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第1話・転校生 #12

 ☆




 春。中学の卒業式が終わり、今日は、聖園高の合格発表の日だ。玲奈は、朝から緊張しまくりである。幼稚園から中学まで、受験なんて縁が無い平和な環境で育ってきた玲奈。聖園高は人生2度目の受験だ。1度目はいわゆる滑り止めで、落ちる可能性なんてほとんど無かったからあまりプレッシャーを感じることは無かったけれど、今回は違う。なにしろ、あの、市内でも有名な、県内でも有名な、全国的にも有名な、進学校・聖園高なのである。T大学やK大学など、超有名大学への進学率が極めて高く、受かれば将来は約束されたも同然、と言われる、あの聖園高なのである。ゆえに、倍率は高く、滑り止めの学校とはわけが違う。その聖園高に入ることが、小さいころからの玲奈の目標だった。今日の合否に、人生が掛かっていると言っても過言ではない。緊張しないわけがない。これで緊張しない人がいたら見てみたい。


「――そんなに緊張しなくても、玲奈ちゃんなら平気だって。絶対、合格してるよ」隣で、幼馴染の岡崎リオが、いつものようにニッコリと笑顔で言う。


 緊張しない人発見した玲奈。意外と簡単に見つかるものである。

 リオも玲奈と同じ聖園高を受験している。学力は玲奈とどっこいどっこいで、何故こんなに余裕があるのか、玲奈には分からない。


「リオのその余裕を、少し分けてもらいたいよ」


「うーん。別に余裕があるわけじゃないけど、まあ、もう結果は出てるんだし、今さらじたばたしたって、始まらないよ」


 こういうのを、大人というのだろうか。玲奈は、自分もこんな風になりたいと思った。

 まあ、リオに余裕があるのもある意味当然だった。事前の自己採点では、リオはわずかに玲奈より上だったのだ。合格ラインも超えている。玲奈も一応合格ラインは超えてるのだが、それでも、もし万が一、リオが合格して自分が落ちたら……と、思うと、やっぱり1人で来るべきだったか、と、今さら後悔してしまう。


 ともすれば逃げ出しそうになる足を何とか引きずり、玲奈はリオと一緒に聖園高の校門をくぐった。何度も立ち止りながら、合格者発表のボードの前まで歩いた。

 玲奈の受験番号は、259番。フゴーカク、あるいはジゴクとも読める番号。こんな不吉な番号を引き当てる自分の才能に感心せずにはいられなかった。

 恐る恐るボードに目をやり、240番辺りから見ていく。


 ……242。

 ……243。

 ……245。

 ……256……いきなり飛んだな。次辺りくるか? 目を進める。

 ……257……刻んできた……次。

 ……258……まだ刻むのか……でも、いよいよ次だ……すー……はー……深呼吸。怖いけど、リオの言う通り、結果はもう出ている。じたばたしても始まらない。玲奈は、勇気を出し、目を進めた。

 そして。


 ……259。


 …………。


 259?


 見間違いではない。確かに、ボードには259の数字が。金ぴかに輝く(のは、玲奈の脳内補正だが)、259番の数字が。

 そして、玲奈の受験票の番号も、間違いなく259!!

 つまりこれは。


「やった……やった! 合格だ!! やった!!」


 玲奈は、力いっぱい叫び、跳び上がって喜んだ。


「合格おめでとう、玲奈ちゃん」隣で、リオがいつも以上の笑顔で言った。


 玲奈は、リオの手を取り、「やった! やったよリオ!! 合格した!! あたし、春から聖園高だ!! やった!!」と、ぴょんぴょん飛び跳ねて言った。リオは、おめでとう、良かったね、と、繰り返し言ってくれた。


「そうだ。リオはどうだった? 自己採点はあたしより良かったんだから、合格してるよね?」


 そう言って、玲奈はボードに目を戻した。リオの受験番号は272番だったはずだ。脳内補正で金ぴかに輝く259番の次に目を進める。えーっと……280……284……。


 ……え?


