一緒に遊ぼう
金髪美青年がにこりと微笑みながら俺達へと近付いてくる。身長は俺とほとんど同じなのに腰の位置が俺より高いのがいささかショックだ。
いやいや、そんなことよりもこの男が俺達と同じように連れてこられたとかいう5人目ってのなら――バカ臣は無視して何とか笑顔を作ってみる。頬が引き攣って痛い。
ヘラヘラと薄っぺらい笑顔で金髪美青年に右手を挙げてみるが、……言葉が分からん。
眼鏡女さん、助けてヘルプミー。
もはや俺の目の前まで来た金髪美青年はニコリと微笑む。
美形の笑顔ってある種の武器だよな。
リオもけっこう可愛いと思ったけど、この何て言うか海外のでかい美術館の宗教画コーナーにでも飾ってそうな天使の笑顔っぽいのは間近で見るものじゃない。
簡単な外国語の挨拶すら出てこず、俺は美形くんが差し出した右手を何も言わずに握手した。
「はじめまして。僕はルトワックと言います。
僕以外にもここに人がいることが分かって安心しました」
ああ、ほら、美形くんが何かペラペラ喋るけど外国語なんて分かるわけねーだろ。
…………ん?
「あれ? なんすか、日本語でイイんすかー?」
俺の足元でバカ臣がケタケタとうるさく笑っている。
は? お前、美形くんの言葉が分かるとか、裏切り者かよ。
外国語勉強無理同盟の仲間じゃないのかよ。
…………ん?
…………んん?
…………あれ?
「5人ソロッタよー!!」
ネコさんの体のどこからかありがちなファンファーレが流れる。
リオがそのファンファーレの音を聞いてパチパチパチと小さな拍手をする。
白々しい空気が流れる中、さくらさんが俺と雅臣を押し退け、金髪美形に向かい合う。
「日本語で良いのかしら?
変な人達が騒いでごめんなさい。
私の名前はさくら。ルトワックさん、よろしく」
「はい。日本語しか僕は喋れないので、日本語で大丈夫です。
こちらこそよろしくお願いします、さくらさん」
て、日本語で話してるじゃないか。
「ヨカッターーー!! ミンナ、ソロッタよーーーー!!」
ネコさんはぐるぐると片足?で回転しながら部屋の中をあちこちと回る。回転しているとただでさえデタラメな色の組み合わせが更にデタラメになって鬱陶しい。
一匹でやかましい。
でもネコさんの言葉にリオがこてんと首を傾げた。
「そろった?」
「ぬ! ぬいぐるみ!?」
一方、金髪美形くんはネコさんに驚いて「うわぁ!!」と後ずさる。
もっともだ。こんな変なぬいぐるみ、作ったやつの正気を疑うよな。
「何なんですか!?」
驚く金髪美形くんを見て俺はゴホンと咳払いをした。
ネコさんがピタリと足を止め、はしゃいだことを恥ずかしがるように大きさの合わない左右の手を合わせてもじもじと身をよじる。キモいので止めてくれ。
「おい、ネコさん。これで全員って言うんなら、もう一度最初から説明してやってくれ」
俺が美形くんを顎で指しながら言うとネコさんが「ソウダね」と大人しくなった。
リオがソファに座り、ネコさんがその隣に立つ。
残りの俺達はそれに向かい合うように立った。
「イま、城ニ来テイルノ5人。
女王ハ前ノ人ヲオモチャニ変エチャッタカら。女王ハ外カラ人ヲ呼ンデルの……」
ネコさんが神妙に語り始める。
「女王ハここノ主。
女王ハ遊ビ相手ヲ探シテイルの。
デも、飽キルト皆おもちゃニ変ワルの。
ダカら、皆ハ女王ト仲良ク遊ブの。ソウシナイと、皆モ動カナクナルの。大変ナの!!」
女王とかいうのが俺達をこの変なところに呼んだというのはさっきも聞いた。
どういう方法か知らんし、ここがどういう場所か分からないがその女王ってのが元凶だということは理解した。方法とか理由はどうでもいいが誘拐犯に俺達が捕まってしまったと思えば理解できる。
ただ、理解できないのは、
「そのおもちゃに変えるとか、動かなくなるというのが意味が分からないわ。
それは私達に危害を加えるという意味でいいの?」
そういう都市伝説みたいな話があったな、と怖くなる。
海外旅行で行方不明になった奴が数年後に手足が切られて自分で動けなくなって発見された、みたいなやつだったか。
自分で想像してゾッとする。
ネコさんはさくらさんの疑問に首を横に振った。
「ソノママよ。ミンナ、女王ガ飽キタラおもちゃニナルの。
人形トカヌイグルミトか、色々よ」
「…………」
ネコさんの言葉に全員がどう言葉にしていいのか分からない。人形やぬいぐるみにされると言われても、意味が分からない。
まださくらさんが言うように危害を加えられるという方が分かり易い。
リオが上半身を前に傾け、ネコさんに問う。
「わたしたち、は、女王、と、遊ぶ、の?」
リオの質問にネコさんがうんうんと頷く。
「女王ハ遊ビ相手ガ欲シイの」
ネコさんの返答に俺も尋ねる。
「その、女王ってのは、俺たちで遊ぶために俺達を連れてきたのか?」
女王という誘拐犯の目的はただ俺達と遊ぶだけ?
