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第5話・生徒会長 #09

「――結局、そのエリーカウントのネックレスを万引きしたのが誰なのか、そもそも、本当に誰かに万引きされたのか、あるいは単なる店側の勘違いなのか、それすらも分からないまま。すごく後味の悪い事件だったわ」


 梨花は、怒りを抑えるような口調で語った。話しているうちに、当時の気持ちがよみがえってきたようだった。


「あの事件があって、一華さんは、ますます学校を変えたいと思うようになったの」梨花は髪をかき上げ、腕を組んだ。「岡崎さんも、大丈夫だとは言ってたけど、たぶん、相当頭にきてたでしょうね」


「だろうね」と、万美が言った。「思えば岡崎さん、あの頃からあんまり笑わなくなったよね」


「そうね」梨花は頷いた。「入学したころは、ずっと笑顔でいる娘だったのに、あの事件以降、心の底から笑ったところを見たことが無いわ」


 梨花の言葉に、万美も大きく頷いた。

 だが、ケンカしていたのを思い出したのだろう。梨花と万美はお互いプイッと顔を背けた。


 梨花の話を聞き、玲奈の心は引き裂かれそうな痛みに襲われた。玲奈は、そのネックレスを万引きした犯人を知っている。玲奈の、聖園高校時代の友人・智沙だ。


 あれは、二学期の期末テストが終わった日だった。玲奈は、智沙と、もう1人の友人・真奈美と一緒に、そのショッピングモールに遊びに行った。そして、ファンシーショップの前で、リオと再会した。聖園高校合格発表の日以来の再会。だが、四木高の生徒と友達だと智沙たちに知られたくなくて、他人のフリをした。そして、万引きの疑いをかけられ、助けを求めるようにこちらを見たリオを、玲奈は見捨てたのだ。仕方が無かった。まさか智沙が犯人だなんて思わなかったのだから。


 ――いや。そんなことは言い訳に過ぎない。


 玲奈はあの時、リオだって四木高に通っていれば万引きをするような娘になっているかもしれない、と、思った。リオは万引をするような娘じゃない、と、信じることができなかった。梨花や、一華や彩美という娘は、リオを信じたのに。


 落ちこぼれが集まる四木高と、エリートが集まる聖園校――世間の評価は、本当に正しかったのか? 今となっては、大きな疑問だ。


「――玲奈さん? 大丈夫?」梨花が、心配そうな表情で玲奈の顔を覗き込んでいた。「ゴメンなさい。幼馴染のこんな話、聞きたくなかったわよね」


「ううん、そうじゃないの」玲奈は両手を振った。「話してくれてありがとう、梨花さん」


 リオが笑わなくなった原因は自分だ――そう、言うことはできなかった。


「へぇ? なんか、イイ感じじゃない?」未衣愛が、ニヤニヤしながら言った。「梨花が玲奈さんに素直に謝るなんて。いつの間にそんなに仲良くなったの?」


「何よ。別にいいでしょ」梨花は、プイッと横を向いた。


「……ああやって、万美にも素直に謝れば、すぐに仲直りできるのに、ねぇ」未衣愛が里琴に耳打ちした。


「つ……つつつ(ツンデレだから、しょうがない)」里琴も耳打ちを返す。


 キッ、と、2人を睨む梨花「何か言った?」


「いいえ~、な~んにも~」未衣愛はとぼけたように笑った。


 ケーブルの繋ぎ変えをしていた愛が、電柱から下りてきた。「おまたせしましたぁ。ここでの作業は終わりでぇす。じゃあ、次のポイントに行きましょう」


 結局ここでもゾンビに襲われることはなかった。玲奈たちは支度を整え、次のポイントへ向かった。


「次は、どうするの?」玲奈は愛に訊いた。


「後は、同じ作業の繰り返しです。安定した電力を確保したいのでぇ、あと2軒は回りたいところですねぇ」


 梨花は腕時計を見た。「あと2軒? 長くなりそうね。そろそろ、お昼にしない?」


 玲奈も時計を見る。すでに12時を過ぎていた。「じゃあ、次のポイントに着いたら、お弁当にしようか」


 さんせーい、と、みんなが声を合わせて言った。相変わらずゾンビの姿は見かけない。まるで遠足のようなひと時だ。


「はい、到着でぇす」


 先ほどの作業現場から5分ほど離れた民家だった。歴史を感じる立派な日本家屋だ。天井の太陽光パネルは、純和風の雰囲気を壊さないよう、瓦に同化する色で目立たなくなっていた。


