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第4話・問題児 #06

 ☆




 小学校を卒業し、中学生になっても、青山梨花は相変わらずクラスの中心的立場にいた。さすがに中学生にもなっておもちゃでクラスメイトの気を引くという方法を使っていたわけではない。その頃になると、母親から、通常ではありえないほどのお小遣いを貰っていたのだ。


 病気から快復した父は、以前にもまして仕事に夢中になり、ほとんど家に帰って来ることは無かった。それをいいことに、母は相変わらず若い男を家に連れ込んでいたのだ。中学生ともなれば、さすがにそれがどういうことなのか分かった。そのことを母に話したら、お小遣いをたくさんくれるようになったのである。


 梨花はそのお小遣いを使い、人気の服やアクセサリー、化粧品などを買った。そして、プレゼントと言ってクラスメイトに配った。要するに、おもちゃが他の物になっただけで、やっていることは小学生の頃と変わらなかった。だが、それで十分だった。








「――あ、ねえねえ真奈美、このバッグ、良くない?」そう言って、智沙はファッション雑誌のページを開いて見せた。


「ほんとだ。カワイイね、これ」雑誌を見て、真奈美も頷く。


 智沙は真奈美と話しながらも、梨花の方にチラチラと視線を送っている。口では真奈美と言っているが、梨花に見てほしいことは明らかだった。


 梨花も雑誌を見る。今、女子中高生に人気のブランド、『エリーカウント』のトートバッグである。レース柄のドットがデザインされたビニール製のものだ。カワイイかどうかは、梨花にはよく分からなかった。


 梨花はスマートフォンを取り出し、慣れた手つきで操作しはじめた。すぐに、雑誌の物と同じバッグが見つかった。値段は、2万5千円ほど。中学3年生が買うにはちょっと頑張らないといけない値段だが、梨花にとっては、学校帰りにちょっと買って帰るくらいの値段だった。


「智沙の誕生日って、来月だっけ?」スマホを見ながら言う。


 智沙の目が輝いた。「うん、そう! 来月の、7日!」


「じゃあ、ちょっと早いけど、誕生日プレゼントってことで」梨花はスマホを操作し、バッグを購入した。


「え!? いいの!? やったぁ! さすが梨花!!」席を立ち、梨花に抱きつく智沙。


「えー? 智沙、いいなぁ」真奈美はうらやましそうに智沙を見る。


 智沙は梨花に抱きついたまま真奈美を見る。「真奈美は、先月の誕生日に、ジャケットをプレゼントしてもらってたじゃん」


「そうだけどさあ」頬を膨らませる真奈美。


「そんなに拗ねないの」梨花が真奈美に言った。「じゃあ、今度のクリスマスには、2人に何かプレゼントするから」


「ホント! やったぁ! 梨花、大好き!!」


 抱きつく2人に、梨花は笑顔を返しながらも、内心、暑苦しく感じていた。


 智沙と真奈美は、中学になって仲良くなったクラスメイトである。もともとなのか、梨花がプレゼントするからなのかは分からないが、大のブランド品好きで、特に、最近流行の『エリーカウント』の商品を好んでいた。これまで彼女たちにプレゼントした品は数知れず。おかげで、2人は梨花の言うことはよくきいた。つまり、2人は梨花の取り巻きである。


 小学校時代、梨花が取り巻きを選ぶのは完全に気まぐれだったが、中学でこの2人を選んだのにはそれなりに理由があった。智沙と真奈美は、学年でもトップを争うほど成績が良かったのだ。高校受験は、市内一の進学校・聖園高校を受けるそうである。そんな成績優秀な2人は、相変わらず勉強はできない梨花にとって、宿題やテスト勉強などで大いに役に立ったのだ。


「――でもさぁ」と、真奈美が席に戻る。「中学卒業すると、梨花とお別れになるかもしれないなんて、さみしいね」


「そうだよねぇ」智沙も同意した。「ねぇ、梨花も聖園高校受けなよ? カンニングなら、協力するからさ」


「何ムチャなこと言ってるのよ」梨花は呆れ声で言う。「そんなの、うまく行きっこないわ」


 梨花の言う通りだった。市内一どころか全国的にも有名な進学校である聖園高校は、受験の監視も厳しいはずだ。そもそも、梨花の頭では、例えカンニングしても合格できないだろう。


