第5話・生徒会長 #10
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「――とうちゃーく。里琴、いつもありがと」
ショッピングモールの駐輪場に着き、牧野里琴の自転車の荷台に座っていた青山梨花は、ぴょん、っと飛び降り、お礼を言った。里琴は、無言でうなずいて返事をした。
駅前のショッピングモールでアルバイトをしている梨花。普段はバスで通っているが、ときどき里琴が、自転車の2人乗りで送ることもあった。と、言うよりは、最近は2人乗りの方が多い。四木高からこのショッピングモールまでは自転車で1時間くらいかかる。自転車をこぐのはもちろん里琴で、梨花は後ろに乗っているか、昇り坂で降りるくらいだ。里琴が完全に足にされているのだが、里琴自身はそれが嫌ではなかった。むしろ、いつも梨花と一緒にいることができて嬉しいと思っていた。
「――こらこら。2人乗りはダメだって、言ったでしょ?」
幼稚園の保母さんが園児に注意するような口調でやってきたのは、同じクラスの岡崎リオだった。その後ろには、隣のクラスの白石彩美もいる。
梨花は腰に手を当てた。「あら? 今日は2人? 珍しい組み合わせね。あのうるさい人はどうしたの?」
彩美は腕を組んだ。「それがさ、一華にメールで呼び出されたから、岡崎さんと2人で来たのに、本人が来てないんだ。電話にも出ないし。何やってるんだか」
「ふん。あの娘らしいわね」梨花は時計を見た。「じゃ、あたしはバイトがあるから、これで」
「あ、梨花さん、ちょっと待って」リオが、梨花を止めた。
「何? 2人乗りはダメっていう話なら、聞き飽きたんだけど?」
「まあ、それもあるけど、今日のお仕事、何時に終わるの?」
「9時半くらいだけど、それが何?」
「9時半か……終わるまで、待ってていい?」
「はあ? 何言ってるの?」
「だって、遅くなると、1人じゃ危ないじゃない? この辺り、暴走族がたまり場にしてるんでしょ?」
「そうだけど、別にいいわよ。あなただって遅くなるし」
「いいの。どうせ、一華さんを待たないといけないんだし。ね? 彩美さん」リオは彩美を見た。
「いや、あたしはあと5分しても一華が来なかったら、とっとと帰るけど」冷めた口調で言う彩美。
「そんなこと言わないで。そうだ! 良かったら、里琴さんも一緒に待とうよ?」
突然のことに、戸惑う里琴。梨花の方を見た。
「ちょっと。何勝手なこと言ってるのよ」梨花は両手を腰に当てた。
「だって、彩美さんと里琴さんの2人がいれば、梨花さんも安心でしょ? ね?」
里琴は、梨花と顔を見合わせた。
岡崎リオと青山梨花は、クラスの優等生と問題児という相反する存在だが、不思議と、入学以来良好な関係を続けている。とは言え、別に仲がいいというわけでもなく、特に用事が無ければ一緒にいることはない。こんなことを言い出したのは初めてだ。
里琴はふと、2学期の終わりごろ、リオが万引き犯に疑われた事件のことを思い出した。里琴は現場にはいなかったが、話は学校中に広まっているから知っていた。もしかしたら、あの時かばってくれた梨花に、お礼がしたいのかもしれない。
「ああああ……(あたしは、別に構わない)」里琴は、梨花に向かって言った。リオがそう思っているなら協力してあげたいし、暴走族がたまり場にしていると聞いては、里琴も、梨花のことが心配だった。
「……大丈夫? 9時半まで、あの2人と一緒にいるのよ?」梨花は小さな声で言った。喋るのが苦手な里琴を心配してくれているようだ。
「だ……だだだ……(大丈夫、心配ない)」里琴も小さな声で言った。リオはいい人だ。何度か話をしているが、里琴の喋り方を笑ったりはしない。彩美は小学4年の時の同級生だ。あの頃は喋り方をバカにされたこともあったが、今ではすっかり性格も変わり、そんな娘では無くなっている。
梨花はまだ心配そうだったが、バイトの時間が迫っているのを思い出し、「じゃあ、お願いするわ」とリオたちに言って、従業員用の出入口へ走って行った。
「――よし。じゃあ、一華さんが来るまで、フードコートで何か食べようか? あたし、おごるわ」
