最後の1人
まだ他に誰かがここへ連れてこられているという話に俺は扉を見た。
俺とリオがこの部屋に入ってきた扉の先には白い部屋が続いており、他へ通じるような扉はなかった。詳しく壁を調べたわけではないが、俺が見た限りでは壁に切れ目などもなく、ドアノブも扉に付けられたものだけだ。でも、俺達しか居なかったはずの部屋から新たに2人がこのソファのある部屋に来た。
それならネコさんが言う「5人」の「もう1人」も同じくあの扉から現れるかもしれない。
俺が気付かなかった他の部屋に通じる隠し扉のようなものがあって2人がここへ辿り着いた可能性もある。
俺はジッと扉を睨みつけ、ソファから立ち上がった。
「どう、したの?」
リオが相変わらずの無表情顔で俺を見上げる。
さくらも雅臣も俺に顔を向けてはくるが特に何も言わない。
俺は扉から目を離さずにネコさんに問う。
「5人、なんだな?」
「ソウダよー」
俺の質問にネコさんは軽く答える。
さくらが俺が睨みつけた扉に目を移した。
「この部屋のドアってあれだけよね。私がいた部屋の扉を開けたらこの部屋があったわけだけれど、他に部屋はないのよね」
「そうそう、真っ白い部屋でな~んにもなくて俺もビックリしたわ~。
おまけに先輩ちゃんさんったら寝てた俺を蹴り起こしたりなんかしちゃってくれるし」
ヘラヘラと横腹をさすりながら雅臣が言う。
蹴ったのかよ!?
声を掛けて俺を起こしてくれたリオとは随分と違う扱いに俺は一緒だったのがリオだったことに感謝した。さすがにいきなり蹴ってくるような女は勘弁だ。
年上お姉さんなら膝枕で起きるまで待っててくれるような優しさがほしい。
まぁ、それはさておき、
「もう1人いるんなら、あの扉の向こうってことなんだろうな」
「え、誰もいなかったッスよ?」
ネコさんの頭を撫でつつ雅臣が言う。
雅臣が言っていることはその通りなんだろうが、俺とリオはあの扉からここへ来て、その後にさくらと雅臣も同じ扉からこの部屋に来た。最後の一人も同じくあの扉の向こうにいておかしくない。
その辺りはネコさんから聞いた話を説明していた時にさくらにも話している。
どういう仕組みになっているか分からないが同じ扉なのに別の部屋に通じている、というよく分からない構造になっているらしい。
俺はさくらと雅臣の間を大股で歩き、扉の前に立った。
ネコさんの言うことが本当ならこの扉から俺達がいた部屋とさくら達がいた部屋、そしてもう1人がいる部屋に行けるかもしれない。
本気で意味が分からない。
一つの扉が複数の部屋と繋がっているなんてどんな仕組みだ。
俺は深く息を吸い込み、ゆっくり息を吐いた。
ドアノブに手をかける。
誰も俺の行動を止めない。
意を決し、ドアノブを回す。
軽い手ごたえと重みのない軽い扉。
力を入れずに開けた隣の部屋には――人がいた。
真っ白で何もない部屋に人が一人立っていた。
髪の色は金髪で背は俺とあまり変わらない、体格から男だと思われる人間がいた。
他の場所を見ていたその人間が音も立てずに開いた扉になぜか気付いたのかゆっくりと俺の方に顔を向ける。
金髪に緑色の瞳は染めたりコンタクトを使った不自然さをまったく感じさせないごく自然な色だ。
男は俺を見て驚いたのか目を大きくさせ、それから数度瞬きをする。
え?
は?
驚いたのは俺もだ。
金髪碧眼の美青年外国人がそこにいる。
……日本語、通じるのか?
それともこの意味不明空間には自動翻訳機能がもれなく付いてくるのか?
つまらない授業中は引き出しに入れたスマホに差したイヤホンのコードを上着の袖の中を通して、肘を付いているように見せかけて音楽を聴いている俺の英語力なんて期待しないでほしい。
「えっと、あ……」
「なんスか~。誰かいちゃったりしたっすか~?」
「うお!!」
俺の腕の下から雅臣がひょいと顔を出す。
チャラチャラした軽いノリの声は本人と同じで軽い。その軽さで金髪美青年ともうまくコミュニケーションを取ってくれるところを期待する。
ほら、外国人って言葉が通じなくてもボディランゲージでどうにかなりそうだし?
雅臣も金髪青年を確認したらしく「あー」と小さく声を漏らした。
チャラ男なんだから気軽に異文化コミュニケーションして来いと部屋に放り投げたい。
俺はドアノブから手を放し、扉が閉まらないように抑えながらも一歩後ろに下がった。中腰の雅臣が金髪青年と顔を見合わせる。
そして雅臣が片手を上げ、中腰からゆっくり背筋を伸ばす。
「ワターシ、ニホーンゴ、ワッカンナーアルデアルデスヨ~」
雅臣の挨拶は意味不明なものだった。