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第5話・生徒会長 #02

 ☆




「――『(3x+4)( 2)』は、3x+4が2つあるということだから『(3x+4)(3x+4)』に置き換えることができるの。これを、さっきの要領で計算すると、『9x( 2)+12x+12x+16』になって、答えは、『9x( 2)+24x+16』というわけ」


 放課後の教室の片隅で、西沢茉優は、クラスメイトの解説をまるで異国の言葉であるかのように思いつつ聞いていた。自分は数学の宿題をしていたはずだが、いつの間に英語の宿題になったのだろう? いや、数字が並んでいるということは、やはり数学なのか? 隣の席の百瀬架純を見ると、いつものすました笑顔で頷いている。一見理解しているようにも見えるが、架純とは付き合いが長いから分かる。これは、全然理解できていない顔だ。


「あっと……ゴメン、岡崎さん。もう1回、最初から説明してくれるかな?」茉優は、申し訳なく思いながらそう言った。今の岡崎リオの説明はさっぱり理解できなかったが、それは決して、リオの説明がヘタなわけではないだろう。自分たちの頭が悪いに決まっている。


「うん。もちろん、いいよ」リオはイヤな顔ひとつせず、もう1度最初から、今度はさっきよりもゆっくり詳しく丁寧に説明してくれた。それで、茉優も架純もようやく理解することができた。もっとも、明日になったらもう忘れているかもしれないが。


 茉優たちが四木女子高校に入学し、2週間が過ぎた。落ちこぼれの集まる高校らしく、授業は全体的にゆるい感じなのだが、どういうわけか数学の教師だけは厳しい人で、授業内容は難しく、出された問題を間違うと容赦なく叱責され、毎回出される宿題も多かった。ほとんどの生徒が授業についていけない中、クラスでただ1人、この岡崎リオだけが、授業の内容を理解していた。それもそのはず、リオは、あの名門・聖園高校を受験したそうなのだ。何がどう間違って聖園校の対極に位置すると言えるこの四木高に来ることになったのかはイマイチ不明だが、おかげで、こうして勉強を教えてもらえるので、茉優たちは大助かりである。


「――ふう、やっと終わったよ、岡崎さん、ありがとね」ようやく全ての問題を解き終え、茉優は大きく伸びをした。「それにしても、なんで数学だけ、こんなにレベルが高いんだろうね。もっと、こう、あたしたちのレベルに合わせた問題にしてほしいよ。これ、悟空とブルマが出会っていきなり魔神ブウがよみがえったようなモンでしょ? いきなりラスボス出すなっつーの。ねぇ? 岡崎さん」


「よくわかんないけど、展開公式は基本じゃないかな? 中学校の数学にも出てるし」リオはすまなさそうな口調で言った。


「え? そうなの? さすがエリートの通う中学は違うね。あたしたちの中学は、九九とかやってたような気がするけど」


「さすがにそれは無いと思うな。九九は、小学校で習うものだから」


 リオのマジレスを苦笑いで聞く茉優。どうやら冗談はあまり通じないようだ。


 教室の時計を見る茉優。6時を5分ほど過ぎている。「あ! やっば! もうこんな時間だ。バス、もう行っちゃったかな?」


 窓から外の見る茉優。茉優のクラスは南校舎の3階にあり、窓からは学校そばのバス停が見える。残念ながらバス停には誰もいないので、どうやらバスはもう行ってしまったようだ。四木高は街から遠く離れた山の中にあり、バスは1時間に1本しかない。6時のバスを逃すと、次の7時のバスを待つか、30分ほど歩いたところにある別のバス停まで行かなければいけない。茉優と架純は自転車で通っているから大丈夫だが、リオはバス通学だった。


「ゴメン、岡崎さん。バスの時間、過ぎちゃった。あたしたちが頭悪いばっかりに迷惑かけて、ホント、ゴメンね」またまた謝る茉優。


「ううん。迷惑だなんて、そんなことないよ。2人とも飲み込みが早いから、あたしも教え甲斐があるし」


 笑顔で言うリオ。迷惑でないというのは本音かもしれないが、飲み込みが早いというのは、絶対ウソだと思った。


「どうする? 岡崎さん」架純が言った。「バスを待つのも歩くのも大変だろうから、あたしたちの自転車でよければ、乗せて行ってあげるよ? 電動だから、山道でもへっちゃらだし」


