第5話・生徒会長 #01
■第5話登場人物■
岡崎リオ……四木高3年。生徒会長を務めていたが、宮沢玲奈が転校してきた日にゾンビになり、処分された。
田宮一華……「四木高を変える!」が口癖の、ちょっとめんどくさい人。
白石彩美……一華の親友で、古武術の使い手。青山梨花とは小学校時代の同級生。
西沢茉優……四木高3年。ボクシング部員。
百瀬架純……四木高3年。モデルのようにカワイイ顔をしているが、毒舌家でカタナ女子。
山口万美……四木高3年。ギャルグループの一員で、梨花の取り巻きの1人。
青山梨花……四木高3年。ギャル系ファッション。転校生の宮沢玲奈を学校から追い出そうとしたり、大野先生に反抗的な態度をとるなど、四木高の問題児。ツンデレ。
牧野里琴……四木高3年。不良系ファッション。常に青山梨花のそばにいる、無口な少女。テコンドーの達人。実はいい娘。
葉山未衣愛……四木高3年。ギャルグループの一員で、梨花の取り巻きの1人。
市川美青……四木高2年。ツインテールがトレードマーク。自称四木高の美少女戦士。
高樹香奈……ボクシング部員で茉優の後輩。ボクシング歴は10年以上で、ジュニアチャンピオンの経験もあるエリート。
忍……四木高の不良。暴走族にも属しているヤバイ先輩。
留衣……青山梨花の小・中学校時代の同級生。
優真……青山梨花の小・中学校時代の同級生。
恭子……青山梨花の小・中学校時代の同級生。
宮沢玲奈……四木高3年。県内1のエリート校・聖園高校からの転校生。岡崎リオとは幼馴染。
北原愛……四木高2年。ゾンビのことを研究したり、校内で携帯電話を繋がるようにした、学校一の天才。
「――やっぱり、駅前のショッピングモールに行ってみるのが一番じゃないかしら? 学校の周辺で食料調達しようとしても、そりゃすぐに限界が来るわよ。スーパーどころかコンビニすらほとんど無い地域なんだから」
ギャル系グループのリーダー・青山梨花は、クラス全員を見渡しながら、ショッピングモールへ行くことの重要性を強調した。あそこまで行けば、食料や電池などの物資がたくさんあるはずだという。
四木女子高校木曜の5時間目は、日本史の授業が中止となり、急遽、学活を行うことになった。と、言うよりは、現在四木高でただ1人の教師である大野先生が体調不良でお休みしているので、授業は、生徒だけで行える学活になってしまいがちなのだ。四木高には、『自習』という習慣は根づいていないのである。今回のテーマは、『食料問題について真面目に議論しよう』である。先日行った『ゾンビを殺す時に使う「処分」という言い方を改めよう』などとは比べ物にならないほど、非常に重要なテーマだ。生徒たちの反応も大違いである。様々な意見が出され、5時間目どころか6時間目もとっくに終わり、放課後もずっと話し合って、もうすぐ下校時刻になろうとしているが、それでも議論が尽きる気配はなかった。
「――でも、ショッピングモールに行く危険性については、前にさんざん話し合ったはずだよ?」梨花の意見に反論したのは、ギャル系グループの1人、山口万美だった。「確かに、ショッピングモールは大量の物資がある。調達に行くよりも、いっそのこと、そっちに移った方がいいかもしれない。でも、物資がたくさんあるということは、それだけ多くの人が集まってくるということだよ。人が集まってくれば当然ゾンビも多くなるし、人同士の争いごとも多くなる。結果的にショッピングモールは街で一番危険な場所になるから、近づかない方がいいって、かなり前に決めたはずだよ? 『1度決まったことを蒸し返すなって』、少し前の学活で玲奈さんに言ってたの、梨花じゃなかったっけ?」
「あ……あの時と今とじゃ状況が違うでしょうが」
2週間ほど前の揚げ足を取られた梨花は少し動揺した表情になったが、すぐに腕を組み、あごを上げて万美を見た。相手を挑発するときによく梨花がやるポーズである。「ふん。偉そうに『ショッピングモールは危険だ』なんて言ってるけど、それ、全部岡崎さんの受け売りじゃない。あなたって、いつもそうよね。他人の意見に乗っかってばかり。自分の意見は無いのかしら?」
