二人の距離は影のよう
影。どれだけ逃げても、どんなに飛んでも、影は必ず足元にいる。
離れてくれない"それ"は、多分一生付き合って行かなきゃいけないんだろうな。
「ちょっと、待って…!」
最近、俺には影が一つ増えた。それは二週間前に遡る。
–二週間前–
「付き合って…、もらえませんか…っ!」
幾度となく聞いたそのセリフ。一度も受け入れなかった俺が、この時は何故かオッケーを出した。
多分、気まぐれ。
「いいけど、何するの?」
我ながら、最悪の返答だったと記憶している。
彼女は赤面しながら、デートとか…と小声で答えた。
「デートねえ…ま、いいよ。」
その返答から、俺たちの『リア充』と呼ばれる生活は始まったのだ。
そして今、彼女、中瀬千秋は、俺の後ろをついてきている。正面にいる太陽が作る影の、ちょうどその長さ分だけ後ろに。
「はーやく、こいよ。」
「歩くのが早いんだよ…。」
ちょっと置いてってやろうとか、そういう意地悪ばかり考える。そういうことだけは、たくさん思いつく。
ヨタヨタ二つ結びおさげの女子高生が付いてくる姿は、滑稽だった。
「今日はどこか行く?」
あれから一緒に帰るようになったけど、彼女の口から出た"すること"は、未だに達成出来ていない。颯爽と家に帰るからである。
「いや、今日もかえ……んー、いや、今日はちょっと暖かいコーヒーでも飲みたい気分かな。」
「ふふ、大人。喫茶店でも行く?」
これも気まぐれ。でも喫茶店は行かない。
来たのは、近くの自販機集合地帯。
「これで十分。」
本当は、嫌がらせのつもり。コーヒーでも飲みたいと言った時の、彼女の表情の変化が面白かったから。
明らかな嬉しそうな顔。自販機でいいと言ったら、今度はどんな顔をするのかそれを見ようとした。
買ったのはホットの微糖。彼女はホットココア。一口、口に運ぶ。
「美味しいね!」
「お、おう。」
あれ?そんな幸せそうな顔する?明らかにオシャレなデートではないだろ。今まで、こういう嫌がらせ的なことに対しては、文句を言ったり、引いたりする奴ばかりだったのに。
それはココアが美味しいからなのか。なんなのか。気付いてるようで、気付かないのが俺なのか。
「なあ、文句言わないのか?」
「え?なんで?」
「二週間も経って、キスとか手を繋ぐとかそういうのはおろか、デートもしてくれないのにさ。」
「言わないよ。文句なんてないもん。こうやって一緒に帰ってくれてるのが奇跡みたいなものだもの。ココアがこんなに美味しいのは初めて。それは、真田君の、おかげ。」
それは、気まぐれ。でも、この時の彼女の笑顔はこの日の夕陽より美しかった。
影は、どれだけ逃げても追いかけてくる。切り離そうとしても、離れてくれない。
でも立ってると、繋がってはいるけれど、絶妙な距離感を取ってくれる。
「ちょっと、待って…!」
俺は立ち止まる。夕暮れで昼よりも長くなった影の先に、千秋はいる。
慣れてない走り方で近寄って来ては、俺の隣で立ち止まる。
「お待たせ、待ってくれてありがとう。」
「ああ、行こうか。」
三ヶ月前、意地悪な俺は千秋を待たず歩いた。影の分だけ、距離を取って。
あの日みた千秋の美しい笑顔を忘れられない俺は、初めて人を好きになった。
それでも意地悪したけれど、千秋は懲りずに付いて来た。
「お前は、影みたいだ。」
「どういう意味?」
「しつこいってことだよ。」
「なにそれ!」
手の平が暖かい。今日もコーヒーが美味しい。
「せっかくの微糖が甘いのは、千秋のせいだ。」
「せっかくのココアが少し苦いのは、幸治のせいだよ。」
俺たちの距離は影のよう。でも今度は、俺が千秋の影として付きまとってやろうか。
よし、そうしよう、新しい嫌がらせは、それが面白い。
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