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第2話・ボクシング部員 #05

 ガラガラ、と、教室のドアが開き、茉優は我に返った。ちょっと、ぼうっとしてしまったようだ。時計を見る。授業が始まって5分ほど経過している。忘れ物を取りに行った大野先生が戻って来たのかな? と思い入口を見たが、教室に入ってきたのは未衣愛と万美だった。本日の物資調達係で、梨花の取り巻きの2人である。


「すみませーん、ちょっと遅れましたー」未衣愛が教室を見回す。「……あれ? 大野先生は?」


「さぁ? なんか、忘れ物を取りに行ったみたいよ」つけまのチェックを終え、再び前髪のチェックに戻っている梨花が、やっぱり興味なさ気に応えた。


「そっか。ラッキー」未衣愛と万美は喜んで席に着いた。


「――で? どうだったの? 物資調達の方は?」茉優が訊く。


「ダメだよ。この近くはもう、何も残ってない」万美が答えた。


 アウトブレイクで世界にゾンビが溢れるようになって2ヶ月。学校近くのスーパーやコンビニからは、もうすでに、食料や電池など使えそうな物資は無くなっていた。もちろん、ほとんどは茉優たち四木高の生徒が調達したからで、缶詰やレトルト食品など、長期保存が可能な食料は備蓄してある。しかし、それも決して十分とは言えない。現在はスーパーやコンビニだけでなく、民家を1軒1軒調べたり、少し遠くの店まで足を延ばしたりしているが、成果はほとんど上がっていない。


「――まあ、『10年は大丈夫』って言ったのは大野先生なんだから、いざとなったらなんとかするんじゃないの?」梨花が皮肉っぽく言った。


 学校の購買や、周辺にあるコンビニやスーパーから食料を調達し続ければ、後10年はここで生活できる――そう言ったのは、確かに大野先生だ。しかしこれは、アウトブレイクが発生して不安がる生徒を安心させるために言ったことであり、根拠は無いということは、すでに殆どの生徒が知っていた。ゾンビ研究家の北原愛が正確に計算したところ、このまま新たな食料が確保できなければ、早ければ2ヶ月ほどで今の食料は無くなってしまうらしい。それまでに、なんらかの対策を立てなければならない。


「それより――」転校生の宮沢玲奈が言う。「もう1人の、美寿々さんは、どうしたんですか? まだ来てないみたいですけど……」


 言われて茉優も気づく。確かに、教室に入ってきたのは未衣愛と万美の2人だけだ。もう1人、2年生の寺田美寿々の席は、相変わらずダミーゾンビが座っている。


「あ、そうだった」未衣愛が思い出したように言う。「坂の下のスーパーの所で、ゾンビの群れに襲われてさ。数が多かったから逃げたんだけど、美寿々がゾンビに咬まれちゃって、そのまま置いてきた」


「置いてきた……って、そんな……」玲奈の顔に戸惑いが浮かぶ。


「あら? そうなの。残念」全く心がこもってない口調の梨花。枝毛のチェックに忙しいようだ。玲奈の表情が、戸惑いから怒りに変わっていくのが分かった。マズイな、と、茉優は思った。


「それでさぁ、次の物資調達当番なんだけど――」万美が言う。「あたしたちの班、2人になっちゃったからさ、もう1回、メンバー決め直そうよ? さすがにあたしと未衣愛の2人じゃ、キツくて」


「あ、賛成」未衣愛が手を挙げる。「ねぇ、梨花。里琴を、あたしたちの班にちょうだい。お願い」


「あ、ずるい!」別の生徒が声を上げる。「あたしたちの班だって、戦闘力低くて、いつもキツいんだからね。メンバー決め直すなら、クラス全員でやろうよ」


「やーよ。あたし、里琴と一緒じゃなきゃ、校舎の外になんて絶対出ないから」梨花が言う。「班のメンバー決め直すなら、あなたたちだけでやってちょうだい。里琴は、あたしたちの班だから」


