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第1話・転校生 #11

「――玲奈! 危ない!!」


 茉優の声で、玲奈は我に返った。目の前にゾンビが迫っている。玲奈は、その場にしゃがんだ。その上を、茉優の拳が通過する。ガン! 鈍い音がして、ゾンビは仰向けに倒れた。


「何ボーっとしてんのよ? 危ないわね」ぐしゃり、とゾンビの頭を潰す茉優。


 玲奈は額の冷や汗を拭う。まさに危機一髪だった。本当に、このボーっと考え事をするクセは、なんとかしなくてはいけないな、と、また心に誓う。


「まったく。そんなんじゃ、このゾンビだらけの世界じゃ、生き残っていけな――」


「茉優! 危ない!!」


 茉優の背後から、別のゾンビが襲い掛かって来た。茉優はその場にしゃがむ。玲奈は、思いっきり振りかぶり、ゾンビの顔面にフライパンを叩きつけた。すぱこーん! と、気持ちのいい音がして、ゾンビは仰向けに倒れた。すかさず茉優が頭を潰す。見事な連携だ。「やったね!!」と、右手を上げ、ハイタッチを交わす。苦笑いする茉優。しばらく2人で笑い合う。


 ……と、のんきにゾンビ相手にJK無双してる場合じゃないな。玲奈は気を引き締めた。目的はゾンビを倒すことではなく、裏門付近に隠れている岡崎リオを救出することだ。


 駐車場までやって来た2人。車が3台停められており、その向こうに金属製の門が見える。レールの上に乗った、横にスライドして開けるタイプだ。あれを開けると、とてつもなく大きな音がして、周囲のゾンビを呼び寄せてしまうらしい。門は高さ2メートル以上あり、足を引っ掛けるようなところもなく、昇って乗り越えるのは無理そうだ。やはり、リスクを承知で開けるしかない。


 裏門に到着し、茉優が、小声でリオを呼ぶ。すぐそばの草の茂みが揺れ、リオが姿を現した。左肩に四木高校のスポーツバック、右手には、全体が赤く塗られた小型の斧を持っていた。防災用の斧のようだ。結構物騒な武器を持ってるな、と、玲奈は感心した。


「茉優さん、玲奈ちゃ……宮沢さん。ゴメンなさい、心配かけて」謝るリオ。


「ホントだよ。なんで1人で外に出たの?」茉優が呆れた口調。


「ちょっと、忘れ物を取りに」


「忘れ物? 何を忘れたの?」


「うーん。まあ、ちょっと……ね」なんとなくごまかすような口調。


「まあ、いいけどね」茉優は、門に手を掛けた。「じゃあ、開けるよ」


 玲奈とリオも門を持つ。3人で力を合わせて、思いっきり引いた。金属がこすれ合う耳障りな音と、車輪が転がる低い音が入り混じり、周囲に響き渡った。その瞬間、オオーン! と、狼の遠吠えのような声。さっき警報が鳴った時と同じ、ゾンビが音に反応した声だ。


「――入って!」


 茉優が叫び、リオが中に入る。すぐに校舎に戻りたいところだけど、門を開けっ放しでは外のゾンビが中に入ってしまう。また3人で協力し、門を閉める。当然その音にも反応するゾンビ。


「走って!!」


 門を閉め、茉優の声で走り出す。ここからは、玲奈たちが北校舎に着くのが早いか、南校舎からゾンビがやって来るのが早いか、の勝負だ。ゾンビはせいぜい小走りするくらいしかできない。距離的に考えても、ゾンビより玲奈たちの方が早くつけるはずだった。しかし、予想外のことが起きた。駐車場の見えない場所いたゾンビが、音を聞いて一斉に姿を現したのだ。玲奈と茉優は校舎を出てからまっすぐ裏門に向かったので、駐車場の隅の方にいたゾンビや隠れていたゾンビは倒していない。時間が掛かっても全部倒してから門を開けるべきだったか。と、後悔しても、もう遅かった。


 集まって来たゾンビを、ナックルダスターと斧とフライパンで倒して行く3人。だが、あまりにも数が多かった。倒しても倒しても、次々と襲いかかってくる。そうこうしているうちに、南校舎側にいたと思われるゾンビたちが駐車場にやって来た。