 リオは首を横に振った。「ダメだよ。自転車の2人乗りは、違反だから」


 実にリオらしい答えである。こんな真面目な生徒は四木高始まって以来かもしれないな、と、茉優は思った。


「じゃあせめて、バスが来るまで付き合うよ」茉優が言った。


「そんな。遅くなるから、悪いよ。1人で待つから、大丈夫」想像通りの答えが返ってくる。


「大丈夫じゃないよ」茉優が言った。「もう暗くなるし、この辺は人通りが少ないから、1人じゃ危ないよ。宿題教えてもらったお礼ってわけじゃないけど、それくらいはさせて。ね?」


 リオは少し戸惑っていたが、やがて笑顔で言った。「じゃあ、お願いしようかな。ゴメンね。ホント、遅くなるようなら、ムリせず先に帰ってもいいからね」


 たかが1時間待つくらいでそんなに遠慮しなくても良さそうだが。まあ、そういう性格なんだろうな、と、茉優は思った。


 帰り支度を整え、3人は校舎を出た。駐輪場は体育館のそばにある。まず茉優たちの自転車を取りにそちらの方に向かうと。


「――これだけ、って、どういうことだよ、オイ。1人5万って言っただろ? 消費税分にもならねぇじゃねぇか?」


 低く、凄みを利かせた声が、体育館の裏から聞こえてきた。なんだろう? と、3人で顔を見合わせる。


「――でも、あたしたち、それくらいしか用意できなくて」


 怯えた子犬のような声もする。この声には聞き覚えがあった。茉優と同じクラスの生徒で、確か、留衣とかいう娘だ。


 茉優たちは、校舎の陰から、そっと覗いた。


「ふざんけんな! 用意できないなら、盗むなりかっぱらうなりして来いよ! それとも、痛い目に遭いたいのか? ああん!!」


 体育館裏では、茉優たちのクラスメイトの、留衣、優真、恭子の3人が、コンクリートの地面に正座させられていた。その周りを、ピンクやら赤やら派手な色の特攻服を羽織った、見るからに不良少女という娘が5人、囲んでいる。茉優のクラスにも似たような格好をした生徒が1人いるが、あの娘は見た目に反して実はいい娘だというウワサである。しかし、この5人は、どう見ても正真正銘の不良だ。どうやらカツアゲの現場らしい。


「……そんな……勘弁してください……勘弁してください……」地面に頭を擦りつけて許しを請う留衣たち。


「……(しのぶ)、どうする?」不良の1人が、リーダーと思われる生徒の方を見た。「どうやら、忍の恐ろしさがよく分かってないみたいだよ?」


「フン。あたしもナメられたもんだ。これは、教育してやる必要がありそうだな」忍と呼ばれた生徒はタバコを取りだし、1本口にくわえた。「とりあえず1人選んでヤっちまいな。そうすりゃ、残りの2人も分かるだろ」


 リーダーの言葉に不良たちは嬉しそうに笑い、留衣たちは怯えた表情で身を震わせた。


「……さすが四木高。今どきあんな不良がいるんだね」架純が呆れ半分感心半分という口調で言った。「どうする? クラスメイトとは言え、全然何の恩も義理も無い娘だけど、助ける? 茉優選手得意のボクシングを披露する時が来たんじゃない?」


「いや、あんなの、ただダイエットでボクササイズのマネ事してるだけだから」茉優が言った。「あの人たち、この学校じゃ有名なワルの先輩だよ。なんとか……って暴走族のメンバーらしいし、関わらない方がいいかもね」


「そうだね。まあ、このまま見捨てるのも心苦しいから、一応先生に知らせておこうか。藤重先生なら体育担当だし、なんとかしてくれるでしょ」


 架純の言葉に従い、職員室に向かおうとした茉優だったが。


「――いや! やめて! やめてください! いやぁ!!」


 留衣の悲痛な叫び声。どうやら教育される1人に選ばれてしまったらしい。4人の不良に手足を押さえつけられ、制服の右の袖をめくられた。リーダーが、タバコに火をつけた。おいしそうに煙を吐き、そのタバコの火を、留衣の腕に近づける。


