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第4話・問題児 #12

「はーい。マリリンちゃん救出部隊、無事、帰還でーす」


 校舎に入り、美青の元気な一言で、みんな、ようやく人心地着くことができた。もうすぐお昼休みだ。4時間近い長期戦だった。


「ああ、ホントに疲れたわ」梨花は肩をグルグルと回した。「今日はちょっと、授業は休ませてもらうわね」


「そうだね」架純が同意する。「大野先生はまだ体調不良でお休みだし、今日くらいは、大目に見てもらおうか。ね? 玲奈ちゃん」


「うん。そうする。あたしもさすがに、疲れちゃった」真面目な玲奈も同意した。「じゃあ今日はみんな、本当に、お疲れ様でした」


 玲奈の言葉で、マリリンちゃん救出部隊は解散となった。玲奈と架純と美青は西校舎の寝泊まりしている部屋へ、愛は保健室へ向かう。


「あ……まって」


 マリリンちゃんを抱いた里琴が、玲奈を呼び止めた。


 玲奈が振り返る。里琴に話しかけられたのは、恐らく初めてだろう。すごく嬉しそうな表情をしていた。


「え……と……その」里琴は、うまく言葉が出てこない。


 だから、代わりに梨花が言ってあげる。喋るのが苦手な里琴の代わりに梨花が喋る。それが、入学式の日に2人で交わした約束だから。


「玲奈さん。今日は、本当にありがとう。里琴に代わって、お礼を言うわ」


 玲奈は、嬉しさと寂しさが入り混じった、微妙な笑顔で応えた。梨花からこんな風にお礼を言われたのは嬉しいのだが、里琴と話すことはできなかった――そんな気持ちが伝わってくる。


「――梨花」


 里琴が、梨花を見て、頷いた。


 ――大丈夫。


 そう言っている気がした。


 里琴は、玲奈のそばに立つ。


 期待に満ちた目で、里琴の言葉を待つ玲奈。


 その姿を、じっと見つめる梨花。


 もし。


 これで玲奈さんが、里琴のことを笑ったら。


 今度こそ玲奈さんを、この学校から追い出してやる。


 今日はマリリンちゃんの件でお世話になったが、それとこれとは話が違う。


 あたしは、あたしの大切な友達を笑う人を、決して許さない。


 梨花は、そんな思いで玲奈を見つめていた。


 里琴が、ゆっくりと、口を開いた。「れ、れなちゃん、き、きききょきょきょうは、ほ、ほんとうに――」


 玲奈は、一瞬目を丸くして驚いたようだったが。


 ――――。


 すぐに、優しく微笑んで、里琴の言葉を待った。


「――あ、ああああ、ああああありがとう。マリリンちゃん、よ、よろこんでる」


「うん!」玲奈は、今日一番の笑顔で頷いた。「マリリンちゃんが無事で、本当に良かった!」


「そ、それでね……じ、じつは、あああああたし……」


 玲奈は、笑わない。


「ああああたし、も、れ、れなちゃんと、お、おおおおおなじで……」


 一生懸命話そうとしている里琴の目を、じっと見つめ。


「あ、あああ、ああああアイドル・ヴァルキリーズが……」


 決して途中で口を挟まず。


「す、すきなの……」


 最後まで、里琴の話を聞いてくれた。


「え!? そうなんですか!? やったぁ! 里琴さんは、誰推しなんですか!?」急にテンションが上がる玲奈。その様子は、他のクラスメイトと接するときと、何ら変わりは無い。


「あ、あああ……(あたしは、並木ちはるちゃんが好き)」


「ホントですか!? 里琴さん、結構シブいとこついてきますね!」


「ち、ちちちち……(ちはるちゃんの蹴り技は、正確で滑らかで、すごくお手本になる。あと、ダンスのスキルが高い)」


「そうなんですよ! ちはるちゃんは、普段はあんまり目立たないけど、ダンスはグループでもトップレベルで、振り付けやポジションが急に変更されても柔軟に対応するから、みんなから頼りにされてるんです! さすが里琴さん、分かってますね!」