「やっば、どんどん集まって来る」ゾンビの顔面に右ストーレートを叩き込む茉優。駐車場は、すでに100体以上のゾンビで溢れかえっていた。とても手に余る数だ。頭を潰すヒマもないから、1度倒れたゾンビも、また復活するだろう。


「どうしよう、茉優?」玲奈は茉優の方を見る。


「たく、美青め。何が完璧な作戦だ。戻ったら説教してやる!」茉優は連続パンチでゾンビをまとめて吹っ飛ばした。


「これ、美青ちゃんが考えたの?」と、リオ。「どうりでずさんな作戦だと思った」


「気付いてたんなら初めに言ってよね!」怒る茉優。


「あたしが校則破ったせいでこうなったんだから、あたしが作戦に文句を言ったら、悪いかな、と思って」


「そんな余計な気づかいはいらないっつーの!」


 などと言っているうちに、ゾンビの波に押されるように、じりじりと駐車場の隅に追い込まれる3人。もうすでに、逃げ場はなかった。


「ダメだこりゃ。火炎瓶かパイプボムでもない限り、このゾンビの包囲網を破るのは無理だね」諦め口調の茉優。


「諦めてる場合じゃないでしょう!」玲奈は叫ぶ。


「諦めてるんじゃないの。冷静に状況を分析しているの。ボクシングでは、相手に攻め込まれた時こそ冷静になって状況を分析し、的確な判断を下さなきゃいけないの。それが、勝利への鉄則」


「じゃあ、早くその的確な判断とやらを下して!」


「うーん。あたし、頭使うの苦手なんだよね」


 ……ダメだこりゃ。自分でなんとかしないと。まあ、茉優の言ってることは間違ってはいない、と、玲奈は思った。ピンチの時こそ静になって状況を分析する。今、茉優は、火炎瓶かパイプボムがあれば、というようなことを言った。玲奈は駐車場を見回した。駐車場には、100体以上のゾンビと、3台の自動車。当然火炎瓶やパイプボムなど落ちているはずもなく、武器になりそうなものもない。


 ……いや、待てよ? ひらめいた玲奈。


「ねぇ、あの車って、動くのかな?」訊いてみる。動くのなら、車に乗ってゾンビを轢きまくるという手が使える。しかし。


「それは考えたんだけどね。残念ながら、全部鍵をかけてるから、動かせないよ。鍵は職員室。持ってくれば良かったね」


 ダメか。まあ、それはそうだろう。ゾンビだらけの世界とは言え、防犯のため、車に鍵をかけておくのは当然だ。


 ……うん? 防犯のため?


 考える。もしかしたら……。


「リオ! その斧、貸して!」玲奈は叫んだ。


「え? 玲奈ちゃん、どうするの?」


 戸惑い気味のリオから斧を受け取る玲奈。ゾンビを倒しつつ、近くの赤い車に走って行く。

 車には、防犯のために鍵をかけてある。と、いうことは――。

 玲奈は斧を振り上げ、思いっきり、車のフロントガラスに叩きつけた!

 派手な音を立て、フロントガラスは粉々に砕け散る!

 そして次の瞬間、けたたましいアラーム音が鳴り響いた!

 思った通りだ! 赤い車には、防犯アラームが付いていたのである!

 再びゾンビが遠吠えのような鳴き声を上げる。

 そして、駐車場のゾンビは、一斉に赤い車に突撃して行った!


「茉優! リオ! 今のうちに!!」叫ぶ玲奈。


「ナイス! 玲奈!!」茉優が親指を立てる。


 3人で走り出す。車のアラームは鳴り続けている。もう、ゾンビは3人には見向きもしない。一直線に、赤い車に向かって行くだけだ。


「先輩こっちです! 早く早く!」


 校舎の方へ戻ると、出入口の所で美青と架純が手招きしていた。3人で校舎の中に駆けこむ。ドアを閉め、鍵をかけた。乱れた息を整える。3人の目が合い、誰とはなしに笑い始めた。100体以上のゾンビを振り切って生存できたことがうれしくて仕方なかった。