 見間違いかと思い、目を戻した。

 259番の次は……280番だ。

 え? どういうこと?

 すぐには理解できない。


 ……272番が、無い?


 見間違いではない。確かに、272番は、ボードには無かった。

 そんなはずはない。自己採点では、リオの方が上だったのだ。玲奈が受かって、リオが落ちるなんてことが、あるわけがない。もしかしたら、リオの受験番号は272番じゃなかったのだろうか?

 でも。

 そんな玲奈の心を見透かしたかのように、リオは、受験票を見せた。

 そこに書かれていた番号は……272番。

 つまり――。


「ゴメンね、玲奈ちゃん」

 リオは、いつもの笑顔を崩さずに言う。

「――あたし、落ちちゃったみたい」


 ……え?

 ……なんで……なんであたしが合格で……リオが不合格なの……?

 ……だって……自己採点では……リオの方が上で……。


「やっぱり、あたしに聖園高は、難しかったみたい」


 ……リオが不合格? リオは、聖園高に行けないの? あたしは、聖園高に行けるの?


「まあ、しょうがないね。あたしの学力じゃ、もし合格してても、聖園高の授業について行けなかったかもしれないし、これで良かったのかも」


 ……リオが不合格? リオは、滑り止めはどこの高校だっけ? 分からない。思い出せない。


「あ、あたしのことは、全然気にしないで。そうだ。玲奈ちゃんのお母さんに連絡しないと。きっと今頃、合格の報告、電話の前で待ってるよ?」


 あたしとリオは、もう、同じ学校には通えない?

 ずっと、幼稚園の頃から一緒だったのに?

 ここで、お別れなの?

 ……イヤだよ。

 そんなの、イヤだよ!!


「良かったね、玲奈ちゃん。お母さん、きっと喜んでくれるよ。小さいころからの目標だったもんね、聖園高。ホント、おめでとう」

 リオは、いつもの笑顔でそう言った。


 ……で。

 ……んで。


「……玲奈ちゃん?」


「なんで……よ」


「なんでって……何が?」

 リオは笑顔のまま玲奈の顔を覗き込む。


「なんでそんな風に言うのよ!!」

 思わず。

 玲奈は、叫んでいた。


 周りの人が、何事かと振り返るど、そんなことはお構いなしに叫ぶ。


「なんであたしが合格して、リオが落ちてるのよ!! リオの方が自己採点高かったのに! 何で落ちてるのよ!!」


 こんなこと言ってもしょうがない。それは、玲奈にも分かっていた。しかし、1度出てしまった言葉は、もう止めることができなかった。


「約束したのに! 一緒に聖園高に行こうって約束したのに!! 何でリオが落ちてんのよ!! 何でもっと勉強しておかなかったのよ!!」


 合格できなくて一番傷ついているのはリオだ。それは、玲奈にも分かっていた。


「そんなにあたしと同じ学校に行きたくなかったの? だからわざと落ちたの!? なら、最初から聖園高には行きたくないって言えばいいでしょ!!」


 言ってることが無茶苦茶だということは、玲奈にも分かっていた。

 でも、そんな無茶苦茶なことに対しても、リオは。


「……ゴメンね、玲奈ちゃん」


 いつもの笑顔で、そう言った。


 ……なんで……。


 何で笑ってるの……。


 受験に失敗したのに、何で笑ってるの!


 あたしと同じ学校に行けないのに、何で笑ってるの!!


 玲奈は、リオのその笑顔が――子供の頃からずっと見てきた、大好きな笑顔が許せなくて。

 何を言ったかは、もう覚えていないけど、とにかく、ヒドイことを言ったと思う。


 それでもリオは、笑顔のままだった。




 ☆




 そして――玲奈とリオの関係は終わった。




 そう。




 あの時、終わったのだ――。






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