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第3話・教師 #10

「――大野先生が、PYC症候群?」


 保健室から少し離れた廊下で、梨花たちは聞き慣れない言葉に声を上げた。


 体育館から保健室に戻り、北原愛は、大野先生から詳しい話を聞いた。要領を得ない話を根気よく聞き続け、その症状が、以前本で読んだPYC症候群という精神疾患と、ピタリと一致したのである。


「PYC症候群って、精神疾患の一種だよね」転校生の宮沢玲奈だけが、その言葉の意味を知っているようだ。


「はぁい。玲奈さんは、いつも話が早くて助かります」愛が、いつものおっとりした喋り方で言う。「普段の異常な行動に、記憶の混同、被害妄想、幻聴、幻覚……PYC症候群については、あたしも本を読んで得ただけ知識ですがぁ、まず、間違いないと思いまぁす」


 そして愛は、PYC症候群と、大野先生の過去について、できるだけ詳しく説明した。


 説明を聞いた玲奈が言う。「――じゃあ、その9年前の出来事が原因で、大野先生は発病した、ということ?」


 愛は頷いた。「そうですね。大野先生は、9年前の事件で、穂波杏という教師に対し、ずっと罪悪感を抱いていたんだと思います。同時に、いつか復讐されるんじゃないかという怯えも持っていた。それが、同姓同名の1年生・穂波杏という幻覚を作りだし、その娘に殺される、という被害妄想になった。同時に、立花千夏という生徒への恐怖心が、梨花さんに重なった。複数の敵に襲われると思い込んだ大野先生は、自分を護るためには相手を殺すしかない、という結論に至る。しかし、それを実行するのは、教師として許されることではない。せめて、誰かにその行為を認めてもらいたい。親友の斉藤先生が生きていれば、相談できるのに。そういう思いが、斉藤先生が生きているという幻覚を作り出した。そして、斉藤先生から身を護る行為を認められた大野先生は、実際に行動に移した――そんなところですかね。まあ、全て、あたしの想像です。本当のことは、本人じゃないと分かりません。とにかく皆さんは、大野先生の言うことは、否定しないであげてください。こういった症状は、否定されればされるほど、本人はますます混乱し、より、妄想を強めていくのです。適当に話を合わせておくのが一番ですよ。後、大丈夫ですか? とか、しっかりしてください、というのも禁句です。これも、かえって相手を追い詰めるだけです。分かりましたか? 梨花さん」


「……分かったわよ。でも、それよりもっと重要なことがあるでしょ?」梨花が語気を強めて言う。「今大事なのは、大野先生が『サイコ』なのかどうかでしょ」


 その瞬間、その場にいた玲奈以外の娘が、鋭い視線を梨花に向けた。梨花は、しまった、という表情で口を押さえた。


 玲奈が、戸惑いの表情で全員の顔を見る。「……え……と、『サイコ』って、何?」


 みんなが視線を逸らす中、百瀬架純だけが、いつものすました笑顔で言う。「梨花、いくら大野先生が病気だと言っても、『サイコパス』なんて呼ぶのは、ヒドイんじゃないの?」


「……そうね。取り消すわ」梨花は、素直に非を認めた。


 気まずい空気が流れる。玲奈は、何かに気付いただろうか?


「そう言えばさ、梨花。ゾンビたちに襲われて、よく無事だったよね」話題を変えたのは、ボクシング部員の茉優だった。


「そうですよ! それ、あたしも聞きたいです!」ツインテールの市川美青が声を上げる。「南校舎の玄関で、携帯用の防犯アラームが鳴って、ゾンビさんが一斉に押し寄せたんですよね? 校舎へ戻る道は防火シャッターで塞がれている。こんな危機一髪の状況、どうやって切り抜けたんですか!?」


 梨花は、コホンと咳ばらいをした。「別に、大したことはないわよ。とっさに防犯アラームを外に蹴り出したの。ゾンビは音に反応するんだから、アラームを外に捨てれば、ゾンビは中に入って来ないでしょ? 後は、ゾンビがアラームに集中している間に玄関から出て、別の入口から戻っただけ」


