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第4話・問題児 #01

■第4話登場人物■


青山(あおやま)梨花(りか)……四木高3年。ギャル系ファッション。転校生の宮沢玲奈を学校から追い出そうとしたり、大野先生に反抗的な態度をとるなど、四木高の問題児。


牧野(まきの)里琴りこ……四木高3年。不良系ファッション。常に青山梨花のそばにいる、無口な少女。テコンドーの達人。


葉山(はやま)未衣愛(みいあ)……ギャルグループの一員で、梨花の取り巻きの1人。


山口(やまぐち)万美(ばんび)……ギャルグループの一員で、梨花の取り巻きの1人。


宮沢(みやざわ)玲奈(れな)……四木高3年。県内1のエリート校・聖園高校からの転校生。


百瀬(ももせ)架純(かすみ)……四木高3年。モデルのようにカワイイ顔をしているが、毒舌家。


北原(きたはら)(あい)……四木高2年。学校一の天才で、ゾンビのことを研究している。


市川(いちかわ)美青(みお)……四木高2年。ツインテールがトレードマーク。自称四木高のハピネスチャージ。


白石(しらいし)彩美(あやみ)……青山梨花の小学校時代の同級生。


留衣(るい)……青山梨花の小・中学校時代の同級生。


優真(ゆま)……青山梨花の小・中学校時代の同級生。


恭子(きょうこ)……青山梨花の小・中学校時代の同級生。


智沙(ちさ)……青山梨花の中学校時代の同級生。


真奈美(まなみ)……青山梨花の中学校時代の同級生。


川口(かわぐち)……青山梨花の父親の会社の部下。


新田(にった)……青山梨花の父親の会社の部下。


マリリン(まりりん)……青山梨花が飼っている小犬。逃亡中。




「――『clean』は、物理的な汚れが無い状態、もしくは、潔白とか偽りないとか、道徳的な意味合いが強い言葉です。なので、ゾンビになった人を救うという意味では、『purification』や『purgation』、もしくは、『liberation』の方がいいと思います」


 宮沢玲奈の発言に、教卓に立つ市川美青を始め、クラス中の生徒の目が点になった。


「……えーっと、玲奈先輩。もう1度、ゆっくり言ってもらってもいいですか? 架純先輩が、聞き取れなかったみたいなので」


 美青がそう言うと、黒板の前に立つ百瀬架純が、いつものすました笑顔で言う。「議長、人のせいにしないでください。あたしはちゃんと聞き取れましたよ?」


 そう言いながらも、架純の手はチョークを持ったまま動く気配は無い。


 玲奈はゆっくりとした口調で言った。「パーフィケーションは、浄化という意味です。水とかを奇麗にする意味合いが強いですね。パゲイションも同じく浄化という意味ですが、こちらは、魂の浄化や罪障消滅と言った宗教的意味合いが強いので、どちらかと言えばこっちの方が適していると思います。リブレーションは、解放とか釈放という意味です」


「な……なるほど。さすがは玲奈先輩です。よく分かりました」全然分かってない顔の美青。後ろでは、架純がパーフィケーション、パゲイションと、カタカナで黒板に書いていく。


 四木女子高校月曜の6時間目は学活の時間だ。今日のテーマは、『ゾンビを殺す時に使う「処分」という言い方を改めよう』である。2週間前に行った緊急学活のテーマ『ゾンビに関する校則を見直そう』にも少し関連するが、「処分」というのは、いかにも情が無い言い方なので、何か他に温もりを感じるような言葉はないか、ということで始まったのだ。ちなみにテーマを提出したのは議長の美青本人である。黒板には、クリーン、浄化、解放、そして、いま玲奈が言ったパーフィケーションなどの候補が書かれていた。


 青山梨花は、学活の様子を冷めた目で見ていた。実にくだらないテーマだ。こんなことを決めて何の意味があるだろう。梨花以外の生徒もほとんどがそう思っているようで、みんな話し合いには参加せず、つまらなそうな表情で進行を見守っているだけだ。


「それでは、そろそろ時間も無くなってきたので、挙手による多数決で決めたいと思います」


 美青は、候補に挙がった言葉のひとつひとつ言い、賛成者の人数を数えていった。最も挙手が多かったのはパゲイションの2票で、他の案は0か1票という結果となった。要するに、ほとんどの生徒が手を挙げなかったのだ。