 あちゃー。これは、今から職員室に行っても、間に合わないかもしれないな。まあ、仕方ない。できるだけ急ごう。と、茉優が思っていたら。


「――やめて!!」


 そう叫びながら、なんと、リオが不良たちの所へ走って行くではないか。


「あん? なんだてめぇ?」


 突然邪魔をされたのが気に入らないのか、不良たちは不愉快そうな目をリオに向ける。


「その娘たちはうちのクラスの娘なんです。放してあげてください」リオは、か弱いながらもどこか芯の通った声で、はっきりとそう言った。


 校舎の陰から、リオの後ろ姿を信じられない表情で見つめる茉優たち。優等生のリオらしい行動と言えるが、無謀にもほどがある。


「はん。面白れぇこと言うじゃねぇか」不良たちの目が、新しい玩具を見つけた子供のようになる。


 茉優は、留衣たちには恩も義理も無いが、リオは別である。さすがに1人にして先生を呼びに行くわけにはいかなくなった。「――しょうがないなぁ。架純、あなたは、大至急先生呼んできて。岡崎さんは、あたしが何とかするから」


「何言ってるの。そんな訳にいかないでしょ」架純はいつものすました笑顔で言う。「あたしも一緒に行くよ。そしたら、あそこの3人と合わせて6人。こっちの方が人数多くなるから、なんとかなるかもしれないし」


「そんな簡単な計算じゃないと思うけど……ま、いいや。くれぐれも、相手を挑発するようなことは言うなよ?」


「それは約束できないかなぁ」


 とぼけたような口調の架純を、茉優は心配げに見る。大丈夫かな? さんざん相手を挑発した後、1人でスタコラ逃げるタイプだぞ、コイツは。まあいい。もはや一刻の猶予も無い。茉優は、架純とともに出て行った。


「――すみませーん。おじゃましまーす」


 人の家に上がる時のような低姿勢。なるべく不良たちを刺激しないようにしたつもりだったが、あまり意味は無かった。


 不良の1人が睨んだ。「なんだ? てめぇも、あたしらの邪魔をしようって言うのか?」


「いえいえ、めっそうもない。あたしたちは、ただの通りすがりで」茉優は不良たちに愛想笑いで応え、その後リオに向かって言う。「ほら、岡崎さん、行こう」


「ダメだよ! 西沢さん、百瀬さん、出て来ちゃ!」叫ぶリオ。


「それはこっちのセリフだよ。あたしたちなんかが出て行ったって、話がややこしくなるだけだって。先生に知らせて、後は任せよう」


 茉優の言葉に、呆れる架純。「いや、そんなこと言っても、今さら遅いでしょ」


 架純の言葉通り、たちまち不良たちに囲まれる茉優たち。


「ほら見なさい」と、架純。「こういう人たちに、弱そうなところを見せちゃダメだよ。どうせイキがってるだけのザコなんだから、『あたしはボクシング三段よ!』とかハッタリかましておけば、ビビッて逃げ出したのに」


「いや、ボクシングに段位は無いから」茉優が言った。「てか、挑発するなって言ったろ? 確かにイキがってるだけのザコかもしれないけど、あたしたちだって、か弱い女子高生なんだよ? ヘタに挑発したら、コイツら怒って何するか分かんないぞ?」


「ザコができることなんて、たかが知れてるでしょ? それより、もうすぐバスが来ちゃうよ。これに乗らないと、岡崎さん、また1時間待たないといけなくなるから、早くしないと」


「そうだね。と、言うわけで先輩方、あたしたち、これで失礼させていただきます」


 ぺこりと頭を下げ、リオの手を引いて早々に立ち去ろうとした茉優たちだったが、残念ながら行く手を阻まれてしまった。「はん。このまま行かせるわけないだろ」


「あら、意外と冷静なのね」架純はため息をついた。


「バカにしやがって。忍、コイツら、どうする?」ザコの1人がリーダーを見た。


 リーダーは値踏みするような目で茉優たちを見る。「フ……そうだなぁ」


「2人が今言ったことは、謝ります」リオが、リーダーに頭を下げた。「でも、暴力を振るわれるいわれはありません。そちらの留衣さんたちも、何があったのか事情は知りませんが、こんな風に扱われるほどのことをしたとは思えません」