「ソウダよ。女王ハミンナト遊ビタイの」
「どうして私がそんな意味不明な人と遊ばなきゃいけないのよ」
突っかかるのはさくらさんだ。
ネコさんの前につかつかと真っ直ぐ歩き、ネコさんに向かって声を張り上げる。
「だいたい、あんたは何なの。なんでぬいぐるみのあんたがそんなこと知っているの!?
本当はあんたが私を閉じ込めたんじゃないでしょうね!!」
「チガ、チガウよーーー!!
ボクハ最初ハ女王ノ遊ビ相手ダッタの。デモ、女王ハ僕タチト遊ブノニ飽キテ、外ノ人ヲ呼ンダの!
ボクハ、ソレニ反対シテ捨テラレタのーーー!」
ネコさんの尻尾を掴み上げ、さくらさんが問答無用とネコさんの体を思い切り床に叩きつけ、俺もハッとする。ネコさんの不格好な縫い目から綿がこぼれ、こぼれ出した綿が宙に消える。
「ちょ、さくらさん。待った。待った」
ヒステリックに何度もネコさんを床に叩きつけるさくらさんの腕を掴むが、さくらさんの怒りが今度は俺に向けられる。
キッと釣り上がった目が恐ろしく俺を睨む。
その迫力に少しだけ身が縮こまる。
「私はね貴方達とは違うの。
こんな状況で貴方達のようにヘラヘラと笑っていられるような馬鹿な人間ではないの。
相手の見た目が外国人のようだからとさっきの態度は何よ。男二人とも馬鹿みたいな態度。
そういうところだけで貴方達がどんなに下らない人間か分かったわ。こういう状況なのに笑うなんて本当に馬鹿だわ。
それにこんな変なぬいぐるみもどきの言うことを聞くなんて本当に馬鹿みたい。どうして私が誘拐犯と遊ばなきゃいけないのよ。意味が分からないわ。
私はこんなところで訳の分からない相手をしているような暇なんてないの。
誘拐犯がどういう意図で私を攫ったのか分からないけれど、私は早くこんなところを出なければならないの。
遊びなんていうのは貴方達みたいなのが相手してあげればいい。
私には関係ないわ!」
まくし立て、さくらさんはネコさんから手を離すと俺の腕を振り払った。
「私は貴方達とは違うのよ!」
さくらさんが大声を出しているのにこの部屋はまったく音を反響しない。
さっき、ネコさんの綿がなぜか消えていたが、さくらさんの声も同じように消えている。
防音室とも違う声の響きを不思議に思いながらも、俺は一方的な物言いにカチンときた。
自分の意見が全部正しいと大声で押し付けるばかりで、聞かされる側がどう思っているのか考えない。そういう奴が俺は嫌いだ。
ソファに座っていたリオは俺達の中で一番ネコさんの近くにいた。
そしてリオは美形くんを除けばこの中で一番年下だ。
その前でヒステリックにぬいぐるみを何度も床に叩きつけた。目の前で何度も何度も物を床に叩きつけられて、その恐怖をこいつは何も分かってない。
私が、私が、とそれしか言わない。
俺はこういう奴が嫌いだ。
「さくらさん、あんた、さっきからずっと自分のことしか言ってないでしょ。俺達が閉じ込められたってのに、ずっと「私が」ばかり言ってるじゃないですか。
それって、自分だけが助かればいいとかって思ってんじゃないんですか?」
「それがどうしたのよ」
本気か、この女……。
「言っておくけど、私はあなたたちとは違って、将来がある人間なの。
こんなところに閉じ込められる謂れなんてないわ」
将来?
俺達とは違う?
「あんた、本気かよ……」
俺はこういう種類の人間を知っている。
他人の意見を聞く気なんて一切ない。
自分だけが正しいって本気で信じている。
俺の母親と同じだ。
他人は自分に大人しく従ってさえいればいいとしか考えていない最悪の人種。
俺は拳を握った。
怒りで、拳が震える。
俺はこいつが嫌いだ。
俺はこいつらが嫌いだ。
振り上げようとした俺の拳を誰かが握った。
「ダメっすよ、ヒロタカくん」
雅臣がニカッと笑いながら俺と眼鏡女の間に立つ。
「皆で一緒に遊ぼうとかってネコさんが言ったじゃないっすか。仲良くしよーっすよ」
何にも考えてないって風の笑顔に俺は深く息を吐いた。