「では、この結果に基づきまして、ゾンビを『処分』するという言い方は、今までと変らずそのまま継続して使う、とさせていただきます! 拍手!」


 気持ちのこもってない拍手がパラパラと数回鳴った。結局今まで通りという、この1時間を無意味なものにしてしまう結果となったが、文句を言う生徒はいなかった。みんなもう、早く帰りたいとしか思っていない。


 チャイムが鳴った。今日の授業はこれで終了だ。


「それでは、以上で本日のガッ活、終了です! きりー……」


「あ、議長。最後にひとつだけ、いいですか?」


 美青が締めの言葉を言おうとしたところで、書記係の架純が手を挙げた。


「……なんですか、架純先輩。まさか、またガッ活の結果を覆そうというんじゃないでしょうね?」美青が怯えた表情で言う。2週間前の緊急学活の時も、決まりかけたところを架純の一言で覆されたのだ。


「ううん。今回の結果は、別にこれでいいと思うの」架純はすました笑顔で言った。「ただね、せっかく1時間も使ってみんなで話し合うんだから、次からは、こんなどうでもいいテーマよりも、ちゃんと意味のあることを話し合った方がいいと思うんだ」


「せ……先輩ヒドイです。せっかくあたしが考えたテーマを、どうでもいいだなんて」泣きそうな顔になる美青。


「だって、実際にどうでもいいことじゃない」架純は容赦なく議長を攻撃ならぬ口撃する。「こんなことより、話し合わなきゃいけないことは沢山あると思うの。例えば、少なくなってきた食料や物資の調達についてとか、大野先生が体調不良で長期休暇を取ることになったから授業をどうするかとか、あとは、いい加減新しい生徒会長も決めた方がいいかもね」


 テーマを否定され落ち込むかと思いきや、美青はパッと表情を明るくして。「いいですね! では、来週のガッ活は、そのテーマで行きましょう!」


 梨花は大きくため息をついた。こんなしょうもない学活を、来週もまたやるつもりなのか。テーマがまともでも、議長が美青では実のある話し合いになる可能性は低いだろう。そう思ったが、今日はもうこれ以上時間を無駄にしたくないので、何も言わなかった。


「では、今度こそ本日のガッ活終了! きりーつ! れーい! かいさん!」


 議長の号令で、ようやく生徒たちは解放された。


「やれやれ、やっと終わったか」梨花の隣の席の山口万美が大きく伸びをする。「美青のヤツも、よくこんなくだらない事を、毎回飽きもせずやるよね」


「まあ、いいんじゃない?」万美の後ろの席の葉山未衣愛が言った。「次の学活は、ちょっとはまともなテーマになりそうだし。あたしも、食料や授業のことは、気になってたんだ。ね、梨花?」


「――そうね」


 梨花は興味なさ気にそう言って、スマートフォンを取り出して操作し始めた。アウトブレイク後、携帯電話やインターネットなどの通信手段はすぐに使えなくなったが、2年生の北原愛が電話機やアンテナを改造し、学校内及び周辺地域に限り、通話とメールのやり取りは行えるようになっていた。もっとも、インターネットには繋がらないから、ツブヤイターやライーンなどのSNSは使えない。アウトブレイク前の習慣でなんとなくスマホを取り出してはみたものの、特にやることも無く、梨花はスマホをかばんの中にしまった。そのまま席を立ち、教室を出ようとする。万美と未衣愛、そして、虎のスカジャンを着た牧野里琴も帰り支度を整え、後を追って来た。


「あ、里琴さん。ちょっと、お願いがあるんですけど」


 廊下に出たところで、牧野里琴が呼び止められた。全員で振り返る。呼び止めたのは、転校生の宮沢玲奈だった。


「あ……え……と」呼ばれた里琴は、怯えたような表情で梨花を見た。


 梨花は、鋭い視線を玲奈に向ける。そして、玲奈と里琴の間に立った。「何の用かしら?」


 里琴との会話を遮った梨花に対し、玲奈は一瞬表情を歪めたが、すぐに笑顔に戻った。「あ、いえ、用があるのは里琴さんです」


「里琴への話はあたしが聞くわ。何の用?」梨花は腕組みして言った。


 玲奈の顔から笑顔が消えた。明らかに不満がありそうだ。「……実はあたし、今日、物資調達当番なんですけど、同じ班の茉優が休んでて。代わりに、里琴さんに一緒に行ってもらえないかなと、思ったんですけど……」