「さすが先輩たちです! あたしの完璧な作戦を、完璧に遂行してくれました!」興奮気味に喋る美青。


「何が完璧な作戦だよ。死にかけったっつーの!」ぽかり、と、美青の頭を叩く茉優。


「ええー。うまく行ったじゃないですかぁ」頬を膨らませて頭をなでる美青。その姿がおかしくて、またみんなで笑った。


「うるさいわねぇ。今度は何の騒ぎ?」


 車のアラームを聞きつけたのだろう。ギャル系グループがやって来た。リーダー格の梨花が窓の外を見て、表情を変える。「ちょっと! 車が壊されてるじゃない!」


 玲奈たちも窓の外を見る。100体以上のゾンビに突撃された赤い車は、車体はボロボロ、ボンネットからは煙が出ており、タイヤも1つ外れている。あれではもう、走ることはできないだろう。


「ゴメンなさい……ゾンビに襲われて、逃げるために、つい……」小さな声で謝る玲奈。


 梨花は、怒りと呆れが入り混じった顔で言う。「またあなたなの……? もう、いい加減にしてくれない? このゾンビだらけの世界で、車がどれだけ貴重なものだか、分かってるの?」


 返す言葉が無かった。確かに、外に出る際、自動車は極めて重要な物だった。この学校の校舎内は安全だが、ずっと校舎内に閉じこもっているわけにはいかない。校内の食料は限られている。今はまだ、学校周辺のコンビニやスーパーで食料を調達できるようだが、それも長くは続かないだろう。近隣で調達できなくなれば、より遠くへ行かなければならない。そうなったとき、自動車があれば、移動は格段に早く、そして、安全になる。今、自動車を1台スクラップにしてしまったのは、大きな痛手である。


「梨花さん。玲奈ちゃんは、悪くないの」リオが2人の間に入った。「あたしが校則を破って外に出て、戻れなくなったから、玲奈ちゃんと茉優さんが迎えにきてくれたの。だから、悪いのはあたし」


「そんなの関係ない」リオを睨みつける梨花。「警報鳴らしてゾンビ呼び寄せるわ、車1台スクラップにするわ、マリリンちゃんを逃がすわ、この娘が四木高に来てから、もう死亡フラグ立ちまくり。これじゃあ、命がいくつあっても足りないわ。こんな娘と一緒になんていられない」


「そのセリフの方が、よっぽど死亡フラグだと思うけどね」横から茉優が言った。鋭い目つきで睨みつける梨花。茉優は、おお怖、という風に肩をすくめた。


 梨花は視線を玲奈に戻す。「とにかく、一刻も早くここから出て行って。迷惑以外の何物でもないから」


「ごちゃごちゃうるさいな」と、茉優。「玲奈がここにいるのが気に入らないなら、梨花が出ていけばいいだろ?」


「はぁ? なんであたしが出ていかなきゃいけないのよ!?」


「やめて、茉優、梨花さん」玲奈は、梨花の方を見た。「梨花さん。今日は、本当にゴメンなさい。明日、ここから出ていくから、それで許して」


「おい、玲奈」と、茉優。「こんなヤツの言うこと、気にしなくていいよ」


「ううん、いいの。梨花さんの言う通りだよ。あたし、ここに来てから、迷惑かけてばかりだもん。このままじゃ、いつか取り返しのつかないことをしてしまう。だから、出て行くよ。それに――」

 玲奈は、梨花と、茉優と、リオを順番に見た。

「あたしが原因で仲間割れなんてことになったら、申し訳ないから。こんな時に仲間割れなんてしたら、それこそ、死亡フラグ立ちまくりだからね」

 冗談っぽく言ったけど、誰も笑わなかった。


「そう。そうしてくれると助かるわ」梨花は腰に両手を当て、顎を上げた。「じゃあ、特別に3日分の水と食料を分けてあげる。感謝してよね」

 そう言って、梨花はギャル軍団を連れて教室に戻って行った。


「……じゃあ、明日、出ていくから。今日は、ありがとうね、茉優、架純さん、美青ちゃん……岡崎さんも」

 玲奈は、4人を順番に見て言って、そして、頭を下げた。


 リオは、何も言わなかった。






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