「とっさにそんな判断ができるなんて、梨花先輩スゴイです!!」美青が興奮した口調で言った。


 梨花の後ろから、未衣愛が言う。「アラーム蹴り出したのは、里琴だけどね」


 梨花は、お黙りなさいという目で睨んだ。未衣愛はペロっと舌を出して引っ込み、その姿がおかしくて、みんな笑った。


「――さて。じゃあ、大野先生のことは愛に任せて、玲奈ちゃん、あたしたちは、先に教室に戻ろうか?」架純が、玲奈の方を見て言った。


「え? でも……」玲奈は愛を見る。


「ええ、大野先生はあたしたちで診てますから、大丈夫ですよ」愛は、にっこりと笑って言った。


「じゃあ、玲奈ちゃん、戻ろ? あたし、今日の授業のことで、いろいろ教えてほしいことがあるの。国語の『羅生門』って、結局、どういう話なの?」


 架純が腕を引っ張るので、玲奈は、仕方なくという表情で、教室へ向かった。「えっと……『羅生門』のテーマは、いろいろな見方があるけど、あたしが思うのは、生きるか死ぬかの状況に追い詰められた人間は、自己中心的で許されない考や行動でも、何かと理由を付けてそれを正当化し、最後には行動に移してしまうという愚かさを描いた――」


 玲奈たちの姿が見えなくなって、愛はつぶやくように言った。「架純さんも、話が早くて助かります。ここから先の話を玲奈さんに聞かせるのは、得策ではないですからね」


 茉優が、梨花に向かって言った。「――梨花。玲奈には、『サイコ』のことは内緒にするようにって、言ったろ」


 梨花はすまなさそうに目を逸らした。「悪かったわね。次からは、気を付けるわ」


「ホントにそうですよ」愛も頷く。「いずれは話さないといけないとは思いますけど、今はまだ、やめておいた方がいいです。ゾンビの処理でさえ、あれだけ大騒ぎした人なんですからね、玲奈さんは」


「だから、悪かったって言ってるでしょ? それより、話を戻すわよ」梨花は腕を組んだ。「で、どうなの? 大野先生は、『サイコ』なの?」


 茉優たちも、愛の方を見る。


『サイコ』とは、先ほど百瀬架純が言った『サイコパス』の略称というよりは、『サイコキラー』という意味が近い。アウトブレイク後、警察組織や司法制度が崩壊し、街では略奪や暴動などが横行した。この四木女子高校内も例外ではなく、この2ヶ月の間、多くの生徒や教師が暴れ出した。そんな、アウトブレイク後に少しおかしくなって暴れ出す人のことを、愛たちは『サイコ』と呼んでいるのだ。


 愛は、少し真面目な顔で話し始めた。「『サイコ』というのは、あたしたちが勝手にそう呼んでいるだけで、医学上の定義に基づいたものではありません。逆に、大野先生のPYC症候群は、医学上で明確に定義された病気です。そういう意味では、大野先生は、『サイコ』ではないと言えますね」


 納得がいかない表情の梨花。「でも、大野先生はおかしくなって、あたしたちを殺そうとしたのよ? だったら、立派なサイコじゃないの」


「もちろん、危険という意味では、大野先生をサイコと呼んでも、差支えないかもしれません。しかし、サイコとPYC症候群の明確な違いは、PYC症候群には、ちゃんとした治療法があるということです。多くの場合、適切な治療を施せば、ちゃんと治ります。別に、不治の病というわけではありませんから」


「じゃあ――」と、茉優が言った。「大野先生は、サイコとして処理しなくてもいいんだね?」


「いえ、そういうわけでもありません」愛は、さらに続けた。「PYC症候群が治るのは、あくまでも、適切な治療を施した場合です。PYC症候群は、主に薬物治療が行われます。ですが、こんなゾンビだらけの世界では、必要な薬を入手するのは難しいでしょう。何より、あたしの知識は、本を読んで得ただけの知識です。精神疾患の病状は人それぞれで、絶対に正しい治療法というのはありません。本に書いてある治療法が、はたして今の大野先生に当てはまるのかは、やってみないと分かりません。正直、素人がむやみに手を出すのは、危険だと思いますよ?」


 愛にそう言われ、茉優は腕を組み、黙り込んでしまった。


 梨花が言う。「じゃあ、結局どうするの? 大野先生を、サイコとして処理するの? しないの?」


 梨花は愛を見たが、愛は、首を横に振って茉優を見た。茉優は考え込んだままだ。沈黙だけが流れた。


 四木女子高校には、ゾンビに対する校則がある。ゾンビになった者は、頭を潰して処理するか、退学にするかの、どちらかである。しかし、サイコに関する校則は無い。無いが、サイコになった者の処理は、暗黙の内に決まっていた。


