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剣士は踊る、えらいことになった

 ティライア中央学園学園祭は4年に一度だけ行われる学園の祭りで有るが、普通のものではない。

 生徒のほとんどが帝国に実質的に人質にされている王侯貴族の子弟だからである。

 なんだかんだ言いながらも抑圧されている彼ら彼女らが思いっきりハメをはずす。

 若者が集められている学園だが、その成り立ち上自由な恋愛などできるはずが無い。

 当然若き心に溜まるものが有るのだが、一つだけ、心の安全弁として儲けられているしきたりが有る。

 武を尊ぶ帝国ならではのしきたりで、この学園祭で力さえ示せば身分やその他のしがらみを全て切り捨てての恋が卒業生全ての支援を受けて可能になる。

 レイシアは、何も知らないル-カスを……。


 学園祭の初日の夜を飾るダンスパーティーは貴族の子弟の正式なパーティーだった。

 それをわきまえているダンスの臨時教師となったマルタおばさんはまさに鬼になった。


「若様、ミルカ様に呼吸を合わせて、駄目です!もう一度」


 相手の動きがよくわかるようにとほとんど下着のように薄い練習着を付けたミルカと踊らされた。


 ダンスの準備もだが、その他の支度もせねばならない。

 俺も偽だが貴族の端くれで、人の集まる場所ではそれなりの見栄を張らねばならない。

 混沌の神から受けた俺たちの任務はロンバルト家の誰かをたぶらかして夜の宝玉を奪い取ること。

 だから、ロンバルト家のレイシアをエスコートすると聞いてミルカは張り切って支度に金を掛けようとしたが、マルタおばさんがそれに待ったをかけた。


「ミルカ様、あの店は確かに帝国一の格式を誇っておりますが、近ごろではそれに驕るところがあるようです。まずむやみにお金をかけて豪華な礼服を仕立てるよりも、相手のお嬢様を引き立てる服をあつらえるべきだと存じます。先様よりいただいたチーフにあったお店は、新進気鋭のデザイナーがそこから独立して始めたお店でございます。殿方の礼服も扱っておりますのでいっそのことそこで作らせてはいかがでしょうか」


「ミルカ様、若様はまだ、爵位を継いでいらっしゃるわけではございませんので、6頭立ての馬車は不要でございます。武を持って身を立てるお方ですので、6頭分の費用で1頭の軍馬をお求めになったらいかがでしょうか。多少気が荒くて少しお安くなっておりますが、なかなかの名馬が馬市に出ていると聞き及びます。馬車も飾りよりも、大切なお嬢様を守るべく簡素で質の高いものがよいと思います」


 馬市で誰も乗りこなせないので安くなった一角獣が確かに売られていた。


「マルタさん、ここまでしないとだめなのか?」

「当然でございます。若様のデビューでございますから」


 怪我の治療をしてもらいながらルーカスは何度目かになる確認をとった。

 一角獣は、主と認めるだけの実力を示さねば懐かないのだ。


 当日、彼女の屋敷に一角獣を繋いだ馬車で乗りつけ、フルドレスアップしたレイシアを迎える。

 そのときになって、なぜマルタおばさんがここまでこだわったのかが分かった。

 まだ夕方で明るいというのに、ドアが開いた瞬間は真っ黒だった世界に光が差し込んだようだった。

 最初に俺が考えた格好で迎えに来たら、おそらく自分がみすぼらしくなって彼女の手もとらずに逃げ帰ってしまったことだろう。

 広い豪華な野外の会場で俺だけの華が俺の腕の中で微笑んでいた。


 俺たちを包んでいた音楽が途絶える。

 夢中で気がつかなかったが皆の視線が、特に男たちのものがレイシアに集まっていた。

 レイシアは自然なしぐさで俺の胸からチーフを抜き取り、会場の真ん中に有る木の枝に結びつけた。

 何をするんだろう?

 いつの間にか隣に来ていたティナが呟く。


「あ~ぁ、お姉さまったらほんとにやっちゃうんだ」

「なにを?」

「お姉さまには公に認められた婚約者がいるの。その婚約を解消してお姉さまを自分のものにするためにはこの学園祭で力を認められればいいの。その婚約者さんは行方不明ですから、誰も名乗りを上げなければあのチーフの持ち主がお姉さまを自由に出来るのです。私はやめといたほうがいいと言ったのですけど」

「なぜ?」

「力で、つまり明日行われることになるトーナメントで決めることになるのですが、特別クラスの男全員がお姉さまを狙っているのですよ。ほかにも分かっているだけでも一人厄介な方がいらっしゃいますし……」


 しばらく誰も動かなかったが、男たちがぱらぱらと前へ出てきて名乗りを上げて近くの枝に自分のチーフを結びだした。


「お姉さま、ルーカス様には私から事情を説明させていただきました」

「ティナありがとう」

「レイシア、いまさら何も言わないけどできれば一言いっておいてほしかったよ」

「ごめんなさい」

「いいよ、死ぬ気でがんばるから」

「お姉さま自身もトーナメントにお出になるんですよね?」

「え? そうなの??」

「ごめんなさい」


 そうかい、当てにされていなかったわけね。

 負け続きだから。


「護衛士マリス、参加する」

「おぉ~」


 歓声が上がり、レイシアが蒼くなる。


「ほら、先生方もレイシアを狙っているって教えてあげたのに。あの先生、美形だからよかったじゃない

 。かなりいい物件だと私は思うわよ」


「魔術格闘技師範カイム」

「特別クラス卒業生ゼファー」

「ローグ分校、ダルカン」

「同じくジェシー」


 名乗りはまだ続く……。


「とにかく一生独身はなくなったみたいですわね、おめでとうございます、お姉さま」


 えらいことになった。










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