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とりとめのないにちじょうにかんぺえを

作者: 藤泉都理

 ある日。昼時。森の中。小川の近く。純白の紫陽花と黄と黒の縞々の鬼のパンツの傍。

 いかつい顔だけ地面の上からこんにちわした状態で、残りの身体を地面に埋め尽くされた一匹の鬼さんがいました。


 なぜこんな状況になっているのか。

 それは、鬼さんが女神さまの大切な空色の紫陽花の髪飾りを壊してしまったからです。

 とは言っても、故意にではなく事故だったわけですが、女神さまは鬼さんに弁論の余地を与える暇もなく、罰と猶予を与えたのでした。

 地面の中から抜け出せないこの状態。

 鬼さんがこの傍にある白の紫陽花を空色に変えてくれたら許してあげると。

 紫陽花は地面の栄養分によって色を変える植物。

 鬼さんは自分が栄養分になればいいとわかりましたが、鬼さんは赤鬼でした。なので、純白だった紫陽花は赤色にしかなりません。


 女神さまは言いました。

 近くに寄ってきた空色の獲物を食べればそれは叶うと。猶予は無期限よと。そうして凄みを効かせて天上へ帰っていきました。


 小さくなって空の中に消えていった女神さまを見ていた鬼さんは口に出しました。

 周りには空色の植物はないし。

 自分はベジタリアンだし。

 林檎の皮とトマトとスイカが大好きな鬼だし。

 そもそも仮に空色の動物がいたとして、そして空色の動物が目の前を通ったとしても、食べられないし。物理的にではなく精神的に。


 途方に暮れること数分後。一匹の空色のスライムが現れました。

 数ミリでも身体が残っていれば再生可能なスライムは、かろうじて鬼さんが食べられる生き物でした。

 これ幸いと鬼さんはスライムに身体の大部分を分けてくれと言いました。

 しかし、スライムは嫌だと言い、呼び集めた仲間と共に鬼さんの顔を覆い始めました。

 窒息死させるつもりなのです。

 脆弱な生き物と莫迦にされていたことに腹が立っていたスライムたちは、鬼さんをやっつけて自分たちが強いことを証明したかったのです。

 息ができなくて苦しい。ネバネバして気持ち悪い。死にたくなかった鬼さんは顔を大きく変化させて、その大きな口でスライムたちを飲み込み始めました。

 見る見るうちに鬼さんの身体が空色に変化していきます。

 と。仲間の危機に新たなスライムたちが現れました。

 黄色。赤。紫。黒。白。茶色。様々な色のスライムです。

 結果。このままでは食べられてしまうと退散したスライムたちの大部分を吸収した鬼さんと紫陽花はマーブル色になってしまいました。


 ああ、困った。このままなのか。まぁ、死なねえけど。自由に動けないのは窮屈すぎる。

 鬼さんは自力で地面の中から出ようと、ほんの少しでも抗おうともしませんでした。

 無駄だからではありません。

 女神の怒りを買って消滅させられると知っているからです。


 まいったな。

 そう力なく呟いた時。新たな訪問者が現れました。

 頭に大きな一輪の薔薇を咲かせた全身空色の少女です。

 鬼さんは少女から漂う砂糖の匂いと無機質な眼が気になりました。


「食べて」


 突然そんなことを言われてびっくりした鬼さんは嫌だと断ると、哀しそうな表情になった少女に訳を訊きました。

 少女は地面に座り込んで話し始めました。


 人間に創り出された生きる砂糖菓子だということ。

 何でも一つ口に含めば頭上の食べられる薔薇の花弁が一枚増えること。

 しかし、自分を創った主人が糖尿病になったため捨てられたこと。

 主人のお嫁さんから、自由に生きていいと言われたこと。

 莫迦な主人でごめんと謝られたこと。

 大切にされていたのに、なぜ謝られたのかが不思議なこと。

 自由に生きていいと言われてもどうしていいかわからないこと。


 ゆっくり、ゆっくりと話して、口を閉ざした少女は鬼を通り越して、小川を見つめました。

 砂糖は水に簡単に溶けてしまう。

 死んでしまう気かと焦った鬼さんの顔に、ポツリと。一粒の雫が落ちてきました。

 ポツリ。ポツリ。ポツリ、ポツリと。

 小ぶりの雨。しかし、いつ、大降りになってしまうかわかりません。

 鬼さんは首を伸ばして顔を大きく変化させて、少女が濡れないように自分を屋根代わりにしました。

 ザーザーザザー。

 小川が氾濫するのではないかと心配するほど大雨になり、鬼さんは気が気でありません。

 少女はその場に座り込んだままです。


「おい。そこにある鬼のパンツを履け」

「…なんで?」

「それは保護の力を持っている。おまえが水に濡れて消えることはなくなる、はずだ」

「…消えたっていいもの」


 予想していた答えに、鬼さんは悲しくなりましたが、だったらと、決意しました。


「俺がおまえに自由な生き方を教えてやる。傍にいてやる」


 少女は弾かれたように鬼さんを見上げました。

 大きく開かれ、徐々に細められた目からは、白い粉がはらはらと流し始めました。

 捨てられた。と少女は言いました。

 大切にされていたとも。

 だからこその深くて広い孤独と絶望と恐怖を抱いていたのでしょう。


「とりあえずパンツを履いて近くに小屋があるからそこに避難してパンツを脱いで晴れるのを待ってろ。そして晴れたら空色の植物を探してきてくれ。それを食べたら俺は自由になれる。そうしたら一緒に自由に生きるぞ」