 梨花の心配をよそに。


 2人の会話は、大いに盛り上がっているようだ。


 架純が梨花の方を見て、ほらね? 大丈夫だったでしょ? という風に笑った。梨花は目を伏せ、自分の部屋に向かった。


 ――あたし、ちょっと、過保護になりすぎていたのかも。


 そう思う。


 ずっと、里琴の面倒を見てきた。だからあたしは、いつの間にか、里琴の保護者のつもりになっていたのかもしれない。


 でも、里琴は喋るのは苦手だが、決して、子供ではないのだ。


 中身はあたしたちと同じ、18歳の少女。


 あの娘の代わりに喋るなんて、単なるあたしの自己満足で、本当は、あの娘のためにならなかったのかも――梨花は、そんな風に思った。


 そして、宮沢玲奈のことも、誤解していた。


 この街の人はみんな、四木高の生徒のことを見下していると思っていた。聖園高校の生徒は、特に。


 だが、玲奈は決して、あたしたちのことを見下してなどいない。


 あたしたちのために、あんなにも一生懸命になってくれる。


 あの娘は確かに、岡崎リオの幼馴染だ。


 今日は何度も、宮沢玲奈に、岡崎リオと同じものを感じた。


 あの娘なら、この学校をきっと――。




「――どうする? あの玲奈って娘、あんたから、里琴のこと奪って行くつもりだよ?」




 後ろから、不意に声をかけられた


 誰の声か分からない。それを判断するよりも早く怒りが込み上げてきた。


「何を言ってるの、そんなこと、あるわけが――」


 振り返り、言葉を失った。


 そこには、梨花の小学校の時からの同級生の、留衣と、優真と、そして、恭子の姿があった。


 ……な、なんでこの娘たちが、ここに?


 息を飲む。温度が急激に下がって行くような錯覚。


 留衣たちは、寒気を感じるほど邪悪な笑みを浮かべていた。その身体は、うっすらと霞んでいるように見える。向こう側の里琴たちが、身体越しに、わずかに見えるのだ。そして、どういうわけか、足は完全に消えていた。まるで、幽霊であるかのように。


 ありえない。


 この娘たちがここにいるなんて、ありえない。


 だって、この娘たちは、1ヶ月前にゾンビに咬まれて、あたしが――。


「――見てよ。あの、里琴の楽しそうな顔」留衣が、玲奈と話す里琴を指さした。「あんな顔、梨花にだって見せたことないんじゃない?」


 そんなことはない。里琴はあたしと話すときだって、嬉しそうにしている。


「このままで良いの?」優真が言った。「里琴を取られたら、あんたまた、1人になっちゃうよ?」


 そんなことはない。あたしはもう、1人じゃない。この学校には、あたしの仲間がたくさんいる。


「分かってるんだろ? 未衣愛と万美が、梨花のそばにいる理由」恭子が言った。「あの2人は、あんたのことを慕ってるんじゃない。里琴の強さを慕ってるんだ。里琴がいなくなったら、あんたなんてなんの価値もないよ? もう、とっくに分かってるはずだよね?」


 うるさい。聞きたくない。耳を塞ぐ。目を閉じる。あなたたちの言うことなんて、聞くもんか。


 しかし。


「――里琴を取り戻したいなら、いい方法があるよ?」


 留衣が、耳元でささやいた。うるさい。聞きたくない。耳をふさぎ続ける。


 だが、無駄だった。留衣の声は、梨花の耳に、はっきりと聞こえた。




「宮沢玲奈を――殺すんだ」




「うるさああぁぁい!!」


 梨花は顔を上げ、叫んだ。


「――な……なによ!」


 目の前には、梨花の友達の、山口万美と葉山未衣愛がいた。


 梨花は辺りを見回す。留衣たちの姿はどこにも無い。


「うるさいって、そんなひどい言い方ある?」万美が怒りをあらわに言う。「梨花が昨日のこと謝りたがってるって聞いたから来たのに。もういいよ! 未衣愛、行こう!」


 万美と未衣愛は、そのまま行ってしまった。


 呼び止めることはできなかった。今はそれどころではなかった。あの2人には、また謝ればいい。それよりも――。


 今のは一体、何だったのだ。


 今、幽鬼のような姿の、留衣と、優真と、恭子の姿が見えた。


 あの3人がこの学校に存在するはずがない。だが確かにいた。そして、囁いた。


 ――宮沢玲奈を、殺せ。


 あたしが玲奈さんを殺す? 何を言っている。あたしは、そんなことはしない。あの娘はもう、大切な仲間だ。


 だが――。


 その言葉は、梨花の胸に、ゆっくりと時間をかけ、染みこんでいった。




 玲奈と里琴は、相変わらず、楽しそうに話していた。






(第4話・問題児 終わり)






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