 サイコには、退学という選択肢は、無い。


 ゾンビは、学校の外に追い出せば、後は適当にウロウロしているだけだ。戦闘力は低いし、危険は小さい。しかし、サイコを追い出せば、追い出されたことを恨み、より凶暴性を増して、また学校に戻ってくるかもしれない。それは、大変危険なのだ。


 だから、サイコであるか、サイコではないか、の、判断は、簡単に言えば、その人を、殺すか、殺さないか、の、判断なのである。


 茉優は、まだ考えている。難しい判断だ。そう簡単に決めることはできないだろう。


 今までこのような判断は、話し合いの末、最終的には生徒会長の岡崎リオが決断していた。だが、岡崎リオはもういない。愛は、ただじっと、茉優が口を開くのを待った。


 やがて、茉優は静かに言った。「……大野先生は、まだ誰も殺してないわけだし、しばらく様子を見よう。できる範囲で治療してみて、回復の兆しがあれば良し。なければ、またその時考えればいいよ」


 その茉優の言葉に、愛は大きく失望した。


 実のところ愛は、大野先生はサイコとして処理するのが妥当だろうと考えていた。確かに、大野先生はサイコではなくPYC症候群である可能性が高いが、梨花の言う通り、生徒を殺そうとした時点で、もう危険であることは間違いない。PYC症候群を治療できるかできないかは五分五分である。仮に治療に成功したとしても、かわいそうだが大野先生はこの学校では何の役にも立っていない。生き残った生徒たちを支え、導いてきたのは、生徒会長の岡崎リオなのだ。大野先生がアウトブレイク後も生徒を見捨てず学校に残ってくれたことは愛も評価しているが、残念ながらそれだけでは、この学校には必要のない人物と言わざるを得ない。もちろん、愛も鬼ではない。必要ないからと言って処分するほど冷酷ではない。しかし、サイコと同じ危険性がある人物を、何の見返りも期待できないのに治療するほど優しくもなかった。大野先生は、早めに処分するべきだ。だが、あえてそのことは言わず、サイコであるかないかの決断をみんなに委ねたのは、誰が、どのように決断を下すかを見たかったからだ。岡崎リオがいなくなったことは、この学校にとっては大きな問題だ。今はまだみんな秩序を持って行動しているが、リーダーを失えば、やがてそれは崩壊するだろう。それを防ぐには、新たなリーダーが必要だ。


 茉優を見る。今回最終的に決断をしたのは茉優だが、それは、大野先生を処理するかどうかの決断ではなく、ただ問題を先延ばしにしただけだ。西沢茉優ではダメだ。岡崎リオの代わりは務まらない。格闘能力が高いからゾンビやサイコとの戦いには役に立つし、みんなの精神的主柱にもなる。しかし、それだけでは良いリーダーとは言えないだろう。もし、岡崎リオが生きていたら、今回どのような決断を下すかは分からないが、少なくとも、結論を先延ばしにするようなことはしないだろう。サイコとして処理をするなら処理をする。治療するなら治療する。最初からどちらかにはっきりと決め、それを最後まで実行する。そして、例えその結果が間違っていても、その責任を負う覚悟ができている。それが岡崎リオだ。残念ながら、茉優にリーダーは務まらない。


 しかし愛は、そのことを決して顔には出さず、いつものように笑う。「そうですね。では、あたしはできる限り、大野先生を治療してみまぁす」


 納得がいかない表情の梨花だったが、反対はしなかった。「フン。まあ、いいわ。何かあったら、あなたたちが責任を取りなさいよ?」


 そう言い残し、梨花は里琴たちを連れて行ってしまった。その背中を見ながら、愛は思う。青山梨花もダメだ。未衣愛や万美たち問題児グループをうまくまとめている点は評価できる。周りの人間がおとなしく言うことを聞いているのだから、少なからずリーダーの素質はあるのだろう。しかし梨花は、間違った決断をしたときに、その責任を負わされることを恐れている。だから、今回の決断は他の人に委ねた。そして、もしその決断が間違っていたときは、真っ先に決断した人を責めるだろう。重要な決断は人任せで、間違っていたらそれを責める。そのこと自体は、別に悪いことだとは思わない。リーダーに強い責任感を持たせるためには、梨花のように、その責任を追及する人が必要なのだ。しかし、そういう人は、当然リーダーには向いていない。自分で決断し自分で責任を取る人でないと、リーダーは務まらない。


