第1話・転校生 #10
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二学期の期末テストが終わり、玲奈は、友達の智沙と真奈美の3人で、駅前のショッピングモールにやって来た。進学校である聖園高の生徒とは言え、たまには息抜きも必要だ。テストも終わったことだし、今日は勉強のことなんて忘れて、思いっきり遊ぼう。と、いうことになり、まず映画を見て、その後ゲーセンでプリクラを撮り、現在ショップ巡り中だ。とはいえ、3人ともお財布がピンチなので、見て楽しんでいるだけだったが。
「あ、コレ、カワイイ!」
ファンシーショップの店頭で、智沙がハートのリングが2つくっついたネックレスを手に取って言った。今人気のブランド、『エリーカウント』のネックレスだ。
「あ、ホントだ。イイね、それ」真奈美もそのネックレスを手に取る。玲奈も、確かにカワイイな、と思った。2人に似合いそうだ。しかし、値段を見て3人の表情が曇る。金欠の女子高生には手が出ない値段だ。さすがはエリーカウントである。
「あーあ。あたし、なんかバイトでも始めようかなぁ」真奈美が言った。
「大丈夫? そんな余裕、あるの?」と、玲奈。聖園高ではアルバイトは特に禁止されていないが、やる人はまずいない。超が付くほどの進学校なので、みんな勉強第一なのだ。
「だよねぇ。お金は欲しいけど、成績落とすと親に怒られるし」と、真奈美はネックレスを戻した。「あーあ、中学時代に戻りたいなぁ」
「ええ? そう?」玲奈は首を傾げる。「中学時代も同じじゃない? あたし、聖園校の受験勉強で、むしろ今より大変だったかも?」
「あー、そうじゃなくてね……」声のトーンが落ちる真奈美。「中学時代は、おねだりすると、こういうのをなんでも買ってくれた人がいたんだよ」
「え? そんな人がいたの? いいなぁ。誰?」玲奈は前のめりになって訊く。
「うん? まあ、それは別にいいんだけどさ」真奈美は、なんとなくごまかすような口調で言い、智沙の方を見た。智沙は苦笑いをしている。
智沙と真奈美は同じ中学である。どうやら、智沙はその人のことを知っているようだ。おねだりすればなんでも買ってくれる人。すぐに思い浮かんだのは、おじいちゃんやおばあちゃんだ。そこで気づいた。今は買ってくれないということは、もう亡くなってしまったのかもしれない。だとしたら、悪いことを訊いたな。ちょっと反省する玲奈。
「――あ、ねぇ。あれもカワイくない? 値段も、そんなに高くないよ?」
そんな玲奈の気持ちに気付いたのか、真奈美は明るい声で言って、お店の奥へ入って行った。智沙が続き、玲奈も後を追おうとしたけれど。
「――玲奈ちゃん?」
聞き覚えのある声で呼ばれた。振り返ると。
黒縁のメガネに長い黒髪、そして、白を基調にした古めかしいセーラー服。
「久しぶり」
懐かしい笑顔。
岡崎リオ。幼馴染だ。幼稚園から中学校までずっと一緒だったけれど、高校では別々になった。玲奈は市内1の進学校、聖園高校。そして、リオは市内でも有名な落ちこぼれの学校、四木女子高校。
「――玲奈? 何してんの? これ見てよ。チョーカワイくない?」
店の奥で、真奈美たちが呼ぶ。
「ゴメン、今行く」
玲奈は、リオに背を向けた。
リオは、それ以上何も言わなかった。
「待ちなさい」
しばらくファンシーショップで時間を潰し、別の店に向かおうとしたところで、お店の奥から声がした。一瞬自分たちが呼ばれたのか思い振り返ったが、玲奈たちではなかったようだ。30歳くらいの男性店員が、別の人に声をかけている。黒縁のメガネに長い黒髪、四木女子高校の制服。岡崎リオだ。まだこのお店にいたようだ。
「え?」リオは、なぜ呼び止められたのか分からないといった表情で店員を見る。
「出しなさい」店員は、低い声で言った。
「えっ……と……?」リオは、わけがわからないという表情。
「盗んだものを出しなさい」店員は腕組みをし、顎を上げる。威圧するような格好。
「いえ、あたし、何も盗んでいません」
「とぼけてもムダだ。さっきまでそこにあったネックレスが、無くなってる。君が盗ったんだろ?」店員は、店頭の陳列棚を指さした。確かに、さっき智沙たちがカワイイと言っていたエリーカウントのネックレスが無くなっている。
ようやく何を言われているのか理解したリオ。「そんな……あたし、そんなことしてません」
「君しかいないだろう? その制服、君は四木高校の生徒じゃないのか?」店員は、リオを値踏みするような目で見る。
「そうですけど……それが何なんですか?」
「君ら四木高校の生徒には、いっつも万引きの被害に遭ってるんだ」
「そんなヒドイ! あたしはそんなことしません!」店の外にまで聞こえるような大きい声で言うリオ。何事か、と、人が集まって来る。
「万引きするヤツは大体そう言うんだよ。とりあえず、中で話そう。さあ、来なさい」
店員はリオの腕を取った。そのまま奥の部屋に連れて行こうとする。
「い……痛い! やめてください! あたしは盗ってません! 万引きなんてしてません!」
リオは嫌がるように身体を捻る。しかし、店員は離さない。リオは助けを求めるように辺りを見回し、そして、玲奈と目が合った。
――助けて! 玲奈ちゃん!!
