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第1話・転校生 #15

 朝。


 玲奈は、教室の前に立っていた。

 昨夜、リオと、そして、茉優から貰った、四木高校の制服を着て。

 もうすぐ授業が始まる時間だ。教室からは、楽しそうにおしゃべりする声が聞こえてくる。恐らく、クラスのみんな、そろっているだろう。


 ――よし。


 小さく気合を入れ、教室のドアを開けた。

 みんなの視線が一斉に集まり、教室は、一瞬にして静まり返る。

 玲奈は教室の中に入り、みんなの前に立った。

 そして、クラスのみんな1人1人を見るように、ぐるりと教室内を見回す。

 梨花と目が合った。


 ――あんた、まだいたの? さっさと出ていけよ。


 そういう視線。

 そんな梨花に向かって、玲奈は、とびっきりの笑顔を返す。

 そして、その笑顔を、みんなにも向けた。

 茉優と目が合う。

 がんばって――そういう目の茉優。

 玲奈は小さく頷くと。

「――聖園高校から転校してきました、宮沢玲奈です」


 自己紹介を始める。

 宮沢玲奈という人間を、みんなに知ってもらうために。

 昨夜、茉優に言われた通り。

 本音で語る。


「好きなものは、アイドルで、夢は――」


 自分の好きなものを、夢を、語る。


「夢は、アイドルになることです!」


 もう、隠さない。

 母のように、反対する人もいる。智沙や真奈美のように、笑う人もいる。

 でも、それがなんだ。

 反対されても、笑われても。

 好きなものは好きだし、夢は夢だ。

 恥ずかしがることなんてない。隠すことなんてない。

 堂々と、言えばいい。


「いつか、アイドル・ヴァルキリーズに入って、センターポジションに立って歌うのが、今の目標です。みんな、応援してくれるとうれしいです」


 リオにも負けない笑顔でそう言って。


「これから、どうぞよろしくお願いします」


 頭を下げた。

 短い挨拶だけど。

 宮沢玲奈という人間を知ってもらうには、十分だろう。

 頭を上げる。


 すると。


 パチパチパチ。


 手を叩く音。茉優だ。

 続いて、隣の美青が手を叩き。

 その隣の、架純が叩き。

 さらにその隣の娘が叩き。

 最初はまばらだった拍手は、やがて、クラス全体に広がって行った。

 良かった。とりあえず、自己紹介は成功だ。


「ハイハーイ! 質問、いいですか?」そう言って手を挙げたのは、ツインテールの美青だ。「ヴァルキリーズの中で、玲奈先輩の推しメンは、誰ですか?」


 推しメン。イチオシのメンバーのことだ。玲奈は笑顔で答える。「基本的にはメンバー全員好きですけど、あたしの一番の推しメンは、前園カスミちゃんです」


 そう言った瞬間。

 しーん。

 教室が、静まり返る。


 ――ヤバイ、やってしまった。


 後悔したが、もう遅い。


 好きなメンバーを訊かれた時、誰の名前を挙げるか――それは、玲奈たちのようなアイドル好きの間では永遠の課題だ。アイドル好き同士での会話なら誰を挙げても問題ないが、あまりアイドルに興味のない一般人から訊かれた時、好きなメンバーが有名でない娘だった場合、今のような、「誰? そいつ」という、なんとも微妙な空気になってしまうのだ。玲奈の推しメンである前園カスミは、残念ながら知名度が低いメンバーの1人だ。いわゆる、『干され』というヤツである。ここはやはり、一般的に知名度のあるメンバー、例えば、ヴァルキリーズ最年長のインテリアイドル・緋山瑞姫とか、超絶マジメのキャプテン・篠崎遥とか、キャプテンの親友でヴァルキリーズの優しいお姉さん・桜美咲とか、武術もできる白衣の天使・藍沢エリとか、その辺の人気メンバーの名前を挙げておくのが無難だっただろうか。しかし、そんなことをしたら、前園カスミに合わす顔が無い。


 ……などと玲奈が考えていたら。


「カスミちゃんですか!? あたしも好きです!!」美青は、勢いよく立ちあがって言った。おお! と、声をあげそうになる玲奈。こんなところで同志に出会うとは。


「美青、前園カスミって、誰だっけ?」隣の席の架純が訊く。


「何年か前に、くじびき大会で優勝してセンターポジションやった娘ですよ! 少し前のゲームの大会でも、岩になる能力で大活躍だったじゃないですか!? テレビで見てないですか?」


「あー!! 見た見た!! あの娘、おもしろいよね!!」架純は目を輝かせる。


「あたしは、あのゲームの大会で優勝した娘、かわいくて好きだなぁ」後ろの席の娘が言った。


「真理ちゃんですか!? 剣道と薙刀の達人で、今や卒業した深雪ちゃんや亜夕美ちゃんの後を継ぐ絶対エース! 『2人のブリュンヒルデの血を受け継ぐ者』と呼ばれてます!!」