 西沢茉優はボクシング部の部員で、玲奈とは仲が良い生徒だ。今日は熱があるそうで、朝から休んでいる。彼女たちの班は玲奈と茉優の2人だけである。物資調達当番は、ゾンビだらけの学校外に出て、食料や必要な物資を調達してくるという危険な当番だ。ボクシング部員の茉優が休みなら、代わりにテコンドー使いの里琴を、と思うのは、自然な流れだった。


 だが梨花は、挑発するようにあごを上げ、言った。「里琴は行きません。同行者が必要なら、他を当たってちょうだい」


 玲奈は梨花を睨み返した。「梨花さんには訊いていません。あたしは、里琴さんに訊いているんです」


「里琴はあたしの班の一員なの。里琴のことは、あたしが決めるわ。里琴はあなたと一緒には行きません。茉優以外に友達がいなのなら、あなた1人で行くことね」


 玲奈は梨花をじっと睨んでいたが、やがて視線を外し、後ろの里琴に向かって言った。「里琴さん、お願い。一緒に行ってくれない?」


「しつこいわね、あなたも」玲奈の視線を遮り、きつい口調で言う梨花。「里琴は行かないって、言ってるでしょ?」


「行かないと言ってるのは、梨花さんです」負けじと言い返してくる玲奈。


 いまいましい娘だ、と梨花は思った。どうしてこう、里琴に話しかけようとするのだ。転校してきたときからそうだった。玲奈は、何かあると里琴に話しかけてくる。突き飛ばして追い払いたい衝動を抑え、梨花は、後ろの里琴に向かって言った。「里琴、あなた、玲奈さんと一緒に、外に行きたくないわよね?」


「あ……いや……」困惑と怯えが入り混じった里琴の視線が、梨花と玲奈の間を何度も往復する。だが、やがてその視線は梨花の足元に落ち、しばらくそのまま沈黙した後、消え入るような声で言った。「い……行かない」


「――ほら、あたしの言ったとおりでしょ?」梨花は、勝ち誇った顔で玲奈を見る。


 玲奈は、悲しみと憐れみが入り混じった目で里琴を見ている。


 ――そんな目で里琴を見ないで!


 梨花は、本当に突き飛ばしてしまいそうだったが。


「――あ、いた。玲奈ちゃん?」教室から、百瀬架純が出てきた。「今日、物資調達当番だったよね? 茉優が休みだから、あたしと美青で良かったら、一緒に行くけど?」


 玲奈はしばらく里琴を見ていたが、里琴は視線を落としたままだった。玲奈は、無理に作ったような笑顔で振り返った。「うん。架純ちゃん、お願いできる?」


「もちろん。さ、美青も、準備して」


「はーい」と、市川美青が可愛らしい声を上げた。「……フッフッフ。玲奈先輩、物資調達なら、この美青ちゃんにお任せください。今日も、とんでもないお宝を手に入れてみせますよ」


 玲奈は、1度振り返って里琴を見たが、里琴はうつむいたままだった。玲奈はまた悲しそうな顔をして、そのまま美青と一緒に行ってしまった。


「……梨花。いつまで、こんなことを続けるつもりなの?」玲奈と美青の背中を見つめたまま、架純が言った。


「知らないわよ。向こうが勝手に絡んでくるんだから、しょうがないでしょ?」


「玲奈ちゃんのこともあるけど、それより、里琴のことよ」架純が振り返って梨花を見る。顔からは、いつものすました笑顔が消えていた。「あなたの気持ちはわかるけど、里琴は、あなたの所有物じゃないのよ?」