「何ですって!? そんなの、今は関係ないでしょうが!」
顔を真っ赤にして怒る万美。その姿を、梨花は満足そうな表情で見つめる。
梨花と万美は、いわゆるギャルグループに属していて、リーダー格の梨花を中心に、ずっと仲良くやっていた。しかし、原因は不明だが、最近この2人、ケンカをしてしまったようなのだ。何かあるたびに、こんな風に言い争っているのである。
「2人とも、今は学活の時間だよ?」すました笑顔で2人をいさめたのは、今回も黒板への記録係を務めている百瀬架純だ。
梨花は、挑発的な視線を万美から架純に移した。「だから何? ちゃんと、食糧問題を話し合っているでしょ? それが、いけないって言うの?」
「食糧問題について話し合うのは、もちろんOKだよ? でも、そこに個人的な人間関係を持ち込んで対立するのは、あんまり感心できないよね。2人とも、普段のケンカを学活に持ち込んでいるようにしか見えないけど? それに、今のは食糧問題の話し合いにすらなってない。単に相手を罵ってるだけ。そういうのってめんどくさいから、外でやってね?」
相変わらずカワイイ顔して言いたいことをズバズバ言う架純。梨花と万美は、忌々しそうに架純を見つめる。まあ、怒りの矛先が架純に向いたおかげで、梨花と万美が不毛な言い争いに発展するのは避けられたが。
「――議長、時間も時間だし、そろそろ結論を出した方がよくない?」架純は、梨花たちの視線を全く気にした風もなく、学活議長の市川美青に向かって言った。
梨花たちの議論に口を挟むことができずオロオロしていた美青だったが、架純に言われ、えへんと咳払いをして表情を引き締めた。「それでは、物資調達のためにショッピングモールに行くかどうかについて、多数決で決めたいと思います」
「ちょっと待ってよ。多数決なんて、あたしは反対だね」万美が言った。「支持する人が多い意見が正しいとは限らないだろ?」
「でも、多数決は最も民主的な決め方と言いますし……」力ない口調の美青。
「そんなのは詭弁だね。民主的という名のもとに、少数派の意見を切り捨てているだけじゃないか」
それを聞いた梨花が小さく笑う。「それも、前に岡崎さんが言ってたことだけどね」
万美は鋭い目で梨花を睨んだが、今度は言い返すことはせず、すぐに視線を美青に戻した。「とにかく、決めるなら、多数決以外の方法にしてください」
「えーっと、じゃあ、まず、多数決で決めるかどうかを、多数決で決めたいと……」
「議長。ふざけてないで、真面目にやってください」梨花が声を上げた。他のみんなも、大きく頷いている。
美青は、助けを求めるように書記係の方を見た。「……架純先輩、どうしましょうか?」
「議長はあなたですよ? あなたが決めれば、それでいいんじゃないんですか?」いつものすました笑顔で突っぱねる架純。
「そうよ。議長の意見は、どうなの?」梨花が言った。「議長も、ショッピングモールに行くべきだと思うわよね? ショッピングモールには、ケーキとかアイスクリームとか、たくさんあるわよ?」
「え? そうなんですか? それは魅力的です」よだれをたらし始める美青。
「ちょっと待ってよ! 物で議長を釣るなんて卑怯よ!!」万美が立ち上がった。「議長、騙されないで。街はとっくに電気が止まってる。ケーキやアイスがあるわけないわ。そんな言葉に騙されてホイホイ出かけて言ったら、自分がゾンビのスイーツにされてしまうのよ」
「はう。それはちょっとイヤですね」
「まあ、ケーキやアイスは無いかもしれないけど」と、梨花。「チョコレートやビスケットなら、まだあると思うわよ?」
「ああ、それも魅力的です」
「だから、たくさんのゾンビがいるって言ってんの!」と、万美。
「あう。たくさんのゾンビさんはイヤです」
「いい加減にして。どっちなの?」
「どっちなのよ」
「どっち!?」
「どっち!?」
