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第1話・転校生 #14

 ☆




「うわ。出たよ。アイドル・ヴァルキリーズ」


 聖園高の昼休み。玲奈が智沙と真奈美とお弁当を食べていると、雑誌をパラパラとめくっていた智沙が言った。

 アイドル・ヴァルキリーズは、今、大人気の大型アイドルグループだ。テレビで見ない日は無いほどの人気で、雑誌も、男性誌女性誌、コミック系ファッション系問わず、あらゆる雑誌に、グラビアやインタビュー記事やコラムなども載っている。そして、密かに玲奈が憧れ、オーディションを受けて見たいと思っているグループだ。


 ……ああ、イヤなことを思い出してしまった。


 先日、母にヴァルキリーズの七期生のオーディションに応募したい、と言ったら、猛反対され、その上、なぜかひっぱたかれてしまったのだ。反対するのは仕方ないとしても、なにもひっぱたかなくてもよさそうなものだ。


 ……まあ、それはもういいや。お母さんが反対する気持ちも、分からないではないし。


 それより、ヴァルキリーズの記事ってどんなんだろう? 玲奈は雑誌を見せてもらおうと、智沙の方に席を寄せた。しかし。


「――コイツら、どこにでも湧いて出て来るよね。ホント、ウザいったりゃありゃしない」

 嫌悪感たっぷりに言う智沙。


 ……智沙、ヴァルキリーズのこと、キライなんだ……。


 少しショックを受ける玲奈。

 だが、すぐに気を取り直す。誰にだって、好き嫌いはあるだろう。自分がヴァルキリーズを好きだからって、智沙も好きとは限らない。もちろん、智沙にヴァルキリーズを好きになるよう強要するつもりなど無いし、ヴァルキリーズを嫌いな気持ちを否定する気もなかった。


「あー。この前、亜夕美って娘が、ヴァルキリーズを卒業したんでしょ?」と真奈美。「テレビのワイドショーとか、その話題でもちきりだよ」


「亜夕美って、確か、結構人気だった娘でしょ? へー。あいつ辞めたんだ」さほど興味のないような口調の智沙。「でも、辞めて何するの? 引退?」


「なんか、女優業に専念するとか言ってたよ」


「はぁ? あの娘に女優なんてできるの?」イヤな笑いとともに言う。


「ちょっと前に、アメリカでハリウッド映画のオーディション受ける、みたいなドキュメンタリー番組やってたよ? 結局ダメだったけど、最終選考までは残ったみたい」真奈美も笑いながら言った。


「そんなの、番組を盛り上げるためのヤラセとか、プロデューサーのコネとかに決まってるじゃん。そんなんで調子に乗って女優やるとか、バカじゃない? ムリに決まってるじゃん」


「だよね。結局そのオーディションも落ちてるんだし」


 真奈美が笑い、智沙も笑った。


 玲奈は、こみあげてくる怒りを、必死で抑えていた。


 ……ダメだ、玲奈。ガマンしろ。こんなことで怒ってはいけない。


 アイドル・ヴァルキリーズは、今や国民的アイドルグループと呼ばれるほどの人気だ。当然、それを快く思わない人もいる。いわゆる、アンチというヤツだ。それは人気アイドルには必ず付きまとう宿命のようなものだ。アンチのいない人気アイドルなんて、存在しないのだ。むしろ、アンチがいるからこその人気アイドルなのだから。


 しかし。


 真奈美も智沙も、なにも分かってない。

 玲奈は知っている。亜夕美がオーディションを受けた映画は、世界的にも有名な映画監督の作品だ。ヤラセやコネが通じる相手ではない。世界中から出演を希望する人たちが集まってくる。亜夕美は、言葉や文化が違う中、英語を学び、演技力を磨き、必死で努力して、最終選考まで残ったのだ。それなのに、亜夕美のことを何も知らない真奈美や智沙が、なぜそんな風に言えるのだろうか?


 真奈美は続ける。「――ま、女優業がムリだったら、またヴァルキリーズに戻って来るんじゃないの?」


「あ、それ、あり得る」パン、と、手を叩く智沙。「いいなぁ、アイドルって。テレビに出て、適当に笑って、適当に歌って踊って、適当に演技とかもして、それでお金貰えて、辞めたくなったら辞めて、復帰したくなったら復帰できるんだから。気楽な商売だよね」


 ――アイドルが気楽な仕事? そんなわけないでしょ?


 玲奈は知っている。歌と踊りを覚えるのに、彼女たちがどれだけ努力しているのかを。1曲歌と踊りを覚えるのも、すごく大変なのだ。それを、突然ポジションが変わることもあるので、何パターンも踊れるようになって、そんなのを何十曲、何百曲も覚えるのだ。1曲歌って踊るだけでも相当な体力を消耗するのに、コンサートとかなら、1日で何十曲もやるのだ。楽なわけがない。2人は、そんなことも想像できないのだろうか?


「智沙もやればいいじゃん。ちょうどメンバー募集してるみたいだし。ほら、七期生募集オーディション開催、だって」智沙は、雑誌の隅のオーディション広告を指さした。「ヴァルキリーズなんて可愛くない娘ばっかりなんだから、智沙なら、余裕で合格するんじゃない?」


「やめてよ~。この歳でアイドル目指すとか、無いでしょ」


「でも、応募要項には12歳から25歳までって書いてるよ?」


「ホントに? アイドルになりたいなんて、せいぜい小学生くらいじゃないの? 中学生や高校生にもなってアイドルになりたがる人なんているの? まして25歳なんて、チョー痛いんですけど」

 智沙が笑い、続いて、真奈美も笑った。


 やめて……。

 もうやめて!

 それ以上バカにしないで。

 アイドル・ヴァルキリーズをバカにしないで!

 アイドルをバカにしないで!

 あたしの夢を、バカにしないで!!




「――ねぇ、玲奈。あんたも、そう思うでしょ?」

 智沙と真奈美が、玲奈を見た。


 玲奈は――。




 ――――。




「……そうだよね。ホント、バカみたい」

 無理やり笑顔を作って、そう言った。




 そして、3人で笑った――。




 ☆




 玲奈は、その日から。


 夢を、隠すようになった。

 高校生にもなって、夢がアイドルだなんて、恥ずかしい。

 母に言われ、友達に言われ。




 玲奈も、そう思うようになった――。






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