「フン、余計なお世話よ」梨花は吐き捨てるように言い、架純から視線を外した。「里琴、帰るわよ」


 里琴と、未衣愛と万美が後ろからついて来る。架純はしばらくこちらを見ていたが、やがて、玲奈たちの後を追った。


 ――まったく、イライラするわね。


 梨花は、今の架純の言葉を思い出す。私の気持ちが分かる? 里琴は私の所有物じゃない? ふん、知った風な口を叩かないで。あたしの気持ちが、分かってたまるものですか。

 イライラした気持ちを抱えたまましばらく無言で廊下を歩く梨花だったが。


「――ねえ、梨花」未衣愛が、探るような表情で言った。「あたしは、架純の言う通りだと思うよ? 里琴のこと、正直に話しても大丈夫じゃないかな? 玲奈さん、そんなに悪い人じゃないと思うんだ。このままいつまでも隠し通せることでもないし」


「うるさいわね! あなたには関係ないでしょ!」梨花は、イライラを爆発させるように言った。


 その言い方に、戸惑った表情の未衣愛。


 万美が、未衣愛の代わって言う。「関係ないってなによ? 未衣愛は、友達として話をしてるんじゃない」


「ふん、何が友達よ。あんたらなんて、ただゾンビから身を護るために里琴が必要だから、あたしたちと一緒にいるだけでしょ?」梨花は、小さく笑ってそう言った。


 とたんに、万美の顔に怒りが満ちてくる。「梨花、あんた、あたしたちをそんな風に思ってたの?」


「何よ? 違うとでも言うの?」


 ひっぱたきそうな勢いで前に出てきた万美だったが、未衣愛が止めた。「やめて、万美」


「――――」万美は、無言で梨花を睨みつけた。


 未衣愛は、悲しげな視線を梨花に向ける。「梨花。今のが、梨花の本音だとは思わないよ。でも、ちょっと傷ついた。万美、行こう」


 未衣愛が足早に去っていく。万美はまだ何か言いたそうだったが、何も言わず、未衣愛の後を追った。


 しばらくその後ろ姿を不機嫌な目で見ていた梨花だったが、やがて視線を落とした。


 ――ああ、もう。ホント、イヤになる、あたし。


 胸に後悔の念が押し寄せてきた。なぜ、あんな事を言ってしまったのだろう? 未衣愛たちが梨花のことを思って言ってくれたのは分かっている。もちろん、ゾンビから身を護るために未衣愛たちが一緒にいるなんて、梨花も思っていない。未衣愛の言う通り、あれは本音ではない。だが梨花は、昔からああいった口喧嘩のような状態になると、相手が一番傷つくであろうことを、思わず言ってしまうのだ。そして、後から後悔するのである。


「あ……」


 里琴は困った表情でそばに立っていた。


「何よ? あんたも、行きたいなら行けば?」冷たい口調で言う梨花。これも、本当に里琴が行ってしまったら、後で後悔するのだが。


 里琴は目を伏せた。「あ……い……いや……なんでも……ない」


「ああ、もう! イライラするわね!」梨花はまた声を上げる。「言いたいことがあるなら最後まで言いなさいって、いつも言ってるでしょ!」


「あ……う……ん……」里琴は顔を上げ、1度、大きく深呼吸をし、そして、口を開いた。「ご……ご……ご……ご、ご、ご……」


 喉の奥に言葉がつっかえているような、あるいは、言うべき言葉が見つからないような、そんな感じで、「ご」という言葉を何度も繰り返す里琴。


 梨花の顔からは、それまでの不機嫌な表情が消えている。ただ黙って、里琴の言葉を待っていた。


「ごごごゴメン……ああああああたしの……たたた、ため……に……け、け、けっけけけんかに……な……なって……」里琴は、絞り出すように、ゆっくりと、そう言った。


 梨花は、今までの険しい表情が嘘であったかのように、まるで母親のような笑顔で言った。「別に、里琴が謝ることはないわよ。悪いのは、あたしなんだから」


 里琴は、またつっかえながら、ゆっくりと言う。「みっみいあとばんび……おおおおおおお……」


 梨花は、里琴の言いたいことが途中で分かっても、決して、途中で口を挟んだりしない。最後まで、里琴の言葉を待っている。


「おおおおおこってた」里琴は、時間をかけて、最後まで言い切った。


 梨花は、普段は玲奈や架純たちにはもちろん、未衣愛たちにも使わない優しい口調で言う。「大丈夫よ。後で謝っとくから。さあ、帰りましょう」


 里琴は小さく頷き、梨花と一緒に、普段寝泊まりしている教室へ向かった。






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