「えーっと、あのう、あたしは、そのう……」
梨花と万美の2人に攻められ、美青は。
「――うえーん、みんなが美青ちゃんをいじめるー、えーん、えーん」
ついに、泣きだしてしまった。
「まあまあ、2人とも、落ち着いて」そう言って梨花たちを止めたのは、ボクシング部員の西沢茉優だ。
途端に、ケロッと泣きやむ美青。「ああ、さすが茉優先輩、頼りになります! やっぱり、イジメっ子から美青ちゃんのことを守ってくれるのは、茉優先輩しかいないです!」
茉優は美青のことは無視して言った。「美青のことをイジメるのはいいけどさ。食料に関することはデリケートな問題だから、安易に結論を出さない方がいいよ。とりあえず、今日は保留ってことで、明日、また話し合おう」
梨花が茉優を見た。「フン。あなたはいつも、結論を先延ばしにするわよね。そのうち首が回らなくなっても知らないから」
まだまだ不満がありそうな梨花と万美だったが、それ以上は何も言わなかった。
「では、食糧問題は明日また話し合うということで、本日のガッ活、これにて終了!!」
美青のシメの言葉で、長かった学活は、ようやくお開きとなった。それまでクラスメイトのヒートアップする様子をハラハラしながら見ていた宮沢玲奈は、ほっと、胸をなでおろした。
「はうぅ。やっと終わりましたー」疲れ切った表情でこちらに向かってくる美青。「今日はみんな、すごく熱く語り合うんですもん。もう、疲れちゃいました」
「お疲れ、美青ちゃん」玲奈は、笑顔で美青を迎えた。
「やっぱりさ、食料のこととなると、みんな他人事じゃないんだよね」玲奈の隣の席の茉優が言った。「愛の計算によると、今、学校に備蓄している食料は、このままのペースで行くと後2ヶ月で底を突く。そうだよね? 愛?」
「そうですねぇ」と、愛がおっとりした口調で返事をした。
北原愛はこの学校一の天才で、食料の計算の他にも、ケガや病気になったクラスメイトを治療したり、ゾンビを解剖して生態を研究したりしている娘だ。
「2ヶ月なんて、あっという間だからね。早めになんとかしないと」茉優は机に頬杖をついた。
「まあ、食料に関しては、あたしはあんまり悲観してはいませんけどね」愛が笑顔で言った。
「お? ということは、何か策があるの?」期待の眼差しを向ける茉優。
「はぁい。備蓄している食料が無くなってもぉ、裏山に行けば、なんとかなると思いまぁす」
「裏山って、まさか、木の実とか、野草とか、キノコとかを採って食べるの? なんか、サバイバル! って感じするけど、大丈夫かな?」
「大丈夫です。これからの時期、山は食料の宝庫ですよ? 今、茉優さんが言った物の他にもぉ、食べられる物は沢山ありまぁす。カエルとかぁ、ザリガニとかぁ、カラスとかぁ」
「……カエルとザリガニは食べられるってよく聞くけど、カラスは大丈夫なの?」茉優が不安そうに訊く。
「はぁい。都会で残飯あさってるヤツはダメですけど、山で穀物を食べているカラスは野鳥の中で一番おいしいって、本に書いてありました」
茉優は美青と顔を見合わせた。「……まあ、仮においしいとしても、カラスはあんまり食べたくないかな」
「いえ、カエルさんやザリガニさんも、できれば遠慮したいんですケド」美青も苦笑いしながら言う。
「そうですか? おいしいと思うんですけどねぇ」愛は笑顔のまま話し続ける。「だったら、昆虫とか、いいかもしれないですね。これからの時期は、セミとか、カブトムシとか、クワガタとかが旬ですよ? あ、でも主食となるのは、何と言ってもシロアリですね。古い木の中にたくさんいるから採取も簡単で栄養も豊富です。あと、子持ちのカマキリはお腹の卵がとってもクリーミーで、さっと焼いて食べると最高らしいですよ?」
愛の話を聞き、どんどん顔色が青ざめていく茉優と美青。
「……ま、まあ、食糧問題は、早急に解決した方がいいかな。ね、美青」
「そうですね、茉優先輩。あたしも、そう思います」
「じゃあ、明日の学活も、よろしく頼むよ」ポン、と、美青の肩に手を置く茉優。