 茉優たちのペースにも全く流されないリオに、茉優は感心すらしていた。


「なんだお前? 委員長キャラか?」ザコたちが笑った。


「フン。面白れぇ」リーダーがゆっくりとタバコを吸い、煙を吐き出した。そして、留衣たちの方を見る。「おい、お前ら、もう行っていいぞ」


 たちまち、留衣たちの目に光が灯った。「え!? いいんですか!?」


「ああ」頷き、再びリオたちを見るリーダー。「お前らの分は、コイツらから取り立てることにするよ」


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 留衣たちは何度も不良たちにお礼を言って、足早に逃げて行った。


 架純が、信じられないという表情で留衣たちの後ろ姿を見つめる。「……何アレ、最低。助けに来た岡崎さんじゃなくて、カツアゲしてたザコたちにお礼言うの? あり得ないんですけど」


 ホントだよな、と、茉優も思った。岡崎さんも、一体何のためにあの3人を助けようとしたんだか。


「茉優さん、架純さん。2人も、もう行っていいよ」リオは優しく微笑んでそう言った。「あたしは大丈夫だから。1人の方が話しやすいし」


 確かにそれは一理どころか百理くらいありそうだが、だからと言って、さすがにこのままリオを放っておくわけにはいかない。それに、ザコ呼ばわりされた不良たちが、黙って帰してくれるはずもなかった。


 リーダーがニヤニヤと不愉快な笑顔を浮かべて言う。「帰りたきゃ、1人10万払いな」


 10万って、そんなお金、持ってるわけないだろ、と、茉優は思ったが、口には出さない。どうせ、隣のヤツが言うだろう。


 案の定、隣の架純が言う。「10万って、そんな大金、高校生が学校に持ってくるわけないでしょ? そんなことも分からないのかしら?」


「だったら盗みでもかっぱらいでもなんでもやって持って来いよ!!」ガツン! と地面を蹴る不良。


 もちろん、そんなことに怯える架純ではなかった。冷めた目でその様子を見ている。


「コイツ……あたしたちのことをナメてるな。おい! お前は15万だ! 明日までに、15万もってこい! じゃないと、ヒドイ目に遭わせるぞ!!」


 大声でわめくだけで、さっきからこの不良は全然手を出そうとしない。確かに架純の言う通り、いきがっているだけのザコのようだ。ここは、適当に話しを合わせて乗り切り、後で先生なり警察なりに相談するのがよさそうだ。


「わっかりましたー。じゃあ、なんとかして、明日までにはお金を準備しますので、今日の所は、許してください」揉み手をしながら言う茉優。


「何言ってるの。あたし、こんなザコどもに1銭たりとも払う気はないわよ?」よせばいいのにさらに挑発する架純。少しは協力しろよ。


「架純さんの言う通りよ」と、リオも言う。「そんなお金、渡すいわれはありません」


「2人とも、いい加減にしてよ」うんざりした口調で茉優は言う。「この場は適当に話を合わせて、後は知らんぷりしとけばいいでしょ? なんでそんなことも分からないの」


「いやよ。こんなヤツらの言うことを聞くなんて、たとえ上辺だけでもムリだわ」と、架純。やっぱりコイツを連れて来るんじゃなかったな。


「口約束だけでも、契約としては成り立つの。もちろん、こんな不当で言われのない請求が通るはずもないけど、それでも、絶対に『払う』なんて、言っちゃダメ。そこに付け込んでくる人もいるんだから」と、リオ。マジメか。


「……お前ら、あたしたちのこと、ナメてるな」リーダーの忍が、低い声で言った。「1度、痛い目に遭わせた方がよさそうだな」


 しまった、と、茉優は後悔する。周りの不良どもはザコかもしれないが、この人は、暴走族にも属している正真正銘危ない人だった。ちょっと、おふざけが過ぎたかもしれない。


「と、言うことだ。残念だったな」


 不良たちが迫る。くそ。こうなったら一か八か、一斉に逃げ出すしかない。茉優は、架純とリオに目くばせをした。頷く2人。よし。合図でいっせいにダッシュだ。1、2の――。


「やめなさい!!」


 校舎裏に響き渡る声。聞き覚えのない声だ。声のした方を見ると、女生徒が2人、立っていた。黒髪の内巻きボブの娘と、茶髪の外ハネボブの娘。茉優は、その2人に見覚えがあった。確か、同じ1年の、隣のクラスの娘だ。名前は知らない。


