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あなたには全く関係のない話です

 私は重厚なドアの前でひとつ深呼吸してノックした。


「お父様、レイシアです。入ります」


 私がお父様と呼ぶのはロンバルト家当主クリスだけ。

 同じくお母様と呼ぶのは正妻のティアフィーリアさまだけ。

 自分を産んでくれた人はレイリア様と呼んでいる。

 それがわたし達姉妹16人の決まりごと。

 性格には私と血の繋がった姉妹がもう一人いるが特殊な事情で公にはなっていない。

 このドアの向こうは父の書斎で更に奥には居間と寝室が有る。


「どうぞ」


 返事をしてドアを開けてくれたのはマリス先生。

 お父様の護衛士で身分は准貴族、たまに学園の講師をしているので、私とティナは先生と呼んでいる。

 他家の者はお父様の男妾だとうわさしているが、本人達も関係が有ることをかくしていない。

 法的には家を継ぐべき嫡男として男性扱いされているが体は女性なのだ。


 そもそもお父様はロンバルト家の跡継ぎを誰の種であれ産まねばならない。

 たとえ陛下の愛妾扱いされて離宮に住んでいても、だ。


 皇后陛下が懐妊された一時期、相手が男性化できるお父様だと噂になったこともあったらしい。

 私も術で男性化したお父様とレイリア様の子だ。

 しかし生まれてきた皇子が太陽と月の両方の術が使えたのですぐに噂は消えた。

 お父様の血が入っているなら、魔力の属性は私のように夜を含む事になるからだ。

 始めて正妻で有る皇后陛下の皇子であり、それまでの皇太子殿下は廃嫡されてその皇子が皇太子に立てられた。


 それはそれとして、当たり前のことだけど自由な当主に比べて子弟はまったく自由に恋愛できない。

 婚姻によって家の力が変わるからだ。

 生まれたときにすでに婚約者が決まっていたという私のようなものは少ないが、それでも大抵成人前には大体相手が決められているのが普通。

 私のように、学園のしきたりなどを持ち出して、自由恋愛したいなどという者は家に対する反逆者と言っていい。

 だからしかられることを覚悟してお父様の部屋に入った。

 いつものように後ろにマリス先生を立たせて、事務に使う机の向こうに座っているお父様は静に書類を作っている。

 しかられず、代わりに質問されただけ。


「なにか父に向かって言いたいことはありますか?」

「なにも」

「そう」


 いまさら言えることは何も無い。

 ルーカスたちは深く考えてはいないだろうけど、私は勘当されても当然のことをしている。


「今日の試合のルールを一部変更します」

「そんな! 試合方法を決めるのは私の権利です。過去の……」

「黙りなさい、レイシア。父親としての私はあなたに対して一切の干渉がチーフが掲げられたときからできなくなりました」

「ではなぜ?」

「私はあなたの婚約者、ルーク・バル・ロンバルトの後見としてこの暴挙を見過ごすことが出来ないのです」


 私の頭には”ルークはいない”しかなかった。

 ルークの立場から見れば、理由が有るとはいえ確かに一方的に断りも無く婚約を破棄されるのだ。

 面子を潰したからには代償を払わねばならない。

 ルールの決定権はまず向こうに有る。


「まず、試合に使う武具は全てこちらで用意します」

「学園の武術競技用の武具を使う予定なのですが……」

「マリス」


 チン。


 澄んだ音が一つ鳴った。

 マリス先生は飾ってあった近衛騎士が装備している鎧兜に向かって軽く手にした競技用の刃の無い剣を振り下ろしただけ。


「もう一つ、参加者は全て匿名にして、決勝トーナメントは抽選で行います」

「はい」


 少なくともマリス先生の剣技は私の想定以上だった。

 死人が出る。

 二つ目の条件にも理由が有るのだろう。


 トントンと居間へ続くドアが向こうからノックされた。


「準備できました」

「入りなさい」


 入ってきたのはお母様と丈夫そうな防具を着けた3人の男性。

 2人は剣で1人は巨大なハンマー。

 材質は、もしかしてドラゴンレザー!


「ダルカン、ジェシー」

「はっ」


 2人が前へ進み出て顔を完全に隠していた兜を脱ぐ。

 1人は野性的な、1人は精悍な、いずれも始めて会ったことがないはずなのにどこか懐かしさを覚える。

 どこかで会ったことがあるのだろうか?


「ローグ守備隊からこの2人がレイシアの味方として志願しました。決勝トーナメントへの出場を許可します。ルーカス、ダルカン、ジェシーそしてレイシアの誰かが優勝すればレイシアの望みはかなえられるでしょう。そしてマリスはルークの名代としてロンバルト男爵家から出場します。マリスが優勝すれば婚約の解消はありません」


「お父様、ティナは?」


 お父様は机の引き出しから美しい栗色の髪の毛の束を取り出した。

 ティナの自慢の髪の毛……。


「お父様!」

「ティナはロンバルト帝国伯爵家を代表して同じく決勝トーナメントから出場させます。その髪は、あなたとの約束を破ったお詫びとして切らせました。ティナ、兜を取りなさい」


 最後の一人が兜を取ると、髪を短くし、泣き腫らしたティナの顔が出てきた。


「ティナは今日ロンバルト帝国伯爵家嫡男として届を出しました。負けることは許しません。以上です」


 そのまま出ていこうとするお父様を私は止めた。


「お父様、待ってください。ティナを元の体に……」


 お父様はそのまま立ち去り、お母様は男性化したティナを抱きしめておっしゃった。


「レイシア、あなたにはまったく関係のない話です」











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