目で、そう訴えかけているような気がした。
「何? あの娘。玲奈の知り合い?」真奈美が言った。
玲奈は――。
――――。
「ううん。知らない娘」
リオから目を逸らし。
「さ、行こう、みんな」
店を出た。
しばらくショッピングモール内でウィンドウショッピングを楽しんだ3人。だが、だんだんそれにも飽きてきた。
「さて、次はどうする? まだ帰るのは早いよね?」と、智沙。
「そうだね。せっかく久しぶりに遊びに来たんだし、今日はトコトン遊びたい気分」真奈美のテンションも高い。
玲奈は2人とは少し離れて歩き、さっきのファンシーショップでの出来事を思い出していた。
まさか、リオが万引きをするなんて……。
幼稚園から中学校を卒業するまで、リオは優等生で通っていた。実際、絵に描いたような優等生で、万引きどころか、校則を破った所さえ見たことが無い。正直、リオが万引きをするなんて思えない。それと、リオはなぜ、ずっとあそこにいたのだろう。玲奈たちはあの店で30分くらい時間を潰した。その間、ずっと待っていたのだろうか? 何のために? 考えるまでも無い。玲奈と話をしたかったのだ。久しぶりに会った幼馴染の、玲奈と。
「玲奈? どうしたの?」真奈美がこちらを見ていた。
「ううん。別に、何でも無い」首を振り、2人の方へ走った。
まあ、リオが優等生だったのも、昔の話だ。リオは今、落ちこぼれの集まる四木女子高校に通っている。周りの生徒に感化され、万引きをする娘になっていても、別に不思議ではない。玲奈は、そう思うことにした。
「玲奈は、まだどこか行きたいところ、ある?」智沙が訊いた。
うーん、と、玲奈は唸った。さっきの一件ですっかりテンションが下がってしまったので、本音を言うと帰りたいのだが、2人を見ていると言い出せない雰囲気だ。少し考え、思い出した。「そうだ。ここのフードコートに、テレビで話題になったアイスクリームショップがあるんでしょ? あたし、まだ行ったことないの。ちょっと食べに行かない?」
智沙と真奈美は顔を見合わせる。あれ? 賛成してくれると思ったのに。
「あ……と……あそこはちょっと、やめておいた方がいいかな?」智沙が言う。「テレビで言ってるほど、美味しくないよ。それよりさ、カラオケ行かない? アイスのおいしいとこ、知ってるんだ」
「そうだね。そうしよう」真奈美も同意した。
まあ、智沙も真奈美も玲奈より流行に敏感だ。2人がそう言うのなら、間違いないだろう。玲奈にしてみれば、本当にそのアイスクリームショップに行きたいわけではなかったので、智沙たちの言う通り、カラオケに行くことにした。
「あれ? 智沙、それ、どうしたの?」ショッピングモールを出たところで、真奈美が智沙を見て言った。
玲奈も智沙を見ると。
――え?
目を疑う。
智沙の首から、あの、ハートのリングが2つくっついた、エリーカウントのネックレスがぶら下がっていた。
「あ、これ? さあ? なんか、ポケットに入ってた」とぼけたような口調で言う。
「へえ? 不思議なこともあるんだねぇ」笑う真奈美。智沙も一緒になって笑う。
……何? 2人とも、何を言ってるの?
笑えない玲奈。
「ていうか、智沙、それヒドくない?」真奈美が言う。「さっきあの店で、四木高の娘が、『万引きしただろ!』って、捕まってたよ? 冤罪じゃない」
「うーん、だって、しょうがないじゃない? あたし、今月金欠なんだし」何の罪悪感も無い声で言う智沙。
「どういう理由よ、それ」
2人は、またケラケラと笑った。何がそんなにおかしいのか、玲奈にはさっぱり分からない。急に、2人が遠い存在になったように思える。
「ま、当然でしょ?」智沙が言う。「あたしは聖園高の生徒で、あの娘は四木高の生徒なんだから。普段の行いがいいから、あたしは疑われないし、普段の行いが悪いから、あの娘は疑われるの」
「言えてる。あーあ。それなら、あたしも何か貰っておけばよかったなぁ」
「まあ、またいつでもチャンスはあるって」
「そうだね。その時は、ちゃんと教えてよ?」
「もちろん」智沙はウィンクをした。「玲奈にも、教えるからね」
2人が、玲奈を見る。
「あ……え……と……うん」
玲奈は、曖昧に笑った――。
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