いつになくテンションの高い口調で言い、リオは、ショッピングモールへ入って行った。里琴は彩美と顔を見合わせた。彩美もあんなリオは初めて見るようで、首をひねった。
まあ、リオにだって機嫌がいい日があるだろう。そう思い、里琴は彩美と一緒に後を追った。
その日、結局田宮一華はショッピングモールに来なかった。彩美が何度もケータイで連絡したが、全くつながらなかったようだ。
閉店までフードコートや本屋などで時間を潰し、閉店後は、駐輪場で待つ。9時半ごろ、仕事を終えた梨花がやってきた。
「悪いわね、お待たせしちゃって」
彩美が苦笑いをする。「ホントだよ。何が悲しくて、梨花を送って行かないといけないんだか」
「ふん。文句なら、岡崎さんに言うのね」梨花はリオを見た。
「ゴメンなさい、彩美さん。迷惑だったかな?」リオは、寂しそうな口調で言った。
「あ、いや、別にいいんだけどさ」
「それにしても――」と、梨花は駐車場を見渡す。「珍しい。今日はアイツら、いないのね」
駐車場は数台の車が止まっているだけで、静かなモノだった。ウワサの暴走族は、今日は姿を見せていない。
「でも、なんだかブンブン言ってたから、近くには居るんじゃないの?」彩美が言った。
彩美の言う通り、暴走族は駐車場には姿を見せなかったものの、改造バイクの排気音は、ここまで聞こえてきていた。今も、ときどき聞こえてくる。集合場所を変えたのかもしれない。
「――ま、別にいいか。さあ、帰りましょう」
梨花が言い、4人はショッピングモールを後にした。
モールを出て、しばらく歩いた頃。
「――何の騒ぎかしら?」
岡崎リオが、急にあたりをキョロキョロしはじめた。
「騒ぎって、なによ?」梨花が訊く。
里琴も辺りを見回す。駅前の大通りだから、人も車もまだ多い。しかし、特に何か騒ぎが起こっているような様子はない。
「岡崎さん? どうしたの?」彩美も不思議そうに訊いた。
「――こっち」
リオは、ひと気のない路地裏の方へ走って行った。
「ちょっと、岡崎さん?」彩美が追いかけて行く。
里琴は、梨花と顔を見合わせた。リオたちが走って行った先には空き地がある。四木高の入学式の日、梨花が、幼馴染の留衣や優真たちにつかまり、暴行されかけた場所だ。2人も、後を追った。
空き地が近づくにつれ、騒ぎは里琴の耳にも聞こえてきた。改造バイクの排気音。どうやら、例の暴走族は、この先の空き地に集まっているようだ。
空き地の前でリオに追いついた。思った通り、空き地には10人ほどの暴走族が集まっていた。
「――ちょっと岡崎さん。なんでこんなところに来るのよ?」梨花、勘弁してよという表情。「まさか、周辺住民の迷惑だから、よそに行きなさい、とか言うんじゃないでしょうね」
里琴は苦笑いする。岡崎リオなら、それもあり得そうだ。
「ほら、行くよ、岡崎さん」彩美がリオの手を引く。「梨花が危ない目に遭わないように送って行くんでしょ? わざわざ自分から危ない目に遭いに来てどうするの」
「あれ、見て」
リオは、空き地の一番奥にいる暴走族を指さした。見覚えのある、ピンクの特攻服が見える。
「……あれってまさか、忍先輩?」彩美が言った。
それで、里琴も思い出した。3年の、ヤバイとウワサの先輩だ。少し前、ショッピングモールの駐輪場で、リオたちが絡まれていたのを助けたことがある。他にも、四木高の2年生と思われる人の姿もチラホラ見える。
「別に、あたしたちには関係ないでしょ。さ、行きましょう」梨花もリオの手を引く。
「違うの。忍先輩の、前」
リオに言われ、もう1度見る。
暴走族の中に、1人だけ、どう見ても彼女たちの仲間じゃない人がいた。カジュアルショートの黒髪に、黒のスウェットスーツ。中学生くらいの女の娘に見える。
「誰? まさか、岡崎さんの知り合い?」梨花が訊いた。
「うん。万美さんの後輩の、高樹香奈さん」
「それって、ボクシングのジュニアチャンピオンの娘? 一華さんが勧誘してたっていう」
里琴も、その話は聞いたことがあった。しかし、何だってそんな娘が、暴走族と一緒にいるのだろう?