「あたしは断然、燈ちゃん!」一番端の娘が手を挙げる。

「あたしは葵ちゃん! アイドルでピアニストって、素敵じゃない?」その隣の娘が言う。

「あたしは祭ちゃん!!」反対側の娘が言う。

「あたしは絶対、六期生の神坂智恵理ちゃん!! 読者モデル時代から大ファンなの!!」その隣の娘が言う。

 教室は、いつの間にか。

 ヴァルキリーズの話で大盛り上がりになった。


「はいはいはーい!!」美青が再び手を挙げた。「玲奈先輩、ヴァルキリーズ目指してるってことは、やっぱり、歌とか振付とか、完璧なんですか?」


 それで、みんなの視線が玲奈に戻る。


「えーっと、まあ、大体は踊れる、かな?」


「すごいです!! 見てみたいです!!」美青がそう言うと、みんな一斉に、拍手を始めた。これは、断れそうにない雰囲気だ。


「えーっと、じゃあ、先日発売された、ヴァルキリーズの最新曲、歌います」


 そう言って、玲奈は、いつかヴァルキリーズのオーディションを受ける時のために覚えた、歌と振り付けを、ノリノリで披露した。サビの部分を歌い、踊り終えると、教室はもう、大盛り上がりだった。


 それは、きっと。

 みんなが、玲奈をクラスメイトとして受け入れてくれたということだ。

 玲奈は、嬉しくて。

 笑顔を返した。

 梨花を見る。

 拍手はしていない。玲奈と目が合うと、フン、と、鼻を鳴らし、目を逸らした。周りの娘たちも、同様だった。

 まだ、玲奈のことをクラスメイトとして認めてもらえていないのかもしれない。でも、昨日のように、出ていけ、とは言わなかった。

 玲奈は、もう1度クラス中を見回し。

 深く、深く、頭を下げた。


 ――あたしは、転校生として、このクラスに受け入れられた。


 そう思った。




 ――そうだ。リオに、お礼を言わないと。


 玲奈は顔を上げ、リオの姿を探した。


 ……あれ?


 教室に、リオの姿は無かった。

 昨日、リオが座っていた、窓際の、前から3番目の席は、ポツンと空いている。


「……あの、岡崎さん……リオは?」美青に訊いてみる。


「岡崎先輩ですか? そう言えば、朝から見てないですね。遅刻じゃないですか?」首をひねった。


 遅刻……か。意外だなと、玲奈は思った。リオとは幼稚園からの付き合いだが、彼女が遅刻をした記憶はない。もしかしたら、風邪とかでお休みなのだろうか? なら、授業が終わったらお見舞いに行かなくてはいけない。


 その時。

 教室のドアの側に、1人の女生徒が現れた。

 うなだれ、顔は見えないが、背中まで伸びた黒髪を首の後ろで束ねた髪型と、黒縁のメガネ。岡崎リオだ。


 玲奈は、笑顔でリオの元へ駆け寄った。「良かった。風邪とかじゃなかったんだ。リオ。昨日は、いろいろありがとう。リオのおかげで、あたし、このクラスの一員になれたよ」


 ――そう、良かったね。


 リオは顔を上げ、いつもの笑顔でそう言ってくれるはずだった。


 しかし。


 顔を上げたリオに、笑顔は無かった。


 リオは、異常な顔色をしていた。

 例えるならば、それは、1日中陽の光の当たらない深い森の中の、腐った土の色。

 生気の無い、淀み、濁った水のような目で、血を流す目で、玲奈を見る。

 そして、歯を剥き出しにし。

 両手を上げ、玲奈に襲い掛かって来た。

 まるで、外を徘徊しいている、ゾンビのように。


 ――え? リオ?


 何が起こったか分からず、ただ立ち尽くす玲奈。

 リオは、玲奈の両肩を掴み。

 首筋に向かって、顔を近づけてくる。


 ――なんなの、これ?


 動けない玲奈。


 横目に、茉優が走って来るのが見えた。

 右手に、シャーペンを持っている。

 その手を振り上げ。

 リオの顔に、叩きつけた。

 ぐぁ、と、ガマガエルを踏み潰したようなうめき声をあげ、よろよろと後退するリオ。

 その左眼に、茉優のシャーペンが、深々と突き刺さっていた。


 ――え? 何?


 訳が分からず、ただ立ち尽くすしかできない。


「玲奈? 大丈夫?」


 茉優が何か言っているが、答えることができない。ただ、リオを見つめる。

 リオは、不思議そうに首を傾げる。左眼に刺さったシャーペンが気になるのか、手で、何度も触る。うまく掴めないようだ。やがて諦めたのか、シャーペンが刺さったままの目で茉優を見て、再び両手を上げ、襲い掛かって来た。


「シャーペンじゃ、脳まで届かないか。ったく、あたし、ケガ人なんですけど」


 茉優は、めんどくさそうにそう言って。

 右手に、ナックルダスターをはめた。

 そして、リオの頭に向かって、拳を叩きつける。


 ガツン!


