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第4話・問題児 #11

 小犬のマリリンちゃんを探し、学校の裏山の道路工事現場にやって来た青山梨花と宮沢玲奈。なんとかマリリンちゃんの捕獲に成功するものの、ヘルメット装備のゾンビに手も足も出ず、追い詰められていた。そこへ、梨花の親友でテコンドーの達人・牧野里琴が助けに来た。


「――り、梨花! 待ってて!」


 里琴の声に反応し、2体のゾンビが振り返った。その瞬間、1体の側頭部に右のハイキック、返す反動でもう1体に踵落としをお見舞いした。吹っ飛ばされるゾンビたち。


「――はいはーい、美青ちゃんもいますよー」


 2年生の市川美青も、背中にバッグを背負い、愛用のクリケットバットを振り回しながらやって来た。ゾンビを倒し、梨花たちと合流する。


「里琴さん……美青ちゃん……助かった……」玲奈が大きく息をしながら言った。1人でゾンビと戦って、もう体力の限界のようだった。


「ま……まったく、来るのが遅いのよ」緩みそうになる顔を引き締め、ワザと冷たい口調で言う梨花。


「ま、マリリンちゃん!」里琴が嬉しそうに子犬の名を呼ぶと、マリリンちゃんも里琴に負けないくらいうれしそうに鳴いた。


 だが、里琴の表情はすぐに引き締まる。後ろからつかみ掛かろうとしたゾンビに振り向きながらの後ろ回し蹴りを叩き込む。美青も、クリケットバットでゾンビをバシバシ叩いていく。


 しかし、やはり打撃ではヘルメットゾンビにダメージを与えられない。吹っ飛ばされて倒れるものの、すぐに起き上がり、また襲ってくる。


「あちゃー。ここのゾンビさんは強敵ですね。あたしのクリケットバットが、全く利きません。手がしびれてきました」手をプルプルと振る美青。


 里琴も、いつもの左構えでゾンビとの間合いを取りながらも、右足を気にしている。ヘルメットごしに蹴りを打てば、どんなに格闘技の達人でも、足のダメージは蓄積していくだろう。ダメだ。なにか、ゾンビを倒す他の方法を考えないと。


 と、その時。


 ザシュ、と音がして、1体のゾンビの首が、ゴトリと地面に落ちた。遅れて、首を失ったゾンビの身体も倒れる。


「――やっぱりね。ここにいるゾンビは、ヘルメットをかぶってると思った」


 ゾンビの首をはねたのは百瀬架純だった。なんと、日本刀を持っている。最近はゲームの影響でカタナ女子と呼ばれる女性が増え、街の刀剣を取り扱う店や、美術館の刀展が注目を集めているそうだが、田舎であるこの街には、そのどちらも無いはずだ。あの刀は、一体どこで手に入れたのだろうか。


 架純に斬り落とされたゾンビの頭は、目をきょろきょろさせながら、なんとか架純の足に咬みつこうとしていた。ゾンビは頭を潰さない限り動き続ける。つまり、首を斬り落とされただけでは死なないのだ。もちろん、動けないからほとんど危険は無い。架純は、サッカーボールでも蹴るように、ゾンビの頭を遠くへ蹴っ飛ばした。


 その架純の背後から、別のゾンビが襲って来た。架純はそちらに気付いたが、何もせず見ているだけだった。すると、突然ゾンビがビクビクと痙攣しはじめた。そして、痙攣が治まると、バタリと地面に倒れた。


「ふむふむ。ゾンビの脳を破壊するだけなら、もう少し電圧を下げても良さそうですねぇ」


 倒れたゾンビの後ろには2年生の北原愛がいた。右手には、スタンガン付きの警棒を持っている。出力を上げるために改造をされており、象が0.48秒で昏倒するくらいのレベルだそうである。


 架純は、梨花と玲奈を見て笑顔を浮かべた。いつものすました笑顔ではない、本当の笑顔だった。「2人ともお疲れ。少し、休んでていいよ。ゾンビどもは、あたしたちでやっつけるから。――美青? 里琴に、アレを渡して」


「あ、そうでした」美青は、背負っていたバッグの中から、靴を取り出した。「里琴先輩、コレ、昨日街で見つけたヤツです。里琴先輩にピッタリの武器だと思って、持ってきました。使ってください」