「……今日は客が多いな。どうなってんだ」うんざりしたような口調のリーダー。


「みんな、もう大丈夫よ。あたしたちが、すぐに助けてあげるからね。」内巻きボブの娘が、特撮ドラマのヒーローみたいなセリフを言う。そして、隣の娘を見た。「さあ、彩美(あやみ)。行くわよ!」


「……どうせ一華(いちか)は見てるだけで、働くのはあたしだけなんだろ?」彩美と呼ばれた外ハネボブの娘は、やれやれという感じで言った。


「文句を言わない! あの桜の木の下で2人、この学園にはびこる悪を滅ぼすって、誓い合ったでしょ?」一華と呼ばれた娘は、拳を胸の前で握り、何かを思い出すような仕草で言う。「あたしたちは、生まれた時は別々でも、死すべき時は同じなのよ」


 この2人、どうやら助けに来てくれたようだが、正直茉優は、面倒なのが増えたな、と思っていた。


「……あん? なんだてめぇら」不良の1人がさっそく牙をむく。「おい。ふざけてると、マジでぶっ殺すぞ?」


 不良はガンを飛ばしながら近づいて行く。だが、一華と彩美の2人は全く動じた気配はない。不良は舌打ちをし、彩美の胸ぐらをつかんだ。


「――汚い手であたしに触らないでくれる?」


 彩美は、鋭い声で言うと、不良の腕を取る。


 次の瞬間、不良は地面に仰向けになって倒れていた。


 ――え? 何?


 何が起こったか、茉優には全く分からなかった。ただ、あの彩美という娘が何かやったのは確かだ。


 不良たちも訳が分からないようで、言葉を失っている。


「あ、言っとくけど、この娘、古武術百段だから」一華が得意げに言った。


「いや、そんな段位無いし」苦笑いの彩美。


「……ハッタリだ! やっちまえ!!」


 リーダーの一言で、我に返った不良たちは、一斉に襲い掛かる。


 彩美は、やれやれ、という感じで両手を広げると。


 最初に襲い掛かって来た不良の胸を、右の手のひらで押した。攻撃と呼ぶほどのモノではない。軽く、ポン、と、押しただけなのだ。それだけで、不良は尻餅をついて倒れる。続いて襲い掛かっていた不良には、軽く足を払った。残る1人は、殴りかかってきた手を受け止め、その手を下に引っ張った。たったそれだけの動作で、不良たちは地面に倒されてしまった。ケガはしていないだろう。倒されたというよりは、横にされたと言った方がいいかもしれない。しかし、不良たちの戦意を削ぐには、それで十分だった。


「あら? イキがってるワリには、大したことないわね」一華が拍子抜けしたように言う。「こりゃ、あたしの出番はないかな


「あんたはいつも最初に言うだけ言って、後は見てるだけでしょうが」ぱんぱんと手の埃を払う彩美。


「失礼ね。あれは、あたしのセリフで相手のペースを乱しているのよ。だから、彩美は楽に戦えるんじゃない。言わば、相手の攻撃力を下げる支援魔法を使って援護してるようなモノよ」


「できれば、もっと分かりやすい援護をして欲しいね」


「はいはい。今度、攻撃魔法を取得しておくわ」一華はそう言うと、視線を不良のリーダーに向けた。「さて、戦闘員はやっつけたから、あとは、怪人・不良リーダーだけね」


 ギリギリと奥歯を噛むリーダー。「ナメやがって……ぶっ殺してやる!」


 リーダーは、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。パチン、と、音を立てて、歯を立てる。きゃ、っと、リオが短い悲鳴を上げた。架純と茉優も息を飲んだ。危ない人だと聞いていたが、まさか学校にナイフを持ち込んでいるとは。


 だが、一華は平然としている。「あらら。凶器取り出しちゃった。魔空空間に引きずり込んで、3倍パワーアップってところかしら?」


 彩美も動じていない。鋭い視線をリーダーに向ける。「やめた方がいいよ。あたし、凶器を持った相手に手加減してあげるほど、優しくないから」


「うるせぇ! 1年のクセに、生意気なんだよ!」吼えるリーダー。


「やれやれ、しょうがないな」彩美は両手を開いたまま前に出し、構えた。


 が、思い出したように、茉優たちを見る。「あ、そうだ。一応言っとくけど、あなたたち、『あぶない!!』とか言って、あたしとコイツの間に割って入って刺されるのとか、やめてよね。特にそのメガネの娘」