「あ、その件なんですけど」美青、マジメな顔になる。「茉優先輩。明日のガッ活の議長、代わってください」
「はぁ? 何でよ?」
「だって、みんな真剣で怖いんですもん。いっぱい意見言うし、すぐにケンカ始めちゃうし、最後には、よってたかってあたしのことイジメるんですよ? もうイヤです」
「それは、美青が議長としてしっかりしてないからだろ?」
「やっぱりあたしには議長なんてムリです。潔く辞退します」
「ダーメ。美青、自分から議長をやるって言い出したんだろ? 最後まで責任を持ってやりな」
「こんなに大変だなんて思わなかったんですよ。じゃあ、せめてテーマを変えてください。もっと、ゆる~いヤツなら、あたしでも大丈夫です」
「却下。せっかく本来の学活らしくなってきたんだから、明日もこのテーマで続けるよ」
「あーん、茉優先輩のイジワルー」美青は、またウソ泣きを始めた。
愛が、美青の頭をよしよしと撫でる。「ま、美青ちゃんの気持ちも、分かりますけどね。このクラスをまとめるのは、大変ですよ」
「確かに、それは言えるかな」茉優も同意する。「あたしだって、このクラスのリーダーをやれ、なんて言われたら、絶対イヤだもん。今思うと、岡崎さんってすごかったよ」
「そうですねぇ」
茉優たちは、懐かしそうにそう言った。
岡崎リオ。玲奈の幼馴染で、この四木女子高校で生徒会長を務めていた娘である。しかし、玲奈が転校してきた日の朝、ゾンビになってしまい、頭を潰され処分されてしまった。以来、この学校には生徒会長――つまり、生徒たちのリーダーが不在の状態が、長く続いている。
先ほどの学活で記録係を務めた百瀬架純が、こちらにやってきた。「確かに、岡崎さんなら、多数決なんて安易な決め方はしなかっただろうね」
「じゃあ、どういう決め方なら良かったんですか?」美青が頬を膨らませる。
「うーん、あたしにも正解は分からないけど――」架純はあごに手を当て、しばらく考えた。「きっと岡崎さんなら、みんなの意見をじっくり聞いた後、自分がどうするべきか、意見を明確にして、それに反対する人とは、納得してもらえるまで、とことん話し合うんじゃないかな?」
「あー、確かに」茉優が頷いた。「岡崎さんって、『責任は全部自分にあります!』っていう覚悟が、ハンパなかったよね」
「そうそう。だから、岡崎さんが決めたことがもし間違っても、逆に誰も責めないんだよね」架純は笑顔で言った。
「分かったか、美青?」茉優は美穂の方を見る。「そういうのが、リーダーの資質っていうんだぞ」
「はう。やっぱりあたしには、務まりそうもありません」美青は、ガックリと肩を落とした。
その姿を見て、みんなで笑った。
「――でもさ」玲奈は笑いながら言う。「みんな、リオのことスゴイって言うけど、あたし、全然そんなイメージないんだよね? 小学校や中学校のリオは、おっとりしてて、ちょっと気が弱くて、他人に強く意見できない感じの娘だったんだけど」
「うーん。まあ、1年生の時は、そうだったね」茉優が答えた。「でも、正義感は強くて、いざという時は、キチンと意見する娘だったよ」
確かに、小学校中学校時代も、そういう面はあったな、と、玲奈も思った。
「思えば、入学式の時から、そうだったもんね」架純も笑いながら言う。「式が終わった後の休み時間に、梨花が、留衣って娘とケンカになりそうだったんだけど、それを、岡崎さんが止めたんだよね」
「そうそう」茉優が手を叩いた。「あの時岡崎さん、留衣に突き飛ばされて、ひっぱたかれそうになったのに、全然引かなくて。見てるこっちがハラハラしたよ」
「へぇ。そんなことがあったんだ」玲奈は頷いた。
茉優はさらに言う。「まあ、その件は特に大きな問題にならなかったんだけど、その後あった事件がヤバかったのよ」
「そうだったねぇ」架純は、苦笑をした。
「え? 何々? 何があったの?」身を乗り出す玲奈。
「んーと、あれはねぇ――」
茉優は、記憶を探るように、ゆっくりと話し始めた。