 里琴の足元に靴を置く。普通の靴ではない。建設現場などで使う、つま先に硬い鉄のプレートが入った安全靴だ。


「あ、サンキュー」


 里琴は、早速靴を履き替えた。


「ようし、じゃあ、ちょっと数が多いけど、さっさと片付けちゃいますか!」


 架純の声で、3人は一斉にゾンビに襲い掛かった。架純は刀でゾンビの首を斬り落とし、愛はスタンガン付き警棒でゾンビをしびれさせ、里琴は破壊力が大幅に増した蹴り技でヘルメットごとゾンビの頭を破壊して行った。まさしくJK無双。これで助かった――と、梨花が安心したのもつかの間。


 がきん! 3体のゾンビの首を斬り落とし、4体目のゾンビの首に斬りつけた架純だったが、その刃が、首の途中で止まった。ゾンビの胸を蹴っ飛ばし、首から刀を抜く。そして、別のゾンビに斬りかかったが、やはり首の途中で止まってしまう。


「あらら。もう斬れなくなっちゃった。どうなってるの?」ゾンビを蹴っ飛ばして刀を抜き、刃を眺める架純。


 愛が架純を振り返った。「優れた刀匠が作った名刀ならともかく、最近の刀は、観賞目的の美術品がほとんどですからね。せいぜい、3人斬るくらいが関の山でしょう」


「なんだ。そんなナマクラを飾ってるようじゃ、この街のヤクザも、大したことないわね」


 だから、その刀はどこで手に入れたんだ。ダメだ。架純の刀はもう役に立たない。梨花は愛を見た。愛は、スタンガンのボタンをカチカチと何度も押している。


「こっちもダメです。充電が切れました。エネルギー系の武器は、長期戦に向きませんねぇ」


 ダメだこりゃ。やはり、頼りになるのは里琴しかいない。里琴に鉄板の入った安全靴なんて、まさに鬼に金棒。美青も、たまには役に立つことをするじゃないか。最後の望みを託し、里琴の方を見た。


 里琴の右足は、靴下だけだった。


 ――はい? さっき履いた安全靴はどうしたんだ?


 左には履いている。その左で蹴りを出そうとした瞬間、靴はすっぽ抜け、遠くへ飛んで行ってしまった。


「……美青」


「はい」


「あの靴、ちゃんとサイズ確認した?」


「もちろん、確認しましたよ?」


「じゃあ何で靴がすっぽ抜けるの」


「それは、靴のサイズが里琴先輩の足に合ってないからじゃないでしょうか?」


「……サイズ確認してないじゃない」


「いいえ、靴のサイズはちゃんと確認しました。ただあたし、里琴先輩の足のサイズを知らなかったんです」


「……だったら同じことでしょうが」


「でも、里琴先輩は背が高いから、一番大きいヤツでいいかなと思って。威力も強そうですし」


「一番大きいのって、何センチだったの?」


「確か、32.0でした」


「里琴の靴のサイズ、26.0なんだけど」


「あら、そうだったんですか。まあ、ちょっと大きいかなー? とは思ったんですけどね。でも安心してください。あのお店は、1週間以内にレシートと一緒に持って行けば、返品交換に応じてくれますから」


 ……ダメだコイツは。一瞬でも役に立つと思ったあたしがバカだった。


 数体倒したものの、まだまだゾンビの数は多い。梨花たちの周りにはすでに100体近いゾンビが集まっており、6人はあっという間に追い込まれた。


「……ふっふっふ。どうやら、美青ちゃんの最終兵器を使う時が来ましたね」


 カバンの中をゴソゴソする美青。またコイツか……と、梨花は思ったが、追い詰められているので、懲りずに期待してみることにした。


「タララッタラーン! パイプボムー!」


 美青が取り出したのは、鉄パイプを切って中に花火などの火薬を詰め、導火線をつなげて作った手製のダイナマイトだ。花火と鉄パイプさえあれば簡単に作れるので、最終兵器というほどのものでもない。火薬の量を増やせばそれなりに高い殺傷力になるが、問題は、いかにしてゾンビの密集地帯で爆発させるかだ。ゾンビが広がっていると、あまり効果はない。


 梨花は冷めた目で美青を見た。「何? あなた、それに火を点けて突撃してくれるの?」


「しませんよ、そんなこと。大丈夫です。これは、ゾンビさんの方から集まって爆死するという、新型パイプボムです。まあ、見ててください」


 美青はライターで導火線に火を点けると、反対側についている紐を引き抜いた。途端に、パイプボムからけたたましいアラームが鳴り響く。パイプボムと防犯用のアラームを組み合わせたようだ。ナルホド。これを投げれば、音に反応するゾンビは勝手にパイプボムに集まり、一斉に爆死するということか。美青にしては考えたな、と、梨花は感心した。