 メガネの娘とは、もちろんリオのことである。確かに、この娘ならありそうだな、と、茉優も思った。


「はーい。しっかり押さえておきまーす」


 茉優と架純がリオの両腕をしっかりと抑えたのを確認し、彩美は再びリーダーの方を向いた。


「ナメやがって……クソがぁ!!」ナイフを振り上げて襲いかかるリーダー。


「……ナイフは斬りつけるより刺す方が効果的だと思うけど?」


 彩美は落ち着いたままだ。相手のナイフを持つ手を、左手で簡単に受け止める。そして、右手で相手の顔を持ち、右足を一歩前に出して相手の両足に引っ掛け、地面に叩きつけるように倒した。ガツン! 鈍い音。ポロリと、ナイフが落ちる。リーダーは白目をむいて気を失っていた。


 一華が、ぱっちっとウィンクした。「手加減しないとか言っておきながら、ちゃんと手加減してあげる所が、彩美の優しいところよね。頭を浮かせて倒すんだから」


 確かに、リーダーの頭からは出血していない。どうやら背中から落ちたようだ。


「ま、こんなザコども相手に本気を出すのも、大人げないでしょ」


 汗ひとつかかず不良どもをやっつけた彩美。情けなく地面に横たわっているザコどもをひと睨みすると、「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げ、這うように逃げて行った。気絶したリーダーは置いてけぼりだ。


「あらあら。この人、全然支持されてないみたいね。ちょっとカワイソ」一華は憐れみを込めた目で気絶したリーダーを見た。


「まあ、この学校の不良なんて、そんなモンでしょ」


 彩美はリーダーの上半身を起こすと、背中をポンッと叩いた。意識を取り戻すリーダー。キョロキョロと辺りを見回す。


「戦闘員は尻尾巻いて逃げてったよ? あなたはどうする?」彩美が言った。


「く……くそ。覚えてやがれ!」


 ザコらしい捨て台詞と共に、リーダーも慌てて逃げて行った。


「まったく……ああいう生徒がいるから、この学校の評判我悪くなるのよ。思い切って、一掃してやろうかしら」一華は腕を組み、逃げて行くリーダーの背中を見送った。


「でも、どうせ働くのはあたしなんだろ? 勘弁してよね」彩美はゆっくりと立ち上がると、茉優たちを見た。「あなたち、大丈夫?」


「あ、大丈夫です」茉優は、笑顔で応えた。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」リオもお礼を言う。


「お礼なんてとんでもない。あたしたちは、当然のことをしたまでです」一華は胸を張って言った。「それに、あなたにお近づきになれて、嬉しいわ。岡崎リオさん」


 リオは目を丸くする。「えっと、あたしのこと、知ってるんですか?」


「そりゃ知ってるわよ。あのスーパーエリート校・聖園高校に挑み、惜しくも敗れ、このスーパー落ちこぼれ校の四木女子高校に来るハメになった、未来の生徒会長候補・岡崎リオさん」


「……一華、微妙に岡崎さんのこと、バカにしてるだろ?」横から彩美が言った。


 一華は彩美の言うことは無視して続ける。「お礼なんて必要ないけど、どうしても、と言うなら、ひとつだけ、お願いがあるの」


 誰もお礼がしたいなんて言っていないが、と、茉優は心の中でツッコみを入れた。


「あたしにできることがあれば、何でも言って」笑顔で応えるリオ。さすがは優等生である。


「よした方がいいよ?」と、彩美。「毎日宿題やってきて、とか言い出すから」


「そんなセコイ事言うわけないでしょ。あたしの願いは、ただ1つ!」一華は人差し指を立て、大袈裟に芝居がかった口調で言う。「岡崎さん。あたしと一緒に、この学校を改革しましょう!」


 意味が分からず、茉優と架純は顔を見合わせる。リオも、ぽかんとした表情だ。


 一華は、まるで歌うかのように続けた。「あたしがこの学校で岡崎さんと出会ったのは、まさに運命。この、落ちこぼれが集まると言われている四木高を、あたしたちが変えるの! イノベーションよ!! あたしたちにはその力があるわ! さあ、岡崎さん、行きましょう!! 2人の描く未来へ!!」


 完全に自分の世界に入り込んでいるという感じの一華。助けてもらったのになんだが、やっぱり面倒な人だったな、と、茉優は思った。




 ☆






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