 まるで美寿々が突然転校でもしてしまったような雰囲気だ。いや、転校したとしても、もっと重苦しい雰囲気になりそうなものだ。


「……どうして……そんな……」玲奈が、静かにつぶやく。


「はい? 何か言った?」梨花が玲奈を見る。


「どうしてそんなに、みんな冷たいんですか!?」叫び、机を叩いて立ち上がる玲奈。


 突然のことに驚き、クラス全員、驚いた顔。


「あー、玲奈。ちょっと、1回落ち着こうか」茉優は玲奈を座らせようとする。が。


「落ち着いてなんかいられないわよ! クラスメイトが……仲間がゾンビに咬まれたんだよ!? それを見捨てるなんて……それを助けに行く相談をするならともかく、班のメンバーを決め直す!? みんな、どうかしてるんじゃないの!?」


「何を1人で熱くなってるのか知らないけど――」梨花が腕を組み、立ち上がって玲奈を睨んだ。「ゾンビに咬まれた生徒は退学、って、校則で決まってるの。だから、美寿々はもうクラスメイトじゃないわ」


「校則って……そんなふざけた校則、あるわけが――」


「いや、あるんだよ、玲奈」玲奈の言葉を遮るように言う茉優。「『ゾンビに咬まれた生徒は退学となる』って。他にも、『ゾンビになった生徒は退学、もしくはすみやかに頭を潰し、処分すること』とか、『死んでしまった生徒は頭を潰すか首を斬り落とし、校外へ埋葬する』とか、アウトブレイク後にできた校則があるんだ。1ヶ月前、みんなで話し合って、作った」


「そんな……そんなのって、ヒドイ! ゾンビに咬まれたりゾンビになった仲間は見捨てていいなんて校則、ヒドすぎる!! あたしは認めない! そんな校則、絶対認めない!!」


 梨花は腰に手を当てた。「やれやれ、ミソ校からの転校生さんは、とんだ不良なのね。あなたの居たエリート校ではどうだったのか知らないけど、この四木女子高校には、四木女子高校のルールがあるの。決められた学校のルールに従うのは生徒の義務でしょ? そのルールに納得できないのはあなたの勝手だけど、従えないのなら、この学校から出て行くしかないわね」


 このクラス1の問題児のくせによく言うよ、と、茉優は思ったが、言ってることはまあ正しいので、口は挟まないでおいた。


「――いいえ、梨花先輩。それは違うと思います」


 そう言って、静かに立ち上がった生徒を見て。

 茉優は、まためんどくさいことになった、と、頭を抱えた。近くの席なら殴ってでも黙らせたのだが、茉優からは離れた席にいるので、止めることができない。くそ。波動拳の修行でもしておくべきだった。


「違うって、何がよ?」立ち上がった生徒を睨む梨花。


「決められた学校のルールに従うのは生徒の義務……それは正しいと思います。どんなに納得がいかないルールでも、それを破る権利は、我々にはありません。でも、納得のいかないルールに対し、異議を唱え、話し合う権利はあるはずです! だってそうでしょう?『ゾンビに咬まれた生徒は退学となる』という校則だって、もともとこの学校には無かったんです。アウトブレイクが発生して、今までの校則では対応しきれないことがたくさん起こったから、みんなで話し合って、決めたんです! 玲奈先輩が、今の校則にどうしても納得できないというのなら、もう1度、みんなで話し合うべきではないでしょうか?」


「話し合うって、どうやって?」と、梨花。


 立ち上がった生徒、ツインテールの2年生・市川美青は人差し指を立てて、宣言した。「それは――ガッ活です!!」


「学活!?」クラスのみんなが一斉に声を上げる。


 学活――すなわち学級活動。この高校では学活の時間帯を生徒たちに開放し、自由な討論の場として活用している――。


 なんて言ってる場合か。ああ、やっぱり、めんどくさいことになった……茉優は、ガックリと肩を落とした。






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