「えーい」


 美青は大きく振りかぶってパイプボムを投げた。放物線を描き、20メートルほど離れたところに転がる。読み通り、音に反応してパイプボムを追いかけるゾンビたち。しかし。


 どーん。


 パイプボムは、ゾンビが追いつくよりも早く爆発し、1体も爆発に巻き込むことは無かった。


「……あれ? おかしいですね? ゾンビさんはみんな、わーって集まって、どかーんと一斉に爆発するはずだったんですが」首を傾ける美青。


「あのテの武器は、あたしも考えたんですけどねぇ」愛が、いつものおっとりした調子で言う。「ゾンビの鈍臭さを考えたら、ちょっと、現実的な武器ではありませんねぇ。あれは、走るゾンビ向けの武器ですよ」


「――て言うか、美青」架純がいつものすました笑顔で言う。「今のパイプボム、火を点ける必要は無かったんじゃない? 音でゾンビを引きつけるだけで、あたしたち、十分逃げられたと思うけど?」


「…………」


「…………」


「……あ、そうでした」


 ぽか! 架純にグーで叩かれる美青。まったく。どうしてうちの学校の生徒は、こうも緊張感が無いのかしら、と、梨花は呆れた。


 そんな中で。


 宮沢玲奈だけが、周りのペースに飲み込まれず、冷静に状況を分析していた。


「――愛ちゃん」玲奈が静かに言った。


「はぁい?」


「アレ、動かせそう?」


 玲奈が指差したのは、巨大なローラーで地面を押し固める工事現場の重機・ロードローラーだった。それも、一般的なものよりもかなり大きなものである。ローラーだけで、梨花たちの身長よりも大きい。まさか、アレでゾンビどもを轢き殺そうというのだろうか? 玲奈にしては過激なアイデアだ。悪くないが、問題は、動かせるかどうかである。自動車と同じというわけにはいかないだろう。そして最大の問題は、鍵があるかどうかである。


「うーん、どうでしょうねぇ?」愛は唸った。「運転したことが無いから分かりません。でも、マニュアルを読めば、なんとかなると思いまぁす」


 ロードローラーにマニュアルなんてものがあるのだろうか? 仮にあったとしても、それを読むってどれだけ時間が掛かるんだ。梨花はツッコミたくてしょうがなかったが。


「それで十分よ」玲奈は頷いた。「みんなゴメン。ゾンビとの戦いで疲れてると思うけど、最後の力を振り絞って、あのロードローラーまで行こう。大丈夫。あたしを信じて、ついて来て」


 その、瞳の奥に。


 岡崎リオと同じ芯の強さを、梨花は感じた。


「うん、もちろんだよ、玲奈ちゃん」架純が言った。「さあみんな、玲奈ちゃんの言う通り、頑張ってあそこまで行こう」


 おう! と、みんなで気合を入れる。さっきまでどこかダラダラした雰囲気だったが、玲奈の一言で一気に気が引き締まった。


 梨花は笑って言う。「やってみるけど、でも、あなたに先頭は任せられないわね」


「梨花さん?」


「一番疲れてるのはあなたでしょうが。それなのについて来いだなんて、ムリしないの」梨花は、玲奈にマリリンちゃんを預け、警棒を受け取った。「先頭は、あたしと里琴で引き受けるから、あなたは、マリリンちゃんが逃げないよう、しっかり抱いてなさい」


 玲奈は、素直に梨花の言うことに従った。


「…………」


 愛が、無言でその様子を見ていた。


「愛ちゃん? どうかしたの?」美青が愛の顔を覗き込む。


「いえ? 何でもないですよぉ?」愛はいつもの調子で言った。


「よし、じゃあ、行きましょう!」


 後方の、玲奈の声で。


 梨花と里琴を先頭に、6人は、ゾンビの群れに突撃して行った。梨花の警棒と、元の靴に履き直した里琴の蹴り、美青のクリケットバットに、充電の切れた愛の警棒、そして、架純のなまくらの刀。打撃武器ばかりでヘルメットゾンビにとどめを刺すことはできないが、少しずつ、ロードローラーの方へ近づいて行く。そして。