「じゃあさあ、親に相談してみたら? なんとかしてくれるんじゃない?」智沙がさらに無駄な提案をする。コネや寄付金でどうにかなる学校ではない。


「イヤよ。聖園みたいに勉強だけしてるような学校に、あたしが行くわけないでしょ? あたしと別れるのがイヤなら、あなたたちが、あたしと同じ高校に来ることね」


 梨花は、市内の私立高校を受験するつもりだ。受験などあってないようなもので、学力よりも授業料、そして、寄付金が重視される学校である。


「それこそムチャだよ」智沙が口をとがらせる。「うち、ビンボーなんだし、親が聖園聖園ってうるさいし」


「うちも同じだよ」真奈美も言う。「ねえ、あたしら、卒業して別の高校に行っても、ずっと友達だよね?」


「何言ってんの。当たり前じゃない」そう口で言って、心で唾を吐いた。


「やったぁ。約束だよ?」


 智沙も真奈美も、嬉しそうにそう言った。もちろん、そんな約束など、梨花は知ったことではなった。新しい高校に行けば、新しい友達を見つけるだけだ。学校が違うのなら、この2人は必要ない。


 チャイムが鳴った。次の授業は国語だ。勉強はできない梨花だが、授業を受けるポーズだけは取らないといけない。教科書を出そうとして机の中を探るが。


「――あれ? 無いわ。おかしいわね」


 机の中に国語の教科書が見つからない。どうやら、家に忘れていたらしい。


「ん? どうしたの梨花?」真奈美が訊く


「家に教科書を忘れたみたい。困ったわね」梨花は腕を組んだ。授業は真面目に受けていないから教科書が無くても構わないが、国語の教師は忘れ物に厳しい人だった。小言を言われると面倒だ。事前に気付いていれば他のクラスの娘に借りられたのだが、チャイムが鳴ってしまったから、今からでは間に合いそうもない。


「そっか。そりゃ大変だね」と、智沙が言った。そして、クラスの前の方の席にいる女子に声をかける。「おーい、留衣。ちょっと、お願いがあるんだけど」


 呼ばれた生徒は、ビクッと、大きく震え、そして、怯えた表情で振り返った。「な……なに、智沙」


「梨花がさ、国語の教科書忘れて困ってるんだ。ちょっと、貸してくれない?」


「え……でも……あたしも教科書が無いと……困るし」


「誰か他のクラスの友達に借りてくりゃいいじゃん。優真とか、恭子とか。早くしなよ。先生が来るだろ?」


「で……でも、今から借りに行ったら……授業……遅刻しちゃうし……」


「ごちゃごちゃうるさいよ!」智沙は声を上げ、席を立って留衣の方へ行った。身を縮めて怯える留衣。智沙は机の上の教科書を取り上げると、それを梨花に渡した。「ハイ、梨花。あんなヤツので悪いけど、使って」


「ありがとう、助かったわ」梨花は智沙にお礼を言った。留衣には何も言わなかった。目も合わさなかった。


 小学4年のときに梨花を敵に回して以来、留衣は、ずっとこのような感じである。この頃の梨花は、クラスメイトをABCの3つのランクで分けており、留衣は最低のCランクだった。同じく梨花を敵に回した優真と恭子も、今は別のクラスだが、扱いは留衣と変わらないようだ。もう1人の彩美は、今は別の中学に通っているので、どうなっているかは分からない。まあ、恐らく留衣たちと変わらないだろう。


 その日、留衣は教科書を忘れたとして教師から怒られ、罰として大量の宿題を出された。梨花は、別にかわいそうだとは思わなかった。これが小学3年生の頃なら、留衣も、梨花のために智沙と同じことをしたはずだ。