 愛は、架純と玲奈が向かった教室の方を見た。百瀬架純は悪くない。誰もが言いにくいことを、彼女はためらいなく言うことができる。それは、今のこの学校では非常に重要なことだ。言いたくないことを言わなければいけない時、やりたくないことをやらなければいけない時は、数多い。架純は、それを実行できる人だ。また、さきほどのように、何も言わないのに宮沢玲奈を会話の輪から外すといった、様々な方面に目が届く。先日の、ゾンビに関する校則を見直すために行った学活の時もそうだ。架純は、ただ1人問題の本質を見抜き、玲奈と茉優を話し合わせるという形で、問題を解決した。架純には、リーダーの素質がある。だが、架純はリーダーよりも、リーダーをサポートする役の方が向いているだろう。どんなリーダーだって、1人ですべてを完璧にこなすことはできない。リーダーをサポートする役は、絶対に必要である。リーダーも人間である。重い決断をするときには心が苦しいから誰かに相談したいだろうし、グループが大きければ、すべてに目が届かないこともある。できれば架純には、そういったことをフォローする役、いわば、副リーダー的なポジションを任せたい。その方が、架純はよりその能力を発揮できる。リーダーと副リーダーは、似ているようで全然違うのだ。リーダーは、他の人物に任せた方がいい。


 宮沢玲奈は論外だ。玲奈は、致命的に甘すぎる。ゾンビ化した生徒の処理ごときでいちいち騒ぐようでは、このアウトブレイク後の世界では通用しない。岡崎リオの幼馴染ということで期待していたが、完全に期待外れだった。確かに、岡崎リオと玲奈はタイプが似ている。学力も体力も同程度だし、他人を思いやる性格も同様だ。だが、似ているのは、あくまでアウトブレイク前までのことだ。アウトブレイク後、2人の置かれた環境はまるで違う。岡崎リオはアウトブレイク後、生徒たちの先頭に立って、様々な問題を解決してきた。対して玲奈は、この2ヶ月間はずっと家にこもって、外に出なかったそうだ。つまり玲奈は、まだアウトブレイク後の世界に順応できていないのだ。それが、致命的な甘さに繋がっている。そんな人に、リーダーは任せられない。


 最後に愛は、市川美青を見た。


 美青も、その視線に気づく。


「…………」


「…………」


「…………」


 愛は、大きくため息をついた。


「……なんか今、愛ちゃんにバカにされたような気がしたんだけど」頬を膨らます美青。


「え? そんなことないですよぉ? 美青ちゃんはぁ、いっつもみんなを笑顔にして、偉いなぁ、と、思ってます」


「え? そう? よく分からないけど、ほめられちゃった。えへへ。」恥ずかしそうに笑う美青。


 何をどう思ったら今の流れを褒めたと思えるのか、愛には理解不能だった。だが、今言ったことは本心だった。市川美青は、ムードメーカーとして、クラスの気分を盛り上げることができる。絶望的な環境の中でもみんなが悲観的になりにくいのは、この娘の影響が大きい。その点は、十分に評価できた。だが、当然それだけでリーダーを任せることはできない。愛は、この学校を、お笑い芸人の養成所にするつもりは無かった。


 愛は、廊下に残った美青と茉優に気付かれぬよう、心の中でため息をついた。岡崎リオの代わりはいない。彼女が死んだことは、想像以上に大きな損失だった。早々に、何か対策を立てなければならない。