 少女は目元を手の甲で拭うと傍にあるパンツを見ました。

 そして、初めて感情のある顔を鬼さんに向けました。

 それは、とてもとても嫌悪感に満ちていました。


「履きたくない」

「…パンツであって下着じゃない。パンツの下にはふんどしを履いてある。汚くない」


 少女はもう一度パンツを見ました。だけど腰を上げようとはせずに、鬼さんを見上げました。


「……空色の植物って、私の薔薇の花じゃダメなの?」


 そんなに履きたくないのかと落ち込みましたが、それよりも少女の問いかけに鬼さんは口をへの字にしました。表情はとても苦々しいです。


「…砂糖なんだろ」

「うん」

「砂糖、俺、好きじゃない。甘すぎる。胸焼けする。気分が悪くなる。スライムよりもっともっと気分が悪くなる」

「…すききらいダメだよ」


 少女は一枚の薔薇の花弁を両手で抜き取ると、立ち上がって鬼さんの口元にそっとあてました。本当は口の中にねじ込みたかったのですが、砂糖でできた花弁は脆く鬼さんの口は堅く閉じられていては無理に入れようとすると、すぐに粉と化してしまうので食べるのが難しくなります。


 諦めることなく花弁を口元に添える少女に、鬼さんはどれくらい食べれば自分の身体が、しいては紫陽花が空色になるのかを考えて、考えて、考えて、考えて。考えすぎて。


 見る見るうちに身体が夏の空のような真っ青な色に変わっていきました。

 もちろん、連動して紫陽花も変わっていき、数分も経たずに完全に空色になると、突如として女神さまが現れて、ちゃっちゃと鬼さんを地面の中から出しました。

 鬼さんは身体が自由になると瞬時に少女を抱えてパンツを掴み、小屋へと向かいました。


「はい。許したげる」


 ついてきたのか。瞬間移動なのか。小屋の中に避難した鬼さんと少女の前に満面の笑みの女神さまが現れました。きちんと、空色の紫陽花の髪飾りをつけています。鬼さんを見ていた女神さまは少女に顔を向けました。


「かわいいお嬢様。鬼のパンツを履きたくない。手にしたくもない。目にしたくもない。って気持ちはわかるけど、それを触っているとそこの鬼が言った通り、雨が降ってもお風呂に入っても平気だし、食べてもすぐに砂糖にならなくて、食材の味を味わえることができる優れものなの」


 と、どこからか、小型の爆弾を取り出した女神さまは床に落ちてあるパンツめがけて投げました。ボンと小さな火煙が出ました。パンツは木っ端です。木の端くらいの大きさになりました。そして宙に浮くそれを自分とは違う小さな紫陽花の髪飾りに五切れ貼り付け、少女に手渡しました。


「これつけていると砂糖の花弁作れない?」

「いいえ」

「そっか」


 少女は髪飾りを右耳の上の身に着けました。


「ちょっと何か感想はないの?」


 パンツを木っ端にされ衝撃を受けていた鬼さんに、女神さまは睨みつけました。ふんどし姿の鬼さんは少女を見つめました。

 赤色の紫陽花の髪飾りの所々に黄と黒の縞模様の自分のパンツの切れ端。綺麗じゃないような。俺のパンツ邪魔じゃね。これなら。なんだろうか。髪飾りとは別にパンツをカチューシャにしたほうが似合うんじゃね。

 思いましたが、口にはせずに、彩り豊かになったと応えました。

 照れくさそうな少女に、鬼さんはもっと褒めればよかったかなと、ほんの少し後悔しました。


「じゃ。私は帰るから。自由を謳歌するのよ」


 鬼さんと少女をうんうんと頷きながら満足そうに見つめてのち、片手を顔の位置まで上げて右方向に動かすと、瞬時に消え去りました。

 ザーザーザーザー。雨の勢いは増すばかり。

 鬼さんはごろりと寝転がり、少女の名前を問いかけました。


「メム」

「俺は小太郎。雨が止んだら行くか」

「……今は」

「強すぎる」


 むうと不満げなメム。ずいぶん気を許されたもんだと苦笑した小太郎は寝転がってちょっと昼寝すればすぐだと言って目を瞑りました。すぐに聞こえるおとなしいいびき。メムはちょこちょこと小太郎の傍に行って寝転がり、小太郎のいびきに耳を澄ませながら目を瞑りました。


 数時間後。雨がすっかり止みましたが、夜だったので朝に行こうと言った小太郎をメムは早く行こうと急かすのでした。

 

 メムと小太郎の自由な旅のはじまり、はじまりです。

























「このワサビーナだけだと辛すぎて食べられないんだが」

「このフルッチョと一緒に食べると美味しくなる」

「お。よく覚えたな」

「へへへ」

「ならサボバジの場所は?」

「ここから西に200歩歩いて大きな岩を東に100歩行くと大きな木の下に大きな穴があって、その中を潜って右右左右左に分かれ道を進めばサボバジに出る」

「おおよく葉を見ずに覚えたな」

「だってもう50年もいるもの」

「おいおい。一生ここにいることを考えれば50年なんてまだまーだまだだぞ」

「見ていて面白くないわ!!広い世界に早く旅立ちなさいっての!!」


(完)


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