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遅すぎた……

 相手のちょっとしたしぐさ、漏れる闘気、あるいはただの感。

 武人はそんなもので相手の強さを推し量る。

 目の前で自然に構えた相手は決して強いとは思えなかった。

 それが逆に怖い。

 無性に怖い。


 全くの素人が格闘家の真似をしているような弱さではない。

 なんと言ったらよいのだろう、赤ん坊のように……。


 あの予選を潜り抜けてきたのだ。

 並みの武人ではない。


 その相手に対して私はもっとも得意とする短槍を構えて、防御魔法を自分に掛ける。

 殺し合いではなくてあくまでも競技なのだから、お互いの安全を優先するために始めの合図より先に、防御魔法は発動することが許されている。

 球状に展開したのは攻撃魔法を反射する月の系統の結界、更に足元から小石が浮き上がり物理攻撃に対する何重にもはられた結界を補強する。

 いつものように踏みしめた大地から私を不死身にする土の魔素が流れ込んでくるが、いつもと違ってそれに全く安心感を覚えない。


「始めっ!」


 開始の合図と共に……。

 ?

 ??

 ………。


 ???


 私の右目は私の左目を見つめていた。


 ????


「止めっ!」



 ダルカンさんや、ジェシーさんが引き分けてくれたために決勝に進むことの出来た俺は一番前でレイシアと対戦相手の試合を見ていた。


「構えっ!」の合図と共にレイシアが見事な結界を展開する。

 あれほど堅固に展開してしまえば自分からの攻撃も出来そうに無いが、俺が決勝に進んでいる以上時間超過で引き分け狙いは悪くない選択だ。

 ティナともう一人が残っているとはいえ、俺が勝てない相手では決して無い。

 時間が無くて試合前にきちんとレイシアと話し合えなかったが、俺が前回レイシアと試合をしたときの俺で無いことは伝わったはずだ。


 ここからでもレイシアと戦う相手の異様さが伝わってくる。


「始めっ!」


 相手は上段に構えた右手を軽く上から下におろしただけだった。

 静まり返る会場に響いた音に観客達は思わずつばを飲み込む。

 レイシアの体が真っ二つに裂け倒れた音だった。


 更に左手が倒れたレイシアに向けられると、血だまりと短槍だけを残してレイシアの体は消え去った。


「止めっ!」


 ようやく終わりの合図がかかったのはこの後だった。

 治療すべき体も残っていないが、終了の合図が遅すぎたとは俺は言えない。

 俺もあの一瞬で放たれた壮絶な鬼気に、この距離があってなお息をすることさえ止められていたからだ。


 放心状態の皆が見つめる中で、闘技場の中ほどに進み出た対戦者は顔全体を覆っていた防具をはずした。

 長い漆黒の髪が流れる。

 あの人だった。


「我が娘、レイシアがしでかした不始末をロンバルト家を代表してここにお詫び申し上げます……」


「うおぉぉぉぉっ!」


 俺は獣の様な絶叫を張り上げ試合用ではなく本来の自分の剣を引っつかんで斬りかかっていた。

 相手が誰であろうと何であろうとかまわない。

 実力の差?

 それがいったいどうしたというんだ。

 本当にレイシアを愛していたかって?

 わかんねえがどうでもいいっ!

 あいつは、あいつが俺のレイシアを!

 筋肉が膨れ上がり、これ以上ないくらい頑丈なはずのドラゴンレザー製の防具が破れる。


 武器を持たないあいつと目が合って、……。





 俺の視界は真っ赤に染まり…………。




 レイシア……


 ……ごめんよ。













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