「あ、そう言えば、愛ちゃん茉優先輩、大変です」美青が、いつものように大して大変そうじゃない口調で言う。


「ん? 何が?」茉優が頭を傾けた。


 美青は、小さく手招きをし、内緒話をするような小さな声で言った。「……実はあたしも、PYC症候群かもしれません」


 愛と茉優は顔を見合わせる。PYC症候群。大野先生が発症したと思われる、幻覚や幻聴をともなく精神疾患だ。


 愛が優しく訊いた。「何か、心当たりがありますか?」


 美青は辺りを警戒するように見た。「この前茉優先輩にも言ったんですけど、あたし、校舎内で、岡崎先輩を見たんです」


 茉優は呆れた表情になる。「顔色がすごく青白くて、微妙に透けてて、足が無いってやつ? あんた、まだそんなこと言ってるの?」


 美青は視線を茉優に向けた。「だって、あの1回じゃないんですよ? あれから何度も、いろんなところで見てるんです。教室とか、トイレとか、生徒会室とか」


「で、その後、岡崎さんはどうなるの?」


「分かりません。気が付いたら、いつもあたし、お布団の中なんです」


「美青。だからそれは、夢だって言ってるだろ」


「夢にしたって、そう何度も見るのはおかしいじゃないですか。あれ、幽霊じゃなければ、幻覚ってことで、あたしも、PYC症候群に侵されてるのかもしれません」


「そうか。じゃあ、美青は危険だから処理しよう」茉優は、バキバキと右手を鳴らした、


「……なんであたしだけそうなるんですか。愛ちゃーん、助けてくださーい」美青は、青ざめた顔で愛に言った。


 愛は笑って答えた。「大丈夫ですよ、美青ちゃん。茉優さんの言う通り、それはPYC症候群ではありません」


 それを聞いた美青は、ますます顔を青くする。「PYC症候群ではない……じゃあ、やっぱりあの岡崎先輩は、幽霊!?」


 茉優はまたまた呆れ顔になった。「バカ。そんなわけないだろ。幽霊なんて、非科学的な」


「そんなこと言ったらゾンビだって十分非科学的じゃないですか! 愛ちゃーん。あたし怖いですー。岡崎先輩、きっと茉優先輩のこと恨んでるんですー。茉優先輩が、呪い殺されちゃいますー」


「なんでそうなるの。愛、なんか言ってやって」茉優は、愛を見た。


「…………」愛は、腕を組み、無言で下を向いた。


「どうしたの? 愛」茉優は、愛の顔を覗き込んだ。


「ああ、いや、ゴメンなさい」顔を上げる愛。「美青ちゃん、それ、すごく面白い話ですね」


 美青は目を輝かせる。「でしょでしょ? やっぱり、岡崎先輩の幽霊、いるでしょ?」


「……そんな。愛までそんなこと言うの?」茉優は戸惑う。


「はい。だって、美青ちゃんの言う通り、ゾンビは、今の科学では説明がつきません。死体が歩くんですから、魂がさまようってことも、十分ありますよ」


「魂が……さまよう?」


「そうです。あたし、今の美青ちゃんの話を聞いて、おもしろい仮説を思いつきました。人間は、肉体と魂という2つの存在から成り立っていると考えてください。その2つは、なんらかの原因で分離してしまうことがあるんです。魂が分離した肉体は、一見死んでいるように見えますが、本当は死んでおらず、歩いたり、食事をするといった、簡単な行動は行うことができる。魂を失ってさまよう肉体。それが、ゾンビの正体です。そして、魂が分離した肉体が存在するのならば、肉体が分離した魂も存在しているはずです。ゾンビとは反対の、肉体を失ってさまよう魂。それが、美青ちゃんが見た、岡崎さんの幽霊の正体ではないでしょうか?」


「そんな……じゃあ、やっぱり岡崎先輩は……茉優先輩を……」ムンクの叫びのようなポーズの美青。


「そうです」声のトーンを下げる愛。「魂を失った肉体であるゾンビが、生きている人だけを襲って食べるように、肉体を失った魂である幽霊も、生きている人を襲って、その魂を食べてしまうのです!!」


 がおー! と両手を上げて美青に襲い掛かる愛。美青は、悲鳴を上げてその場を逃げ回り、茉優は冷めた目でそれを見ていた。


「……なーんてね。冗談ですよ、冗談。幽霊なんて、いるわけないじゃないですか」愛は、手をひらひらさせて笑った。


「なんだ、そうですか。良かった」ケロリと元の表情に戻る美青。


「まったく、2人で幽霊ごっこでもゾンビごっこでもやってな」茉優は、やれやれと首を振った。「あたしもそろそろ戻るけど、大野先生のこと、任せて大丈夫?」


「はぁい。あたしと美青ちゃんで、ちゃんと診てますから」愛は笑顔で応えた。


 茉優は美青に、「愛の治療の邪魔をするなよ」とクギを差し、教室へ戻って行った。


 愛は、茉優の背中を見つめる。大野先生を治療するのは気が進まないが、まあ、何かあったら茉優が責任を取るだろうし、とりあえず、やれるだけやってみよう。ちょうど、ゾンビを使った実験にも、飽きてきたところだ。


 愛は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のような笑みを浮かべた。






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