「――よっしゃあ!」


 なんとかゾンビの群れを抜けた梨花たち。まず、愛が運転席に乗り込む。梨花も運転席を見たが、残念ながら鍵はついていない。ダッシュボードを開くが、その中にも無かった。ただ、中から教習用の本が出てきた。


 愛は本を手に取った。「ありました。あたしは今からこれを読みますから、誰か、鍵周りのカバーを外しておいてください」


 玲奈が頷いた。「架純ちゃんお願い。他のみんなは、ゾンビが近づかせないように」


 架純が頷き、運転席に上がった。刀の刃先をカバーの隙間にさしこみ、てこの原理でカバーを引き剥がした。


「――OKです。読み終わりました」愛が言う。読み始めてから1分と経っていない。全ページをパラパラとめくっただけだ。電話帳ほどもある厚さの本を、今の一瞬で読んだというのだろうか?


 続いて愛は、カバーが外れて中が剥き出しなった鍵の部分を見る。シリンダーを外し、1秒ほど見て、切れたコード2本をつないだ。とたんに、ばるるん! と、ロードローラーが唸り声を上げる。スゴイ! 本当に動かした!


「みんな乗って!」


 玲奈の合図で、みんな一斉にロードローラーに乗り込む。


「落ちないように、しっかり掴まっててくださぁい!」


 愛がレバーを引くと、ロードローラーはゆっくりと前進し始めた。前方にいたゾンビが、ローラーに巻き込まれる。ぐしゃり。ゾンビが潰れる音。少し揺れたが、ロードローラーは全く問題なく進んでいく。2体、3体、4体と、次々とゾンビを押し潰す。こうなれば、ゾンビなど何匹いようと無駄だった。ロードローラーのエンジン音におびき寄せられるゾンビどもを、巨大ローラーで押しつぶしながら、梨花たちは、ゾンビの群れから見事に脱出した。


「やったぁ! さすが玲奈先輩です! 見事な作戦でした!」クリケットバットをブンブンと振り回し、美青は大はしゃぎだ。


「あたしは何もしてないよ」玲奈は、照れたように笑った。「作戦がうまく行ったのは、みんなのおかげだよ。本当に、ありがとう」


 みんなは一斉に頷き、玲奈に笑顔を返した。


「――ところでさ」と、梨花。「このロードローラーで学校に乗り込めば、校庭のゾンビ、一掃できるんじゃない?」


「おお! いいですね、梨花先輩! やりましょう!」美青が同意する。


「うーん。それはちょっと、ムリそうですねぇ」運転席の愛が言った。


「え? 何でよ?」と、梨花が訊いた途端。


 プスプスと音を立てて、ロードローラーはその場に停まり、エンジンも停止した。


「はい。燃料切れでぇす。もともとほとんど残ってなかったみたいですからぁ、アウトブレイク後に、誰かが抜き取ったんでしょう」愛が言った。


 美青は、ガックリと肩を落とした。「あーん。あたしも運転して、ゾンビさんを大量虐殺したかったです」


「でも――」と梨花は続ける。「ガソリンは学校にあるんだから、それを使えばいいんじゃない? もちろん、自動車や自家発電用に必要だろうけど、校内のゾンビを一掃できるなら、ちょっとくらい使ってもいいと思うけど」


「ううん、梨花さん、それはダメだと思う」玲奈が言った。「こういう重機は、重油や軽油で動くものがほとんどなの。ガソリンでは、動かないわ」


「あら? そうなの。残念」梨花は肩をすくめた。


「それなりの設備や機器があれば、あたしがガソリンで動くように改造するんですけどねぇ」愛が言った。そんなことまでできるのか、この娘は。


「まあ、しょうがないね」架純がロードローラーから下りた。「あのゾンビの群れから脱出できただけで、良しとしよう。みんな、ガンバったね」


 みんなロードローラーを降りる。マリリンちゃんが玲奈の腕から飛び出し、里琴の元に走って行った。ようやく再会できた我が子を抱きしめる里琴。マリリンちゃんは嬉しそうに鳴きながら、里琴の顔を何度も舐めた。「良かったわね」と、梨花がマリリンちゃんの頭をなでようとしたら、急に機嫌が悪くなり、吠えはじめた。慌てて手をひっこめる梨花。さっきの魚肉ソーセージのことをまだ根に持っているらしい。そんなマリリンちゃんと梨花の姿を見て、みんな笑う。梨花は最初怒ったが、やがて一緒になって笑った。


 そして、みんなでお互いの健闘を称え合い、学校まで歩いて帰った。






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