 鈍い音が、教室中に響き渡る。

 バタリ、と、リオは仰向けに倒れた。


 ――ゾンビを倒すには、頭を潰す。


 玲奈の頭に、昨日、茉優から教わった、ゾンビの倒し方が浮かぶ。

 リオが顔を上げた。シャーペンの刺さった目で、恨めしそうに、茉優を見上げる。左手を伸ばす。

 茉優は、その左手を踏みつけ、もう1度、拳を振り上げた。


 ――え……え? 何?


 分からない。茉優は、何をしようとしているのだろう? ゾンビを倒そうとしているのだろうか? でも、倒れているのはゾンビではない。リオだ。この学校の生徒会長で、茉優とも仲が良さそうだった、岡崎リオだ。


 その、リオの頭に。


 ガツン! また、拳を振り下ろす。

 左手を踏みつけた状態では、体勢が悪く、拳の威力は半減してしまう。そして、人の頭は意外と頑丈だ。一振りでは、潰れなかった。

 茉優は、また拳を振り上げ、振り下ろした。

 何度も。

 何度も。

 茉優が拳を振り下ろすたびに、深い紅色の液体が飛び散り、教室の床を、壁を、黒板を、茉優の身体を、顔を、玲奈の身体を、顔を、濡らしていく。


 やがて。


 ぐしゃり。

 骨と肉と脳を同時に潰したような音を最後に、茉優は、拳を振り下ろすのをやめた。


 茉優の足元には、女生徒が1人、倒れている。リオだったように思うけど、もう、誰か分からない。四木女子高校の制服を着ているけど、顔は、よく見えない。顔があるべき部分には、なんだかよく分からない赤黒い塊と、ドロッとした深い紅色の液体が、水たまりのように広がっている。


 茉優は、まるでゴミでも見るかのように、足元の女生徒を見つめている。


 クラスのみんなを見る。茉優と同じように、つまらなそうな目で、床に倒れた女生徒を見ている。


 教室に、大野先生が入ってきた。


「はい、みんな席に着いて。授業を始めます」


 だが、茉優と、その足元に倒れている女生徒の姿を見て、顔をしかめた。「これは……何があったんですか?」

 大野先生は茉優を見た。茉優は、さぁ? というような感じで、両手を上げた。


 美青が手を挙げた。「岡崎先輩が、ゾンビになったみたいで、玲奈先輩に襲い掛かろうとしたんです。それを、茉優先輩が助けて、こうなりました」


 まるで、クラスでちょっとしたケンカでもあったかのような雰囲気。


「そう、岡崎さんが……残念ね」大野先生は、倒れている女生徒に憐れむような視線を向けた。そして、みんなの方を見る。「美化委員は誰だったかしら? 早く片付けてちょうだい」


 1人の女生徒が立ち上がる。「ええー。なんであたしが? やっつけたの茉優なんだから、茉優が片付ければいいでしょ?」


「文句を言わない。さ、早く片付けて、授業を始めるわよ」


 美化委員の娘はブツブツ文句を言いながら前に出て来る。そして、倒れた女生徒の両足を持ち、ズルズルと引きずりながら、教室を出ていった。


「さて、じゃあ、授業を始めます。みんな、席に着いて」大野先生が、パンパンと手を叩きながら言う。みんな、何事も無かったかのように席に着いた。


 玲奈は、何が起こったのか理解できず、ただ、立ち尽くすのみ。


「宮沢さん? どうしたの? 転校の挨拶は、もう終わった?」

 先生が不思議そうな表情で訊いた。


 玲奈は、小さく頷いた。


「そう、それは良かったわ」先生は、ニッコリと笑う。「じゃあ、授業を始めましょう。そうね……ちょうど、岡崎さんの席が空いたから、そこに座ってちょうだい」

 窓際の、前から3番目の席を指さす。


 玲奈は、ゆっくりと、その席に向かい、そして、座った。


 やがて美化委員が戻って来て、授業が始まった。


 今、何が起こったのだろう? 考えるが、分からなかった。リオが、ゾンビになってあたしに襲い掛かってきたように思ったけど、気のせいかもしれない。リオがゾンビになるなんて、あり得ない。あの優しいリオが、あたしを襲うなんてありえない。リオと仲が良さそうだった茉優が、リオを殺すなんてありえない。そんなことがあっても、何事も無かったかのように授業が始まるなんてありえない。


 隣の席の茉優を見る。


 茉優も玲奈を見る。目が合った。


 そして――。




「ようこそ、四木女子高校へ――」




 昨日と同じ笑顔で、そう言った。








 こうして。








 宮沢玲奈の、四木女子高校での学園生活が、始まった――。






(第1話・転校生 終わり)






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