 こうして、梨花は中学時代も変わらずクラス内で権力を振るっていた。中学を卒業し、高校に行っても、それは変わらないはずだった。そう思っていた。


 すべてがおかしくなったのは、中学3年の3学期、高校受験をすぐそこに控えた頃だ。


 学校から帰ると、珍しく家に父がいた。梨花をリビングのソファーに座らせ、真剣な顔で言った。母さんと、離婚することになった、と。


 そのこと自体は、別に驚きはしなかった。いずれはそうなると思っていた。父は仕事に夢中だったし、母は若い男に夢中だった。一緒にいる意味など無い。2人が離婚しても、梨花は特に困らなかった。もう母からお小遣いを貰えなくなるが、そのお金はもともと父の物なのだから、別に心配ないだろう。だから、離婚には反対しなかった。むしろ、賛成した。離婚すると決意した父を、応援したかった。梨花は、母のことは軽蔑していたが、父のことは、子供の頃と変わらず好きだった。父は仕事ばかりで家庭を顧みず、唯一してくれたことはおもちゃを買ってもらったことだ。世間の目には冷たい父親に映るだろうが、たかがおもちゃでも、それはまぎれもなく、梨花が父親から受け取った愛情だった。そして、母親からは愛情を感じたことは無かった。1度も。


 こうして、梨花の両親は離婚した。


 母の浮気は、恐らく父も知っていたはずだ。だが、父と母の間に慰謝料は発生しなかった。5年以上も浮気をしていたのだ。母と浮気相手に請求できる慰謝料は、かなりの金額になるはずである。請求したが裁判所で認められなかったのではない。父は、請求自体をしなかったのだ。しかしそれは、別に不思議なことではなかった。単に証拠が掴めなかったのかもしれないし、慰謝料の額でもめて離婚調停が長引くのを嫌ったのかもしれない。どうせもともとお金はあるのだから、父にとっては、慰謝料など些細な問題だったのだろう。梨花は、そう納得した。


 納得できなかったのは、梨花の親権を、母親が得たことである。


 これを知った時、梨花は、めまいを覚えた。なぜ、そんなことになってしまったのか。


 母の話によると、父は、親権を放棄したそうだ。


 信じられないことだった。自分は当然、父について行くと思っていた。仕事で忙しい父だが、それでも自分は愛されていると思っていた。何が間違ってこんなことになったのか、さっぱりわからなかった。


 子供が中学生ともなれば、父親と暮らしたいと主張すれば、それが認められる可能性は高い。しかし、梨花にそんな知恵は無かったし、仮に知っていたとしても、親権を放棄した父と暮らしたいと言うなど、プライドが許さなかっただろう。梨花は、母親と暮らすしかなかった。


 当然そこには、あの、浮気相手の若い男がいた。


 母親と浮気相手が借りた部屋は、4LDKのマンションだった。家賃は月20万。梨花の住んでいる街は、超を付けても差し支えないほど田舎だ。4LDKなら相場は10万弱。梨花と母親の2人で住むのに十分な広さの部屋なら、5万以下の物件も山のようにある。しかし、長年の贅沢暮らしが染みついた母に、そんな部屋で暮らす考えは無かったようだ。


 両親の離婚は3学期だったこともあり、中学のクラスメイトに知られることは無かった。しかし、予定していた私立高校を受験することはできなくなった。母は、梨花のために無駄に高い学費を払う気など無かったのだ。公立の高校を受験したが、梨花の学力で合格できたのは、街の落ちこぼれが集まる四木女子高校だけだった。


 母は、大学卒業後すぐに結婚したため、働いた経験が無く、離婚後も働きに出ようとしなかった。浮気相手も仕事をしている様子は無かった。なのに、生活水準は前と変わらない。慰謝料を請求されなかったため財産分与で得たお金は丸々残ったが、働かないで以前と同じ生活を長く続けられるはずもなく、1年と経たず、お金は無くなった。お金が無くなると、男も去って行った。それでも、母は働かなかった。収入は、毎月父から支払われる梨花の養育費だけ。4LDKの高級マンションは1Kの安アパートに代わり、同時に、母の相手も安い男に代わった。


 父は、長年秘書を務めていた新田と再婚したようだった。







 ――ん。




 ――かさん。




「梨花さん!」




 ☆




 玲奈の呼ぶ声で。




 梨花は、我に返った――。






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