高樹香奈は、金属バットや木刀などで武装した忍とその仲間に囲まれている。どう見ても、仲間という感じではなさそうだ。
彩美がリオを見た。「何があったのか分からないけど、とりあえず、警察に連絡した方がいい……っていうのは、きっと、岡崎さんには通じないんだろうね」
その通りだった。リオは1人、空き地の中に飛び込んでいった。
「……やれやれ。あの人、ホントにトラブルが好きみたいね」彩美は呆れたように言った。
「のんきなこと言ってる場合じゃないでしょ! あなたたちも、早く行きなさい!」梨花が叫ぶ。
「めんどくさいなぁ。警察に任せりゃいいじゃん。ボクシングのジュニアチャンピオンなんでしょ? そう簡単にやられたりしないって」
文句を言う彩美を引っ張っていく梨花。里琴も、後を追った。
「香奈さん!」暴走族の輪の中に入って行くリオ。「いったい、どうしたの?」
「岡崎さん……?」香奈は、目を丸くして驚いている。
「あん? なんだ? またてめぇか?」忍は、右手に持つ木刀を肩の上に乗せた。「関係ないヤツは引っ込んでろ!」
リオは忍を睨みつけた。「関係なくはありません。香奈さんは、あたしの友人です。いったい、何があったんですか?」
「うるせえ! ゴチャゴチャ言ってると、てめえからぶっ殺すぞ!!」木刀を振り上げる忍。
しかし、彩美がやってきて木刀を左手で押さえると、逆の手で忍の手元を払った。あっさりと木刀を奪われる忍。
「あん? なんだ? またてめぇか!?」手をさすりながら彩美を睨みつける忍。
「それはこっちのセリフですよ」彩美は木刀を杖のように地面に突いた。「これはいったい、何の騒ぎなんですか?」
「うるせえ! ゴチャゴチャ言ってると、てめえからぶっ殺すぞ!!」拳を振り上げ、リオの時と同じセリフをリピートする忍。
「……ダメだこりゃ。話にならないや」彩美は、助けを求めるように梨花を見た。
「別にこんな人と話なんかしなくてもいいわよ」梨花が前に出る。「香奈さんでしたっけ? この人たちの仲間ってわけじゃないんでしょ? さあ、行きましょう」
香奈とリオを連れて帰るべく、2人の手を取る梨花。
「おい! 勝手なことしてんじゃねぇ!」忍が、梨花の肩を掴もうと手を伸ばす。
その瞬間、忍の顔をめがけ、里琴が蹴りを放った。
「――――!!」
蹴りは顔のかなり手前で止めたが、大袈裟にのけ反って転倒する忍。
「――てめえ、やりやがったな!」
忍が吠えるように言うと、仲間たちが殺気立った。武器を構え、里琴たちに襲い掛かろうとする。
「やめて! やめてください!!」リオがその場にいる全員に向かって叫んだ。「あたしたちはケンカをしに来たんじゃないんです! 何があったのか、説明してほしいんです!」
「うるせえ! ゴチャゴチャ言ってると、てめえからぶっ殺すぞ!!」やっぱり話にならない忍。
リオは、香奈を見た。「香奈さん、何があったの?」
「あたしも、意味が分からないんですよ」香奈は、うんざりした口調で言った。「ジョギングしてたら、急にこの人たちに絡まれて」
忍が香奈を睨みつける。「あん? てめぇがあたしのバイクに今までさんざんイタズラしたからだろうが!」
「バイク?」
里琴たちは顔を見合わせた。
「ここらへんにバイクを停めると、必ずイタズラされるんだ」忍が言った。「全部、このガキの仕業だ!」
リオは、香奈を見る。「香奈さん、そうなの?」
「やめてくださいよ。そんなこと、するわけないじゃないですか」
再び忍を見るリオ。「香奈さんはこう言ってます。忍先輩。前にも同じことがありましたけど、何を根拠に、香奈さんがやったとおっしゃるんですか?」
「うるせぇ! とにかく、コイツがやったんだ! 弁償しろ! 100万だ! 1人、100万持って来い!!」
「そんなお金を払ういわれはありません。警察に行きましょう。きっと、犯人を捕まえてくれますよ」
「あん? 警察なんかに行かれてたまるかよ! 今すぐ金を払え! 今すぐだ!」
リオと忍のやり取りを、冷めた目で見つめる梨花。「……あの2人、前も同じことを言い合ってなかったかしら?」
「忍先輩もヤバいけど、岡崎さんも、あんなの相手に毎回よくやるよね」彩美も呆れた口調。
金を払え払わないで何度か会話がループした後、忍は大きく息を吐いた。「……話にならねぇ。どうやら、痛い目に遭わないと分からないようだな」
「うわお。忍先輩がそれを言いますか」大袈裟に手を上げて驚く彩美。
忍は、仲間に向かって言う。「おいお前ら! コイツら、やっちまうぞ!」
はい! と、一斉に返事をし、武器を構える暴走族仲間たち。
「やめてください!」リオが叫んだ。「香奈さんは、ボクシングの強豪校に、推薦での入学が決まってるんです。今、怪我をするわけにはいかないんです!」
「へぇ? そのガキ、ボクシング部か。いいことを聞いたぜ」忍は、舌なめずりをする。「ボクサーの拳は凶器と一緒だから、一般人を殴ったらいけないって、法律で決まってるんだろ? と、いうことは、あたしらがいくら殴っても、コイツは手を出せないわけだ」
「そんな法律、無いっての」彩美が言う。「それは、プロボクサーが一般人を殴ったらライセンスをはく奪されるって話でしょ? それにしたって、いくらなんでも正当防衛くらいは認められると思いますけど?」
「うるせえ! だったら、一生ボクシングができない身体にしてやるよ!!」
忍の合図で、仲間たちが一斉に襲い掛かって来た。
「……やれやれ、しょうがないなぁ」
彩美は暴走族の1人が振り下ろした金属バットを木刀で受け止め、いなすと同時に足を払い、地面に倒した。里琴も、襲い掛かって来た暴走族の武器を蹴り飛ばし、反撃する。香奈は、最初は暴走族の攻撃をフットワークでかわしていたが、それだけではキリが無いので、結局手を出してしまった。
「ダメ! やめて! ケンカしちゃダメ!」リオが叫ぶ。しかし、もはや大乱闘になっていて、誰にも聞こえない。
「岡崎さん! いいから早くこっちへ! 逃げるのよ!!」梨花が、リオの手を引き、乱闘の外に連れ出した。
広場には、乱闘の怒声と、岡崎リオの悲痛な叫び声が響き渡った――。
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