一番最初に相談しなさい
自分だけのことだと、軽い気持ちでしたことが周囲を巻き込み大事になった。
視線を落すと、お父様に押し付けられたティナの髪の束が目に入る。
初めて見たティナの泣き顔が目に浮かぶ。
華がつまり視界がぼやけて……。
「レイシア」
後ろから軽く抱きしめられた。
こんな風に抱きついてくるのはただ一人、ただいつもの声とは違うけれど。
振り返って抱きしめ返す。
「ティナ、ごめんなさい。」
「やっぱり勘違いしてる。お母様もそうじゃないかっておっしゃってたから追いかけてきたの。」
「え?」
「私のこの体はね、お父様に内緒でウォリス男爵様に完全体にしてもらったの」
「え?」
え? しか出てこない。
「だからお母様もレイシアには関係ないっておっしゃったんだけど、あなたそのまま出て行っちゃったでしょ。お母様は私に怒ってたのよ」
「じゃあ、しかられて泣いてたんだ」
「そういうこと」
「そうなんだ」
やっと頭が状況に追いついたと思ったら再び引き離された。
「あのね、私が優勝したらお父様やお母様にも正式に認めてもらえることになったの」
「何?」
ティナの腕に力が入り、わたし達の距離は小さくなって唇どうしが接触し、すぐ離れる。
「決まってるじゃない。負けたあなたが勝者の私のお嫁さんになることよ。そういう試合でしょ?」
続いてされた長い濃厚なキスのあと、準備が有るからね、バイバイと去っていくティナが見えなくなったら立っていられなくなった。
何よ、これ。
私たち姉妹だよね。
ティナと結婚なんて……考えたことなんて有るはず無いじゃない。
ティナがまた流した涙はレイシアからは見えなかった。
ティナにそうするように命じた母はどっぷりと帝国貴族の価値観に浸かっていたのだ。
娘の一番の幸せは家を継がせることだと。
帝国の貴族社会は、ごく一部の例外を除いて男の世界なのだ。
秘密にしていたのはティナではなくてその母。
実はティナも朝起きて自分の体の変化にびっくりしたのだった。
「レイシア」
「はいぃ!」
ぼんやりしているところでいきなり名を呼ばれて返事した声が裏返る。
私に味方してくれる、ダルカンさんとジェシーさんだ。
「こ、この度はお見方くださ……」
「何馬鹿なことを……」
「ダルカン、レイシアは知らないんだ。それよりレイシア」
「はいいっ」
「クリスに試合に出るように頼んで有るんだろうな?」
「お父様にですか? 何も頼んでいませんけどどうして」
「シェリーがドバルカの代理で出るだろう。あれと同じだ。我々ではマリスはとにかくシェリーに勝つのは難しい。クリスなら頼めばでてくれるだろう。すぐいってこい!」
「は、はいっ!」
「実際のところクりスはどう決着を付ける気なのでしょうかねぇ」
「悪いようにはしないと思いますが……」
私は大急ぎで学園に有るお父様の執務室に走った。
学園の構内は露天や催し物に人が集まっているが、とりわけ多くの人が群がっているのはわたし達の試合に関しての掲示板だった。
通りかかった私に、集まった人の話し声が聞こえてくる。
「おぃ、お前出るのか?」
「当たり前だろう、決勝トーナメントに出るだけでドラゴンレザーの防具がもらえるんだぞ。むしろお前なんで出ないんだ?」
「この試合での事故は一切関知しないって有るだろう。死人が出るぞ」
「練習用の剣でドラゴンレザーをぶっ叩いてか」
「予選の要綱見てみろよ。その剣で帝国兵の正規装備のヘルメットをぶち割れって書いて有るぞ」
「あのヘルメットとドラゴンレザーを一緒に……」
「そのドラゴンレザーってロンバルトが昔倒した黒竜のだよな」
「いけねぇ今日はご先祖様を祭る日だった。武器を持っちゃいけない日だったんだよなぁ」
「そうかい、それはご先祖様に感謝しなくっちゃな」
そんな会話を聞きながら、はしたなく見えないように早足で歩く。
ここに居るのはみんな貴族以上なのだ。
ノックをして返事をもらうのもそこそこにドアを開けると、お父様が書類にサインをしていた。
私が見るお父様って大抵この姿だ……余計なことはいい。
「お父様、お忙しいところ申し訳ありません」
「あと一枚目を通すまで待ちなさい」
お父様は、さらさらとサインをして私のほうを見た。
「お父様お願いがあります」
「なんでしょう?」
「私の代理で試合に出ていただけないでしょうか」
お父様はペンをペン立てにもどし両手を合わせて私のほうに向き直った。
「なぜ自分で出ないの?」
「私では、私ではマリス先生やシェリー先生には勝てません」
どうしようもない実力の差というものが有る。
「そうですね」
そう言ったままお父様は黙り込む。
時間がすごく長く感じる。
あっ、忘れてた。
「ごめんなさい」
「そぅ、それが最初に必要です」
それから私はなぜこのような状況になったのか、最初に、そして今どう思っているのか、全てお父様に聞いていただいた。
もちろん悪かったと思ったことはきちんと謝った。
「そうなの」
「はい」
そして会話は最初に戻る。
「どうしても勝たねばならないのです。私の代理で試合に出ていただけないでしょうか」
お父様はじっとわたしを見つめておっしゃった。
「今回はティナの代理として試合に出ることにしました。できれば、最初に相談してほしかったのですけど」
「先にティナが来たんですか……」
絶対勝てない、それで頭が真っ白になって、気が付いたら部屋の外に出ていた。
私きちんと挨拶をして出てきたのだろうか。
部屋を出た時にティナと出会った。
「レイシアも試合で婚約を解消しようとする前に来いって叱られたんだ。私も大切なことは一番最初に相談しろってすっごく叱られちゃった。勝手に融合なんて術を使ったら元に戻せないぞって。まぁレイシアのことも含めて何とかして下さるって、ん?どうしたの?」
単純にティナより後に来たから早く来いって言われたんだと勘違いしたけど……なんとかなるんだ。
なんか涙が出てきた。




