掛け違い
ラルーの子孫は最初3つに分かれた。ノルン王家、ロンバルト家、そしてローバー家。
これを夜の一族という。
黒い髪黒い瞳から付けられたと思われがちだが、500年前の宗教統合によってそれまで信仰していた混沌と調和の神から昼の要素を、取り除いて主神に統合し、全能なる主神を他の民族と共に信仰し、新たに氏神として夜の神を主神に対する脇侍として信仰しなおしたことによる。
残る神の要素である調和と混沌は、王家が夜の調和神を祭り、後にそこから分かれてデルビオス家が混沌神を祭るようになった。
だからデルビオス侯爵が混沌の神の最高司祭である。
ただ王家とデルビオス家に別れる前に多分に同様ないきさつで闇の神を祭るようになった闇の一族の血が入った。
ミルカやデルビオス侯爵に嫁ぎ、今はローグにいるレイリアはミルン家に属する
ミルン家は逆にもともとは闇の一族で、夜の一族の監視のために付けられたのだが、夜に同化した。
帝都への報告は、異常なし。
これがノルン夜の一族の中で帝国への反逆の血が残った秘密だった。
ミルカは幼いころから周囲と隔離され混沌の巫女として育てられたが、ある日突然神託が降りた。
それからはすべて神のおぼしめしのまま、何も考えず胸に付けた巫女の証のペンダントを通して受ける信託の通りに実行してきた。
神の声を疑うなどととてもできないことなのだが、自分がルークにしていることを考えるとそれが揺らぐ。
神は確かにルークを抱いてもよいと許可してくれたのに。
なぜか心が痛む。
ルークは朝早くから起きだして身支度もそこそこに学校へ行く。
ティライア中央学園は基本的に24時間、学生にはいつでもその門が開かれている。
もちろん、座学の講義は決められた時間にあるだけなのだが。
こんなにも朝早くても、剣の上級実技の演習場には人影がある。
挨拶もそこそこに、予備体操で体をほぐしていると後ろからルークにすずやかな声がかかった。
「転入生さん、お相手願えませんか」
昨日無様に負ける前なら、なにを女のくせになどと思ったところだが、当然昨日のあれを見たうえでのことだろうと承諾しながら振り向く。
「ルーカスです。喜んでお相手……あ」
動きやすそうな稽古着に簡単ながら丈夫そうな防具をつけた相手は、昨日あの人と一緒にいた女性だった。
「レイシアです。よろしくお願いいたします」
「え? ……」
てっきりあの人の妹だと思っていたのに、まさか同じく座学を学ぶレイシアだとは思わなかった。
だとすると、あの人は誰なんだろう。
「えっと、あの……」
これ以上ないほどの速度で頭が回転する。
どうやってあの相手の名を尋ねたら自然なのだろうか。
しかし考えがまとまる前に先手を打たれる。
「私に敬語はいらないないわよ、名前もレイシアって呼び捨てにしてね。私もルーカスって呼ばせてもらうから。しかし昨日あの講座を取ったのってルーカスだよね。受付のセリアさんが私に一目ぼれした男の子がいるって教えてくれたんだけど。うん、なかなか目が高いじゃない」
うんうんとうなずいているレイシアに冷や汗が出る。
なんか一番まずい誤解を与えてしまったようだ。
しかしこの子許婚がいるとか言ってなかったっけ。
それが何でこんなに近いんだ。
しかしそのそのいたずらっぽい目を見ていると胸の鼓動が早くなる。
俺はあの子一筋……の、はず。
なんだろう、これはと思っているうちに、手合わせをして、また負けてしまった。
今回は、最高出力は出さなかったけれど。
「ルーカスって強いね」
「ご冗談でしょ、完璧にやられましたけど」
「魔力強化だけで私とほぼ互角に戦えるんだもの、すごいと思うよ」
「え? レイシアは他に何か使ってるの?」
「生命力強化」
「それなに? 俺にも教えてよ」
「もともと私のお父様がが考えた術なの。なんというか、えっと言葉にするのが難しんだけど、私も始めたばかりだし、実践基礎治癒術の授業でしか教えてもらえないし……」
「その授業は定員いっぱいだから駄目だって言われたんだよな」
「初めて授業に出た人たちがとんでもなく強くなっちゃって、今すっごい人気なの。そうだマリス先生に頼めば教えてくれるかも。先生はもともと治癒師だし」
「剣士じゃないの?」
「剣はあとで修業したって言ってたわ。私からも頼んであげる」
「お願い」
「だめです」
ふたりで頼みに行ったのだが、マリス先生はやさしそうな笑顔できっぱりとダメ出ししてくれた。
「どうしてですかマリス様、ルーカスなら十分鍛えてあるし、根性ありそうだし」
「そういう問題じゃないんです。ルーカス君は魔法理論入門の受講届を出していますね。先ず学園の講義が大切です。それを終わらせたらまた話し合いましょう」
「ルーカスって魔法には自信あるよね」
「え? そんなのあったら入門なんて受けようと思わないよ」
「知らなかったんだ」
知らなかったんだと言ったきり、レイシアは黙り込んだ。
「先ず魔法の基礎を固めましょう。ところでレイシアは昨日の分は提出したのでしょうね」
レイシアの顔色が変わる。
「ティナはもう提出済です。今期中に終わらなければ、どうなるか分かってるんでしょうね」
「すぐ、します」
レイシアは部屋を飛び出そうしたが、マリス先生が止めた。
「ルーカスも図書館に連れて行ってあげて」
「えっ、でも~」
「あれは1巻さえ終了すればあとは何巻から始めても構いません。一人で課題を出せともどこにも書いてありません」
「ありがとうございます」
俺はレイシアに図書館まで引っ張られていかれた。
「え~このいっぱいある入門書を1日に一冊以上するの?」
「そう、なんか余計なことしちゃったけど二人ですれば何とか課題をこなせるわ」
俺はその日から朝に剣を習う以外はレイシアと図書室にこもり、150巻ある魔法の入門書の課題をこなさねばならなくなった。
「少しばかり身びいきになっても仕方ないですね」
マリスは誰にも聞こえない声でそう言って提出されたふたり共同名義の課題をチェックした。




