠間君が、好きだから。
また、君の笑顔が見れますように。