第1話・転校生 #03
☆
そこは、何も無い、白一色の世界だった。
自分という人間が存在する以外、地面も、空も、上下の感覚さえも無かった。
しかし、不思議とそのことに疑問は沸かなかった。ここはこういう世界なんだ――宮沢玲奈は、何故か、そう納得していた。
何も無い白一色の世界を、とぼとぼとしばらく歩いていると。
――いい? 玲奈。よく聞くのよ。
名前を呼ばれた。
――あれ? この声。すごく聞き覚えのある……でも、なつかしい……もう2度と聞くことは無いと思っていた、この声は……。
辺りを見回す。いた。少し離れたところに、しゃがんでいる。
お母さん――。
それは、1週間前死んだはずの、母の姿だった。
「お母さん!」
呼び返す。
でも。
母は、こちらを見なかった。
しゃがみ、誰か別の人に向かって話しかけている。
母の前には、玲奈がいた。
――へ? あたし?
それは、間違いなく玲奈だった。しかし、背は今の半分くらいしかない。顔も幼い。小学校に入るか入らないくらいの年頃だろうか。
「いい? 玲奈。よく聞くのよ」
母は、ハッキリとした口調で言った。よく見ると、母も今より少し若い。「玲奈は、小学校に入ったら、うんと勉強して、中学校でもいっぱい勉強して、それで、聖園高校に行くの。いいわね?」
小さい子供に言い聞かす口調の母。
「うん! あたし、いっぱいいっぱい勉強する!」
小さい子供の玲奈が応える。
――あ、これって。
記憶がよみがえる。
これは、小学生の頃の玲奈だ。
この頃、いつも、母から言われていた。
いっぱい勉強して、聖園高校に行きなさい。
聖園高校。市内で一番の進学校。卒業後はほとんどの生徒が、日本でもトップクラスの大学に進学する、エリート中のエリートが集まる高校だ。ブラウンを基調にしたブレザーの制服は、多くの中学生の憧れであり、この制服を着ることは、この街ではひとつのステータスだ。聖園高校に行きなさい。それが、この頃からの母の口癖。そして。
「――勉強しない子は、四木女子高校に行かないといけなくなるの。玲奈は、そんな子じゃないわよね?」
――そうだ。
勉強しない子は、四木女子高校に行かないといけない。
小さいころ、母はよくそう言っていた。
「ヨツギ女子高校には、行っちゃいけないの?」あどけない表情で訊く幼い玲奈。
「そうよ」母は、真面目な顔で言った。「あそこは、勉強のできない、落ちこぼれの子が行く高校なの。遠いし、山の上にあるし、通うのも大変。玲奈は、そんな学校に、行きたくないでしょ?」
「うん。あたし、遠いのはイヤだな」
「でしょ? だから、たくさん勉強するのよ? いいわね?」
「うん! あたし、たくさん勉強して、ミソノ高校に行く! 絶対絶対、ヨツギ女子高校には行かない!」
「そう、良い子ね――」
母は、玲奈の頭をなでた。
そうだ。
あたしは、聖園高に行くんだ。
四木女子高には、絶対に行かない。
それが、玲奈の目標だった。
だから、勉強した。
その甲斐あって、玲奈は、聖園高に合格できた。
でも、あの娘は――。
☆
玲奈は、そこで目を覚ました――。