運も実力のうち
予選ではできるだけ参加者に消耗してもらうはずが、お父様が簡単なものに変更してしまった。
まず最初に出された課題は、怪我をさせないための初心者訓練用の武具で正規軍で使っている兜を破壊すること。
不可能だとわめく挑戦者たちの前で、お父様は訓練用の杖を持ち、水魔法の一撃のみで兜を千切ってしまい、続いて火の魔法で完全に熔かしてしまった。
まったく対極にある水と火を共に得意とする術者はいない。
夜の一族のお父様が苦手なはずの属性魔法で課題を完遂してしまったことで誰も文句は言わなくなった。
剣を使っても兜が真っ二つにされるであろうことは誰にも予想できることだこともある。
実はこの課題は私には荷が重かったので、予選免除はありがたかった。
私はこの課題で試される直接的な攻撃力が低いのが欠点だった。
魔法は防御や治癒が得意で、剣は返し技に自信がある。
多分切れるとは思うのだが、強化魔法さえ乗にくく細工されている剣はとことん私と相性が悪かった。
実のところ敵を惑わす術を使う幻術士など、実際戦えば私には全く勝ち目のないような人たちがこの課題でふるい落とされたことは確かなことだと思う。
結局この課題で20名ほどしか残らなかった。
学園で使っている初心者訓練用の武具は相手を傷つけないという点でそれほど優秀だったのだ。
むしろ化け物が20名以上いたというべきなのだろうか。
次の予選課題も極めてシンプルだった。
一次予選合格者を全員学園から等距離に転移させて戻ってきた順に6名を予選通過させたのだ。
学園は外輪山のように周囲を山脈で囲まれた盆地の中央にある。
山脈の外側すぐならどの方位でも条件の違いはあまりない。
もっとも山脈の外側部分には魔獣なども多数住み着いており、運が悪ければ魔獣の集団のど真ん中に出る可能性もある。
しかし運も実力のうちなのだ。
予選免除は婚約者がありながら家に認められない愛を誓った当事者の私レイシアとルーカス、その援助者としてダルカンさんとジェシーさん。
対してそれを阻むべく婚約者ルークの代理としてロンバルト男爵家からマリス先生。
そして私の家、ロンバルト帝国伯爵家からティナ。
ドバルカ家の代理人であるシェリー先生は予選から、お父様も出ているとしたら予選からの出場となる。
さて決勝トーナメントは12名、1回戦を6試合行い、第3試合と第6試合の勝者は不戦勝で3回戦に進める。
30分一本勝負で有効な攻撃を先に入れたほうが勝ち。
ただし相討ちや制限時間超過で引き分けた場合、両者ともにその時点で失格になる。
会場への集合は1時間前に終わったが、すぐにメンバーと引き離され個々に控室をあてがわれて試合の開始を待った。
試合の組み合わせは審判の学園長によるくじによって決められ、幸運なことにルーカスが第3試合、私が第6試合にあたった。
第1試合、いきなりシェリー先生とジェシーさん。
シェリー先生は顔を隠しているが、隠していないその闘気で誰だかすぐにわかった。
武器はシェリー先生が両手持ちの大剣、ジェシーさんが同じく両手持ちの長剣。
闘技場のざわめきは開始前から放たれるふたりの闘気の圧力で押しつぶされて消える。
審判は学園長。
「構え!」
合図で、シェリー先生は大剣を斜め下に下げ、ジェシーさんは長剣を片手で軽々と背中へ廻す。
「始め!」
次の合図が終わる前にふたりの位置は入れ替わる。
開始時と同じ姿のジェシーさんに対してシェリー先生の大剣は鍔元から折られて鎧の胸に深い傷が走っている。
「止め! 両者引き分け!」
審判の声で、ジェーシーさんは倒れ、血が地面に広がっていく。
本来防具に傷がついたり血が流れるのはありえないことでだ。
「シェリー相手に引き分けることができたか。俺も捨身にならんと勝てねえな」
誰も咳払い一つしない静けさを破って駆け寄る救護班の足音にダルカンのつぶやきはかき消されて、同じ控室にいる私の耳にしか届かなかった。
いきなりありえない流血に会場の空気は重くなるがすぐに第2試合が始まる。
ふたりとも予選免除者、ダルカンとマリス先生。
マリス先生が闘技場に立つと女生徒から黄色い声援がとぶ。
山賊のようなダルカンさんが会場に手を振るとブーイングが起こるのとは好対照だ。
細身の片手剣のマリス先生と、両手に小槌を構えるダルカンさんの決着もすぐについた。
剣を落とし、へこんだショルダーガードの上から肩を抑えるマリス先生と、あの訓練用の剣で左腕を切り落とされたダルカンさん。
やはり結果は引き分け。
第3試合は危なげなく双剣をもつ剣士にルーカスが勝ちそのまま決勝へ。
「俺は運がいいんだ。運も実力のうちならおれは最強なんだ」
試合前に彼が私に言った言葉は、事実かもしれない。
第4試合、炎を繰る魔術士相手にティナが勝ち進む。
どちらもかなり見ごたえのある試合と言えるのだが、第1と第2試合がまだ焼き付いている観衆からの拍手はまばらにしかない。
第5試合、槍戦士を短距離転移で間合いを取った弓士が射掛けて勝利する。
お父様は普段槍や矛のような長物を使うが遠距離で一方的に射られるような無様な姿をさらすはずはない。
第6試合、私の前に素手の、いや、ぷわぷわのクッションを拳に付けた拳闘士が立った。
これはもしかしなくても終わったかもしれない。