「では、お待ちかねのお弁当でーす」


 民家の庭で、玲奈はバッグから缶詰やレトルト食品を6つ取り出した。食料危機ということで、食事は1食につき、缶詰なら1個、レトルト食品なら1袋、と、いう風に、昨日の学活で決まった。しかし、今回は電力確保という非常に重要な任務に当たるため、6人には特別にレトルトパックの白ごはんが支給された。しかも、せっかくなら温かくして食べたいということで、湯煎用の鍋と水とカセットコンロまで持ってきている。銀座で寿司を食べるくらいの豪遊ぶりだ。


 食事を終え、一休みした後、愛はまた脚立を使って屋根に上って行った。玲奈たちも周囲を警戒する。やはりゾンビは少なく、平和なものである。


「――ねえ、梨花さん」玲奈は、梨花に話しかけた。「さっきの話の続きなんですけど、それから、リオたちはどうしたんです?」


 梨花は玲奈を見た。「さあ、どうかしら? あたしは、できるだけ一華さんには関わらないようにしてたから、あんまり知らないの」


 後ろから未衣愛がやってくる。「梨花が弁論大会に出ることはなかったんだよね」


「当たり前でしょう。そんなヒマ、無いわよ」梨花は、両手を腰に当てた。「でも、あたしが出てたら、確かに優勝は間違いなし。一華さんの言う通り、四木高の余命半壊だったでしょうね」


「余命半年でしょ」と、未衣愛。


「汚名挽回だよ」玲奈は、自信満々に言った。


 梨花が、目を細めて玲奈を見ていた。「……汚名返上じゃなかったかしら?」


 はっ! っと口を抑える玲奈。


 梨花は、ニヤニヤと笑う。「あなたも、ようやく四木高の生徒らしくなってきたわね」


 宮沢玲奈一生の不覚だったが、梨花にそんな風に言ってもらえると、嬉しくもあった。


 万美もやってきた。「梨花の弁論大会出場は実現しなかったけど。ボクシング部の方は、うまく行ったんだよ。香奈が、結局入学することになって」


「え? そうなんだ?」驚く玲奈。「スゴイ。一華さんの説得が、うまく行ったの?」


「うーん、そういうわけじゃないんだよね」なんとなく、言いにくそうな雰囲気の万美。「運が良かったと言うか悪かったと言うか……」


「――――?」


「またまた事件があったのよ」梨花が話を引き取るように言う。「これも、岡崎さんがらみだけど」


「え……また、何かあったの?」


「ええ。ちょっとした乱闘事件があってね」


「乱闘事件!?」思わず声を上げてしまう玲奈。はっとなって辺りを見回す。幸いゾンビには聞こえなかったようだ。


「あ、心配しないで」梨花は手を振った。「別に、岡崎さんが誰かとケンカしたとかではないの」


 まあ、そりゃあそうだろう。あのリオが乱闘なんて、万引き以上にありえない。


「あれは、1年生の三学期、もう、3月だったわね――」


 と、梨花が話しはじめようとして、ふと、何かを思いついたような表情になった。そして、里琴を呼ぶ。


 里琴が走って来た。「な……なに……」


「里琴、あなた、1年生の最後の時の乱闘事件、覚えてるわよね?」


「も……もちろん」


「あの時の話、玲奈さんにしてあげなさい。当事者の1人なんだから」


「え……あああああ(え? あたしが?)」驚く里琴。「りり……梨花ちゃんも(梨花ちゃんもその場にいたんだから、梨花ちゃんが話した方がいいんじゃない?)」


「いいのよ」梨花は、玲奈を見た。「玲奈さんだって、当事者の里琴から話を聞きたいでしょ?」


「はい! 里琴さん、ぜひ聞かせて!」玲奈は、目を輝かせて言った。


 最近まで梨花は、里琴がなるべくしゃべらなくてもいいように、里琴が言いたいことは、すべて、梨花が代わり言っていた。しかし、それは本人のためにならないと思ったのだろうか。このところ、なるべく里琴に話をさせるようにしている。里琴と話す機会が増えたことを、玲奈も喜んでいた。


「じゃ、じゃあ……」


 里琴は、ひとつひとつの言葉を絞り出すように、ゆっくりと、話し始めた。






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